第12話 凡人は変態と比較してはならない by ユージン 【マップイメージ入り】【あとがきイラスト入り】
― ザカー平原 ソシア巣穴 ルーム2 2日目 午後 ―
<依頼期限まで残り5日>
開幕の一撃は、ルッカだった。
普段、後衛に回る彼女が弓を引き絞り、こちらに完全に背を向けているソシアに向かって石の矢を放つ。
「ギッ!!?」
矢が風を切り裂き、ソシアの背中に突き刺さる。しかし、皮の鎧が矢からソシアを守り、致命傷とはならなかった。
それでも、奇襲としては充分すぎるほど効果があった。
突然飛んできた矢にソシアたちは混乱し、子どものソシアが蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。
そこに隠れていたヴァルナとグラシアナが飛び出し、ヴァルナは仮面をつけた個体を、グラシアナは背中に矢が刺さった個体を強襲する。
ヴァルナの右の銅の剣が稲妻のように閃き、ソシアを皮の鎧の上から斬り裂く。レベル2のヴァルナからすれば皮の鎧程度、無いに等しい。
肩口から腰にかけて一直線に美しい程綺麗な線が走り、仮面をつけたソシアに大ダメージを与える。
仮面をつけたソシアは大きな傷を手で押さえ、流れ出る血を必死で止めようとする。
「…ぬ。ちと振るのが早すぎたか?」
血に染まった銅の剣をヒュンッ、と一振りし、血を払いながら、ヴァルナは舌打ちする。
今までのヴァルナであれば今の一撃を繰り出すのにもう数歩分踏み込みが必要だった。だが、レベル2になって身体能力が急上昇したせいで、斬りつけるタイミングが掴めない。
剣もこれまでの感覚で振ってしまったが、足の速さだけでなく、腕力も向上して振りも鋭くなっていることを加味しなかった所為で浅い一撃になってしまった。
「…あれ、銅の剣だよな?」
オルロが仮面のソシアの傷痕を見て絶句する。ヴァルナよりも切れ味の良い鉄の剣を持っているオルロでもあのようには斬れない。
「化け物だよ、あの人」
一撃で仕留められなかったことが不満の様子のヴァルナを見て、ユージンも同意する。
彼女がレベル2だからというわけではない。彼女の戦い方、直感力、胆力…どれをとっても規格外だ。彼女はもっと上に行く存在だとユージンはこの時点で充分すぎる程確信していた。
一方、グラシアナは矢が刺さった個体の頭に、鋭い爪を突き刺し、地面に叩きつける。そのまま首元に噛みつき、頸動脈を食い千切った。
背中に矢が刺さったソシアは自分の得物を持つ間もなく、首から大量の血を流し、絶命する。
「イヤね、口が汚れちゃう」
グラシアナは冒険者バッグから取り出したハンカチで黒い血が滴る口元を拭った。
感覚の調整を行ったヴァルナは再び仮面のソシアに照準を合わせ、「これならどうじゃ!」と斬りかかる。
だが、仮面をつけたソシアは傷を押さえながら前かがみになることで、間一髪で回避する。
勢い余ったヴァルナの銅の剣が「寝室」の壁を横一線、盛大に傷つけた。
「いやいやいや…バターかなんか?あの壁は…。俺、自信無くすわ…」
「オルロ、凡人が変態と比較しちゃダメだ。―――あれは変態だ」
囚われている女性たちに被害が出ないように目を光らせ、弓を構えるオルロは肩をがっくりと落とす。それを見て、同じく杖を構えるユージンは慰めにならない言葉を呟いた。
皆が戦っている間に、ルッカは部屋の隅にいる女性たちのところに駆け寄る。
「大丈夫ですか?」
ルッカが左腕を失った女性に声をかける。
「いいいい、イヤ…イヤ!!!…来ないでぇ!!!」
怯える女性に対し、「大丈夫」とルッカは声をかける。
「必ず助けるから…落ち着いて」
応急処置として、冒険者バッグから布を取り出す。
「………ッ」
「…死にたく、ないでしょう?」
ルッカが声をかけると女性は目に涙を浮かべながらコクコク、と頷いた。
「なら止血しないと」
ルッカは優しく声をかけ、抵抗しなくなった女性の左肩にそっと布を巻きつける。
「ちょっと痛いけど我慢して…えいっ!」
掛け声と同時に彼女の左腕を強く縛って止血する。女性はグッと唇を噛み締めて痛みを耐える。声を出せばソシアたちに注目されると理解しているのだろう。
「痛かったね。もう大丈夫だよ」
ルッカは優しく声をかけると彼女と壁を繋いでいる鎖を外しにかかった。
それを見つけたソシア―――パーティが巣穴まで追跡した個体―――が、激高して駆け寄ってくる。
「見つかった!?」
ルッカはビクッ、と身体を震わせる。
このソシアが巣穴に来る前に襲われたことを覚えて怒っているのか、それとも単に獲物を横取りしようとしていることに腹を立てているのかはわからない。
しかし、このソシアが殺意をはっきりとルッカに向けているのを肌で感じた。
杖で迎撃したいところだが、腕力に自信の無いルッカがソシアと力比べするのは無謀だ。
(せめてもうちょっと距離があれば弓で…)
だが、時間的にもう間に合わない。オルロとユージンがカバーしてくれている筈だが…。
その時、ヒュンッ、と風を切る音がし、次の瞬間、ルッカに飛び掛かろうとしたソシアの側頭部に石の矢が突き刺さった。
「ギャピッ!?」
ソシアが奇妙な声を上げ、側頭部から血を撒き散らして地面に横たわる。
ビクビク、と小さく痙攣して動かなくなったソシアを見て、
「…ふう」
と、弓を下ろしたオルロが深い溜息をついた。一撃で仕留めなければマズい場面だったが、なんとか自分の仕事を果たした。
「…お前も大概化け物だと思うよ、俺は」
その様子を横で見ていたユージンは呟く。
戦闘狂のヴァルナと戦闘力で対等に勝負できるのは、パーティではオルロの弓くらいだ。ただし、剣と違って弓は矢数の制限があり、また弓を構えている最中には無防備になるリスクもあるが…。
「さて、俺も仕事をするか…」
物理攻撃では彼らには到底敵わないが、魔法攻撃が使えるのはユージンだけだ。皆よりも出だしは遅いが一撃の破壊力ならばパーティ随一の自負がある。
前時代的な魔法の杖を掲げて、ユージンは仲間たちを援護するために詠唱を開始する。
ユージンが詠唱している間に、深手を負った仮面のソシアが胴の盾と剣を構え、ヴァルナに斬りかかる。
「ギィ…ギッ!!」
ヴァルナはその剣をバックステップでかわす。
するとそれを見計らったかのように別の仮面をかぶった個体が左から現れ、こちらも銅の盾で身体を守りながら、剣を突き出して突進してくる。
ヴァルナはそれを避けようとして、身体が壁と接触したことに気づいた。
「ぬ…誘いこまれたか…」
回避しようにも、気づけば、後ろと右は壁。完全に回避するスペースを奪われていた。
敵ながら見事な作戦だった。
「ギャッギャッギャ!!!」
勝ち誇った声を上げ、深手を負っていない方の仮面のソシアがヴァルナを襲う。
しかし、ヴァルナは壁に追い詰められても尚、余裕の笑みを浮かべていた。
「…多少は知恵が回るようじゃが、避けようはいくらでもあるわ」
そう言うと、ヴァルナは地面を蹴り右の壁に向かって跳躍する。右側の壁をさらに蹴って、三角跳びの要領でソシアの頭上を越えた。
「…あとな、儂だけじゃなく、後ろも見た方がよいぞ」
空中でヴァルナがソシアたちに囁く。
「そういうこと」
いつの間にか接近していたグラシアナが、先程ヴァルナが深手を負わせた方の仮面のソシアを襲い、音もなく絶命させる。
ルッカが片腕を失った女性を連れて部屋を横断し、両足を失った女性に駆け寄っているのを横目で確認し、ヴァルナは最後の仮面のソシアに斬りかかった。
「終いじゃ」
仮面のソシアはヴァルナの剣を受けようと、銅の盾を構える。しかし、ヴァルナの剣は盾と鎧の上からソシアの身体を断ち切った。
「ギャ…ガ…」
盾を間に挟んだおかげで即死は免れたソシアだが、それでも致命傷には違いない。しかし、最後の命を振り絞り、ヴァルナを道連れにしようと剣を振り上げた。
そこに…
バスッ…!!!
オルロの放った石の矢が喉に突き刺さる。
ソシアは剣を取り落とすと、血の泡を吹いて地面に伏せた。
「想像の倍くらい早く戦闘が終わったんだけど…。―――なに、お前、皮の鎧って銅の剣であんなに斬れるもんなの?お前のせいでせっかく詠唱してたのに、魔法撃つ前に戦闘が終わったんだけど…」
戦闘が終わり、パーティが一か所に合流した直後、口を尖らせたユージンはヴァルナに対し、文句を言う。
「まあ早い分には問題なかろ?…それよりもここの親玉と対峙する前にこ奴らをどうするか、決めておくべきじゃろう」
ヴァルナは先ほどとは真逆の立場に立たされたソシアの子どもたちに目を向けた。人間たちから受ける仕打ちを想像し、ソシアの子どもたちは部屋の隅で震える。
「…さっき言った通り、全員殺す。異論はないよね?」
ユージンは努めて表情を消し、パーティを見回す。
「可哀想だが、こいつらは人間とは相容れない生き物だ。逃がせば力をつけてまた人を襲う」
オルロは覚悟を決めた顔で自分の意見を述べる。
「怯えている小さい子たちの命を奪うってなんか後味悪いけど…しょうがないわよねぇ」
グラシアナもため息をついて渋々頷いた。
「ルッカ、…お主はどうじゃ?」
ヴァルナは一番反対しそうな幼い顔をしたエルフに目を向けた。
皆の想像とは異なり、ルッカはそんなものには興味がないかのように、今しがた倒したソシアから壊れていない方の面を回収していた。
そして仮面を冒険者バッグにしまい込むと、
「うん。しょうがないと思う。―――だってこの子たちも人間から奪ったよね?」
一瞬、ゾッとするような冷たい目でソシアの子どもたちを睨む。
そして「ちょっと離れてましょう」と捕まっていた女性たちを連れ、「寝室」の外へと出ていった。
「…」
ユージンはルッカが女性たちを連れて部屋から出ていくのを黙って目で追う。ルッカの口元がわずかに笑っていたように見えた。
「…まあ、あの子からしたら、ようやく手に入れた手がかりみたいだからね」
ユージンの心を読んだようにグラシアナが声をかける。ユージンがグラシアナを見上げると彼女もまたルッカを心配そうに見つめていた。
「あの仮面…俺の左目を抉りだした奴らがしていたものだ。ルッカの故郷を襲った魔神教と同じ集団なのは間違いなさそうだな」
ユージンは左目に手を当てながら呟く。
「この一件、魔神教が絡んでいるのかもしれない」
その後はルッカ以外のメンバーでソシアの子どもたちを「処理」する。
皆、人間に似た姿をした怯える子どもたちを殺すのは気乗りしなかったが、ぐずぐずしていると、いつボスがこの部屋に現れるかわからない。
そのため、できるだけ心を無にして事を済ませた。
部屋には子どもたちが楽しみにしていた人骨の浮いた大きな鍋がぐつぐつと煮えたぎったままだった。
「8…9…あれ?」
「どうした?」
オルロがユージンに声をかける。
「いない…。確かこの部屋を覗いた時、大人は4体、子どもは10体いた筈だ」
ユージンが青ざめた顔をして呟く。
大人は仮面のソシアが2体と仮面をつけていないソシアが2体―――これらは間違いなく殺した。
そして子どもは床に転がった女性の腹に群がっていた4体、そして鍋の周りを囲んでいた6体。
「まさか…」
ユージンが慌てて「寝室」中を探し回る。
そして、すぐにそれは見つかった。
人の皮でできた壁紙だと思っていたものの裏に隠し通路があった。最後の「寝室」に繋がる広い通路だ。
通路は天井が高く、ハイ・ソシアでも通れそうな作りになっている。
子どものソシアは余程慌てていたのか、最後の「寝室」の手前にある落とし穴のトラップに引っかかり、串刺しになっていた。
ボスにも恐らく断末魔が聞こえただろう。もう逃げられてしまったかもしれない。
その場合にはさらに被害が広がる可能性がある。しかし、逃げないなら逃げないで、それも恐ろしい。
手練れの配下のソシア4体が倒されても動じない程の実力を持った強者がそこにいる可能性があるのだ。
トラップを慎重に突破したパーティは、最後の「寝室」の前でお互いに顔を見合わせる
中は薄暗く、奥まで行かなければ全容が見えない。かなり広い空間だ。
もう後には引き返すことはできない。奥からはなにか大きな生き物の息遣いが聞こえてくる。
ここまできたら奇襲も難しいだろう。向こうはこちらの存在を知ったうえで、待ち構えているのだ。
5人は意を決して「寝室」の中に足を踏み入れる。
「ウルルルルロロロロロロ…」
暗闇の奥から低い唸り声が聞こえてくる。今までの相手とは別格の凄まじいプレッシャーだ。
ズン…ズン…と大きな足音を立ててゆっくりとこちらに近づいてくる。
「はっ…!ようやくお出ましのようじゃの」
ビリビリ、と伝わるプレッシャーをヴァルナは笑い飛ばし、2本の剣を構えた。
「ルルルルルルガァォァアアアアア!!!」
叫びながら暗闇から姿を現したのは大きな鉄の剣を持ち、鉄の鎧をまとった巨躯の怪物だ。
顔には先程のソシア同様、奇妙な模様の入った仮面をしている。
「これが噂のハイ・ソシアってやつか?」
オルロが怪物に向かって弓を引き絞りながら尋ねる。それに対し、ユージンは首を横に振った。
「いや、ただのハイ・ソシアにしては大きすぎる。それにあの2本の角…恐らく変異種だ。明らかに別格。…この巣穴のボスだろうね」
「…ヤバイわね。完全装備のハイ・ソシアでも分が悪いのに」
グラシアナはルッカを後ろに下げながら呟く。
「…でもこれで間違い無いね」
ルッカが杖を構えながら「角つき」を睨んだ。
「ああ」とユージンは頷いた。
「間違いなく、このソシアの異常発生は作為的なものだ」
「ガァアアア!!!」
「はっ、誰が仕組んだとか、どうでも良いわ。…さて、あちらさんもお待ちかねじゃ。いくぞ!!」
ヴァルナが猛々しく笑い、地面を蹴った。「角つき」も鉄の剣を構えて迎え撃つ。
ソシアの巣穴のボス、ハイ・ソシア変異種「角つき」との戦闘が開始された。




