第3話 ごろつき3人衆、酒場で乙女の逆鱗に触れる
― 大都市ネゴル Bar 「Honey Bee」 現在 ―
「確かにあるもん。嘘じゃないもん」
「ねぇ…アンタ、ちょっとそろそろやめときな」
レイル共和国の大都市ネゴルの大通り沿いにあるバーのカウンターで私はグラスを片手に息巻いていた。
それを隣の席にいるグラシアナという獣人の男性…いや、オネエにとがめられる。
「アンタ、さっきから何杯目?」
「いいの、飲ませて。マスター、もう一杯」
バーのマスターであるトントゥの年配の男性は無言でグラスにミルクを注ぎ、スッと優雅な所作で私の前に差し出す。バーのカウンターの内側はトントゥの彼でも動きやすいようにフロアよりも足場が高く作られていて、可愛らしい。
「そろそろやめにしときな。なんでノンアルコールでこんなに酔っぱらった感じになれるの?エルフってみんなそうなの?」
グラシアナはあきれた様子で私がミルクをぐいぐいと飲み干す様子を眺める。
「だって、誰も信じてくれないんだもん。魔神教徒が私の里を襲ったこと」
「まあ、そうは言っても、証拠が無くなっちゃったんだったら難しいわねぇ…。そもそも魔神教って、あるとは言われているけど、公の場に姿を現さないし、わからないことが多いのよねぇ」
「…」
「でも、アタシは信じるわよ、ルッカ」
グラシアナは毛深い腕をテーブルに乗せ、狼の顔でウィンクする。
「姐さん~…あなただけだよ。私の話を信じてくれるのは」
ルッカはグラシアナに抱き着く。モフモフの毛の中に厚みのある筋肉が隠れていて、包容力が凄い。香水の匂いはするが、上等なものを使っているようで、下品な感じはしない。
グラシアナは見た目はゴツいが、オシャレは一流。格好良いオネエだ。
私は魔神教徒の襲来があってから、この数か月、ギルドに毎日情報を求めて通いつめていた。孤独と不安と無力感に打ちひしがれて、人を誰も信じられなくなりそうだった。そんな時、バーでたまたま知り合ったのがこのオネエ狼のグラシアナだった。
彼女と知り合ったのは1か月前だが、その日から毎日、私の不安や愚痴に根気よく付き合ってくれた。彼女がいなかったら、きっと私は人への不信感や魔神教への恨みに飲み込まれ、自暴自棄になっていただろう。
グラシアナはロックグラスを傾け、中に入っているウィスキーをゆっくりと舐める。
「…ちょっと思ったんだけどね。アンタがこの数か月、ギルドに通い詰めても、魔神教の情報は入ってこなかったわけじゃない?アンタのお姉ちゃんの消息もわからないし、これからどうするの?この街で今の仕事をずっと続けていくつもり?」
「う…」
そうなのだ。この世界で生きるためにはお金が必要だ。魔物もうろついているから余程のことがない限り外には出られないので、森で狩りに行くこともできない。
里から逃げてきた時には手持ちも全然無くて、耳飾りやネックレスなどの装飾品は全部手放した。エルフは基本的に他種族と交流がないため、エルフの工芸品は結構良い値段で売れた。
それを使って最初はギルドの依頼をかけたが、正直、2回も依頼をすると手持ちはあっという間に無くなってしまった。手元に残したのは身を守るために必要な装備品と最低限の回復アイテムのみ。
今は毎日、通っているギルドで、治癒魔法をかけるアルバイトをさせてもらい生計を立てている。だが、今のアルバイトでは日々の食費と宿代、そして毎日ミルクを数杯飲むだけで精一杯。ギルドに再度調査を依頼するお金を貯めることすらできない。
「そこでさ、ちょっと考えたんだけど…。アンタ、冒険者やってみない?」
「え?」
グラシアナはにやり、と笑ってグラスをこちらに向ける。
「治癒魔法を使えるって、冒険者でも結構希少らしいわよ。しかも、魔力の高い種族であるエルフが神官って意外と需要あると思うのよね。大体エルフの冒険者は魔法使いか狩人が多いから」
「そうなの?」
グラシアナは頷く。気分が高揚しているのか、尻尾が左右に揺れていてとても可愛い。
「ここで毎日ギルドに通い詰めて情報を集めてもいいけど、それで、数か月待っても情報が入ってこないなら、この先、情報が入ってくることはほぼ無いんじゃない?それよりも冒険者になって、各地を回って、自分で魔神教のことを調べたり、お姉さんのことを調べた方が現実的よ」
冒険者になるなんて、考えたこともなかった。
「私が冒険者に…」
「それにアンタのお姉さん…ヘレナさんだっけ?アンタの話を聞くに、かなり腕利きの冒険者なんだと思うわよ。何十人もの攻撃魔法を防げる魔法障壁を展開できるなんて、一体レベルいくつなのかしら。冒険者になれば、一般人には伏せている情報も入ってくるらしいし、消息を辿れるかもしれないわ」
「な、なるほど…」
お姉ちゃんと同じ冒険者になって、魔神教のこととお姉ちゃんのことを探す、か。
「なんか、良いアイディアな気がする」
「でしょ?」
グラシアナは私にウィンクをする。
その時、バーの扉を乱暴に開く音が聞こえた。マスターが眉をひそめる。
「あー…くっそ、あのカッコつけのせいでひどい目にあったぜ」
大きい声で悪態をつきながら、ガタイの良いごろつきがバーへ入ってくる。
その後ろから細見で顔色の悪い猫背の男と、フヒフヒと呼吸の荒い太った男も現れた。
ヒューマンの3人組だ。
テーブル席に3人はドカリ、と座り、汚い靴をテーブルの上に乗せる。
静かでオシャレなバーの空間が一瞬にして嫌な雰囲気へと変わる。
明らかに機嫌の悪い、絡まれると面倒くさそうなごろつき連中だ。
「全く、ようやく詰所から解放されたぜぇ。おいぃ、マスター。エールだ。エールを持ってこい」
細見の男が偉そうにマスターへ酒の注文をする。トントゥのマスターは「かしこまりました」と静かに目礼し、エールの準備を始める。
「あ、あの女の子可愛かったのに、ざざざ、残念だったなぁ。フヒッ」
太った男が自分の席の脇に立てかけた、こん棒の持ち手のささくれを毟り(むしり)ながら不平を漏らす。
「…エールです」
トントゥのマスターが背伸びをしながらテーブルへ3人分のジョッキを置く。
そのジョッキを3人のごろつきたちはひったくるように掴むと豪快にあおる。
「…ップハァ。…んめぇ!!!おい、すぐにもう1杯持ってこい!」
オシャレなバーはすっかり品のない大衆酒場の空気に変わっている。
しかし、誰もなにも言わない。面倒ごとに巻き込まれるのはごめんだからだ。
「…サイテーね」
グラシアナがぼそりと呟く。
「あぁ!?なんだ、お前、なんか文句あんのか?」
一目でリーダー格とわかる、初めに入ってきたガタイの良い男がジョッキをテーブルに叩きつけて立ち上がる。
「てゆーか、お前ぇ、男じゃねぇか。なんで女のカッコしてんだぁ?」
「ほほほ、ホントだ。変なんだなあ…フヒッ。てゆーか、隣のおチビちゃん、エルフじゃん。ちょっと幼いけど可愛いじゃん。フヒッ」
手下の細見の男と太った男が無遠慮にグラシアナの地雷を踏みぬく。
「ああああ!?あんた達、今、なんつったコラ!?戦争だ」
途端、グラシアナがキレた。ドスの効いた地声で威嚇する。
「ルッカ、アンタ、冒険者になりたいなら、こんなチンピラくらい何とかできなきゃいけないわ。丁度いいから腕試ししましょうよ」
グラシアナが獰猛な牙をちらつかせながら私に微笑みかける。
(怖いよ姐さん…)
しかし、姐さんを馬鹿にされ、私にも…可愛いって言われたけど…おチビちゃんと言ったことは後悔させてやりたい。
「よっしゃ。やろう姐さん。こいつら、ボコボコにしてやろう。てゆーか、ずっと、ず~~~~っと溜まってたストレス、こいつらにぶつけてやろう。良いサンドバック見つけた」
「…お客様方、申し訳ございませんが店内で争いごとはお控えください」
トントゥのマスターが静かに、しかし、通る声でお願いする。
「わかってるよ、マスター。行きつけの店に迷惑をかけるわけにはいかないからね。姐さんと2人でとっちめてくる!」
「決まりね。さあ、ごろつきども、表に出なさい。オネエの地雷を踏み抜いたこと、その身を持って後悔させてやるわ」
「けッ、女装狼とチビエルフが俺たちに喧嘩売るとは上等だ。狼の方は毛皮にして、チビの方は奴隷商にでも売り飛ばしてやる」
リーダー格の男が唾を飛ばしながら啖呵を切る。
「フヒッ、う、売り飛ばす前に、お、俺、あの娘と遊びたいんだなぁ」
「相変わらずお前はストライクゾーン広いよなぁ。っていう俺もロリっ娘大好きだけどな。どうせ、エルフなんだからヒューマン年齢的には結構ババアだろ?」
(ババア、だと!?ババアじゃないもん!)
ヒューマン年齢換算でエルフの歳をカウントするのは全エルフ女子にとって完全にアウトだ。
流石の私もカチーン、ときた。
なにもかもヒューマンの尺度で測ろうとするのは傲慢じゃないか?エルフ的にはまだまだ未成年だっつーの!
「…エルフに年齢のことはタブーだよ。…もう完全に頭にきた。表出ろ!こらっ!」
私は口を膨らませて目一杯、奴らを睨みつけてやった。




