第10話 クエストは打ち上げまでがクエストです
————— 大都市ネゴル ギルド 午後 (クエスト3日目) —————
ネゴルに戻ったパーティ一行はそのままギルドへ直行し、受付嬢オリガに事の顛末を報告する。
「本当にお疲れさまでした。初依頼で盗賊団に狙われることになるとは・・・災難でしたね」
「怖かった。マジで死ぬかと思った・・・」
アーニーは暗い顔で呟く。「でも・・・」と続ける。
「俺は・・・」
「ア―――――ニ――――――!!!!!!!!」
ギルドの入り口から大声が聞こえる。
ドタドタという音がして身なりの良い中年の男性がアーニーへ走り寄ってくる。
「盗賊団に襲われたと聞いたぞ!怖かったなぁ・・・。でもお前と『変異種殺し』たちが活躍して退けた、と。流石我が息子だ!!!」
アーニーを抱きしめて大声を上げて笑う。アーニーを息子と呼ぶ、ということは彼が大商人カルメロだろう。
カルメロは恐らく、金で雇った冒険者にアーニーたちを襲わせるフリをし、アーニーが勇敢に撃退するという自分が用意したシナリオ通りの展開だったと勘違いしているのだろう。
ユージンが代表して、カルメロに今回の依頼の報告をする。
「・・・それじゃ・・・お前は本当の盗賊団に殺されかけたってことか!?」
カルメロの顔がみるみるうちに青ざめる。
「その耳・・・」
カルメロはアーニーの左耳が裂けていることに気付く。
「おい、『変異種殺し』、お前がついていながらなんでこんなことに・・・」
「パパ!!」
アーニーがカルメロの腕を掴む。
「アーニー?」
「・・・パパ、俺は今回の旅で分かったことがあるんだ」
アーニーは父親に真顔で向き合う。
目を瞑り、ゆっくりと息を吸って、意を決したように口を開く。
「どうやら俺、冒険者には向いてないらしー」
「・・・」
カルメロはアーニーの顔を見て、しばらく口を開かなった。やがてゆっくりと頷く。
「そうか・・・」
「剣を振るったりするのは超疲れるし、歩くのはだりぃし、夜はベッドで眠れない。身体ギシギシで次の日は筋肉痛。それに今回思ったんだ。戦うって超怖いって」
アーニーは自分が体験してきたことを貧しいボキャブラリーで必死に語る。
ヴァルナに盗賊の処遇を委ねられた後から、彼の中で思うところがあったのだろう。
「ヴァルナっちや皆さんがいなければ、俺は死ぬとこだったわ。ずっと考えてたんだけど、やっぱり俺には殺す覚悟も殺される覚悟も超ありません。・・・冒険者にはなれないわ、俺」
アーニーはヴァルナを向いてはっきりとそう告げる。
「・・・でも朝にルッカちゃんたちに作ってもらった猪肉料理は最高に美味かった・・・。ねぇ、パパ、知ってる?肉って、四つ足で歩くんだよ」
アーニーは身振り手振りを使ってカルメロに自分の体験を語る。
「魔獣と戦った時は魔獣がこんな風に襲い掛かってきて・・・盗賊に捕まった俺をユージンがこんな風に・・・」
活き活きと体験を語るアーニーの姿にカルメロは目を細める。
「そうか・・・いい勉強になったな」
カルメロはパーティたちに向き直る。
「先ほどは失礼なことを言ってすまなかった。・・・息子が良い顔つきをしている。恐らく良い体験をさせてもらったのだろう。ありがとう」
カルメロはそういって頭を下げた。
「・・・俺さ、思ったんだよね~。冒険は普通の人はできないじゃん?怖いし、危ないし。・・・でもその体験は滅茶苦茶スリルがあるのよね。だから吟遊詩人たちの歌だけじゃなくて、もっと実際の場面を再現する方法ないかな」
アーニーはブツブツと呟く。そして、うん、と頷く。
「ねぇ、パパ。ヴァルナっちたちの依頼報告書だけどさ、今あるもの全部とこれからのものをうちでも仕入れようよ。ちょっと俺、やりたいことを見つけちゃったかもしんない」
「ふむ。構わんが・・・」
カルメロは息子が今まで見たこともない真面目な顔をしていることに驚く。
「まさに、男子、三日会わざれば刮目して見よ、だな・・・。旅に出して良かった」
「・・・じゃあ、そろそろお別れだね、皆」
アーニーはしんみりとパーティに別れを告げる。
「・・・まだじゃ」
ヴァルナは首を振る。
「え?でも依頼の報告も報酬も受け取ったし・・・」
アーニーはキョトンとした顔をする。他になにがあるのだろうか?
「お主は今回限りで冒険者をやめるのかもしれんが、冒険者には冒険者の流儀がある。依頼を受けて、依頼を果たして、ギルドに報告受けて・・・その後はなんじゃ?」
「?」
「・・・はぁ・・・お主はなんのために働いたのじゃ?」
ヴァルナはため息をついてから頭をかき、そしてアーニーの胸倉を掴んで顔をぐい、と寄せて笑った。
「酒じゃ。冒険は依頼を受けるところから始まり、宴で締める。覚えておけ」
「カルメロさんも一緒にいきましょう」
ルッカが微笑む。
その晩、ヴァルナ、ユージン、グラシアナ、ルッカ、ジルベルト、アーニーそしてカルメロは酒場で心ゆくまで料理と酒を楽しんだ。
アーニーはこの後、父カルメロの援助を受け、ギルドから買った冒険の報告書を題材とした演劇を行う「アーニー劇団」を立ち上げることになるが、それはまた別の話だ。
———————— 大都市ネゴル ギルド 午前 ————————
翌日、パーティは診療所に集まっていた。
皆、オルロの周りをアン、リョーと共に囲む。
「・・・どう?」
アンがオルロに尋ねる。
オルロの足には銀色の高機能義足が取り付けられている。
「これ・・・凄いな」
オルロは足の指を動かす。まるで自分の本当の指先のように神経が通っている。歩いてみるが違和感がほとんどない。
外に出て試しに跳んだり、走ってみたりするが、むしろ以前よりも速いくらいだ。新機能も試してみたが、問題なく動作することが確認できた。
「・・・ホント、ギルドの技術力って凄いよね」
再び診療所の個室に戻り、オルロは技師に義足を見せる。技師がオルロの義足を調整するのを見ながらユージンが呟く。
ギブラの技術と比べればまだまだ未熟だが、この義眼や義足の技術はそれ以外の文明レベルに比べてかなり発展している。
これもユージンがギルドをイマイチ信用できない要因の一つだ。
これ程の技術があるならば、武器や防具ももっと進歩して良さそうなものだが、なぜかこの技術が他のものに応用される気配がない。
技術はギルド独占で、他の職人たちが分解できないような仕組みが施されているとも聞く。
「接続してる部分に痛みはないですか?」
技師が義足の調整を行いながらオルロに確認する。
「大丈夫だと思います」
オルロは頷く。
「義眼も義足も定期的なメンテナンスが必要になります。必ず依頼と依頼の合間にメンテナンスに来ること。高価なものですから酷使して壊れたら大変ですよ」
技師はオルロとユージンに念押しする。
ユージンは先ほど「羽つき」の依頼後、メンテナンスに出さなかったことを叱られたばかりだ。戻ってきてすぐに魔法陣の研究に打ち込んでいてすっかり忘れていた。
技師はオルロの義足が問題なく動くことを確認して部屋を出ていく。
「・・・皆、ありがとな」
オルロが自分の義足の代金を支払うために依頼を受けてくれた仲間たちへ頭を下げる。
「ジルベルトさんもありがとう」
「気にしなくていい。僕も仲間も君たちに救われたんだ。これくらいじゃ足りないくらいさ」
ジルベルトは首を振る。
「・・・僕はこれからテベロに戻るよ。戻ってやらなきゃならないことがあるから」
「ジルベルト・・・」
グラシアナがジルベルトに抱き着く。ジルベルトはグラシアナの大きな背中に手を回す。
「本当にありがとう。・・・気を付けてね」
「ああ。グラシアナも元気でね」
ジルベルトはグラシアナに別れを告げる。
「強力な前衛がいなくなっちゃうのは惜しいが、仕方ないね」
ユージンが不器用に別れを惜しむ。ジルベルトは笑ってオルロを見る。
「その代わり君たちのリーダーが戻ってくるじゃないか」
「・・・そうだな。ジルベルトさんの分も活躍してくれよ。リーダー」
ユージンはオルロに笑いかける。
「おいおい、いくらなんでもジルベルトさんの代わりってのは荷が重すぎるだろ」
オルロは苦笑いする。
「・・・ヴァルナ」
ジルベルトはヴァルナに声をかける。ヴァルナは「ん?」と顔を上げた。
「・・・君はなんというか・・・他の冒険者にないなにかを持っている。君はいずれなにかを成す人間だろう。だが、どうか今のままでいてくれ」
「・・・?」
ヴァルナは首をかしげる。ジルベルトは笑って首を振った。
「・・・いや、なんでもない。君がもし国を作るなら、その時は僕にも声をかけて欲しい。君の手伝いをしよう」
「ほう・・・。約束じゃぞ」
ヴァルナはニヤリと笑う。
「ああ。必ずだ」
ジルベルトは微笑み、ヴァルナと拳を合わせる。
「・・・ルッカ、言おうかどうか迷ったんだが、君にはもしかしてお姉さんがいないか?」
「?!」
ルッカが目を見開く。
「名前はヘレナ、違うかい?」
「うそ・・・」
ルッカは口を押えてジルベルトを見つめる。グラシアナは内心、物凄く驚いたが、表情には出さず、腕を組みながら耳を傾ける。
「お姉ちゃんを知ってるの?」
「もちろんだ。「風神」ヘレナは同胞の中でも有名だし、それに彼女は僕の先輩でもある。エルフの剣士って珍しいからね。彼女も剣が使えるし、随分面倒を見てもらったよ」
予想外のところから探していた姉の存在を知る者が現れ、ルッカは戸惑う。
「・・・お姉ちゃんが今生きてるかどうかわかる?」
「今は消息不明なのか・・・」
ジルベルトは顔を曇らせる。
「・・・ジルベルトさん、ルッカが先輩の妹だとわかって言わなかったのにはなにか理由があるの?」
ユージンがこれまでジルベルトがルッカに語らなかったことについて言及する。
「・・・・・・・・・ルッカ」
ジルベルトは長い沈黙の末、口を開く。
「僕はなぜ君のお姉さんが消息不明になっているのかはわからない。だが、それと関係があるかもしれないことは知っている。君が望むなら僕は君にそれを話そうと思う。ただ、聞くなら覚悟をして聞いて欲しい」
「聞かせて!」
ルッカはすぐに返事をした。
「お姉ちゃんに一体なにがあったの?」
『いい?ルッカ、こいつらがこの里を襲った犯人よ。こいつらは魔神ウロスを信仰する邪教徒———魔神教よ。なんでこの里を襲ったのかはわからないけど、絶対に関わってはダメ』
紅蓮の炎が里を燃やす、その中で業物の大剣を構え、ルッカを守る姉の姿を思い出す。
もう何か月も前のことなのに今でもはっきりと目に焼き付いた光景だ。
「1年以上前かな・・・ヘレナとそのパーティ『桜花』はある依頼に失敗し、ヘレナ以外が全員亡くなった」
「うん」
それはルッカも姉の消息を調べる過程で耳にしたことがある。牛頭人身の怪物———ミノタウロスの討伐依頼で、ヘレナだけが生き残り、帰ってきたという。
それ以降、彼女は依頼を受けていないため、どこでなにをしていたかという情報がない。
「僕の先輩で、剣の師匠でもあるからね。心配でその後色々調べたのさ」
ジルベルトは喋るの一旦やめ、周りを確認してから声を潜める。
「・・・ギルドマスターが「魔神教の情報をあえて隠している」って言ってたのを覚えているかい?」
『薄々勘付いているかもしれないが、これは世界があえて隠している情報だ。そこに触れるということは君たちを狙う者たちもいるかもしれない。・・・その覚悟はあるか?』
確かにあの時、ゲブリエールはそう言っていた。その場にいなかったルッカとオルロも応接室で聞いた内容については情報共有をしているので知っている。
「僕もこの情報は仕入れ先の情報屋からかなりきつく他言無用と言われている。・・・が、どうやらエルフの里が跡形もなく消滅したケースはルッカ、君の里だけじゃないらしい。それだけじゃない。ほとんど他と交流のないような小規模な村もこの1年でいくつか地図から姿を消している」
「魔神教が他のところにも私の里と同じことをしているってこと?」
ルッカが目に怒りを宿らせながらジルベルトに問う。ジルベルトは頷き、そして迷うようなそぶりを見せる。
「・・・言って欲しい」
ルッカがジルベルトに頼む。
「・・・落ち着いて聞いて欲しい」
ジルベルトは口をゆっくり開く。
「・・・その無くなった村や里のいくつかで生き残りがいたらしいんだが、彼らの話では長い銀髪の大剣を持ったエルフが仮面をつけた集団を率いて襲った、というんだ」
「・・・・・・ッ!!」
ルッカは口に手を当てて驚く。
ジルベルトは息を吸って、大きく吐いてからルッカの目を見て静かな声で言った。
「言い方を変えよう。・・・君のお姉さん———ヘレナは「魔神教」に関与している疑いがある」




