第3話 テンプレな三下相手に命がけの立ち回りをする無一文
— 大都市ネゴル 衛兵所 夕方 —
変な女を見送った後、俺は今日泊まる宿を探すことにした。
空をみると大分日が落ちかけており、衛兵の話ではそろそろ治安が心配だ。
ユージンがくれた300Gはかなり心強い。
とりあえず、俺のことを知っている人を探すために当面はここを拠点に生活していく必要がありそうだ。
明日から仕事をなにか探すとして、とりあえず収入がない今はできる限り安宿に泊まらなければならないだろう。
大通り沿いの宿は当たり前だが、どこも煌びやかで値段も高い。
相場はわからないが、大通りの宿だと安いところでも70Gはかかる。素泊まりで一泊70Gも使ったら本当に3日で軍資金が尽きてしまう。
大通りから少し逸れた道ならどうか、と周囲に警戒しつつ進んでみると、衛兵の言うように途端に人気が少なく、壁に寄りかかって座る虚ろな目をした浮浪者もちらほらいて、確かに治安が心配になる。
「おい、お前、ちょっと来いよ。俺様の相手をしろ」
「ごめんなさい。急ぐので」
治安の心配をした矢先に路地の先で、荒っぽい男の声と、どう考えても迷惑そうな女の声が聞こえた。
「おいおい、聞こえなかったのか?『俺様』が、『俺様たち』がお願いしてるんだぜ?」
「頼むよぅ。俺たち、暇してんだ。構ってくれよ~」
「フヒフヒ…、お、お姉さん可愛いねぇい…フヒッ」
ヒューマンの3人組が———リーダー格の筋肉質な男が高圧的に、その隣の細見の顔色が悪い男が甘えた声で、そして細身の男のさらに隣にいる太った男が興奮気味に———食材の入った袋を持った耳の尖った女性に詰め寄る。
女性は恐らくエルフという種族だ。
「ひっ!」
女性が小さな悲鳴を上げるが、通りの人たちは見向きもしない。
ごろつきに構って怪我をするのが、嫌なのだろう。
「農民」の俺がなにかできるだろうか。俺は一瞬考えを巡らせる。
できることといえば、「やめろ」と間に入ってごろつきと戦うこと、それから、衛兵を呼びに行くこと、そして知らん顔で見過ごすことだ。
とはいえ、俺は革袋に入っている300G以外、何も持っていない丸腰だ。
対して、向こうはなにか武器を持っているかもしれないし、3人がかりだ。
無傷で切り抜けるのはかなり厳しいだろう。…最悪死ぬかもしれない。
しかし、俺の性格上、見過ごすことはできない。
見過ごしたら目の前にいる女性がどんなことになるか容易に想像できるからだ。
記憶を失って新しい記憶を作り始めている初っ端から乱暴される女性を見過ごした、なんて冗談じゃない。
衛兵を呼ぶか?…いや、衛兵を呼んでいる間に間違いなく乱暴されるだろう。
周りは知らん顔を決め込んでいるから応援も期待できない。
(―――「やれるか」ではなく「やる」しかない!!)
俺は覚悟を決めて叫んだ。
「おい」
「「「!?」」」
ごろつきたちの視線が一斉に俺に集まる。
俺はごろつきたちの視線を集めたことを確認し、ユージンからもらった300Gの入った袋を上空に放る。
(頼む!釣られてくれ…)
皮の袋から3日は寝泊りできるくらいの硬貨が飛び出しながら宙を舞う。
ごろつきたち全員の視線が硬貨へ釘付けになったことを確認し、俺は地面を蹴った。
ボスっぽい、ガタイの良い男に殴りかかる。
「!? おっと」
しかし、寸前でこちらの接近に気づかれ、不意打ちをかわされる。
「てめぇ…ッ」
ごろつきのボスが完全にこちらを敵と認識し、睨みつけてきた。
回避されたことで奇襲というこちらの唯一のアドバンテージが無くなる。
「やべぇ…おい、アンタ、大丈夫か」
俺はごろつきたちから視線を離さずに、隣にいる女性に声をかける。
「は、はい」
女性は涙目で、少しだけ安堵の表情を浮かべる。
「…悪いが俺じゃ3人がかりで勝てる気がしない。すぐに衛兵を呼んできてくれ。できれば俺が死なないうちに頼む」
女性はコクコク、と頷くとその場を走り去った。
「てめー、カッコつけてくれやがって。わかってんだろうな」
ボスが拳をボキボキと鳴らし、こちらを威嚇する。
「ヒヒッ、てめぇ、死んだ、死んだぞ!もう許さねぇ」
「お、おおお俺、怒ったぞぅ」
絵に描いたような三下のセリフを口々に吐くが、それを笑い飛ばせる状況では全くないことが明らかだ。
「…お手柔らかに」
俺はせめてもの強がりでおどけて見せる。
「…ふざけんなぁ…おらぁ!!!」
ボスが丸太のような太い拳を振り上げるが、これは俺の予想の範囲内だった。
直接受けると恐らく、ダメージを殺しきれないので、俺は後ろに大きく飛び退いてかわす。
拳が空気を切るブゥン、という音が聞こえ、俺は肝を冷やした。
続けざまに、手下の細見の男―――ヒョロリとでも名付けようか、ヒョロリが殴りかかってくるが、これは腕を払っていなす。
「…意外と農民でもなんとかなるのか?」とギリギリの攻防の中で俺は密かに自信をつける。
しかし、回避した先には、フヒフヒ言う太った男―――フヒフヒと呼ぼう、フヒフヒが両手を組み、上から振り下ろしてくる。
「!?」
俺は間一髪、それを横っ飛びにかわして、転がり、立ち上がる。
3連撃をスレスレだが、完璧にかわした形だ。
…これは端からみたらかなりカッコ良かっただろう。
だが、この路地では誰も見ていない。
「…しまったな、あの娘に助けを呼んでもらうんじゃなく、目の前で戦うべきだったか?」
俺はニヤリと笑って、挑発する。冷静な判断を失えば大振りになってますます回避しやすいのではないか、という期待からだ。
「…ッ!!!コイツ、ぶっ殺す!!」
ボスが怒りの声を上げる。
…予想通りの反応。いいぞっ!
「今度はこっちの番だぜッ」
俺は姿勢を低くしてボスに接近し、全力の蹴りを放った。
しかし、こっちも残念なことに素人の蹴り。
イメージしていた蹴りとは全然違う。
腰が入らず、威力が乗らない素人キックは軽くいなされてしまう。
「おいおいおいおい、カッコつかねぇなぁ!?」
ボスが笑って、腰からギラギラと凶悪に光るナイフを取り出す。
それに合わせ、ヒョロリも、フヒフヒも自分の得物を取り出した。
「ちょ…待てよ、マジか。武器あんのか」
俺は冷や汗をかきながら声を上げる。
…挑発したことが完全に裏目に出た。何回かの攻防で、向こうも流石に喧嘩では武器は使わないのではないかと考えていた。
―――てゆーか、武器を確認しろ、俺。馬鹿か。完全に浮足立ってんじゃねぇか。
冷や汗が止まらない。足が震える。視野が狭くなっていくのを感じた。
怖い怖い怖い怖い…。
「へーへーへぇ!!」
武器を出して、有利になったと確信したヒョロリが余裕の表情を見せ、ナイフを突き出す。
しかし、武器に頼りすぎだ。
幸い、真っすぐの軌道だったので、俺は震える足に鞭を打ち、なんとかそれをかわす。
「…めっちゃ、そのナイフ錆びてんじゃねぇか!それ、人に向けんの反則だろ。破傷風なるぞ。…てか、ナイフをペロペロしそうな顔してるが、そのナイフを舐めるのはホントにおススメしないからやめとけよ」
精一杯の強がりだ。
しかし、この連続回避も長くは続かなかった。
大きなものが空を切る音がして、俺の左肩に強い衝撃が走る。
「がッ!…ッ」
フヒフヒの持つこん棒のフルスイングが直撃したのだ。衝撃で身体が大きく揺れ、肩が痺れる。
その一瞬の硬直を見逃さず、ボスがギラギラと光る銅のナイフを俺に突き立てた。
俺は咄嗟に右手を前に突き出し、そのナイフが胴体に刺さるのを避ける。代わりに右腕の前腕部に鋭い痛みが走った。
涙が出た。
滅茶苦茶痛い。
逃げたい…が、恐らく逃げるのは難しいだろう。
(あの女の子、ちゃんと衛兵呼んでくれたかな。今どれくらい時間がたったんだろう)
体感時間は長いが恐らく、それほど時間は経っていないだろう。
(…あぁ、くそ、死にたくない)
その時…。
極限状態だったからだろうか、あるいは女神とやらが俺に力をくれたのだろうか。
時間が止まって見えた。
「?」
ボスの動きがやけにゆっくりに見える。
(…なんだ?勝利を確信して、ふざけているのか?)
俺は右拳を振りかぶった。
不思議とその時は痛みを感じなかった。右腕が軽い。
拳がヤツの顔面を捉え、めり込み、そして俺の身体の筋肉がその力を余すことなく、ヤツの顔面へ集約していく。
…あとで仲間に聞いた話だが、会心の一撃というやつらしい。
ドパンッ!
…と水風船が炸裂するような音が路地に響いた。
ボスが錐揉み回転し、路地のはるか後方へ吹っ飛ぶ。
ボスは地面に倒れたままピクリとも動かない。まさに一撃必殺だった。
「へ?」
殴った方のこちらもびっくりし、ポカンとした顔でボスを見る。
恐らく相当間抜けな顔だったろう。
そして、唖然とするヒョロリとフヒフヒへ視線を向ける。
向こうもこちらをギギギ、と震えながら見返してきて、一瞬奇妙な間が空いた。
「こっちです!早く!!」
そこにタイミングがいいのか、悪いのか、先ほどの女性の声が聞こえ、ヒョロリとフヒフヒはハッ、と我に返る。
「や、やべぇ…」
泡を食った2人はボスを連れて、慌てて撤退する。
「お前!今度会ったら覚えとけよッ!」
下っ端のような捨て台詞をヒョロリが吐き、フヒフヒとともに完全にノックアウトしたボスを連れ去っていく。
衛兵たちがこちらに近づいてくる音と女性の声が、なぜか他人事のように思えた。
恐らく喧嘩もまともにしたことのない俺は、命のやり取りという超緊張状態から解放されて、一気に気が抜ける。
思い出したように猛烈に悲鳴をあげる左肩と右腕の痛みに耐えきれず、その場に倒れた。
…といけば、どんなに良かったかわからないが、寝る宿も確保していない俺が、安全も確保できない見知らぬ土地で無防備に意識を失うわけにいなかった。
駆けつける衛兵たちの中に先ほどお世話になった人を見つけ、「またお前か」と苦笑される。
俺は脂汗を流しながらことの顛末を伝えた。
幸い、衛兵が薬草を傷口に当てて、治療をしてくれたため、なんとか、意識をつなぐことができた。
「大通りは宿代が高いので、安宿を探して脇道を歩いていたところ、ごろつきに絡まれていた女性を見つけて間に入った」と伝えると「丸腰なのに無茶するなぁ」と苦笑いされた。
「しかし、お前のおかげでこの娘さんは助かったんだ。衛兵を代表して礼を言わせてくれ…ありがとう」
衛兵は俺に頭を下げる。
俺が助けた女性はアンというらしい。
宿屋の娘だったらとても良かったのだが、残念ながら道具屋の娘だった。
彼女は夕飯の買い出しの帰りだったらしい。
「本当にありがとうございました。お礼と言ってはなんですが、2~3日ならうちに泊まっていただけませんか?」
衛兵と俺の会話を聴いていた彼女は、俺に深々と頭を下げて嬉しい申し出をしてくれる。
…なんて俺はついているのだろうか。エルフの美女の家に泊めてもらえるなんて。
俺は大怪我をしたけど、人助けをして良かったな、と心の中で呟いた。




