第2話 突撃!有名人(前編)
—————— 平原 3日目午後(依頼期限まで残り7日) ——————
「お客さんたち、あと30分くらいで着きますよ。ただ、かなり危ないって聞いてるんでね、そろそろこの辺で・・・」
御者が荷台に声をかける。
その時、ユージンがピクリと頭を上げた。
言語化できない、肌で感じる異様な空気感・・・。
それはユージンにとって今まで最も足りていなかった部分であり、足りていると勘違いしていた部分だ。
あまりにも彼のこれまでの境遇が悲惨なため、流石の運命の女神も不憫に思ったのだろうか。レベル2になった時、彼の危機察知能力はパーティで随一のものとなっていた。
直後、感覚の鋭いルッカも異変に気付き、ユージンと目配せする。
ルッカに後押しされ、ユージンはこの感覚を確信する。
「・・・奇襲だ!全員、馬車から飛び降りて」
ユージンの声とともに、パーティは何の疑いもなく、荷台から飛び降りた。全く事情のわかっていない御者もオルロが抱きかかえている。
直後、荷台に魔法弾が直撃し、馬車が爆発する。
先を行っていた2台の馬車も先頭が落とし穴にはまり、2台目は静止が間に合わず、追突。
しかし、流石ギルドが誇るCランク冒険者たちといったところで、奇襲を察知し、彼らも直前で荷台から飛び出していた。
「どっから撃ってきた?」
オルロが鋼の盾を構え、ルッカの前に立つ。
「わかんないけど、これ、ちょっとヤバいかも」
ユージンは馬車の破損具合を一目見て、敵の実力を推し量る。
少なくともユージンの魔法弾ではここまでの威力は出ない。敵は格上の相手のようだ。
ジャリ・・・と砂利を踏む音がし、そちらの方に目を向けると、凄まじいプレッシャーを放つ4人の冒険者が各々武器を携え、ゆっくりとこちらへ進んでくる。
「・・・これは友好的な感じじゃないな」
オルロが呟く。
「ってゆーか、完全に殺気立ってるわよ」
グラシアナが冒険者たちのただならぬ気配を言葉にする。
「おい、お前たちも無事か!?」
オルロたちが、敵のくる方向のやや左側に冒険者5名を認める。
前方の馬車に乗っていたCランクの冒険者たちだ。
「ああ、そっちも無事みたいだな」
オルロが返事をする。リーダーらしき、ヒューマンの男戦士が頷き、敵を指さす。
「気をつけろ。あいつら、うちのギルドの冒険者たちだ。・・・なにかがおかしい」
「なに?」
ユージンが眉をひそめた。頭の中で、ギルドの高ランク者の情報を思い返す。
「・・・あー・・・ルッカ、憶えてる?」
ユージン並みの記憶力を持つルッカに質問する。
「あ、うん。わかるよ。私は何回か会ったことある人たち。あの奥のドワーフの男の人がモーリッツさん。「戦車」って通り名で呼ばれていたよ」
ルッカは魔神教を探すために数か月間、ネゴルのギルドに通い詰めたので、一通りの冒険者の顔と名前は憶えていた。
「確か、Bランクだったかな。レベル3に最も近い冒険者って言われていたと思う」
「おいおいおいおい、マジか・・・」
オルロが思わず声を上げる。そんな有名人がなぜ我々を襲うのだろうか。
「てか、確認だが、他のメンバーは?」
「あのヒューマンの魔法使いの男の人はアンドレイさんで「知恵者」って呼ばれてた。Cランクだけど、かなり有名みたい。それからその奥のトントゥのお姉さんはカタリナさん。「鉄壁」って呼ばれてて、Cランクのバリア使いの神官さん」
ルッカは順番に冒険者の名前をあげていく。
「それで、えっと・・・手前のワニの獣人の男の人は「紅の顎」って呼ばれてるゲーリンリフさん。この人もBランクの凄い人」
「でも、変だな」とルッカが首をかしげる。
「この人たち、別々のパーティにいた筈なんだけど・・・」
「そんなこと、今どうでいいよ。・・・いや、良くないか。・・・考えられる可能性は2つ。1つは冒険者たちがユシス村から帰ってこないのはこいつらの悪だくみのせいってパターン。もう1つはこいつらを操ってる誰かがいるってパターン」
ユージンが即座に仮説を立てる。
「いや、ちょっと待て、事前情報と食い違ってるぞ」
オルロがユージンに待ったをかける。
「Dランクの冒険者15名、Cランクの冒険者9名が現在行方不明になってる、ってオリガさん言ってなかったか?ルッカの話じゃBランクが2人も混じってるぞ」
「Bランクは今出払ってるって言ってたよね。ってことは依頼の期限が来るまではギルドもその人たちの状況が把握できないんだよ。だから、モーリッツとゲーンリフのパーティは最悪敵。そうじゃない場合でも、死んでるって考えた方がいいかもしれない」
ルッカがオルロの疑問に答える。
「それ、ヤバヤバじゃねぇか。もし戦闘になったら、簡単に言えば、ヴァルナ並みかそれ以上を4人相手にするってことだろ?」
「ヤバヤバなんだよ。多分・・・誤射であってほしいけど・・・」
「・・・お喋りはそこまでじゃ。魔法を撃ってくるってことは儂らに敵意があるってことじゃろ。十中八九、戦闘じゃろうて」
オルロとルッカの緊張感のない会話をヴァルナが打ち切って、剣を抜く。
「おい、聞こえるか、一旦そこで止まってくれ。・・・モーリッツさん!俺です。キーロンです。一体何があったんですか?」
先ほどこちらに安否を確認してきたパーティのリーダーらしきヒューマンの男戦士はキーロンというらしい。
どうやらキーロンは「戦車」と呼ばれるドワーフの知り合いらしかった。
しかし、彼が何度も声をかけても、通り名を持つ冒険者たちは会話に応じることなく、歩を進める。
どんどん雲行きが怪しくなり、キーロンのパーティメンバーも各々の武器を構えて戦闘に備える。
「モーリッツさん、一体なにがあったんだ。俺がわからないんですか?」
キーロンはパーティメンバーに武器を下すように指示し、自分も武器を手に持たず、モーリッツへ近づいていく。
歴戦の戦士の方にキーロンが触れようとした瞬間、キーロンの背中に突如、銀色の光が走った。
瞬間、キーロンの上半身が臓物ごと斜めに滑り落ちる。
「・・・わりぃな、キーロン」
ドワーフは戦斧を振り下ろしたまま呟く。
「キーロン!・・・貴様ーッ!!!」
キーロンのパーティのエルフの男魔法使いが杖を構える。
しかし、モーリッツはすでにそこにはいない。ドワーフの動きに唯一ついていくことができた武闘家の女ヒューマンが鋭い蹴りを放つが、モーリッツはそれを分厚い刃のついた戦斧で防ぐ。
「・・・戦闘開始のようじゃな」
ヴァルナは姿勢を低くして、一番近くにいた「紅の顎」と呼ばれるワニの獣人へ向かって駆ける。
ゲーンリフの首を2本の鉄の剣を左右に交差させて鋏のようにして挟み、斬り払おうとした。
しかし、ワニの獣人はそれを超反応で後ろに避ける。
「シッ!!」
続く、グラシアナの拳も持っていた槍であっさりと軌道を変え、かわす。
その回避行動を読んだように斬りかかるオルロの剣さえも、ワニの武人は槍で弾いてしまう。
ヴァルナ、オルロ、グラシアナの攻撃をこうも易々とかいくぐる。明らかに戦闘の経験値がこちらと違うことをユージンは一回の交差で悟る。
「・・・バリア!!」
「鉄壁」の異名をもつトントゥの女性がゲーンリフに防護の魔法を付与する。ゲーンリフの周りに薄い膜が展開される。
「必要ない」
「そう言わずに」
ゲーンリフのぶっきらぼうな言いぐさにカタリナは困ったように眉を寄せながら笑う。
「・・・こいつらも魔神教なのか?」
わからない。わからないが、嫌な予感が止まらない。
意識を魔法で乗っ取られている感じはない。仲間同士の会話も血の通った感じがある。
だが、彼らの白目は皆、黒く染まって、瞳が赤い。それが人間のそれではないような気がして気味が悪い。
これほどの使い手たちに一体なにが起こっているのだろうか。
ユージンは歯を食いしばりじっとタイミングを待つ。
イチゴウもユージンの頭の上によじ登り、戦いを見つめる。
「なら、こっちは・・・」
ヴァルナが地面を片足で蹴り、ワニの武人の槍をかわしながら、彼の後ろに位置する戦斧を持ったドワーフに斬り込む。
フェイントによって完全に虚をついた一撃。
ヴァルナのレベル2に昇華した膂力を受けて鉄の剣の2連撃がモーリッツに吸い込まれる。
文句なしの連撃がモーリッツの身体を斬り刻む。
「・・・おお、びっくりした~。お、ドワーフの女か、べっぴんさんじゃねぇか」
が、無傷・・・。
モーリッツは涼しい顔をしてヴァルナに笑いかける。
「うそじゃろ・・・」
ヴァルナが驚きの声を上げる。
この事実はパーティに大きな精神的なダメージを与える。
あの・・・圧倒的な戦闘能力を持つヴァルナの攻撃を受けて無傷・・・?
「これは・・・ヤバい」
グラシアナは思わず呟く。
「・・・じゃ、今度はこっちの番だねぇちゃん。一撃で死ぬなよ?」
戦斧を持ったドワーフは笑いながら、先ほど自分の知り合いを一瞬で葬った戦斧を目にも止まらぬ速さで振るう。
「バリア!!!」
キーロンのパーティのエルフの男神官が寸前でヴァルナに薄い防護膜を展開する。
しかし、その防護膜をもってしてもモーリッツの戦斧の威力は殺しきれず、ヴァルナは大きく跳ね飛ばされる。
「知恵者」と呼ばれるヒューマンの魔法使い、アンドレイがヴァルナにとどめを刺さんと詠唱を開始する。
「させるか!」
グラシアナは吠えて、アンドレイの詠唱を食い止めようと襲い掛かる。
しかし、足元から突然、無数の槍が射出され、彼女の身体を貫く。
「あぐッ・・・!!」
トラップ・・・!一体誰が?
グラシアナは辺りを見回すが怪しい影は見当たらない。
「おい、アンタ、気をつけろ」
冒険者たちが馬車の反対側から現れる。キーロンたちとは別のパーティ———3人のドワーフとヒューマンの魔法使い、神官で構成された前衛特化のパーティだ。
「・・・アンタは?」
身体に刺さった槍を引き抜きながらグラシアナは声をかけてきたパーティのリーダーらしきヒューマンの男神官に尋ねる。
「ボリスだ」
「私はグラシアナ。詳しく自己紹介している暇はないけど・・・で?なにに気をつけろって?」
「・・・向こう側で俺たちも襲われた。「罠の達人」だ」
見ればパーティたちもグラシアナ同様に矢傷や槍の傷を負っている。
「クラリスってエルフの狩人だ。通り名の通り罠がめちゃくちゃ巧妙な上に「ハイド」を使う。今もどっかからか俺らを狙ってやがる」
「ヴァルナ級の奴がもう1人いるのか・・・マジかよ」
オルロはそう呟きながら、剣をしまい、弓を装備する。
「なるほど・・・この「ハイド」ってそうやって使うのか。真似させてもらう」
そういうとオルロの気配がどんどん希薄になり、そして完全に周りから視認されなくなる。
狩人の戦闘スキル「ハイド」だ。オルロがレベル2になって手に入れた新しい力。存在を希薄にし、敵から狙われにくくなる。
暗殺に特化したスキルだ。弓使いは圧倒的な攻撃力と引き換えに、物理・魔法ともに防御力がかなり低下するため、こうした隠密系のスキルは非常にありがたい。
「ヴァルナの攻撃が通らないなら・・・」
ルッカが杖を構えて、女神に祈り、詠唱を始める。身体に女神の力が集まっていき、ルッカの杖へと注がれていく。
「ホーリー!!!」
ルッカの杖から光が放たれ、ワニの武人へと直撃する。
前回の戦いで彼女は力を渇望した。
レベル2になった時、まるで女神が彼女の意思に応えたように彼女は神官が唯一取得可能な攻撃呪文「ホーリー」を獲得した。
その初お披露目を女神が祝福するかのように、輝きが強まり、会心の一撃を発生させる。
「ぬぅ・・・」
激しい閃光とともにゲーンリフの防御を貫く。
この戦闘を初めてようやくの手ごたえ。
そして、それに続くようにヴァルナがゲーンリフに斬りかかる。
「図に乗るな!!」
肩を軽く斬り裂いていったヴァルナにワニの武人は槍を放つが、ヴァルナはそれを横っ飛びでかわす。
「ルッカ、ないすじゃ!はっ、ようやく少しじゃが、勝ち筋が見えてきたのう」
「・・・そうかな?エネルギーショット!」
アンドレイの魔法弾がヴァルナを貫く。
魔法弾はヴァルナの身体に大きな穴を開ける。
「・・・ぬ・・・」
「やらせない」
キーロンのパーティのエルフの男神官が叫び、ヴァルナにヒールを唱える。女神もヴァルナにここで退場させまい、と考えたのか、光が強まり、ヴァルナの傷がみるみるうちに回復していく。
「すまぬ、助かったぞ」
ヴァルナがエルフの男神官に感謝を伝える。エルフの神官は首を振った。
「ここを切り抜けるにはあなたの力が必要だ。「問題児」・・・がっ」
エルフの開いた口に突然どこからともなく飛来した矢が突き刺さる。
ヴァルナを救った神官はそのまま膝から崩れ落ちた。
「・・・邪魔」
突然目の前に現れたのは美しい女エルフの狩人———「罠の達人」のクラリスだった。




