第16話 長い長い戦いの果てに・・・
—— ヤルス城4F 玉座の間 13日目午前(ルッカ「黒目化」まで残り5日) ——
「・・・グラシアナ」
ユージンが長い沈黙を破る。
「・・・なに?」
「状況的に仕方がなかったけど・・・今回の目的は「羽つき」の生け捕りだった。ルッカやジルベルトさんたちの「黒目化」をどうやって止める?」
「あ・・・」
グラシアナの顔からさっと血の気が引いていく。
「いや、グラシアナのせいだけではない。そもそも儂が最初にヤツを斬った」
ヴァルナも青ざめた顔で俯く。
ヴァルナはボリスが殺された怒りから、感情に任せて剣を振るった。
しかし、彼女の力がなければ「羽つき」をあそこまで追い詰めることはできなかっただろう。
そして『魔神の加護』によって復活した「羽つき」がヴァルナを襲おうとしたため、二度と再生できないようにグラシアナが原型をとどめなくなるくらい攻撃した。
わかっている。これは責められるような状況ではない。「黒目化」したモーリッツたちもできる限り生け捕りにするように、とギルドに言われていたが、結局殺すしかなかった。
しかし、それで済む話でもなかった。
「毒」の研究をするにも、その「毒」を作り出していた「親」は原型を失い、床に散らばっている。・・・取返しのつかない事態になってしまった。
「・・・とりあえず床に散らばった体液だけでも集めて持って帰るしかないか。なにもないよりはマシだし、治療のヒントになるかもしれない」
ユージンがポーションの空き瓶に体液を詰める。
「ごめんなさい・・・」
グラシアナが消え入るような声で謝る。先ほどまで「羽つき」と戦っていた人狼とは思えない落ち込み方だ。
「うーん・・・しかし、この体液面白いね。鱗粉と混ざって動かすと中身が消える」
ユージンの集めた体液をジルベルトが受け取って興味深げに眺める。
「そうそう・・・って・・・ちょっと待った。ジルベルトさん?」
「ん?」
ユージンに呼ばれたジルベルトが瓶をもって首をかしげる。
「お前、「黒目化」でさっきまで苦しそうにしてたのに」
「あれ?・・・本当だ。そういえば・・・」
「はて・・・」とジルベルトが頭をかき、手を開閉したり、足を曲げたり、腰を捻ってみる。
「ん?治った・・・みたい?」
「・・・ちょっと見せて」
グラシアナが駆け寄り、ジルベルトの目を確認する。あらゆる角度から念入りに調べる。
「・・・白目が黒くなくなってる・・・」
「!? それって」
グラシアナの呟きにユージンが声を上げる。
「「羽つき」を倒したら「黒目化」が治ったってことか?それともジルベルトの身体が克服したのか?」
「・・・わからんが、オルロたちを迎えに行けばわかるじゃろう」
「僕も行く」
ヴァルナが部屋から駆け出していく。それにジルベルトも続く。
ユージンとグラシアナも顔を見合わせるとボリスの遺品を持って後に続いた。
—— ヤルス城3F 隠し部屋 13日目午前(ルッカ「黒目化」まで残り5日) ——
「ベアト、ゼルマ!!!」
ジルベルトが隠し部屋に入るなり、大声で仲間2人の名前を呼ぶ。
「ジルベルト!」
「ジル!」
トントゥの男武闘家ベアトとドワーフの女神官ゼルマがジルベルトの顔を見て、顔を輝かせた。
「・・・ヴァルナ、やったんだな?」
オルロが上体を起こし、ヴァルナに笑いかける。
「うむ。2人は?」
「・・・あの通りだ。ついさっき憑き物が落ちたように落ち着いたんだ」
ジルベルトは2人に抱き着き、無事を喜んだ後、ロープの拘束を解いていく。
「「親」の正体はなんだったんだ?」
「・・・ソシアの変異種じゃ。蝶と老人を合わせたような気味の悪い姿で、鱗粉を使って姿を消す能力を持っておった。儂らは「羽つき」と呼んでおった」
「変異種・・・「角つき」といい・・・これも「魔神教」の仕業なのか?」
オルロは「魔神教」という言葉に一瞬ためらいながらもヴァルナに問う。
「わからぬ。じゃが、「羽つき」も魔物らしからぬ戦術を使っておったし、奴のために誂えたような鎧を着ておった。・・・あれは人間用ではないじゃろうな。奴が手下に作らせた可能性も無くはないが・・・」
「裏で糸を引いている人間がいるのは間違いない、か・・・」
ヴァルナは頷く。
「・・・なあ、ヴァルナ」
オルロは意を決して自分が見た夢の話をしようとした。
「・・・それとな、これは早めに伝えておくべきじゃろう。・・・ボリスが死んだ」
「!?」
部屋がしん、と静まり返る。
「嘘だろ・・・」
「・・・本当だ」
隠し部屋にユージンとグラシアナが入ってくる。そしてユージンはオルロにボリスの認識票を見せる。
オルロが認識票を受け取り、確認すると、そこには確かにボリスの名前が刻まれていた。
「・・・くそ!!」
オルロは地面を叩く。
自分がいればもう少し状況は良かっただろう。
足さえあれば・・・。
いや、足がなくてもやりようはあったかもしれない。こんなところで呑気に寝ている場合ではなかった。
「・・・ボリスの遺品は回収した。ヨドークと共にネゴルに連れて帰ろう」
「遺体は・・・?」とオルロが聞きかけて、それを持っていない意味を悟る。
オルロたちは冒険者だ。綺麗な遺体が残ることの方が珍しい。
戦場では遺体を置いて帰ることも多い。だからこその認識票なのだ。
4人がボリスの遺体を持ち帰らなかったということはつまり、そういうことなのだろう。
「ジルベルトさんと2人の様子を見る限り、「親」が死んだことで「子」の「黒目化」は一斉に解除されたと考えていいと思う。あとはルッカとフルールの様子が気になる。急いで戻ろう」
ユージンがジルベルトとベアト、ゼルマを見て、それから残りのメンバーに方針を伝える。
ギルドの治癒師の見立て通りならばルッカの「黒目化」は終わっていない筈だ。そして、完全に「黒目化」してしまった前回の遠征で一緒に戦ったフルールのことも気がかりだ。
パーティは頷き、急ぎヤルス城を後にする。
ジルベルトたちが使用した馬車は襲撃にあい、使用不能になってしまったため、ヴァルナ以外が乗ってきた移動用の馬車に7人で乗り込む。
ジルベルトたちには悪いが、一旦大都市ネゴルへと向かうことにする。
—— ユシス村付近 13日目午後(ルッカ「黒目化」まで残り5日) ——
「・・・・・・参ったな」
帰路の馬車で、オルロは足の切断面を触りながら呟く。
覚悟を決めて告白しようとしたが、タイミングを完全に逸してしまった。
ヤルス城に見覚えがあること、それどころか記憶を失う前の自分が「魔神教」の幹部の可能性があること、これらを一体どのように伝えればいいのだろうか・・・。
そして、もう一つ。
自分はこの旅を彼らの仲間として本当に続けて良いのか。その資格があるのか。
昔の自分がどんな人物だったのかはわからない。
しかし、今の自分は少なくとも「魔神教」に加担する気は毛頭ない。
だが、完全に記憶が戻った時、今の自分がどうなるかはわからない。
意識の主導権が昔の自分になるのか、それとも今の自分のままなのか・・・。
仮に昔の自分に戻ってしまったら自分は、この仲間たちと対峙することになるのだろうか。
仲間を手にかけることはなんとしてでも避けねばなるまい。
「あー・・・そうか、ヤバい・・・」
その時、オルロはもう一つ大事なことを思い出した。
道具屋の娘アンとその父親リョーのエルフの親子のことだ。
自分が両足を冒険で失ったことを彼らが知ったらどんな反応をするだろうか。
少なくともアンは悲しむだろう。
そういえば稼げるようになったら薬草をしこたま買う約束もしていた。
冒険者になってから全く顔を出していなかった。リョーに殴られることも覚悟しなければなるまい。
「・・・気が重い・・・」
オルロは頭を抱える。
「・・・なあ、アイツ、なに一人でブツブツ言ってんだ?」
ユージンがグラシアナにコソコソと耳打ちする。
「・・・そっとしておいてあげなさいな。色々考えることがあるんでしょ」
グラシアナはユージンに「シッ」と指を唇にあてて黙らせる。
この旅で仲間を2人失い、自分自身も両足を失った。冒険者が引退するには十分すぎる理由だ。場合によってはオルロとの冒険はこれで最後になるかもしれない。
そう思うとグラシアナの心の奥がチクりと痛んだ。
監視対象たちと共に旅をするだけの筈なのに、いつの間にか自分にとってこのパーティは心地の良い場所になっていることに気付く。
「・・・できれば、ずっとこのままでいたいわねぇ・・・」
グラシアナは馬車の窓から外を眺め、そう呟く。
「?」
ユージンは膝に乗せた大きな本の上にいるイチゴウと目を合わせ、首を傾げた。
— 大都市ネゴル ギルド 診療所 17日目午前(ルッカ「黒目化」まで残り1日) —
ギルドの扉を開け、ユージンとグラシアナが中に飛び込む。続いて、オルロを抱きかかえたヴァルナと、ジルベルト、ベアト、ゼルマが続く。
「「問題児」のパーティじゃねぇか」
「え?ってことは例の謎の病気の?」
「あの事知ってるかな?」
「いや、まだ知らないだろ・・・」
「仲間が抱えられてるけど・・・うらやましいなぁ、おい」
「馬鹿!足、見ろよ・・・」
「ひでぇ・・・」
「っていうか後ろにいるの、テベロの「妖精剣士」か?」
野次馬たちを無視してパーティはギルドに併設されている診療所へ駆け込む。
「ルッカ!!!」
ユージンが声を上げて診療所に飛び込む。
「ちょっと、診療所ではお静かに・・・。あ、皆さん・・・」
治癒師のトントゥがユージンたちに気付き、頭を下げる。
「先生、ルッカとフルールは!?」
ユージンが息を切らせながら治癒師に尋ねる。
治癒師は顔を曇らせる。
「え、えっと・・・大変申し上げにくいのですが・・・」
治癒師は俯き、そして紙に文字を走らせ、それをユージンに渡した。
「・・・こちらにいらっしゃいます」
渡されたのは場所を記した簡単な地図だ。グラシアナが覗き込み息をのむ。
「・・・墓地」
「・・・ッ!!」
ユージンは唇を噛み、治癒師の胸倉を掴もうとして・・・そして、自制する。
話が違う、と文句を言っても仕方がない。
未知の病気の見立てなど正確にできるわけもない。
「行こう」
パーティは青ざめてギルドを飛び出していく。
———— 大都市ネゴル 墓地 17日目午前 ————
墓地はギルドから比較的、近い場所にあった。
ギルドの診療所で亡くなる冒険者も少なくないので、近い方がなにかと便利ということもここに墓地がある理由の1つなのだろうか。
その場所は戦いの中で命を落とした冒険者たちの魂を癒すのに相応しい、大都市ネゴルの喧騒を忘れるほど静かで、緑豊かな美しいところだった。
パーティは地図の示す場所に向かう。
その足取りはギルドに向かう時と比べてはるかに重い。
「嘘だって言ってくれ・・・」
オルロはヴァルナに抱きかかえられながら呟く。
少し恰好がつかないが、この状況でそんなことに文句を言う気にもなれない。
やがて、地図に書かれた場所にたどり着く。
そこには当然ながら墓石があり、女武道家のヒューマンと男魔法使いのエルフが立ち去るところだった。
「・・・ッ!!」
この2人はキーロンとフルールのパーティのメンバーだ。
「・・・お前たちのせいじゃない」
すれ違いざまに男魔法使いが声をかける。
「・・・フルールたちの仇を取ってくれてありがとう」
女武闘家が俯きながら小さい声で礼を言う。
そして2人は墓地から去っていった。
「・・・!!」
ユージンが墓石の前で膝をつく。
「嘘だ・・・」
「ユージン・・・」
「嘘だって言ってくれよ・・・」
「ねぇ、ユージン・・・」
ユージンの目から涙があふれる。
「ルッカ・・・。間に合わなかったのか」
「ねぇってば!」
「!?」
グラシアナだと思って無視していた声がやけに幼い声だと気づく。
振り返るとそこには花を持ったルッカが立っていた。
「る・・・っか?」
「うん。おかえり」
ルッカは頷いて、ユージンの肩に手を置く。
「え?なんで?」
手が透けていない。幻覚でも幽霊でもない。
ルッカの足を見る。足もちゃんとある。
ユージンはルッカの手を触る。
「え・・・ちょ、ちょっと・・・」
ルッカが顔を赤らめて手を引っ込める。
「体温がある。ゴーストでもアンデッドでもない?」
「う、うん」
「ルッカ!!」
グラシアナが抱き着き、ルッカの身体が浮き上がる。
「ちょ、ちょっと、姐さん苦しい」
「良かった・・・良かったわ」
グラシアナがルッカに頬ずりする。
「毛!姐さん、毛!チクチクする・・・」
「あら、ごめんなさい。長旅でちょっとおヒゲが・・・」
グラシアナはルッカをそっと地面に下す。
「・・・生きてたか・・・。なんだ、死んだのかと思ったぞ」
オルロがほっ・・・、とため息をつく。
「オルロ、なんでヴァルナに・・・。・・・・!? その足・・・」
ルッカが口に手をあてて息をのむ。
「・・・あー・・・これはまあ・・・後で話すよ。とりあえず良かった」
オルロは経緯を説明すると長くなるので、自分の事情は一旦後回しにする。
「・・・するとこの墓は・・・」
「・・・うん。フルールさんのお墓。近くにキーロンさんのお墓もあるよ」
ルッカによれば「黒目化」したフルールは4日前に突然黒い霧となって霧散してしまったという。
ギルドで拘束していた「黒目化」した人々は全員同じ結末を迎えたらしい。
結局、ネゴルで助かったのはルッカのみであった。
治癒師はフルールとルッカが同じパーティに所属していると思っていたらしく———確かに遠征軍という意味では一時的に同じパーティとも言えなくはないが———フルールが亡くなったことを伝えるのをためらっていたようだ。
「不謹慎かもしれんが、ルッカ、お主が無事で安心した」
ヴァルナはルッカに声をかける。
油断すると涙が出そうになる。
自分はこんなに涙もろかっただろうか、とヴァルナは心の中で呟く。
———— 大都市ネゴル ギルド 受付 17日目午後 ————
それからパーティはルッカを連れ、ギルドに戻り、受付嬢に「羽つき」の体液を提出し、状況を報告した。
ボリスとヨドークの認識票と、大都市テベロの遠征軍の被害状況を伝える。
「・・・状況、承知しました。ギルドマスターには私から報告します。それとボリスさんのパーティと遺族にはギルドからお伝えしますので、直接の接触は避けてください」
受付嬢のオリガが努めて事務的にパーティに声をかける。
冒険者が依頼中に命を落とすことは珍しくない。
受付嬢が「辛かったですね」「大変でしたね」と声をかけるのは簡単だが、そうした不用意な一言が冒険者とギルドの間で大きなトラブルに発展することもある。
また冒険者が傭兵として臨時契約した他パーティのメンバーを依頼中に死なせてしまった際、そのパーティメンバーや遺族に謝罪をしようとしてトラブルに発展することもある。
そうしたことを防ぐために、ギルドは中立的な立場で事務的に手続きを進めることが求められる。それでも彼ら彼女らも人間なので、時には感情を出してしまうわけだが・・・。
犠牲は出たものの、彼らが生きていて良かった・・・、と受付嬢のオリガは心の中で安堵しつつ、事務手続きを進める。
「今回の依頼は「親」と「黒目化」した冒険者の生け捕りを依頼していました。本来であれば「親」の生け捕りに失敗してしまったことで報酬減額となりますが、ギルドマスターからは事前にその場合でも満額支払うように言われております」
オリガがユージンに金貨の入った袋を渡そうとするが、ユージンはそれを断る。
「・・・今回の報酬はヨドークとボリスに全額渡す約束をしていたんだ。それは遺族に渡して欲しい」
他のメンバーも頷く。
「僕たちはもらうけどね」
トントゥの男武闘家ベアトは自分たちの報酬に手を伸ばし、袋を受け取る。
冒険者は冒険しながら依頼をこなすため、どこのギルドでも報酬を受け取ることができる。その場合、距離によっては手数料が発生することがあるが・・・。
「・・・ベアト、ゼルマ、君たちはそのお金で先にテベロに戻って報告してくれるかい?」
ジルベルトが仲間に声をかける。
「え?ジルベルトはここに残るの?」
ドワーフの女神官ゼルマがジルベルトの発言に驚く。
「ああ、今回の報酬を彼らが受け取らないなら、彼の義足を買うお金を用意する必要があるだろう?僕は彼らに恩がある。一つか二つ彼らの依頼に付き合って資金を稼ぐ手伝いをしようと思う」
ジルベルトは自分の決意を自分の仲間たちに伝えた。
「それなら僕たちも残るよ」
「いや」とジルベルトはベアトの申し出を断る。
「君たちは今回の遠征で亡くなった仲間たちを少しでも早く弔ってあげて欲しい」
「・・・わかった」
ベアトとゼルマが頷く。
「・・・そういうわけだからさ。僕はもうしばらく一緒にいさせてもらうよ」
ジルベルトがユージンたちに笑いかける。
「・・・いいのか?」
オルロが申し訳なさそうにジルベルトを見るが、「当然だ」とジルベルトは頷く。
「冒険者同士での貸し借りはきちんとしないと。甘えていいのはパーティだけさ」
「あら、アタシはアンタをもうパーティだと思ってるわよ」
グラシアナがウィンクする。
「おいおい、うちのエースを盗らないでくれよ」
ベアトがジルベルトとグラシアナの間に入りおどけて見せる。
「・・・というわけだ。高額報酬の依頼を紹介して欲しい。・・・僕がいるからランクBでも受けられるだろうし、彼らも恐らく近々ランクA相当の依頼を受けられるんじゃない?」
ジルベルトがオリガに依頼の紹介を頼む。
「・・・かしこまりました。少々お時間をいただきますが、選別してご紹介いたします。また、ギルドマスターより後日皆さんには直接お話があるそうですので、明日、またギルドにいらしてください」
その晩、パーティは失った仲間たちの分まで酒を飲み、久しぶりに宿のベッドでしっかりと眠りにつくことができた。




