第11話 裏切者
———————— 大都市ネゴル ギルド 診療所 午前 ————————
「・・・嘘でしょ?」
「いや」とジルベルトは首を振る。
「・・・銀髪のエルフは他にもいるんじゃないか?」
ユージンが別の可能性があることを指摘する。
「・・・僕が知る限り、エルフの剣士はかなり少ない。理由はわかると思うが、僕たちの種族は基本的に接近戦に向かないからだ。狩人や魔法使い、神官は多いが、武闘家と戦士はほとんど選ばない。僕は冒険者をそれなりに続けているが、エルフでランクC以上の剣士は僕とヘレナ以外に見たことがない」
ジルベルトは言いにくそうに、しかし、はっきりと事実を述べる。
「でも・・・もしかしたら冒険者じゃない、名前の知られていないエルフの剣士の可能性だってあるわけよね?」
グラシアナがルッカを見ながらユージンの説をフォローした。
「ああ。・・・だからあくまでも可能性だ。ヘレナの消息がわからなくなったタイミングの直後からこうした事件が立て続けに起きているということ、特徴がヘレナにも当てはまるということ。それだけだ。・・・だが、僕はそれを知っていて君に伝えないわけにはいかないと思った」
ジルベルトはルッカに暗い顔を向けて話す。
「・・・ちょっとついていけない・・・。もし、お姉ちゃんがそうなら・・・お姉ちゃんは自分で自分の里を滅ぼした・・・ってこと?」
ルッカの脳裏にあの時の情景がフラッシュバックする。
焼けた木材や火薬の匂い・・・血や臓腑、髪の毛などの燃える悪臭・・・。
そして里を焼く炎・・・。
目の前で火だるまになり、身体を仰け反らせて絶命する幼馴染の親友。
下半身が潰され、炎にのまれながらも自分のことを案じてくれた力持ちで手先の器用な父親・・・。
父親の目の前で身体中を剣で刺され、壁に縫い付けられていた料理自慢の優しい母親・・・。
『早く行け。お前だけでも生き残れ』
父親の言葉がルッカの頭に響く。
そうだ。確かにあの時、父親はそう言った。「お前だけでも」と。
あの時、姉は里に帰ってきていた。
なぜ娘2人をなによりも大切にする父親がルッカの身だけを案じたのだろうか。
父親はあの状況の中、姉がどうなっていたのかを知っていた。
もし、「お前だけでも」という言葉が姉を知っていての言葉だとするならば、それは姉が死んでいるか、あるいは助からない状態にあるか、または姉が自分たちとは別の側に立っている場合にしかありえない。
あの時は父親が、姉が死んだと思っていると考えていた。しかし、姉は生きていた。
『いいから早く逃げなさい。この先にはまだあいつらがいる。今きた道をすぐに引き返すんだ』
記憶の扉が開き、父親の別の言葉が思い出される。
「この先にはまだあいつらがいる」・・・つまり父親は仮面の集団のいる場所を知っていた。
そしてそこにいたのは魔神教だけでなく、姉ヘレナもだった。
「うう・・・」
ルッカは頭を抱えてうずくまる。
色々な情報が頭の中を駆け巡る。
情報がパズルのように1つ1つカチリ、カチリとはまっていく。
あの時あった漠然とした違和感がジルベルトの言葉で徐々に形を持ち始める。
「ルッカ・・・大丈夫?」
グラシアナがルッカの肩に触れる。
「大丈夫・・・。ちょっとだけ考えさせて」
ルッカはなおも情報の海からパズルのピースを1つずつ拾いあげ、自分の仮説を組み立てていく。
父親や母親、仲間を守るために姉が魔神教に立ち向かっていた。
ルッカは姉ならそうするだろうと疑わなかったし、あの時はそうしているものと思っていた。
だから父親は姉が魔神教と戦っているのを知っていたから「今きた道をすぐに引き返すんだ」と言ったのだろうか?
そうだ・・・。それでもおかしくないはずだ。
やはり姉が魔神教に関与しているわけはない。ジルベルトの思い違いだ。
ルッカは納得しかける。
しかし、違和感がまだ残る。
炎の中で姉と再会したあの時の記憶が呼び覚まされる。
あの時、姉はなにをしていた?
父親は下半身を潰され、動けない状態だった。
つまり、父親があの仮面集団がどこにいるかを知ってから少なからず時間が経過している筈だ。
だが、あの時、ヘレナは仮面の集団と向かい合っていたが、武器は持っておらず、交戦しているようには見えなかった。
もし、姉が先ほどのルッカの仮説通り、魔神教に立ち向かっていたのだとしたら、彼女はなぜ剣を抜いていなかったのだろうか?
向こうも剣を抜いたのはルッカを見てからではなかったか?
あの時、姉はなぜ魔神教の誰にも襲い掛からなかったのだろうか?
彼女が魔法を放ったのはルッカを守るためだった。
その時の言葉はなんだった?
『私の妹に手を出すな。出せば全員タダじゃおかない』
おかしい・・・。
おかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしい!!!!!!!
「出せば全員タダじゃおかない」という言葉は絶対におかしい。
もうとっくの昔に、「全員タダじゃおかない」状況になっていた筈だ。
それではまるで・・・。
まるでルッカを殺す以外は予定に含まれていたような・・・。
「お姉ちゃんが・・・魔神教?」
ルッカはポツリと呟く。
その言葉を声に出した途端、頭がしびれ、つま先や手の先が冷たくなっていく。
全てつながってしまう。説明がついてしまう。
信じたくない。尊敬する姉が、あの優しい姉が・・・。
脳裏に炎の中で剣を抜き放つ姉の姿を思い出す。
見ないようにしていた。気づかないようにしていた。
しかし、彼女はとても記憶力が良い。
あの時、姉のマントの内側になにが見えたのか・・・。
記憶の中で、姉の姿を拡大していく。そこにあったのはあの奇妙な模様の仮面・・・。
「・・・いやぁぁぁぁ」
ルッカは小さな悲鳴を上げ、涙を流す。
足に力が入らない。
その場にへたり込んでポロポロと涙を流す。呼吸が乱れ、自分の吸い込む空気の音がやたら大きく聞こえる。
グラシアナやジルベルトが自分を呼ぶ声が遠くに聞こえた。
苦しい。呼吸ができない。
意識が徐々に遠のいていく中で、ルッカはある結論に達する。
そうだ。
ジルベルトに言われるまでもなかった。
情報は自分の記憶の中に全てあった。
姉・・・ヘレナは魔神教だ。
———————— 大都市ネゴル 入り口 午前 ————————
ジルベルトを見送るためにネゴルと街道をつなぐ扉の前にパーティたちは集まっていた。
「・・・ルッカは?」
ジルベルトは遅れて現れたグラシアナに尋ねる。
「・・・気を失っているわ。緊張しすぎて呼吸がうまくできなかったみたい。今、診療所で休ませているわ」
「・・・最後の最後に酷いことをしてしまった。彼女には謝っておいて欲しい」
ジルベルトは暗い顔で頭を下げる。
グラシアナはううん、と首を振る。
「あの子はあの日の答えを探していた。あなたはその答えを持っていた。そしてあなたはあの子にその答えを教えたことを選んだだけ」
「・・・うん」
ジルベルトは頷く。
「・・・しばしの別れじゃ、ジルベルト」
「ああ、ヴァルナ、君も元気で」
ヴァルナとジルベルトが笑みを交わす。
「ジルベルト、帰りも気をつけろよ。馬車でも襲われることはあるんだからな」
オルロが大都市テベロまでの旅路を心配する。ネゴルからテベロまで馬車で1週間はかかる。
ユシス村での一件で、馬車でも魔物や人間に襲われることはあるのだということは皆わかっていた。
「まあ1人でも僕を倒すならそれなりに準備しないと無理だろう。大丈夫だよ」
ジルベルトは笑ってみせる。
「・・・ジルベルトさん。また会おう。・・・本当に気を付けて」
「? ああ、ユージン。必ずだ」
ジルベルトとユージンが握手を交わす。
「それじゃあ、皆。・・・また」
ジルベルトを乗せた馬車が発車する。それをパーティたちは見送った。
パーティたちは一旦解散し、夕方のゲブリエールとの会談まで各々の時間を過ごすことにした。
———————— 大都市ネゴル近辺 午後 ————————
ジルベルトを乗せた馬車が街道を走る。今日は天気があまり良くない。タージノ村までつければ良いが、夜営の場合には雨は少々困る。
「ふう・・・」
ジルベルトは馬車の荷台でこの1~2週間の出来事を思い起こしていた。
別れ際にルッカを傷つけてしまったことが悔やまれるが、この臨時パーティは非常に楽しかった。
彼らとはまるで長年一緒に戦ってきた仲間のような関係になれたと思う。
「羽つき」という化け物はジルベルトから多くのものを奪っていたが、その化け物がいなければ彼らには会わなかっただろう。
ベアトとゼルマに早く会いたい。そして自分の体験を話したいと思った。
それから・・・。
ジルベルトはヘレナの姿を思い出す。
長い銀髪の美しいエルフ。同族のジルベルトでも見惚れてしまう美貌の持ち主。
妹のルッカもいずれあのような美しい女性になるのだろう。
「・・・ヘレナ」
同族同職業の先輩冒険者であり、剣の師匠である彼女には多くのことを教わった。
妹のルッカの反応を見て、彼女が魔神教に関わっていることを確信した。
だが、どうにも彼女が悪人だとは思えない。
ルッカの人柄や姉への慕い方を見て、一層そう思える。
なぜ彼女は魔神教に関わっているのだろうか。
なぜ多くの人たちを殺して回っているのだろうか。
なぜ家族や里の仲間を殺したにも関わらず、ルッカは生かしたのだろうか。
彼女はいつだったか妹がいるという話をしてくれた。自慢の妹だと言っていた。
エルフにしては狩りは下手くそだが、いつも一生懸命で、誰にでも優しい、里中から愛される可愛い妹だと。
ヘレナはなぜその可愛い妹を苦しめるようなことをしているのだろうか。
「・・・」
その時、ガタン、と馬車がなにかに乗り上げ、直後からガタガタと振動が大きくなる。
「ん?」
ジルベルトは馬車の荷台から窓の外を眺め、そこで違和感に気付く。
この馬車はいつの間にかテベロへの街道を外れている。
「おい、どこに向かっているんだ?」
ジルベルトは御者に声をかけたが、返事がない。
「・・・!?」
ジルベルトは荷台から御者をのぞく。
その時、車輪が大きな石にぶつかり、手綱を握っていた御者がどさり、と御者台から転げ落ちる。
馬車の荷台の後輪が落下した御者の身体を巻き込み、荷台が大きく斜めに傾く。
ジルベルトは咄嗟に武器を掴み、馬車の荷台から飛び降りる。
「!?」
御者の首に弓が刺さっていた。
空は曇っており、ゴロゴロ・・・と遠くで雷の音が聞こえる。
もうすぐ雨が降る。
「・・・」
ジルベルトは黙って腰から剣を抜いた。
いつの間にか仮面の集団に周りを囲まれている。
「魔神教・・・」
「そうよ」
「!?」
仮面の集団の中から見覚えのある顔が姿を現す。
「グラシアナ・・・」
つい先ほどまで一緒にいた狼の獣人。
優しく、時に厳しい、強く美しいオネエの武闘家。
「なんで君が・・・」
ジルベルトは掠れた声を絞り出す。
グラシアナは寂しそうな顔をして首を振った。
「・・・余計なことを言わなければ良かったのに。そうしたらアタシはアンタを見逃してあげられた」
「余計なこと?・・・ヘレナのことか」
ジルベルトは動揺しながらグラシアナに尋ねる。
「そう。・・・そこまで「組織」のことを知られていたら見逃すわけにはいかないわ。・・・特にヘレナの情報は絶対に知られちゃいけないの」
グラシアナは鋼のグローブを構える。
しびれる頭の中で、ヘレナの情報をジルベルトに売った情報屋が「他言無用」と言っていたことを思い出す。
「・・・ゲブリエールが言っていたのを覚えてない?世界は魔神教の情報をあえて隠してるのよ」
雷が鳴り、ポツポツと雨が降り始める。
「グラシアナ・・・なんで君が・・・」
ジルベルトが震える手で剣と盾を構える。あのグラシアナがぞっとするような目でこちらを見ている。
「フフフ・・・お喋りはここまで。夕方までには戻らなきゃいけないから。・・・ちょっと寂しいけどさようなら、ジルベルト」
グラシアナは音も無く地面を蹴り、ジルベルトに接近する。
恐ろしい速さだ。
強化ブーツが火を噴き、爆発的な速度でジルベルトの頭目がけて回し蹴りが飛ぶ。
「やめろ!」
ジルベルトは鋼の盾でグラシアナの蹴りを受け止める。
強い衝撃でジルベルトの手が痺れる。
重い・・・同じレベル3にも関わらず、攻撃力に大きな差を感じる。
「・・・くっ」
ジルベルトはエルフの剣を振るうのを躊躇する。
「・・・甘いわね。こういう時にはためらっちゃだめよ」
グラシアナの拳がピンク色の光を放つ。
武闘家の戦闘スキル『連打(2)』だ。
彼女が「羽つき」を葬った『ひき肉』の通り名の要因になった必殺の一撃。
本気で彼女は僕を殺す気だ・・・。
ジルベルトはこの時、ようやく状況を飲み込める。
魔神教のことを知り過ぎたジルベルトの口封じに魔神教の信者であるグラシアナが直々にやってきたということだろう。
部下を複数連れていることからグラシアナが魔神教でもそれなりの立場にいることがわかる。
ピンク色に輝く拳がうなりを上げてジルベルトに迫る。
ジルベルトは鋼の盾をしっかりと構えてグラシアナの『連打(2)』を正面から受け止める。
彼女もジルベルト相手に全力が出せなかったのか、『連打(2)』は完全な威力を発揮せず、ジルベルトはガードに徹したことで、2回目の攻撃も軽傷でしのぎ切る。
が・・・。
「ぐっ・・・」
ジルベルトは自分の考えが甘かったことをすぐに悟る。
傷口が痺れ、酷いめまいと吐き気に見舞われる。
胃液がこみあげてきて、ジルベルトはたまらず嘔吐する。
・・・毒薬だ。
思えば彼女は常時、毒薬を携帯していた。狩人や武闘家、戦士には毒薬や麻痺薬を戦闘に用いる者もいるため、気にも留めていなかったが・・・。
よく考えれば彼女がそれを使ったところは一度も見たことがない。
「・・・こういう時のためか」
ジルベルトは剣を構えるが、毒のめぐりが速く、すでに視界が定まらない。
エルフ族のみに与えられる『森神の加護』を発動するか迷ったが、これは体力と魔力を1回だけ完全回復するだけで、状態異常の無効効果はない。
使いどころはもう少し先だろう。
ジルベルトはそう考える。
グラシアナは高い敏捷性を誇るが、その分重い装備はつけられない。
1撃当てれば状況は逆転できる。
ジルベルトは細身の長剣を握り、意識を集中させる。
やらなければやられる。
もう、戦うしかない。
「ウォォォォォオオオン!!!!」
グラシアナが吠える。
『獣神の加護』を発動し、彼女の身体が大きく膨れ上がり、凶悪な人狼がジルベルトの前に姿を現す。
その拳は再び『連打(2)』を発動し、ピンク色の光を放つ。
ジルベルトは覚悟を決め、エルフ族に伝わる名剣に魔力を込める。すると剣から魔法陣に書かれているものと同じ文字が浮き出してくる。
ジルベルトの奥の手『魔法剣』だ。これならば『獣神の加護』を発動したグラシアナにも届くはずだ。
凶悪な人狼が涎を垂らしながらジルベルトへと駆ける。
ジルベルトは魔法の文字が浮かぶ細身の長剣を構え、人狼の身体を横に斬り裂いた。
・・・かのように見えたが、
次の瞬間、ジルベルトの視界が真っ赤に染まる。
ジルベルトはビクビクと痙攣しながら長剣を取り落とす。
ジルベルトの一閃を跳躍でかわした人狼は、その大きな顎でジルベルトの首から肩にかけて鎧ごと噛み砕いていた。
雨が激しく降り、ジルベルトの身体から飛び散った血が周りを汚すことを許さない。
まるでジルベルトの最期の主張すら天は認めないと言っているかのようであった。
雨に濡れてどんどん冷たくなっていくジルベルトの身体から『獣神の加護』の解けたグラシアナはゆっくり牙を抜く。
どしゃり・・・と先ほどまでジルベルトだったものが地面に転がった。
「・・・ジルベルト。アンタのこと、結構好きだったわ」
グラシアナは床に転がるジルベルトを見下ろして呟く。
そして仮面の集団に向かって「片づけて」と指示を出す。
仮面の集団はジルベルトの死体を引きずり、どこかへと消えていく。
彼女の身体は魔物や魔獣の餌にでもなるのだろう。近いうちに『妖精剣士』ジルベルトは「失踪者」として処理されることになる。
グラシアナは雨に打たれながらヴァルナたちと夕方までに合流するために大都市ネゴルへと足を向けるのだった。
どうも!チョッキリです。いつも作品を読んでくださってありがとうございます。
本編の話ですが、ジルベルト・・・。個人的にはめちゃくちゃ好きなキャラでしたが・・・カノジョハシリスギタ・・・。まあ魔神教の方針から言ったら殺されるよね。グラシアナが仲間に手をかけるのはチョッキリ的にもやめて欲しかった。今回の伏線は第2章からこっそり張り続けていたものです。グラシアナの毒薬もグラシアナの章の持ち物を見てみてください。実は最初からしっかり持っているのです!いやー、怖いぜ姐さん。
次回はとうとうゲブリエールから魔神教のお話をきくことができそうです。ルッカちゃん、大丈夫かな?・・・次回もお楽しみに!




