第8話 ルーム【マップイメージ入り】
― ザカー平原 ソシア巣穴 ルーム1 2日目 午後 ―
<依頼期限まで残り5日>
「ルッカ、ここからはたいまつの火を消してくれ。奇襲をかけるのに、動く炎はちょっと目立つからな」
「え?でも…」
オルロが隊列の真ん中でたいまつを持っていたルッカに声をかける。戸惑うルッカにグラシアナがウィンクする。
「大丈夫。アタシには『暗視』のスキルがあるからなにかあっても見えてるわよ。それに…アンタはアタシが守るわ」
「姐さんカッコいい…。けど…」
真っ暗な中で戦闘になって、いつもの力を発揮できるのかが不安だ。森の中ならば例え夜でも月明かりがあるが、洞窟の中にはそんなものはない。
所々通路にたいまつが設置されていたが、通路ですら薄暗いのだ。ソシアたちが眠る場所はもっと暗いに違いない。
そんな状態で奇襲をかけるとして、この先で囚われているであろう女性たちに間違って攻撃してしまったりしないだろうか。
ルッカのそんな心配を読み取ったのか、
「心配しなくていい。この先は『寝室』だから明かりの数がこれまでよりも増える筈だ」
オルロが穏やかな声でルッカを安心させるように読みを伝える。
「え?寝る場所ならむしろ暗いんじゃないの?」
ルッカは首を傾げた。そんなに明るかったら眠れないではないか。
「入口からここまでは侵入者用のトラップを隠すために暗くしていたようだが、『寝室』はやつらの生活スペースでもある。―――いつも寝ているわけではないからな。それにソシアたちは夜、特別目が利くってわけでもない」
巣穴を拠点として活動する魔物だ。平原で生活する魔物に比べて視力はそれほど発達しない。その視力はせいぜい人間程度と言われている。
「う…」
「寝室」に近づくにつれて汗と油と糞尿の匂いが濃くなっていく。
ユージンは思わず顔をしかめた。外界の生活には慣れてきたと思っていたが、この匂いは別格だ。匂いに色があるんじゃないかと思う程、強烈な濃い。
きっとここから出てもしばらくは髪や服、持ち物からこの匂いは消えないだろう。
だが、先程の女性の悲鳴を聞いてしまったら、そんなことを言ってもいられない。人命がかかっているのだ。
前方の道は右手に曲がる道と正面に進む道の二手に分かれていた。だが、先ほどの悲鳴は正面からだ。そのため、右手の道も気になるが、一行は一旦探索を後回しにする。
「…ねぇ、オルロ」
ルッカが「寝室」に向かう道で、ふと浮かんだ疑問を口にする。
「野生の獣は狩りの時、人間の匂いを嗅ぎつけるけど、ソシアは大丈夫なの?」
一説によると、動物は自分と違う種の匂いを敏感にかぎ分けるという。
それは生命の危機を回避するための防衛手段となり得るからだ。
人間同士でも他人の家に行くと他人の家の匂いがすると感じることがある。また、家に人を招いた後、家にその人の匂いが残っていると感じることもある。
では、果たして魔物にとっての人間の体臭はどうなのだろうか。理屈で考えれば、強烈な異臭を放つ存在と捉えられてもおかしくない。
「確かに一理あるわね。基本的に巣穴で生活しているってことは視覚よりも嗅覚が発達しそうじゃない?」
グラシアナもルッカの疑問に頷いた。
「匂いに関してだが、結論から言えば大丈夫だ。理由ははっきりとはわからないが…。巣穴自体が皆もわかるように凄い匂いを放っていて、その匂いにかき消されてしまうとか、『寝室』に人間がいるために人間の匂いを嗅ぎ慣れているとか、元々人間に近い匂いだとか、色々説があるらしい」
「ふうん…」
昔、「彼」に聞いた世界の秘密の話を思い出し、「なるほどね」とグラシアナは1人心の中で納得する。
『ソシアという魔物たちもまた元々は人間なんだ』
「彼」はそう言っていた。ソシアは女神アマイアの失敗作。故に呪いをかけられ、雄のみの醜悪な魔物へと姿を変えた。
道理でこの巣穴の匂いがどこか人間の体臭に似ているわけだ。
しかし、とグラシアナはオルロに気づかれないように視線を向ける。
この男、記憶を失ってまだ日も浅いというのに、とんでもない知識量だ。
そして、その知識を活かす高い判断能力と、ヴァルナとはまた違ったカリスマ性を持っている。
その証拠にすでにこのパーティの精神的な支柱となりつつある…。
オルロの言う「道具屋の師匠」とやらがよっぽど優秀な冒険者だったのか、あるいはこの男は記憶がないフリをしているだけなのか。
もし記憶がないのが本当だとして、オルロの正体は一帯何者なのか…。
「彼」やギルドの上層部は、オルロについてどこまで知っていて、このパーティに組み込んだのだろうか。…なにを意図しているのか。
(この依頼が終わったら、「彼」に確認しなければならないわね)
「寝室」に近づくにつれて女性の悲鳴が大きくなってくる。
何度も助けを求めて声を上げたのだろう。喉が潰れたのか、それとも潰されたのか、かすれた喉の奥から絞り出したような叫び声だ。
声が上がる度に、ソシアたちがゲラゲラと愉しそうに笑うのが聞こえた。
「虫酸が走るわね」
グラシアナが「寝室」の入り口を隠れながら覗き見て、吐き捨てるように呟く。
そこには凄惨な光景が広がっていた。
まず目に飛び込んでくるのは部屋の奥。
そこには予想通り、無抵抗の女性がおり、彼女を凌辱する3匹のソシアがいた。
床には夥しい量の血が流れた跡があり、乾いて土が赤黒く変色している。
部屋の一部に無造作に積み上げられているのは人間の骨だ。大小の骨格から様々な種族がここでいたぶられたことがわかる。
そして壁には、比較的新しい魔法使いの恰好をしたトントゥやヒューマンの戦士の遺体が石の剣で縫い付けられており、身体のいたるところに石の矢が突き刺さっていた。
遺体の顔の損傷は酷く最早、認識票がなければ、遺体の身元を知ることは難しいだろう。
ソシアに負ければ、女性は子どもを増やす道具に、そして、男性は食料、もしくはストレス解消の生きるサンドバックとして死ぬまで弄ばれ続ける、という現実をパーティたちは改めて目の当たりにする。
「ダルコとフィオ…そうか、ソシアにやられたって聞いてたけど」
グラシアナの横から部屋を覗いたユージンが青ざめた顔で呟いた。左目の義眼の奥がズクズク、と痛む。
壁に縫い付けられた2人の遺体の恰好にユージンだけは見覚えがあった。
左目を抉られ、死にかけていたユージンを救ってくれたパーティの中の2人だ。
ジュストとマリッサがこれを知ったらどう思うだろうか…。
ユージンは左目を押さえながら唇を噛み締める。
「くそ…殺してやる…」と心の中で呟く。
「…」
それをイチゴウはいつもと変わらぬ表情で見つめていた。
「…ユージン、いけるか?」
ユージンの詠唱が終わるまで待ち、オルロが弓を構えたまま、小声で短く確認する。
それに対し、ユージンは無言で頷く。彼の残された右目にははっきりと怒りの色が浮かんでいた。足元にはすでに魔法陣が展開されており、発動待機の状態になっている。
「行くぞ」
オルロの合図とともに、4人は隊列を組み、突入した。
まず、前衛となったオルロ、ユージン、グラシアナが岩陰から躍り出て奇襲をかける。
オルロが女性に一番近いソシアへ向かって、矢を放つ。
その瞬間、指先が輝きを放ち、石の矢が光をまといながら風を切り裂き、対象のソシアに突き刺さる。
そのあまりの威力にソシアの身体に大きな穴が開いた。
先制の会心の一撃だ。
「『エネルギーショット』!!」
その直後、ユージンの杖から水色の魔法の弾丸が射出された。残りの2体のうち、1体の身体に命中する。魔法弾が命中したソシアは身体を大きく歪ませ、吹き飛ばされた。
初回からかなりのダメージを与えた。通常のソシアなら耐えることは不可能だが、そのソシアは身につけている防具によって一命を取り留め、「ギィギィ」と怒りに震えながら身体を起こす。
「気をつけろ!あいつら、見張りの奴らより装備がいいぞ」
オルロがそれを見て仲間たちに叫ぶ。ソシアたちの身にまとうのは冒険者がよく着る皮の鎧、そして手に持つのは銅の片手剣や槍だ。
通常のソシアには考えられない程、良質な装備をまとっている。
オルロの矢やユージンの魔法弾が敵の注意を引き付けてる間に、グラシアナが音もなく跳躍し、鉄のグローブでもう一方のソシアに殴りかかる。しかし、ソシアは寸前でグラシアナの存在に気づき、回避する。
「ギギギ!?」
「ギィーギィー!!!」
奇襲を受けたものの、辛うじて生き残った2体のソシアは招かざる来訪者へ牙をむき出して叫んだ。
「仲間を呼ばれるとまずい。早めに片づけるぞ」
それを見て、オルロがパーティに声をかける。
想定していた以上にソシアの装備が充実している。こうした人間の装備をもつ個体は確かにいるが、このくらいの規模の巣穴ならば、大抵は巣穴の最上位クラスのソシアが何匹か持っている程度だ。
そもそも冒険者から装備を取り上げるが、大概は戦闘で摩耗した武器・防具なので、耐久力が低く、それほど長くは使えない。
だが、このソシアたちの装備は明らかにおかしい。
「…『寝室』持ちとはいえ、こんな綺麗な装備を持っているものか?」
目の前のソシアたちが身に着けている武器・防具はほとんど新品だ。まだ汚れが少なく、剣や槍は銅の輝きを残している。
道具屋の主人に聞いていた話と明らかに違う。
(恐らくなにか異常事態が起こっている…)
オルロは目の前にいる2体のソシアの持ち物を観察しながら、自分の知識と照合し、異常事態を感じ取る。
「ギギッ!!!」
先程グラシアナの攻撃を回避した個体は、「お返し!」とばかりにグラシアナへ銅の槍を突き出す。
グラシアナはそれを右手のグローブで払いながら、左拳でソシアの皮の鎧を殴りつけた。
ミシッ、という音がして、皮の鎧が凹み、ソシアは大きく後退するが、殴ったグラシアナも顔をしかめる。
「硬い…」
皮の鎧には所々、金属のリベットが打ち込まれており、このソシアの前の持ち主が生存率を上げるために努力した跡が見える。
―――最もその努力が前の持ち主を殺した相手の命を救った事の状況は皮肉としか言いようがないが…。
一方、オルロはパーティの攻守のバランスを考え、背中に弓を戻し、剣と盾を装備して、前衛にシフトする。そして、ユージンの魔法で仕留め損なったものの、重症を負ったソシアに接近し、鉄の片手剣で斬りかかる。
しかし…
ガンッ!!!
重症を負ってもなお、まだ余力を残していたのか、ソシアはオルロの剣を籠手でガードして弾くと、返す刀で銅の剣を振るった。
「…ッ」
オルロはその攻撃を、身体を仰け反らせることでギリギリ回避する。
「ユージン、ダメだ。俺たちじゃ決定力が足りない。魔法を頼む!」
オルロがユージンを振り返ると、すでにユージンの足元に魔法陣が展開されていた。
「今のうちにこっち!」
オルロたちがソシアの相手をしている間に、ルッカが乱暴されていた女性に近づいて毛布をかけ、戦闘から遠ざけようと試みる。
女性はルッカに対し、無言で頷き、大人しくルッカの後を追った。
「よし。1人助けた…」
オルロが視界の端でそれを確認し、安堵する。
「ルッカ!その人をお願いね!」
「うん!」
グラシアナの声掛けにルッカは返事をする。
その返事を合図代わりに、オルロとグラシアナは再び、それぞれがソシアに攻撃を仕掛ける。だが、オルロの攻撃は皮の鎧のリベットにぶつかって弾かれ、続くグラシアナの攻撃も回避される。
「くそ、埒が明かないな…」
決定打にかけるオルロとグラシアナは焦りを感じる。長引けば援軍が来る恐れがあった。
頼みの綱のユージンは、見ればまだ詠唱中だ。
「ギギィ!!!」
「ガギギィ!!」
2体のソシアが視線を合わせ、オルロに武器を構えて接近する。どうやら彼らは先にオルロを仕留めると決めたらしい。
「俺か…。よし、こい!!」
オルロは盾を構えて急所ガードし、守りの体勢に入る。しかし、それによってオルロの視界が自らの盾で隠れてしまった。
その隙きに、盾で守られていない部分を狙って、ソシアの銅の槍と剣が襲い掛かった。
「…ッ!!」
右の肩を銅の槍が貫き、左の太ももを剣が深く斬り裂く。
人間を超えた腕力を持った魔物が、普通の冒険者が持つ武器を振るうのだ。その威力は想像を絶する。
「オルロ!…『ヒール』」
攻撃を受け、右足と左の元ももから出血するオルロを見て、ルッカが悲鳴をあげ、すぐさま女神アマイアに祈りを捧げる。
必死の祈りが女神のお気に召したのか、ルッカの身体が強い光を放ち、普段よりも遥かに強力なヒールがオルロの身体を包んだ。
会心の一撃の恩恵を受けたルッカの「ヒール」は、大きなダメージを受けたオルロの身体を見る見るうちに癒やしていく。
それを妨害せん、と銅の槍を持ったソシアが飛び掛かるが…
「…お待たせ。『エネルギーショット』!」
凛とした声が辺りに響き、激しい光を放った水色の弾丸が胴の槍を持ったソシアを消し炭に変える。
会心の一撃だ。
どうやら運命の女神は2回連続でルッカとユージンの味方をしてくれたらしい。
「グラシアナ、ちょっと引きつけていてくれ」
それを見たオルロが鉄の剣と盾を背中に戻し、弓を取り出す。
(出し惜しみしている場合じゃない。ここで決めなければ…)
オルロの言葉にグラシアナは無言で頷き、ソシアに殴りかかる。
だが、防具で強化されたソシアの前では攻撃は今一歩届かない。
「もうっ、ホンッッッット、腹立つッ!!!」
ソシアに思うようにダメージを与えることができないグラシアナは苛立った声を上げた。
だが、グラシアナが作った短い時間は無駄ではなかった。
「…ありがとう。十分だ」
オルロが弓を構え、最後のソシアの頭を狙い石の矢を放つ。
石の弓はヒュンッ、と音を立てて最短距離を飛び、そしてソシアの頭を綺麗に撃ち抜いた。
頭を矢で射抜かれたソシアはまるで操り人形の糸を突然切ったように地面に両膝を付き、カクン、と顔から地面に崩れて倒れた。
「…ふう」
オルロはため息をついて弓を下ろす。
「当たって良かった…」
オルロは額の汗を拭って呟く。
パーティの勝利だった。




