第9話 不思議な夢と「マジでちびる」金持ち息子
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しとしと、と雨が降っている。
辺りは薄暗く、遠くは見渡せない。
沢山の墓標が立ち並んだ墓地の一角にオルロは立っていた。
季節は夏なのか、雨に濡れて土の匂いが立ち昇ってくる。
・・・見覚えのある光景だ。オルロはこれが夢であることを薄っすら理解していた。
だがその意識もすぐに夢の中の人物の意識に上書きされてしまう。
「ねぇ、レンナルト」
小柄で知的な顔立ちのトントゥが墓標に向かいながら、レンナルトに話しかける。
栗色のショートボブの髪型、タイガーアイのような金褐色の瞳、色白で細い身体の男だ。
「神はなぜ人に「死」を与えたのだろうか」
「・・・考えたこともないな」
レンナルトは栗色の髪のトントゥに応える。
彼はよく難しいことを考える。彼にとっても自分にとっても「死」は身近で当たり前のものだ。世界を救うためには他の全てを犠牲にしても戦わなければならない。
その覚悟をして、ここまで共に歩んできた筈だ。
「お前は後悔しているのか?」
レンナルトは墓標を見て呟く。今日もまた1人、大切な同志を失った。
ゴドフという戦士だ。彼は「組織」メンバーの1人だった。
レンナルトが「組織」の剣ならば、ゴドフは盾だった。
寡黙だが仲間想いで、危険な場面では何度も助けられた。
「・・・正直心が折れそうだよ」
「アルノルト・・・」
「でも」とトントゥは続ける。
「僕たちは止まるわけにはいかない」
「そうだ」
アルノルトの言葉にレンナルトは頷く。
アルノルトは高い知能と抜群の魔法センスを持った優秀な指導者だ。
まるで未来を見通すかのような作戦を立て、いつもレンナルトたちを救ってきた。
犠牲も出たが、彼のおかげで「組織」は今やここまで成長している。
彼は「組織」の脳・・・あるいは心臓だ。
彼だけはなにがあっても守らなければならない。
彼を慕って大勢の人たちが集まった。いつしか彼は人から『救世主』とか『教祖』と呼ばれるようになった。
まるで宗教だ。
だが、確かに世界には彼が必要だ。なにを犠牲にしても彼だけは守らなくてはならない。
「・・・もうすぐだ」
アルノルトは雨に打たれながら墓標に語り掛ける。
「・・・もうすぐで神に届く。僕たちが世界を変えるんだ。もう・・・誰も死ななくて良い世界に・・・」
アルノルトは腰にぶら下げていた奇妙な模様の入った仮面を取り出し、被る。
「その目的が達せられるなら僕はなににでもなろう。信じる者は必ず救われる。そんな世界を僕は必ず作って見せる」
「・・・それでこそ、俺たちのリーダーだ」
彼はレンナルトたちの希望だ。彼の掲げる理想は荒唐無稽な夢物語だが、彼が言うならばそれは必ず叶うだろう。
いや、叶えてみせる。それが「剣」であるレンナルトの使命なのだから。
————————— 大都市ネゴル 道具屋 —————————
「・・・!?」
オルロは目を覚まして、辺りを確認する。
まだ真夜中だ。道具屋の客室に月明りが入り込んでいて、カーテンを開けると路地裏がのぞける。深夜のネゴルの路地裏は流石に人通りが少ない。
オルロは仮の義足ができたため、診療所を追い出され、アンとリョーの厚意に甘えて、昨日から道具屋に泊めてもらっていたことを思い出す。
ベッドが変わって、脳のなにかしらを刺激したのか、妙にリアルな夢を見た。夢の筈だが、妙に内容をはっきりと覚えている。
レンナルトの夢だ。
ヤルス城の隠し部屋で見た夢と同じく、自分が魔神教の仮面をつけた人間と親しげに話をしていた。
相手は「アルノルト」というトントゥだ。
確か、前の夢でもその名前が出てきた気がする。
というよりも、あの顔・・・どこかで・・・。
「あ・・・」
オルロは思わず自分の口を塞ぐ。
「栗色の髪の賢そうなトントゥ?・・・いや、いやいやいや・・・ありえないだろ」
眼鏡こそかけていないが、あの姿はまるで・・・。
「ユージン・・・なのか?」
オルロは呟く。
「いやいやいやいや、夢だ。あれは夢。ユージンがたまたま出てきただけだろ・・・だけだよな?」
すっかり目が覚めてしまった。
我ながら悪趣味な夢だ。
「アルノルトという人物が仮に実在するとして、それがユージンだとして、それが魔神教のリーダー?ないないない。しかも、なんかアイツ良いヤツっぽかったし」
とてもじゃないが、ルッカの故郷を滅ぼしたり、ソシアの変異種を作ったりする組織の親玉には見えない。
「そもそも、ユージンがボスならなんでアイツ、目玉くりぬかれてんだよ。それにレベル1がボスなわけないだろ」
情報を整理していくと、自分がいかに滅茶苦茶な夢を見たかがよくわかる。
そう考えるとこの間の夢を見て、自分が魔神教の幹部かもしれないと思ったが、馬鹿らしくなってきた。ユージンと同じ理屈で、レベル1だった自分が幹部なわけがない。
睡眠は日中活動している脳の部位を休めると同時に、日中集めた記憶の整理をしているといわれている。だから見聞きしたものが夢に出現することはよくあることだ。
そして、過去の記憶がそのまま綺麗な形で夢の中で回想されたことなど今まであった試しがない。記憶喪失だからといって、今の夢が過去に実際あったことを再現しているわけはない筈だ。
オルロは自分にそう言い聞かせると、再び布団を頭からかぶった。
————— 大都市ネゴル付近 午後 (クエスト2日目) —————
「・・・やっべ、マジちびるわぁ・・・」
戦闘終了後の第一声はアーニーだった。彼の股間からはぽたぽたと滴が垂れていた。
「マジでちびってんじゃん・・・」
ユージンは本を閉じ、彼の股間を見てコメントする。
剣を向けられて極限の緊張状態だったのだ。そこから脱して全身の力が抜けてしまって失禁するのは致し方ないことかもしれない。
ユージンも無事に新型の魔法陣が発動できてほっとした。あれが失敗に終わっていれば、状況はもっと悪かった可能性がある。まあそれでもヴァルナがなんとかしてしまっていたと思うが・・・。
「おっふ・・・気持ち悪い」
アーニーが濡れたズボンの感想を漏らす。女性陣だらけのこのパーティでこの状態はなんとも不憫だ。
「・・・とりあえず、服変えなさいよ」
グラシアナがため息をついて服を着替えるよう提案する。
「着替えなんて持ってきてないっす・・・」
「その辺にいっぱいあるでしょ」
「へ?」
アーニーはグラシアナの言いたいことを理解する。
「ええ・・・マジで?やだ、こいつら臭そう。風呂入ってなさそう」
「・・・とりあえず、今の君よりはマシだと思う」
ジルベルトが首を振り、冷静にツッコミを入れる。
「それは確かにそうっすわぁ~」
最終的にはアーニーもあきらめ、マントの男たちの1人からズボンを脱がし、履き替える。
「・・・さて、なんでこやつらが儂らを襲ったかわかったぞ」
ヴァルナがロープで必要以上にぐるぐるに縛ったヒゲの男を連れてやってくる。
ヒゲの男はなにをされたのかはわからないが、半べそ状態だ。
「・・・さあ、吐け」
「は、はいいいいい!!!!!」
ヒゲの男は返事なのか、悲鳴なのかわからない声を上げる。
「はようせんかッ!!」
「じ、じじじじ自分らは表向き冒険者で、裏で盗賊団をやっていまして・・・。街でカルメロが他の冒険者にご子息を襲うフリをさせる計画をしているのを偶然耳にしたんですぅ・・・。それで・・・」
「そ・れ・で?」
ヴァルナが大きな声で聴き返す。
「ひぃぃぃぃいいいい!!!!そそそそそ、それそれそれでッ!えー・・・えっとえっと・・・」
ヴァルナの声にヒゲの男はパニックを起こす。この短時間でよっぽど怖い目にあわされたのだろう。
「そいつらをぶっ殺して入れ替わったんですぅぅぅぅううううう!!!すみません。出来心でした。ちょっっっっっとだけ脅して父親から身代金をふんだくろうとしただけなんですぅぅぅぅううううう、ごめんなさいぃぃぃぃ!!!!!!!!!」
「・・・ということじゃ。初めての冒険が随分面白いことになったのう」
ヴァルナはアーニーに笑いかけ、「さて」と床に落ちていたアーニーの剣を拾って差し出す。
「こやつらは儂らを嬲るか殺すつもりじゃったわけじゃが、お主にも当然報復の権利がある」
「・・・!!」
アギン鋼の剣が先ほどよりはるかに重く感じる。
「さあ、どうする?お主は耳も裂かれたわけじゃが?」
「俺は・・・・・・・・・・・・」
アーニーは震えながら手にした剣を見つめる。
小便をちびるほど怖い体験だった。実際に死ぬかと思った。ヴァルナの言う通り、報復する権利もあるだろう。
実際、ユージンの魔法を直撃した何人かの盗賊たちは死んでいるが、申し訳ないとは思わない。
だが・・・。
アーニーは昨日の冒険で魔獣と戦ったことを思い出す。あの時は無邪気に魔獣を倒して調子に乗っていたが、それと人間を殺すのは全然違う。
アーニーは剣を地面に落とした。
「・・・これが冒険者じゃ。儂らは依頼によっては魔獣や魔物だけでなく人も殺す。これだけレベル差があれば捕えることもできるが、捕える方が殺すよりもはるかに難しい」
ヴァルナは真面目な顔でアーニーに事実を伝える。
「・・・殺す覚悟がないならば剣は持つべきではない。儂らは遊びで冒険をしているわけじゃないんじゃ」
「・・・」
「わかるな?」
アーニーは黙って頷く。
「さあ、もう一度問おう。こやつらはどうしたい?」
「・・・捕縛して衛兵に引き渡したい、です」
「わかった」
ヴァルナは頷く。
盗賊団は12人中4人が死亡。残り8人はヴァルナたちによって捕縛され、バラフカ村の衛兵に引き渡した。
その後、無事に依頼を終了させ、用意されていた馬車でネゴルに帰還した。
帰還の間、アーニーはすっかり静かになり、ほとんど口を開かなかった。
————— 依頼『バロンのお使い』 クリア —————




