第2話 「問題児」と愉快な仲間たち②
「変な女…そうだよね、やっぱお前が『ヴァルナ』か」
トントゥの男は彼女のエピソードを街で聴いた時、抱いた嫌な予感が的中したことを知り、頭を抱える。
「俺が『冒険者になれば?』とか言ったばかりに…」
もしかしたらとんでもないことをしてしまったのではないか、とユージンは後悔を口にする。
「おうおう、その節は大変世話になったのう。お主のおかげで冒険者になれたわ」
当の本人はそんなユージンの様子を気にした様子はなく、ニコニコと笑いながらトントゥの背中を叩いた。
「ぐふっ…ちょっ…叩くの強い…」
トントゥの頭に乗っていたトカゲが衝撃に驚いて、両手を上げて飛び上がり、トントゥの首の後ろに隠れる。
トカゲが恨みがましくヴァルナを睨むが、ヴァルナはそれに全く気付いていないようだった。
「ユージン、この間は世話になった。ありがとう」
オルロがトントゥに頭を下げる。
「すまん、まだ金が稼げてないから借りてる300Gは返せないんだが、必ず払うよ」
ユージンと呼ばれたトントゥは笑って首を振る。
「いや、あれは別に気にしなくていいよ。それより、冒険者になったんだね」
「ああ、まだ記憶が戻らないんだが、冒険者の方が情報は集めやすいって知り合いに言われてな。―――改めて初めましてだ。俺はオルロ」
オルロが握手を求め、ユージンは頷いてそれに応じる。
「英雄から名前をもらうなんて大きく出たね」
「色んな人に言われるよ。俺もちょっと恥ずかしいんだが―――知り合いがつけてくれた名前だから名前に負けないように頑張ろうと思ってる」
「で、2人はパーティを組んでいるの?俺も今日、ギルドに呼ばれているんだけど…」
「あ、ユージンさん。こちらにいらっしゃいましたか」
受付嬢が戻ってきて、ユージンに声をかける。受付嬢の後ろには大柄の狼の獣人と小柄なエルフの少女がいた。
「あ、オリガさん。ん…?いや、ちょっと待って…なんか嫌な予感がしてきたんだけど」
ユージンにオリガと呼ばれた受付嬢は晴れやかな笑顔で応じる。オリガはさっさと彼らにパーティを組ませ、ヴァルナを押しつけてしまおうと開き直っていた。
「あ、はい、そうです!」
「よく聞いてくれました☆」とばかりに受付嬢は両手をパン、と合わせ微笑む。
「今日お呼びしたのはパーティメンバーの顔合わせです。こちらのお2人はグラシアナさんとルッカさんです」
「グラシアナよ。…あら、貴女、『Honey Bee』で会ったドワーフのお姉さん。確か―――ヴァルナさん?」
グラシアナと名乗る大柄の獣人はヴァルナを見て驚いたように口元に手を当てた。
大柄な狼の獣人でただでさえ目立つが、恰好も派手で、どこからどう見てもオネエだということがわかる。
「おお、グラシアナ!偶然じゃのう!それに…なんじゃ、隣にいるのはあの時ミルクで酔っぱらっていたエルフか」
ヴァルナは獣人とエルフの少女を見てカカカ、と笑う。
「よ、酔ってないもん!…ルッカです。よろしく」
ルッカと名乗る小柄なエルフは人見知りなのか、グラシアナの影からもじもじ、と挨拶をした。
「初めまして、俺はオルロだ。よろしく。グラシアナ、ルッカ」
「…ユージンだ」
「儂はヴァルナじゃ」
「「「「知ってる」」」」
全員がヴァルナの自己紹介に対し、同じ返答をする。どうやらヴァルナは全員と事前に面識があったようだ。
「ふうん…なるほどね」とメンバーを見たグラシアナは一人、心の中で納得する。
先日、街中の話題になった期待の超新人冒険者「問題児」ヴァルナと、「風神」の妹で人質兼護衛対象のルッカ、イレーネ派のエドヴァルトを尾行したという怪しい動きを見せたユージン―――。
「『組織』にとって厄介なメンバー、てんこ盛りってことね」とグラシアナは心の中で呟く。とんでもないメンツの監視を任されたものだ。
しかし、もう一人、目の前にいる「オルロ」というヒューマンについては情報がない。
「組織」も一枚岩ではないので、例えばディミトリ直轄のグラシアナのように存在を知られていない者も多い。
ギルドの上層部にいる「組織」の信者たちの人選だ。この中に「組織」のメンバーがグラシアな以外にも潜んでいる可能性もある。
「協力者?それとも観察対象?数合わせ?…潜入させるならもうちょっと丁寧に情報提供してくれないかしら」とグラシアナは心の中で不平を漏らすが、表情には出さず、「よろしくね」と挨拶する。
「さて、それでは引き合わせはしましたので、後は自己紹介やパーティの役割分担などを決めてください。『問題児』のパーティなので、ギルドからも期待されています。すでに最初の依頼は決まっていますので、準備が終わりましたら声をかけてくださいね」
受付嬢は事務的な内容を伝えると、これ以上は関わるまいと足早に去っていった。
ユージンが「あ、ちょっと…」と声をかけるがすでに受付嬢は別の冒険者に声をかけられていた。ユージンはパーティの編成に文句を言いそびれて舌打ちする。
「それじゃあ、自己紹介でもするか。2人とも席に座ってくれ」
オルロがグラシアナとルッカを椅子へ座るように促す。
全員が椅子に座ったところでオルロは頷いた。
「よし、まずは俺から自己紹介するよ。俺はオルロ。実は数日前よりも以前の記憶がない。そこのユージンに助けてもらって、衛兵所で俺を知っている人を探してもらったんだが見つからなくてな。結局、人を探すなら冒険者しながら情報集めた方がいいだろうということで知り合いに紹介してもらって冒険者になった」
オルロが一番に名乗る。30代前半くらいの男性で、精悍な顔立ち。180㎝以上ある長身と、筋肉質な体型。赤髪に同色のあごひげを蓄えたヒューマンだ。
「オルロの職業は?」
ユージンが職業を確認する。職業とは冒険者におけるポジションのようなものだ。
「戦士」、「武闘家」、「魔法使い」、「神官」、「狩人」の5つ職業が存在し、それぞれ役割が異なる。
「戦士」は前衛。物理攻撃、物理防御を得意とし、敵陣を切り開いたり、後衛との間の壁役として守りを固めたりする。
「武闘家」も前衛。素早い攻撃と回避、間合いを使った戦闘を得意とする。「戦士」と違って素早さに重点を置く分、生存率が高く、単体での戦闘も得意。囮役や斥候にも向いている。
「魔法使い」は後衛。魔法による攻撃、防御、状態異常効果付与、その他色々なことができる。パーティの火力要員になることも多いが、魔法の詠唱に時間がかかるため、敵に最も狙われやすく、命の危険が高い。
「神官」も後衛。女神アマイアへの信仰を力に変えることができ、全職業で唯一回復魔法が使える。魔法による攻撃もできるが、大抵は回復魔法、能力上昇効果付与を覚えることが多い。パーティの生命線のため、魔法使い同様、敵に狙われやすい。
「狩人」は前衛もしくは中衛。前衛のカバーで弓矢などの中距離攻撃を行うことが多い。状態異常攻撃を得意とし、相手を弱らせて倒す。前衛が突破された際には接近戦でも戦う。敵からは狙われにくいが、前後の状況を見て柔軟に判断できる視野の広さと対処能力が必要だ。
基本的にはパーティの構成は5人ならば、前衛2名、中衛1名、後衛2名のパターンか、前衛3名、後衛2名のパターン。4人ならば前衛2名、後衛2名のパターンか前衛3名、後衛1名のパターンが多い。
どのパーティ構成でも、後衛を守ることができる戦士とパーティの回復を行うことができる「神官」を含めるのがセオリーだ。
ギルドが調整して結成したパーティだからバランスの悪いパーティ構成にはなっていない筈だが、それでも命を預ける仲間の職業の確認は重要だ。
「俺は『狩人』だ」
「じゃあオルロは多分、中衛だね。ヴァルナはどう見ても『戦士』だし、獣人の人は武器からして『武闘家』でしょ。俺は『魔法使い』で、エルフの人も前衛ではなさそう」
「…ふむ、正解ね」
「私はし、『神官』…です」
グラシアナが頷く。ルッカはまだ緊張しているのか、グラシアナの後ろからおずおずと自分の職業を伝える。
「パーティのバランスは問題なし、か。…オッケー。話の流れを遮って悪かったね」
「いや、大事なことだ。ありがとう。次、お願いできるか?」
オルロはヴァルナの方を見る。「ふむ…」とヴァルナは頷いた。




