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女神のサイコロ  作者: チョッキリ
第5章 グラシアナ
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第5話 ドライマティーニと悪魔からの依頼【挿絵入り】


それから15年後…




「彼」(ディミトリ)と出会ってもう10年以上になる。


「彼」は指導者としての類稀(たぐいまれ)なる才覚(さいかく)を発揮し、25歳にして「組織」の中枢(ちゅうすう)、大司教という立場となった。


さらに3年経った今では、もうすっかり大司教の地位は盤石なものになっていた。


グラシアナはこれまで「彼」の懐刀(ふところがたな)として、汚れ仕事も率先して引き受けてきた。


彼からの指示ではなく、「組織」内でも「彼」の活躍を快く思わない反対派の暗殺なども自ら率先して行った。


流れる月日の中で、最初、抱えていた色々な葛藤はいつしか薄れていった。




ある日、いつものようにギルドの郵便で「彼」からの手紙を受け取った。


手紙では「彼」は「アルマ」という偽名を使っており、何気ない恋文に偽装し、彼女に指示を送ってくる。


今回の手紙には「ネゴルで話がある」と書かれていた。


彼女はすぐさま、「彼」に会いに大都市ネゴルへ向かった。




― レイル共和国 大都市ネゴル Bar 『Honey Bee』 ―


「やあ、グラシアナ、久しぶりだね」


ネゴルにある「組織」のメンバーが運営しているバーのカウンターに彼は座っていた。


「アルマ…」


教団の大司教の顔は「組織」の中でも一部の人間にしか知られていない。


そのため、ディミトリは「組織」内でも一部の人間以外には「アルマ」という偽名を使っていた。


黄金色の髪に透き通った水色の瞳を持つ美青年が、笑顔でグラシアナに手を振り、「こっちこっち」と隣の席をぽんぽん叩く。


大司教になってからも、ディミトリの接し方はなんら変わらなかった。


彼は良くも悪くも彼のままで、目的のために今も最善を尽くしている。


グラシアナはそんな彼が愛しく、支えたいと思っていた。


10年以上経っても彼は輝いて見える。今も変わらず、彼はグラシアナの生きがいだ。


グラシアナは彼の傍まで歩み寄り、そして彼と抱き合う。


「最後に会ったのは3か月前の集会かな?いつも無理させちゃってごめんね」


「…ううん、いいの。貴方はアタシより(はる)かに大変なんだから」


「とりあえず、座って。ここのマスターは凄く腕がいいんだ。何を飲む?」


ディミトリのテーブルを見るといつものようにドライマティーニがある。ドライマティーニは彼のお気に入りのカクテルだ。


「彼と同じものを」


「…かしこまりました」


トントゥのバーテンダーは静かに頷くと流れるような所作でミキシンググラスにジンとベルモット、氷を入れる。


中指と薬指の間にバー・スプーンを挟み、音を立てずにカクテルを撹拌(かくはん)していく。


ステアと呼ばれる基本的な技術だが、その練度だけでも、このバーテンダーの腕前が相当なものだとわかる。


熟練のバーテンダーの動きはそれ自体が芸術だ。


彼女はトントゥのマスターが、カクテルグラスにドライマティーニを注ぐ様を、息をするのも忘れて見入(みい)った。


カクテルピックに刺さったオリーブがグラスに加わり、最後にレモンピールがひと振りされ、彼女のテーブルの前に音もなくグラスが現れる。


「…ドライマティーニです」




挿絵(By みてみん)

(イラスト:Bu-bu)




「素敵…」


 キンキンに冷え切ったカクテルグラスに美しく鎮座(ちんざ)するドライマティーニを受け取り、久しぶりに再会したディミトリと乾杯する。


ドライマティーニ―――彼のお気に入りのこの酒を飲む時は、特別な時、と自分の中で決めている。


「カクテルの王様」と形容されるドライマティーニだが、ジンがメインとなるアルコールのため、かなりアルコール度数が高い。


飲み手を試すカクテルとしても有名なこれを美味しく飲めるようになったのはいつからだったか…。


「ん…美味し」


冷たく冷えた辛口のマティーニを舌の上で転がしてゆっくりと味わう。


「元気にしてたかい?」


「まあまあね。―――貴方は?」


ディミトリは微笑んでグラシアナを見つめる。


「ちょっと前に手に入れてもらったもの覚えてる?」


「…『(なげ)きの宝剣』のこと?」


太古の昔、女神アマイアと勇者オルロたちが魔神ウロスと戦った際、神々は様々な武器を生み出した。


それらは「神器」と呼ばれ、強力な力を宿している。


多くは戦いの中で失われてしまったが、いくつかの神器は未だにこの世に存在していた。


「組織」が長い年月をかけて発掘を続けた結果、最近ようやく見つかったのが「嘆きの宝剣」だ。


「嘆きの宝剣」は使用者の恨みや憎しみ、恐怖、後悔を食らって成長する魔剣であり、圧倒的な力を手にすればするほど使用者を不幸にする性質がある。


この諸刃(もろは)の剣の力を持て余した「組織」は、ディミトリの指示で宝物庫に保管したままになっていた筈だ。


「そうそう。あれは性質を考えると精神が強靭(きょうじん)であればある程力を溜め込めると思うんだよね」


ディミトリはグラスを揺らしながら微笑む。


「…そうね。でもあんな剣で力を溜めてまともに扱えるとは思えないわ」


「あはは、そうそう。誰だってあれば使いたくないよね。…だからさ」


ディミトリは口元だけに笑みを残す。


しかし、その水色の瞳の奥に笑いはなく、ぞっとするような冷たい声で続けた。


「―――使いたくなるようにしようと思うんだ」


美しい顔から(つむ)がれる背筋が凍りつくような言葉に思わず、グラシアナは身震いする。


「精神力の強さならエルフが随一かな、と思う。寿命も長いし、仲間意識も他の種族よりも強い。それにコルト樹海のエルフの里なら助けも呼ばれにくい」


「…アルマ、貴方はなにを考えてるの?」


ディミトリはその美しい唇を大きく三日月型に歪める。


「グラシアナはさ、『風神のヘレナ』って通り名のエルフの冒険者、知ってる?」


ディミトリは計画を語り始めた。






それから間もなくして、ディミトリの計画通り、「組織」は「風神」の妹、ルッカをマークし、妹の命と引き換えに魔神復活の協力を求めた。


「風神」は冒険者の中でもかなり名の通ったエルフであったが、妹がアキレス腱だったようで、簡単にこちらの言いなりにすることができた。


そして約1年後、それ(・・)はとうとう実行に移された。


妹が狩りに出かけている間に、「風神」に「嘆きの宝剣」を使わせて、自分の家族や友人、仲間を殺させたのだ。


彼女が殺すのを躊躇(ためら)った相手は、一緒にいた信者たちが嬉々として目の前で残酷に殺してみせたらしい。


「風神」は何度も何度も心を折られ、「嘆きの宝剣」を手放そうとしたが、その度に妹のことを(ほの)めかすと、泣き叫びながら仲間たちを手にかけたという。


そして、ディミトリの計算通り、狩りから戻った妹は姉と鉢合わせる。


姉である「風神」は動揺しつつも、咄嗟に機転をきかせ、さも自分が(・・・)侵略者から里を守っているように振る舞い、妹を逃がした。


後は逃げた妹が戻ってくる前に証拠を全て隠せば「組織」の痕跡(こんせき)は一切無くなる、というわけだ。


ディミトリは、妹以外の全てを自分の手で(ほうむ)りつつも、正気を保っている「風神」にもっと「嘆きの宝剣」の力を蓄えさせようと考えた。


そして、彼女が裏切らないために妹の監視役兼護衛としてグラシアナを選んだ。


万が一にも「風神の妹」(ルッカ)が死なないように。


…そして、いつでも必要であれば「風神の妹」(ルッカ)を殺せるように。




つまり、傷心のルッカとグラシアナが出会ったのは偶然ではなく、全てはディミトリの計画の内であった。


そして、彼女はギルドの郵便で「アルマ」(ディミトリ)から新たなメッセージを受け取る。


そこには暗号でこう書かれていた。


「『風神』の妹と一緒にギルドの冒険者になって欲しい。ギルドの上層部には手を回しておくから…。他にも面白い仲間を用意する。―――楽しみにしておいて」


グラシアナは一見、「アルマ」からグラシアナに宛てた恋文であるその手紙を胸にあてて、目をつむる。


ルッカと数ヶ月付き合って、多少情が移ってしまった部分もある。心が痛くないわけではない。


しかし…


グラシアナは目を開ける。







「貴方がもし望むなら…アタシはあの子だって迷わず殺すわ」


こうしてグラシアナの旅は始まった。


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[一言] あれま…
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