第6話 隠れてませんよ、ユージンさん!&ソシアの巣穴【マップイメージ入り】
― ザカー平原 2日目 午後 ―
<依頼期限まで残り5日>
命からがら逃げ帰るソシアを「潜伏」のスキルを持つヴァルナとユージンが先行して追いかける。その後ろをオルロ、ルッカ、グラシアナの順で追った。
ソシアは彼らの追跡に全く気付く様子はないが、ユージンの隠密行動はグラシアナから見ると冷や冷やする部分が多かった。
「これは青フードに見つかるわけね」とグラシアナは心の中で呟く。
「潜伏」のスキルで気配が多少薄まっているものの、肝心の使い手の運動神経が残念過ぎた。
踵をしっかりとつけて、パタパタと地面を叩くように走るため、足音が響くし、体幹の軸がブレブレのせいで身体が上下に激しく揺れる。息も荒く、これでは「ここにいますよ」と宣言しているようなものだ。
ユージンに一番近いオルロもそれに気づいているようで、苦笑いしている。だが、困ったことに当のユージンに自覚はなく、彼もなんと伝えるか迷っているようだった。
そもそもスキルとは生まれつきの才能というか、身体の器官の延長のようなもので、この世界に生を受けた者は必ず、1人1つの固有スキルと、戦闘スキルを持っている。
ヴァルナであれば固有スキルは「潜伏」、戦闘スキルは「二刀流」。
オルロであれば固有スキル「毒耐性」、戦闘スキルは「毒攻撃」といった感じだ。
これらは言語化できない感覚的なものであり、その使い方も無意識に理解している。
スキルを持っているということはその分野において、持ち主に自信をもたらす。しかし、「綺麗な声質」を持っているからといって「歌が上手い」とは限らない。
ユージンは「潜伏」という存在感を希薄にするスキルがあるものの、身体の使い方が絶望的に下手くそなせいで、そのスキルを十分に活かせていない。
―――言ってみれば、ユージンは「綺麗な声質」を持つ、絶望的な「音痴」なのだ。
「潜伏」というスキルに自信を持っているユージンに、「実はお前は隠れるのが物凄く下手」と伝えるのはなかなか難しい。間違いなく彼を傷つけてしまうことになるだろう。
一方、同じ「潜伏」のスキルを持つヴァルナの方はというと、流石というべきか、野生動物のような機敏な動きで、音をほとんど立てずに移動していた。
その技量はもともと隠密行動の得意な種族である獣人のグラシアナとも良い勝負ができるレベルだ。
一度始めてしまった追跡中に、ユージンを捕まえて事情を説明し、前後を入れ替えるのはリスクが高い。幸い、相手はソシアのため、なんとか誤魔化せるだろう、とオルロとグラシアナはアイコンタクトし、今回はユージンに話さない方向で行くことを決める。
しかし、いずれはちゃんとユージンに真実を伝えてやらねばなるまい。
パーティの命がかかっているのだから…。
手負いのソシアはやがて洞窟にたどり着いた。
入口には見張りのソシアが2体おり、なにやらその2体と手負いのソシアが話をしている。
「ここがやつらの巣穴か…」
ユージンが木の裏に張り付いて、肩越しにソシアの巣穴の入り口を確認する。確かに確認の仕方は「それっぽい」がユージンの肩や頭ははみ出していて、全く隠れられていない。
人間やソシアの頭から肩にかけてのシルエットは他の生物にはないので、自然界では非常に目立つ。
オルロとグラシアナがジェスチャーで慌ててユージンに「頭を下げろ」と合図を送るが、ユージンは全く気づいた様子はなかった。
手負いのソシアが話を終えて、巣穴の奥へと入っていく。恐らく情報共有したのだろう。
見張りのソシアがキョロキョロと追跡者がいないか辺りを見回し始めた。
「ヤバい…」
オルロが心の中で呟く。
こちらの姿が発見されれば、最悪、巣穴に潜むソシアたちがいっぺんに飛び出してくる可能性もある。
巣穴にはソシアだけでなく、ハイ・ソシアもいるかもしれない。いや、いる可能性の方が高いだろう。もし、複数体のソシアとハイ・ソシアに囲まれれば命の危険がある。
「…ンギギ?」
その時、見張りのソシアの一人がこちらの方を見て止まった。
「まずい…」
オルロが咄嗟に弓を構えるが、それよりも早く、ユージンたちが隠れている場所から離れた場所で草むらが動いた。
「ギ?!」
「ギギギ?!」
見張りのソシア2体が顔を見合わせ、草むらに向かって確認しに近寄る。
「ここじゃー!!!」
その時、女の声が辺りに響いた。
「あ…バカ…」とオルロが思わず声を漏らす。
ヴァルナが草むらの近くの木の上から剣を振り下ろしながら飛び降りたのだ。
しかし、声をあげたため、2体のソシアに気づかれ、かわされる。奇襲攻撃は失敗だ。
「ギー!!!!!!」
敵を発見した見張りのソシアが大声を上げ、その声を聞いた巣穴からソシアが続々と飛び出してくる。
「バカ、アイツなにをやってるんだ…」
ユージンはヴァルナが自分の代わりに囮になってくれたことなど露知らず、舌打ちする。
そして頭の中で瞬時に3つの選択肢を浮かべた。
ヴァルナを陽動に使い、中に潜入するか、あるいはパーティ全員で巣穴から飛び出してきたソシアたちに対応するか、…さもなくば撤退だ。
だが、せっかく巣穴を特定できたのだ。撤退はできればしたくない。他のクエストで出払っているせいで、すぐにはDランク以上の冒険者がここに迎えないという状況を考えれば、このパーティで殲滅できそうならば、してしまった方が良い。
ここでもし一時撤退を選んでしまえば、ヴァルナがすでに見つかっているので、警備の警戒が強くなり、守りも固くなるだろう。
それに巣穴があるということはソシアの子どもたちが中にいる可能性が高い。ソシアの子どもの成長はとにかく早いので、グズグズしていれば今よりも個体数は増え、強力な個体も出現するリスクが上がる。そうなれば、依頼には時間制限もあるし、再攻略の難易度は跳ね上がるだろう。
全員で戦うことも考えるが、あまり時間をかけると日没までの時間が心配だ。夜になれば、撤退もしにくくなるし、こちらも疲れが出始めてくる。
―――となると、できるだけ早く巣穴に突入した方が良い。
(問題はここに誰を残していくか、だ)
ユージンは出てきた5匹のソシアたちと見張りの2匹を見て、思考を巡らす。
パーティの構成は前衛2人、中衛1人、後衛2人。後衛は防御力が皆無なため、盾役が必要になる。この状況でヴァルナのサポート役にユージンかルッカが入った場合、ヴァルナがサポート約を守る必要が生まれ、逆に足手まといになってしまうだろう。
かといって、後衛を守るためにもう1人残すと、中の様子がわからない巣穴に2人で入ることになり、それはそれで危険だ。
オルロかグラシアナをヴァルナのサポートに回した場合には、潜入班は後衛2人を守る形になるため、それも良い作戦とは言えない。
…となれば、選択肢は1つしかない。
ユージンはハイ・ソシアを撃退したヴァルナの実力を信じることに決めた。
「行くぞ」
ユージンは小声でオルロ、グラシアナ、ルッカに合図を送る。ユージンの作戦の意図を理解した3人は顔を見合わせ、頷く。そして4人はソシアたちがヴァルナに気を取られている隙に巣穴へと走った。
走りながらルッカがヴァルナの方を振り返ると、ヴァルナと視線が交差する。
ヴァルナは2本の剣を抜き放ち、「任せておけ」とばかりにニヤリと笑って見せた。
― ザカー平原 ソシアの巣穴 2日目 午後 ―
<依頼期限まで残り5日>
「…大丈夫かな、ヴァルナ」
暗い洞窟の中で、たいまつを掲げながらルッカはヴァルナを案じる。
分厚い土壁で覆われた洞窟は奥に進むとひんやりと冷えていて、もうすぐ夏だというのにも関わらず、少し肌寒い。
巣穴では前後からの挟撃に備え、「暗視」のスキルを持つグラシアナが先頭、ユージンとルッカが中衛、後衛をオルロ、という配置で進んでいた。
「ヴァルナなら多分、大丈夫だと思うけど…。―――ねぇ、ユージン、ギルドにはソシアの発生源の特定だけでいいって話だったけど、こんなに無茶する必要あったかしら?」
グラシアナがぽつり、と疑問を口にする。それに対し、ユージンは上下左右、罠に警戒しながら口を開く。
「…この巣穴、結構奥に続いてるよね。これ、今、他のクエストで動けないDランク以上の冒険者が戻ってくるまで待ったら、その時にはもうDランクじゃ手に負えないレベルになってるかもしれない。そもそもソシアが増えてるってことは…」
ソシアは雄のみの魔物である。また、ソシアが繁殖するためには人間の女性と交わるしかない。
つまり―――。
「人間の女性がとらわれている可能性が高いってことね」
「ああ」とユージンは頷いた。
「今なら俺たちでもやり方によっては対処可能かもしれない。少しでも早く救出できるなら、してあげたい」
「それは俺も同感だが、人質がいるってことは、ただ魔物と戦うのとはわけが違う。殲滅よりも救出を優先にするぞ」
それを聞いてオルロが人命優先を主張する。ユージン、グラシアナ、ルッカもその意見に異論はなかった。
入り口をしばらく進むと通路は左に折れ曲がり、さらに右へと進む通路があった。
ソシアたちはこの洞窟を手足や木の棒、石などを使って掘削しているのだろうか。
凹凸はあるものの、よくこれ程の巣穴を作り上げたものだとユージンは関心する。
「…皆、ちょっと待ってくれ」
オルロが後方から突然声をかけた。その声に全員が立ち止まる。
「入口からの距離を考えると、恐らく、この辺からはソシアたちがいる筈だ。これは俺の師匠からの聞いた話だが…」
オルロは元冒険者の道具屋の主人―――リョーから冒険者としての基礎を短期間で徹底的に叩きこまれていた。その際、得た知識をパーティで共有する。
ソシアはコミュニティを形成し、生活する魔物だ。
上下関係が徹底され、力がある者はコミュニティの中で優遇され、弱い者は相応の扱いを受ける。
見張りにされるのは下っ端であり、部屋を持たないが、偉くなるにつれ、部屋や捕獲してきた人間の女を与えられる。
基本的には奥に行けば行くほど階級は上がり、与えられる部屋の大きさや装備、女の数が多くなる。
ソシアに対して、理解の乏しい冒険者がやりがちなのが、洞窟の攻略として、毒ガスや火攻めを用いるという作戦だ。
この作戦は多くの場合には機能しない。
まず、第一に、ソシアの巣穴には人間の女がいる場合がほとんどなので、中の人間を殺す可能性がある。また、ソシアの巣は奥まった構造になっているが、非常事態に備えて、多くの場合には巧妙に隠された抜け穴が用意されており、非常時はそこから脱出する。
つまり、毒ガスや火攻めを使えば、そうした経験をしたソシアたちが生き延び、より知識をつけて新しいコミュニティを築き上げられていく。
短絡的な冒険者たちはソシアを撃退したと喜ぶだろうが、結果的にはソシアを成長させ、被害を拡大させていくことに繋がる。
故に、本当の意味でソシアを殲滅するのはかなり難しい。
オルロはそうした話を共有したうえで、グラシアナの前に広がる通路を指さす。
「恐らく、その辺にトラップがある筈だ。見張りがいちいち引っかからないように手前にはトラップは作らない。作る場合もあるが、そういうのは足跡を見れば大体どこにトラップがあるか予想がつく」
オルロはルッカからたいまつを受け取ると、先頭に立って通路を丁寧に調べ始めた。
しばらくするとオルロの予想通り、足元にいくつかの警報トラップと、それを外敵が回避した場合に備えて用意された落とし穴を発見する。
「…見え見えのトラップを回避したと思わせて、落とし穴に引っかけるわけだね。こわっ…」
ルッカが姿を現した落とし穴を見て、ごくりと息を飲む。
中には濁った緑色の液体が付着した石の槍が無数に設置されている。
「毒が塗られているんだろうな…それで、こういう場合には…やっぱりな」
オルロはトラップの仕掛けられたエリアの左側の土壁を叩く。音が他の壁と明らかに違った。
「隠し通路だ。…非常用の抜け道だな」
オルロが剣で壁を掘り返す。少し掘ると、普段使われた形跡のない抜け道が姿を現した。
その抜け道に仕込まれたトラップ―――外に繋がっている壁穴の左右に毒の塗った刃物が仕込まれていた―――にもすぐさま気づいて解除し、脱出通路を確保する。
「…お前、本当に記憶喪失か?」
その手際の良さにユージンが感心しつつ、オルロの記憶喪失を疑う。
「俺も師匠に聞いただけだったんだが、見ると結構わかるもんだな。教え方がかなりうまかったのか…それともこれもその『手続き記憶』ってやつか?」
「…だとしたらお前がレベル1なのは説明がつかないけどな。結構場数を踏んだ冒険者のように見えるぞ」
ユージンは素直な感想を述べたが、その直後、顔色を変える。ユージンがびくりと震えたのに反応したのか、彼のローブからイチゴウももぞもぞと這い出してくる。
「どうしたの?」
ルッカが首を傾げて、ユージンを見て小声で尋ねる。だが、ユージンはそれには応えず、「シッ!」と指を立てて静かにするように短く合図する。
「…女性の声がする。この先だ」
全員の顔色が変わる。遅れて他のメンバーも女性の悲鳴を確認した。
「…この先だ。オルロ、意見が欲しい」
ユージンがこの中で一番ソシアのことに精通していると思われるオルロに意見を求める。それを受けてオルロはあごひげを触りながら少し考え込んだ。
「…恐らくこの先に1つ目の『寝室』がある筈だ。この規模のソシアの巣穴なら大抵2~3つ『寝室』がある」
「『寝室』って?」
ルッカがきょとんとして首を傾げる。それに合わせてユージンの肩に乗ったイチゴウも小首を傾げた。
「…まあ、文字通りソシアの寝場所だ。大体捕らわれた人間がセットだな」
オルロは言いにくそうに口をもごもごさせながらルッカの疑問に答える。
「ということはこの先に捕まっている人がいるんだね。…助けなきゃ!」
オルロの言葉に含む意味に気づいているのかどうかわからないが、ルッカは通路の先を睨む。
「そうなんだが…『寝室』には複数のソシアがいるだろう。戦闘は避けられないな」
「幸い、まだ俺たちの存在は向こうにはバレてない。できるだけ応援を呼ばれずに片づけたいね」
オルロの予測に対し、ユージンが奇襲を提案する。
「手前の部屋から順に片づけて、捕まった人は脱出通路から逃がそう。そうしているうちに多分、ヴァルナも合流する筈だ」
ユージンがパーティの基本方針を決定し、仲間たちは頷いた。
「やるしかないわね」とグラシアナ。
「早く助けてあげよう」とルッカ。
「よし」とオルロが仲間たちの意志を確認して頷く。
「じゃあ…いくぞ」
オルロの声とともに一同は各々の武器を握りしめた。




