第12話 「魔神教」
———————— 大都市ネゴル ギルド 応接室 午後 ————————
ゲブリエールに指定された時間にパーティは集まり、受付嬢オリガに応接室へと案内される。
午前中は晴れていたのに、午後から徐々に天気が崩れ、今では雷鳴が轟き、土砂降りの雨が降っている。
ヴァルナは装備のメンテナンスが終わったのか、着物から元の鎧姿に戻っている。背中には愛刀「黒角の剣」と鋼の剣を差している。傘もささずに受け取りに行ったためか黒髪は濡れており、妙に艶っぽい。
グラシアナは昼間とは服を着替えており、ドレス姿だ。この後誰かに会う予定でもあるのだろうか。
オルロとユージンはルッカの看病に付き添っていたため、先ほどと装いは変わらない。
「ルッカ・・・大丈夫?」
グラシアナがルッカに会うなり体調を気遣う。
「うん、大丈夫。ごめんね。びっくりさせちゃったね」
ルッカは無理やり笑みを作って、グラシアナに心配をかけまいとする。
色々考えることはあるが、まずはゲブリエールからも魔神教の情報を聞き出してからにしようと決めていた。
「さて、お待たせしたね。・・・それではまず、君たちに頼まれていたものを渡そう」
ゲブリエールはソファに腰かけ、足を組みながら指をパチン、と鳴らす。
後ろからギルドの職員が白い布に包まれた2つの品を持ってくる。
それをパーティとゲブリエールの間の机に置くとギルドの職員たちは応接室から退室する。
これから重要な話をするので人払いしたのだろう、応接室にはゲブリエールとパーティのみになる。
「・・・まずは、これはルッカ君のだね」
ゲブリエールが小さい方の布をルッカに開けるよう促す。
「・・・?」
ルッカが布を開くと、つるつるとした滑らかな肌触りの白いローブが出てくる。
「服?」
ゲブリエールはニヤリと笑ってローブを指差す。
「職人曰く、要望通りの性能を出すのにかなり苦労したそうだ。しかし、出来はかなりいい。雪花蛾の繭から作った糸に「羽つき」の体液を合わせて織り上げた布でできている」
雪花蛾はレイル共和国から遥か東の果てにある人類の未踏破地域の雪原に生息するというとても希少な蛾だ。
見た目も雪のように白く、絹よりも滑らかな肌触り、高い耐寒性能と防御性能を持っていることで有名だが、寒いところでしか生きられないため、飼育が困難で、市場にはほとんど流通していない。
「・・・わっ」
ルッカは持っていたローブが突然目の前から消えたことに驚く。ローブだけではない。自分の腕も視認できない。
「え?え?」
一瞬自分の腕が無くなったと錯覚したルッカは驚いてローブから手を放す。
パサリ、と音がして地面に白いローブが落ちる。
自分の腕を見るとそこには確かにルッカの腕がついていた。
「・・・おいおい、早くそれを拾いたまえ」
ゲブリエールが慌ててルッカに声をかけ、ルッカはローブを拾った。
しばらくするとまたローブが薄っすらと背景になじんでいき、消える。
「「羽つき」は周囲の背景に擬態できる能力を持っていたようだ。そのローブ、そうだな・・・「ステルスローブ」とでも名付けようか。それを身に着けてじっと動かなければその能力が使える、という代物だ」
「凄い・・・」
「そうとも」とゲブリエールはルッカに頷く。
「リバーシブルになっているから普段は裏返しに着るといい。それなら透過しないから」
「なるほど・・・」
ルッカは「ステルスローブ」を裏返し、袖を通す。
「それは私たちからのプレゼントよ。今回、アンタが死ぬかもしれないと思って本当に心配したんだから」
グラシアナがルッカを抱きしめる。
「ありがとう~姐さん。皆もありがとう」
ルッカが目を潤ませながら礼を言う。
「ギルドからの報酬だけど、私にもお礼を言ってくれてもいいんだよ?」
ゲブリエールがウィンクするが、ユージンが「むしろギルドにもっと感謝してもらいたいね」と指摘し、ゲブリエールは苦笑いする。
「・・・オホン、・・・で、こちらが君のだ。オルロ君」
「?」
オルロは大きい方の白い布を取り払う。そこには精緻な模様の刻まれた美しい鞘と剣が現れる。
「抜いてみたまえ」
ゲブリエールはオルロに剣を抜くよう促す。
言われるままにオルロは剣を抜いた。スラリ、と剣と鞘がわずかに触れる音が部屋に響く。
抜いた剣は・・・
「刀身が・・・ない?」
柄から先が見えない。
「いや・・・違うか」
オルロが剣を振ると、角度によって消えたり、現れたりする。
「「透明の剣」だ。相手の間合いを狂わせる厄介な剣だよ。使ってみればこの凶悪さがわかるだろう」
ゲブリエールは笑う。
戦闘では距離の感覚がとても重要だ。
腕や剣の長さ、一歩踏み込むとどれくらいの間合いが詰められるのか、魔法や弓の必中距離はどこまでか、それらを一瞬で判断する必要がある。
その判断ができなければ敵の攻撃は回避できないし、こちらの攻撃を当てることは難しい。
しかし、この「透明の剣」はそれを狂わせる。視覚に頼った戦い方をすればするほどこの剣は混乱をもたらすだろう。
「これは・・・ヴァルナが持つべきじゃないか?」
オルロはパーティになぜ自分がこれを持つのかと問う。
「ジルベルトが抜けた後のことを考えた時、やっぱりオルロは中衛だけじゃなく、盾と剣をもって前衛に上がって欲しいシーンもあると思ったんだ」
ユージンはオルロの疑問に答える。
「そもそも、この剣、性質上、ヴァルナに向かない。コイツ、そういうトリッキーな武器とか使いこなせなさそう」
「うん、無理じゃな」
ヴァルナが頷く。そうした器用さが求められる武器はオルロに向いている。
「それに儂にはコイツがあるしの」
ヴァルナは「黒角の剣」に手をかけ、笑う。
「「羽つき」の体液をどう使うか、って色々考えたのよ。アタシが倒したからアタシの自由にしていいって言われたんだけど・・・透明の拳も、透明のブーツも意味ないじゃない?」
グラシアナがどのような経緯で「ステルスローブ」と「透明の剣」になったのかを説明する。
ステルス機能のあるもの、と考えた場合にグローブやブーツ、杖などはあまりメリットが見いだせなかった。そこで、思いついたのが剣とマントだったわけだ。
矢のアイディアもあったが、それほど数が作れるわけでもないし、消耗品にするにはあまりにももったいないので、却下となった。
「どっちも特殊素材でのオーダーメイドだから、君の高機能義足よりも高くついたよ」
ゲブリエールは苦笑いする。
「だが、君たちには相応しい装備だ。・・・さあ、本題に入ろう。「魔神教」についてだ」
ゲブリエールは両手を広げ立ち上がった。
建物の外で雷が鳴り、ザーザーという雨が屋根を叩きつける音が聞こえる。
「・・・まず、知っているかもしれないが、「魔神教」は世界中に散らばっている。「魔神教」の教徒たちは自分のことを「魔神教」とは言わない」
「なに?「魔神教」と名乗っているわけじゃないのか?」
オルロがゲブリエールに聞き返す。
「そうだ。正体不明の組織ほど自分たちの足がつくようなことを極力避ける。名前があるだけで存在が格段に認知されやすくなるからだ。だから彼らは自分たちのことを「組織」とか「我々」としか呼ばない」
「なるほど」
ユージンは頷く。イチゴウがユージンのローブから這い出て、ルッカのローブに飛び込んでいく。出たり入ったりしてステルス機能を楽しんでいるようだが、やがてルッカに捕まり、大人しく座らされる。
「そして魔神教徒たち同士も誰が魔神教の一員なのかはほとんど知らされていない。末端は直属の上位者と活動を共にする少数の仲間程度を知るのみだ。共通するのは奇妙な模様の入った仮面をしているということくらいか」
道理で「魔神教」の存在が噂だけにとどまるわけだ、とオルロは納得する。構成員を捕まえても組織の名前は知らないし、仲間も数名しか出てこない。
その分だとなにか仕事を与えられたとしても、その全容も知らされないだろう。ならば、魔神教自体の狙いを知ることも難しい。
「「魔神教」は「教皇」と呼ばれるトップとその下に「大司教」という大幹部が数名、さらにその下には「司教」という幹部と「司祭」というチームリーダーがいる。末端は「信者」といって、各土地の「司祭」が担当するチームに振り分けられる。」
「?」
ルッカが首を傾げるので、ゲブリエールは言葉を変えて説明する。
「つまり、信者の上司が司祭だ。司祭が信者を集めてチームを作り、色々な悪さをするわけだ。司祭はさらにその上の司教からチームでなにをするのかの指示を受ける。その司教に基本方針を伝えるのが大司教だ。教皇の目的を果たすために大司教が作戦を考え、司教に伝え、司教が司祭に具体的な命令を下す。それを実行するのが信者というわけだ・・・わかるかい?」
「うーん、多分・・・?」
ルッカはわかったようなわからないような顔をする。
「・・・パン屋の従業員が信者。店長が司祭。街にはそのパン屋の系列が沢山あって、その街の店舗を統括しているのが司教だ。大司教は各国の司教たちをまとめる。それで一番偉いのが教皇」
ユージンがさらにイメージしやすいように噛み砕く。
「・・・なるほど。つまりパン屋の一従業員はパン屋の名前も決まっていないから同じ町に系列店があってもそれがどの店なのかすらわからないってことだね?」
ルッカがようやく理解したように頷く。
「よくわからんが・・・とりあえず、その教皇を倒せばいいってことじゃろ?」
ヴァルナがニヤリと笑う。
「あー・・・うん、そうなんだが・・・その教皇が誰なのか、どんな姿をしているのかがある程度えらい奴じゃないとわからないって話なんだと思うぞ」
オルロがヴァルナにツッコミを入れる。
「いや、教皇は実はわかっている。・・・アルノルトというトントゥだ」
「アルノルト・・・?」
「魔神教の教皇がアルノルト?しかもトントゥだって?これは・・・偶然なのか?」とオルロは心の中で呟く。
鼓動の音が外に聞こえるのではないかと心配になるくらい心臓が激しく動く。
「ん?どうしたね?オルロ君」
オルロは青ざめながら「いや・・・」と首を振り、ユージンを覗き見る。
しかし、ユージンは顔色一つ変えない。
「ゲブラさん。アルノルトってやつはどんなヤツなんだ?」
オルロの質問にゲブリエールは首を振る。
「私も詳しくはわからないんだ。しかし、魔神ウロスとの契約で永遠の命を手に入れたと聞いている」
「・・・永遠の命?」
パーティの脳裏に浮かぶのは「角つき」や「羽つき」を倒した瞬間に現れた黒い靄———『魔神の加護』だ。
「・・・「魔神教」の目的は?」
ユージンが真顔でゲブリエールに聞く。
「・・・君たちはこの世界の創世神話を知っているね?」
「女神アマイアが他の神たちと世界を作ったっていうアレだよね?」
ユージンが頷く。
「魔神教の目的は魔神ウロスの復活と、賢神ライラの作った「時間」という概念の破壊だ。魔神ウロスの力で他の神を殺し、世界のルールを作り変えるらしい」
賢神ライラとはトントゥの祖とされる神だ。世界創造の際、世界に「時間」の概念と人類に「知恵」を与えた。
『・・・もうすぐで神に届く。僕たちが世界を変えるんだ。もう・・・誰も死ななくて良い世界に・・・』
「・・・」
オルロは先日見た夢でアルノルトが言っていた言葉を思い出していた。
「賢神ライラが作った概念を・・・他でもないトントゥが破壊するのか・・・皮肉だな」
ユージンは呟く。
「「時間」の概念を破壊してどうするんだ?」
「・・・「死」という概念をなくし、信者とその愛するものたちだけが生きる世界を創造するらしい」
「ふむ・・・」
ユージンは左目の義眼を押さえながら考えこむ。
その様子をグラシアナは心の中で「白々しい・・・」と冷たい目でみる。
「アンタ、その教皇の直轄、でしょ」と心の中で呟く。
そしてグラシアナはこっそりと自分と同じ「組織」の一員であると疑っているオルロの様子を盗み見る。
そのオルロはユージンの真剣な横顔を見ながら頭を働かせていた。
もしあの夢の通り、アルノルトがユージンだとして、永遠の命というのが『魔神の加護』のように肉体の再生を繰り返すものだとして、もしコイツが俺のように記憶をなくしているとしたら?
彼もまた記憶が戻った時、どうなってしまうのか・・・。いや、ひょっとしたら自分と同じく記憶を取り戻しつつあるのか?
いや・・・あの夢が真実だという確証はない。
だが・・・アルノルトというトントゥが偶然、魔神教の教皇の名前だったなんてことがあるのか?
話が出来過ぎてやしないか?
オルロはごくり、と息を飲む。
その様子を見てグラシアナは心の中で舌打ちする。
ユージンもオルロも演技が上手すぎる。これでは「組織」のメンバーなのかがわからない。
「まあ、それもそうか・・・。今まで気づかなかったんだものね」とグラシアナは一人納得する。
「・・・魔神教の最終目的にどうつながるのかはわからないが、「角つき」や「羽つき」の状況から考えて、魔神教はソシアの変異種を人工的に作ろうとしている可能性がある。それから、各地でルッカ君のように小規模な里や村が消えているらしい。これも魔神教の関与が疑われている。・・・私が現時点で把握できているのはこのくらいだ」
ゲブリエールはパーティたちの目を見て、喋り終える。
「お姉ちゃん・・・「風神」のヘレナのことはなにか知りませんか?」
ルッカがゲブリエールに尋ねる。
「・・・残念だが、彼女が所属しいてたパーティ「桜花」が解散して以降の確実な情報は手持ちにはない」
「確実じゃなくてもいいからなにかないんですか?」
ルッカはなおも食い下がる。ゲブリエールは困った顔をする。
「・・・各地で発生した小規模な村や里が消失した事件について、生き残りが「風神」の特徴と酷似する証言をしたという話は聞いている。だが、それが彼女自身かはわからない」
先ほどジルベルトから聞いた情報と同じだ。やはり姉は魔神教に関与していたのだろう。
ルッカは頷いて「ありがとうございます」と礼を述べた。
「・・・ここまで話した内容は、この間も言ったが、十分に取り扱いに気を付けてくれたまえ。もう君たちは魔神教に深く関わり過ぎてしまった。いつ命を狙われてもおかしくない」
グラシアナは心の中で「そうね」と呟き、先ほど始末したジルベルトの姿を思い浮かべた。
もうこのメンバーはいつ「彼」から抹殺命令が出てもおかしくない程、「組織」の内情を知ってしまった。
これでもう後戻りはできない。彼らは「彼」に利用価値がある間は生かされ続けるだろう。しかし、価値がなくなったら・・・。
グラシアナは目を細める。
殺すしかない・・・。
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