第2話 交番から出たら変な女に捕まりました
— レイル共和国 大都市ネゴル 衛兵所 午前 —
俺はユージンに連れられて、衛兵所に行った。ユージンは丁寧に俺の状況を説明してくれた。
「なるほど、大変だったな」
対応してくれた衛兵の男性は俺に優しく声をかけてくれる。
「まあ大丈夫だ。ここにいればすぐにお連れさんは見つかるはずだよ」
「だといいんですが…」
俺は衛兵の言葉に頷く。そのやり取りを見てから、ユージンは俺に声をかける。
「じゃあ、俺はこれで」
「あぁ、助かった。ありがとな。このお礼はいつか」
「気にしなくていいよ。お前が困った人を見たら俺のように助けてくれ」
ユージンは笑って首を振った。そして「一応…」と俺に皮の袋を渡してきた。中には硬貨が入っていた。
「300Gある。贅沢しなければこの町でも宿を取って3日くらいは暮らせる。俺も手持ちがないからこれ以上は無理だけど、まあこれもなんかの縁だ。一応持っておけ」
「そこまでしてもらうわけには…」
俺が断ろうとするとユージンは「いいから」と笑う。
「…すまない」
「またな。今度会った時に名前を思い出していたら教えてくれ」
「あぁ、必ず」
「それじゃあな」
ユージンはそういうと片手を上げて、衛兵所から出て行った。
— レイル共和国 大都市ネゴル 衛兵所 夕方 —
そこから俺は1日待った。しかし、俺の連れだと名乗る者が現れる気配は一向になかった。
俺は待っている間に衛兵たちから色々な話を聞くことができた。
この都市の近辺にもいくつかの村はあるらしい。ただ、ヒューマンのみが住んでいるかどうかはわからないということ。
種族はヒューマン、獣人、トントゥの他に、ドワーフ、エルフがいて、それぞれの種族には「加護」と呼ばれる不思議な力があるそうだ。
命の危機に瀕した際、神様の力を借りて逆境に打ち勝つ力だ、と言われた。どうやらそれは誰にでも備わっているらしい。
種族間の争いは多く、差別の歴史などもあるが、このレイル共和国は珍しい、多種族が共棲する国なんだそうだ。
都市の外には魔物や魔獣と呼ばれる生き物が生息しており、特に夜には力が強くなる。そして、人を襲う性質があるらしい。
だから、無事に街から街へ移動するためには用心棒を雇ったり、馬車などで素早く移動していくことが必要だそうだ。
大きな街には大体「ギルド」という場所があり、そこは魔物や魔獣関連で困っている人たちが利用する人材派遣サービスのような組織と聞いた。その組織の構成員を「冒険者」と呼ぶらしい。
俺のことを知っている人を探すならギルドで依頼をかければいいかもしれないと聞いた。
…金はかかるらしいが。
夕方になるとそろそろ詰所では「迷子」の対応を終えるらしい。
子どもならいざ知らず、3日分の宿代くらいは持っている30代の男なら自分でなんとかしろという話だった。
まあ、仕方がない。
「いくら都市とはいえ、裏通りはかなり治安が悪い。夜は大通りでも殺しが起きることもあるから野宿はせずに必ず宿を取れよ」
すっかり仲良くなった衛兵にそうアドバイスを受け、俺は衛兵所を出ようとする。
結局俺のことを知っている人は現れなかったな、と考えているところで、俺とすれ違いに数人がかりで長身の女が衛兵所へ連れていかれていた。
「離せ!儂がなにをしたというのじゃ!」
長身で、褐色の肌、黒髪のポニーテールのスタイルのいい女性だ。かなりの力で暴れているようで、衛兵たちが抑え込むのに苦労しているようだった。
「こら、暴れるな。「王になる」だの、「家来になれ」だの、往来で大声で叫んでいるから職務質問をしただけなのに5人も衛兵を殴りがって。公務執行妨害だぞ!」
「儂は将来、王になる者ぞ。下郎が、儂に触れるな!」
ポニーテールの女性が衛兵に噛みつく。
完全に変な奴だ。あんまり関わりたくない…。
俺はそそくさと衛兵所から離れようとした。しかし、その姿が運悪く女の目に入ったようだ。
「ん?お主…ヨーゼフ、ヨーゼフではないか!」
「は?」
衛兵たちを蹴散らして女は俺の腕を掴む。
「お前、こいつの知り合いか?」
衛兵が怪訝そうな顔で俺を見る。
「い、いえ…いや、そうなのか?」
衛兵所の奥から俺に色々な話をしてくれた衛兵が出てきて、「お!お前、連れ見つかったか。よかったな」と声を上げる。
「お、俺?ヨーゼフって名前なの?」
「そうじゃ。儂の家来、ヨーゼフじゃ。なんじゃ、お主こんなところにおったのか。はっはっは!良かった、良かった。探したぞ。すまぬな、皆の者。それでは儂らはこれで!」
女は豪快に笑うと、凄まじい力で俺を引っ張り、あっという間に衛兵所を出て行った。
— 大都市ネゴル 衛兵所近辺 夕方 —
衛兵所から十分に離れたところで、女は急に俺の腕を離す。
「すまんかったな。お主のおかげで助かった。なんぞ難癖をつけられて困っておったのじゃ」
「へ?」
女はにやり、と笑ってウィンクする。夕暮れ時のオレンジ色の光が彼女の美しい顔を照らしていた。
「お主がうまく話を合わせてくれて助かったぞ。儂はヴァルナ。将来、儂が建国した暁には訪ねてくるがよい。褒美を取らせるぞ「ヨーゼフ」。それではな!」
「え?待て、お前、俺のことを知ってるんじゃ?」
ヴァルナと名乗った女は、俺の言葉にキョトンとする。
「知るわけなかろう。儂とお前は初対面のはずじゃが?」
「~~~~~~~!!!!」
ヴァルナは「はっはっはっ!」と豪快に笑い、「さらばじゃ」と去っていった。
一瞬、俺は本当に自分のことをヨーゼフで、この女の家来だと思ったのだが…。
いや、実際コイツの家来じゃなくて良かった…。
怪しげな色気を放つとんでもない美女だったけど、アレに着いていくのは大変そうだ。
俺はそう思いながらヴァルナの背中を見送り、はぁ、とため息をついた。