第2話 エルフっ娘、お里を飛び出す
無数の死体と崩れた家、燃え上がる炎…。その中を私は進んでいた。
エルフの里はいくつかあるが、この里はそれほど大きくない。
だから、転がっている死体は皆、私の知り合いや友人、親族。
顔は見ていない。知りたくない。認めたくない。こんなことが、現実であるということを。
でもさっきのお父さんとお母さんの姿が脳裏に焼き付いて離れない。
自分の心が麻痺していて、今、自分が何を感じているのかわからない。
恐怖なのか、不安なのか、怒りなのか、憎しみなのか…自分だけは少なくとも生き残っているという安堵なのか。
「…ヒール」
一度、自分に治癒魔法をかける。
自分の得意魔法だが、この魔法が嫌いになってしまいそうだ。
しかし、ヒールをかけたことで、身体の火傷やここに来る過程で、瓦礫と接触してできた擦り傷が回復する。それと同時に少しだけ冷静さを取り戻すことができた。
「あ…、なんでこんな簡単なことに気づかなかったんだろう」
私は思わず声に出して、そう呟いていた。
思い返してみれば、お父さんは「あいつら」と言っていた。多分、お母さんを殺した人たちだ。里を襲ったのと同じ人たちと考えていいだろう。「あいつら」…複数いるということだ。
私は立ち止まって、目を瞑る。
なんでこんな基本的なことを忘れていたのか。
狩りでは得物の痕跡を見つけ、それを追跡する。気配を殺し、相手に気取られないように。
もし、相手が1人ならば痕跡を見つけるのは難しいかもしれない。
なにせ全員が弓の名手のエルフの里を襲撃してこれだけの被害を与えているのだから、相当な手練れの筈だ。
しかし、それが複数人ならば、痕跡を探すのは難しいことじゃない。人が増えれば増えるほど痕跡は増える。この里にある違和感を辿ればおのずと「あいつら」の誰かにたどり着くはずだ。
(感じろ。なにか…なにかある筈だ)
匂いはダメだ。熱風で鼻呼吸をするとチリチリと痛む。とても思い切り吸い込めない。
目はどうか。瓦礫と炎が邪魔で今一つ先が見通せない。でも、狩人として訓練されていない足跡が複数見える。エルフの皆を追い立てているのだろう。血の痕跡もよく見れば、里の奥に続いているものもある。
轟々と燃え盛る炎の音を無視して、ひたすらに人の声に、足跡に集中する。
地面に耳をつけ、足音に…。
遠くの方でわずかだが、足音が聞こえる。…複数人だ。
後で振り返ってみれば、私の行動は全然一貫していない。
私は「誰がこの里を襲ったのか、それを突き止める」ために足音の方向へ身体を向けていた。
足音を消し、息を潜めて目立たないように走る。狩りは苦手だ。でも心得のない者よりはマシだ。
足音を捉えた方向に駆けながら、私はなぜこの里が襲われているのか考えていた。
エルフは他種族と比べて美しく、長寿な種族だと言われている。
だから昔から他の種族にとらえられ、奴隷にされることがよくあった。
エルフはそれ故、他の種族を嫌い、交流を避ける。
襲った人たちは人身売買だろうか?…いや、違う。それなら商品を傷つけることはしない。シイナのような若い女性を放っておくことはないだろう。
エルフ族に恨みのある者?…それは可能性としては考えられる。お父さんの目の前でお母さんに無数の剣を突き立てるような人たちだ。でも、なんで?情報が足りない…わからない。
一生懸命考えるが、思いつかない。なぜ私たちが狙われたのか。
丁度その時、先の道から話し声が聞こえた。そして、目に飛び込んできたのは…。
「お姉ちゃん!!!」
「ルッカ!」
声をかけられた主は肩を震わせ、そして私を見て安堵した表情を浮かべる。
しかし、それも一瞬で、すぐに対峙している者たちに視線を戻す。黒いフードと気味の悪い模様の入った仮面の集団…。
「こっちに来ちゃダメ!!」
黒フードたちが一斉に剣を抜き放つ。
「やめろッ!!!…『エネルギーボルト』!!!」
お姉ちゃんが叫び、同時にお姉ちゃんの魔法が発動する。
黒フードたちの地面が爆散し、黒フードたちは飛びのく。
「私の妹に手を出すな。出せば全員タダじゃおかない」
お姉ちゃんは今まで私に見せたことのないような険しい顔つきで黒フードたちをにらみつける。魔法石の埋め込まれた一目で業物とわかる大剣を構え、黒フードから私を守る。
冒険者と聞いていたが、この風格はかなりの腕前なのだろうと想像できる。
「いい?ルッカ、こいつらがこの里を襲った犯人よ。こいつらは魔神ウロスを信仰する邪教徒———魔神教よ。なんでこの里を襲ったのかはわからないけど、絶対に関わってはダメ」
「お姉ちゃ…」
「いい?約束よ」
「う、うん」
いつも優しいお姉ちゃんが珍しく有無を言わさず、強い口調で念を押してくる。
「…じゃあ逃げなさい。ここは私が足止めする」
「え?でも一緒に…」
そう言いかけて目の前にいる黒フードたちの数を見て息を飲む。一瞬目を離した隙に、私たちの目の前にいた黒フードたちが何倍にも増えている。
気味の悪い仮面が一斉にお姉ちゃんを見ており、そして各々が得物を構えている。
私ではどう考えても足手まといだ。
「…わかった」
「良い子ね。後ろの森を抜けなさい。私がどんな手を使ってでもここは食い止める。でもできるだけ早く。エルフの里はダメ。人の多い街へ逃げなさい」
私は頷く。
「でも必ず後で追いかけてきてね?」
「大丈夫。私はこれでも結構強いのよ?どんなに離れても必ず見つけて会いに行くわ。…愛してるわ、ルッカ」
魔神教徒たちが一斉に詠唱を始める。
「急ぎなさい!」
お姉ちゃんの鋭い声に押され、私はお姉ちゃんに背を向けて走る。
その直後、途轍もない爆音が連続して轟き、耳がやられたのか、音がうまく聞こえなくなった。
思わず、お姉ちゃんを振り返るが、爆炎の中に輝く魔法陣が見えた。どうやら魔法障壁を展開して防いだようだ。
私はそれを見守ると、覚悟を決めて里を飛び出した。
幸い、他の魔神教徒たちに出会うことはなく、私は里を出て、コルト樹海を何日もかけて抜け、大都市ネゴルにたどり着いた。
すぐにギルドに救援を依頼したが、派遣された冒険者たちがたどり着いた時には、里はすでに「存在」していなかった。
つまり、里があった痕跡が跡形もなく消えており、ただの森になっていたという。
そんな筈はない、と私は冒険者を雇って、自分の目で確かめに行ったが、事実だった。
信じがたい話だが、そこに確かにあった筈の里が消えていたのだ。
救援を依頼した冒険者や一緒に行った冒険者たちからはなにかの記憶違いだろうと言われたが、私は…
あの里は…
確かに存在していたはずなのに…