第8話 貴方の判定では生きてるの?それとも死んでる?
———— オハイ湖 魔神教アジト 実験場 午前 (クエスト20日目)————
『キャハハハッ!どう?思ったより早く再会できたでしょ?嬉しい?』
天井から女の耳障りな笑い声が響く。
「でも、あのジルベルトさんがなぜ・・・」
オルロが呟く。『妖精剣士』の通り名まで持つ腕利き冒険者の彼女がやられるなんて考えられない。
「いや・・・」とユージンは首を振る。
・・・可能性はあった。だからユージンはあの時、ネゴルの入り口で彼女を見送る際、「気を付けて」と忠告した。
ゲブリエールの話から「魔神教」の存在を知っていること、それ自体がリスクであるようだったから・・・。
『僕もこの情報は仕入れ先の情報屋からかなりきつく他言無用と言われている。・・・が、どうやらエルフの里が跡形もなく消滅したケースはルッカ、君の里だけじゃないらしい。それだけじゃない。ほとんど他と交流のないような小規模な村もこの1年でいくつか地図から姿を消している』
『・・・その無くなった村や里のいくつかで生き残りがいたらしいんだが、彼らの話では長い銀髪の大剣を持ったエルフが仮面をつけた集団を率いて襲った、というんだ』
ユージンは頭の中でジルベルトの発言を思い出す。
ジルベルトはルッカの姉、ヘレナの消息を追うために情報屋まで使い、ギルドでも隠されていた情報まで知っていた。
その時点で、彼女は相当危ない橋を渡っていたことになる。
もしかすると、「羽つき」討伐に抜擢されたのも彼女を自然な形で処分するためだったのかもしれない。
———実際、ギルドから最初に提示された推奨ランクとは遥かにかけ離れた難易度だったのだから。
「羽つき」で処分することに失敗したから、パーティから離れ、1人大都市テベロへ戻る途中を襲った、ということだろうか。
あるいはテベロに着いてからだろうか?
しかし、彼女を倒せる者がいるとすれば、その者も相当な腕利きに違いない。
「くそ・・・、ジルベルトさんが襲われる可能性は十分にあった。あの時、俺がもっとしっかり伝えていれば・・・」
ユージンは唇を噛む。
彼女の身体は元々の姿とは大きく異なる。あの美しかったエルフが一体どんな実験を受ければこれ程、醜くおぞましい生き物へ変わるのだろうか。
合成生物となった彼女は地面に届く程、巨大な右腕を引きずり、こちらへ歩いてくる。
『ほら、ジルベルトちゃん、ご挨拶は?』
天井から女の声が錆色の部屋に響き、黄色く濁った右目が光る。
「ヴ・・・ァ・・・ルナ・・・」
ジルベルトの口が動き、口の筋肉に合わせて顔の鱗が次々に盛り上がる。
「!!」
「ユウ・・・ジ・・・ン、オルルルル・・・ルロ、ルウウウウッッカァァァアアアアアアア!!!!!!!」
ジルベルトはパーティのメンバーの名前を次々に呼ぶ。
そして、盛り上がった右腕の筋肉に圧迫され、首が奇妙な角度で左に傾いている彼女は左手に持っていた盾を落とした。
ガランッ、と大きな音を立てて盾が金属の床を叩く。
そして、左手で右の顔の半分を覆っている鱗をガリガリ、と掻きむしる。
「ウ・・・アアアアアア・・・イタイイタイイタイイタイイタイイタイィィィィィィイイイイ」
ボトボト、と彼女の頬から青い魚のような鱗が剥がれ落ちて、床に散らばる。
彼女の人間の形を保っている左手はまるで死体のように土気色に変色しており、爪は黄ばみ、硬くて鋭そうだ。
魔物の力を得て強化されているのか、あるいは彼女の身体が脆いのだろうか、左手の爪の力に耐えきれず、彼女の右頬は大きく抉れ、どす黒い血が流れていた。
それでも彼女はガリガリ、と頬の鱗を剥すのを止めない。
『あー・・・よしよし。鱗が痛いのねぇ』
子どもをなだめるような猫撫で声で、天井の声がジルベルトに囁く。
ジルベルトの頬が抉れるそばから、ビチビチ、と音を立てて鱗は生えてくる。
「アアアアアアアアァァァァァァ!!!!」
ジルベルトの右目が再び光り、ジルベルトは左目から涙を流す。
頭を左腕で押さえ、「ウウウゥゥゥゥ・・・」と唸る。
『ねぇ・・・どう?うちの子は。可愛いでしょう?右腕はハイ・ソシアの腕なんだけどね。筋力の強化実験に成功した個体の中で、極上の1本を彼女の為に切り離してくっつけてるのよ?』
天井から自慢気な女の声が響く。
『尻尾はリザードマンとレイルオオトカゲで迷ったんだけど、レイルオオトカゲの方が、尻尾が長くて強そうだったからレイルオオトカゲにしたの』
レイルオオトカゲとはレイル共和国に生息する巨大なトカゲだ。
町中に馬車の代わりにこのトカゲに荷車を引かせることもあるくらい、レイル共和国ではポピュラーな生き物ではあるが・・・。
「それを人間にくっつけるなんて・・・ユージンの左目を奪ったり、私の里を燃やしただけでなく、ジルベルトさんにこんな酷いことをするなんて・・・許せない」
ルッカは目に涙を浮かべ、天井を睨みつける。
それを見たグラシアナが黙って俯く。
『あらぁ、心外だわ。こんなに素敵な身体にしたことをむしろ、褒めて欲しいくらいなんだけど。それに殺したのは私じゃないし。・・・私はむしろ貴方たちに彼女を会わせてあげるために心を込めて作ったのよ?・・・薬と加護の反応で、予定外の青い鱗がキレイなお顔にびっしり生えちゃったのは悪かったけど。でもこれはこれでキュートよね』
キャハハハハ、と天井の声は耳障りな笑い声をあげる。
ジルベルトが生きているという希望がここで完全に潰え、目の前にいるのがジルベルトの死体を使った実験体であるということが確定する。
予想はしていたが、パーティは皆、そのショックを隠せない。
ユージンは天井を睨みつけた。
「・・・ところでお前の名前は?」
『あら?・・・これは失礼。そういえば、名乗ってなかったわね。私は司祭のロザリー。貴方たちが戦った「ブラックホーン」や「バタフライ」の生みの親よ』
天井の女———ロザリーが自己紹介する。
彼女は自ら「角つき」と「羽つき」を作り出した張本人だと主張する。
「お主が・・・あやつらの・・・」
ヴァルナもこれには反応した。このロザリーという女がいなければ、キーロンやモーリッツ、ボリスやヨドークといった仲間たちが死ぬことはなかったのだ。
そして目の前にいるジルベルトも・・・。
ヴァルナは腹の底から怒りがこみあげてくるのを感じた。
『ああ、ヴァルナ、会いたかったわ。私の可愛い子たちに酷いことをした貴女にね。でも、勘違いしないで、別に恨んでいるわけじゃないの。むしろ貴重な戦闘データをくれて感謝しているくらいなのよ。だからこの子も壊していいからしっかり遊んであげて頂戴』
ロザリーはまるで恋人に囁くような甘く、色気のある声音でヴァルナに語りかける。
「ほざけ!!!すぐに殺してやる。今すぐここに来い!!」
『キャハハハハ!!!!・・・いいわねぇ。もし、この子を倒せたらちょっとだけ遊んであげようかしら』
ロザリーは楽しそうな声を出す。
「・・・ロザリー、俺のことを覚えているか?」
ユージンはズキズキと痛む左目から左手をどけて天井を正視する。
『もちろんよ、ユージン。あの時、エドヴァルトが貴方を殺さなくて良かったわ。貴方のおかげでとっても楽しいことになっているもの!!』
ユージンは「エドヴァルト」という名前が青フードのことを指していると気づき、心に刻み込む。
脳裏に焼き付いて離れないあの時の笑い声、左の視界が無くなる恐怖、真っ赤になった左の視界と鮮明に残るフードの青色・・・。
アイツが「エドヴァルト」・・・。
ユージンは歯が割れるのではないかと思う程、強く噛みしめる。
「もう一つ、戦う前に教えてくれ。・・・ジルベルトさんは今、生きているのか?」
「ユージン!?」
ルッカがユージンの顔を見る。
「ルッカ・・・気持ちはわかるが、大事なことだ。戦うなら、これを確認しないわけにはいかない」
ユージンはルッカを一瞥し、首を振る。
『アハハハ!!!面白いことを聞くのね。何を持って生きる、死ぬを定義するかにもよるけど・・・心臓が動いているというなら生きているわよ。魔物の核が心臓の代わりの役割をしているから』
ロザリーは面白がってユージンの問いに応える。
ユージンは首を振った。
「・・・聞き直そう。・・・ジルベルトに意識はあるのか?彼女は彼女の自我を持って思考できるのか、と聞いている」
意識がある、と言われてしまえば、それはパーティにとって枷になる。だが、ジルベルトをできれば2度死に追いやることはしたくない。
彼女に意識があるのであれば、彼女を元の身体に戻す努力をしたい。それは枷であると同時に希望でもある。
だが、もし意識がないのであれば・・・。
『うーん・・・いい質問ね。彼女の黄色い右目、分かるかしら?』
ジルベルトの右目が再度光り、ジルベルトは口から泡を吹きながら頭を押さえ、苦しそうな叫び声をあげる。
『これ、彼女の死んだ脳に電気信号を送ってるの。彼女はその電気信号の命令に従って動いているわ。例えるなら・・・そうね。かなり遠くから操作できる操り人形ってところかしら。完全とはいかないけど、脳の回路が機能するようになるから、時々記憶に基づいて喋ったりするみたいね。・・・これ、貴方の判定では生きてるの?それとも死んでる?』
クスクス、と天井から笑い声が木霊する。
『はーい、もう時間稼ぎはおしまい。そろそろボニファが飽きちゃったみたい。だから、お話した分、私たちを楽しませて?』
その言葉の直後、天井のザザザ・・・という異音が消え、部屋が静まり変える。
「アアアアアアアァァァァァァァ!!!!!イ、イギィィイイイイイイ!!!!!!!」
脳に電流が送り込まれたのか、ジルベルトは身体をビクビクと震わせながら仰け反らせる。
「・・・シアナァァアアアアア」
ジルベルトは頭をぐるんと前に倒し、左手で鋼の盾を拾い上げる。そして、巨大な右手で彼女の生前の愛刀を構える。
腕のせいでエルフの細身の剣は小さく、おもちゃのように見えていた。
しかし、彼女の身体から魔力を吸い、細身の剣の刀身に魔法の文字が浮き出ると、みるみるうちに美しかった細身の剣は姿を変え、彼女の腕のサイズに合わせた太い曲刀へと変化する。
「・・・「神器」?」とグラシアナは心の中で呟く。
ルッカの姉、「風神」ヘレナに持たせた「嘆きの宝剣」のような特殊な力を持つ武器がこの世界には存在する。
それらは創世期時代に神々が魔神ウロスと戦うために生み出した反則的な性能を持つ武器だ。
ヴァルナの「黒角の剣」やオルロの「透明の剣」も特殊な性能を持つという意味では「神器」に近いが、あくまでも「人器」。
神の手で創られた武器と人の手で作られた武器では文字通り天と地ほど性能が違う。
目の前にいるこのジルベルトの形を残した合成生物の持つ武器が、仮に「持ち主の魔力に反応して姿形を変える」以外のとんでもない性能を持っていれば、そして、それを引き出すことができれば、勝ち目はないかもしれない。
・・・いや、「神器」なわけがない。それ程の力を隠し持っていたらジルベルトがあの時、グラシアナに使わなかったわけがない。
グラシアナは目の前の武器が「神器」でないと断定する。
「・・・シアナァ・・・グラシアナァァァァァァアアアアアアアアア!!!!!!」
ジルベルトは黄色く濁る瞳と青空のような瞳の両目でグラシアナを睨みつけ、吠える。
今まで気づかなかったのか、あるいは命令でグラシアナを憎むようにされているのか・・・。
それは定かではないが、グラシアナの存在を認めたジルベルトは口から涎を垂らしながらグラシアナの名を叫ぶ。
「コロス・・・コロスコロスコロスコロスコロス・・・ゼェェェッタイ、ユルサナァァァァイイイイイイイイ!!!!!!!!!!!!!」
「・・・そうよね。アンタはアタシを恨んで当然だわ」とグラシアナは心の中で苦笑いする。
グラシアナは彼女を騙し、信頼を裏切り、絶望の淵に突き落として殺した。
彼女には復讐する権利がある。
これまで色々な人間を殺しきたが、いつかこんなことがあるのではないかと思っていた。
・・・それが今なら、やるしかない。
「・・・なら、受けて立つわよ。かかってこいやぁ!!!」
グラシアナは吠え、地獄からの復讐者と対峙する。
深い深い絶望の足音がパーティにゆっくりゆっくりと忍び寄ってくる。




