第10話 思考加速
― アマイア暦1330年桜の月7日 昼 ―
<大都市ネゴル 大通り 広場>
ドォォォォォオオオオン!!!!
雷鳴が轟き、砂塵が舞う。
エルフの長い銀髪が強風によってキラキラとはためいた。
これだけの強大な魔法を放ったにも関わらず、その姿には微塵も油断する様子は見られない。
宝剣を構え、エルフは仇敵の姿を砂塵の中に求める。
「!」
煙の中から円状の魔法障壁の頭が見え、エルフは柄を握る指に力を込めた。
グラシアナは魔法使いではないため、魔法障壁は使えない筈だが、彼女の神器の力の可能性もある。
元より魔神教の幹部である「血塗れ狼」が簡単に倒せるとは思っていない。
エルフは「嘆きの宝剣」に呪いの力を込め、魔法障壁に照準を合わせた。
しかし、この魔法障壁は囮の可能性もある。下手に攻撃すれば隙を作ることになり、奇襲のリスクが増えるため、グラシアナを視認するまでは剣は振るわない。
そう決めたエルフは砂塵が収まり、視界が晴れるまで剣を構えたままの体勢を維持し続ける。
やがて砂塵がゆっくりと収まっていき、それと同時に姿を現したのは…
「!?」
ピンク色の髪をした小柄な男。彼の後ろには同じ種族の女がいた。
「~~~~~!!!あっぶな。本当にやれるか心配だったけどなんとかなって良かった…」
小柄な男が冷や汗を流しながら呟く。
「お前は…」
有象無象だと思っていた集団の中に「嘆きの宝剣」の攻撃を耐えた人間がいたことにエルフは驚く。
しかし、それでも意識は並行して砂塵の中を探っていた。
男たちの後方に素早く視線を走らせると、そのすぐ後ろに片膝をついた白狼の姿を認めた。
どうやら仕留め残ったようだが、「エネルギーボルト」の追加効果で「麻痺」状態になっているようだ。
ピンク髪のトントゥはそのグラシアナと、一般人のように見える同族の女トントゥを庇い、エルフの前に立ちふさがっていた。
「…どきなさい」
エルフはピンク髪のトントゥに向かって宝剣を向け、道を譲るように要求する。
しかし、ピンク髪は杖を構えたまま、首をゆっくりと横に振った。
(あれを防いだということはグラシアナよりも格上?―――いや…)
ピンク髪からは強者特有の気配を感じない。
レベルはせいぜい3か4くらいだろう。そんなレベルの魔法使いが一体どんな手を使えば「エネルギーボルト」を防げるのか…。
「…」
ちぐはぐな結果故にピンク髪の男の不気味さが引き立つ。
「…ユ、ユージン、アンタ…なんで…」
グラシアナも自分の前に立つピンク髪の男に驚いているようだった。
エルフは形の良い眉を顰め、足元に魔法陣を展開する。
「邪魔よ」
「エネルギーボルト」を水平方向に、効果範囲を集約させて無詠唱で放つ。
範囲を絞った分、威力も速度も先程よりも増した「エネルギーボルト」がトントゥたちに向かって雷の如く飛んでいき…
バシュゥゥゥゥゥゥゥ………
水平方向へ飛んだ雷がトントゥの魔法障壁を避けるかのように上下左右に拡散する。
「!?」
理解不能だ。
なぜあの魔法障壁は明らかに格上であるエルフの、しかも最上位魔法である「エネルギーボルト」を受けきれるのか。
驚くエルフを他所に、ピンク髪の男は凄まじい勢いでブツブツと詠唱を行い、杖に魔力を注ぎ込む。
すると、女トントゥとグラシアナの足元に魔法陣が浮かんだ。
「アンタ、魔法を使えなかった筈じゃ…」
「克服した」
ピンク髪はエルフに視線を向けたまま、グラシアナに短く答える。
「克服…って、そんな短期間でできるわけが…そもそも、なんで」
グラシアナはそれでも納得いかないとなおも口を開くが、
「話は後。俺もお前と共闘するかどうか2ヶ月迷ったけど、他に方法なさそうだし、カリネさんを頼む。…カリネさん、後で迎えに行く。それまで怖いだろうけど、そいつと逃げて」
ピンク髪は有無を言わさず会話を打ち切り、魔力を通じて、魔法陣に発動の命令を送る。
その瞬間、女トントゥとグラシアナの足裏から出力を抑えた「エネルギーショット」が噴射され、2人は高速でエルフと反対の方向へ飛んでいった。
「…随分と余裕ね」
エルフは剣を構えながらピンク髪に不快感をあらわにする。
「…余裕なんかないさ。毎回紙一重だよ」
ピンク髪は杖を構えながら緊張した表情で応える。
「今のは一体何?」
2人を飛ばしたあの魔法は長く生きるエルフでも見たことのないものだ。
目の前にいる男は「魔法使い」なのか、それとも未知の職業なのか。
レベルはエルフよりも低そうだが、油断はできない。
せっかく見つけ、弱らせたグラシアナを早く追いたい気持ちはある。
しかし、向こうもこちらを捕まえたいと考えているので、放っておいてもいずれ剣を交えることになるだろう。
それよりも知らない魔法を使い、「エネルギーボルト」を無効化する目の前の男を放置する方が後々厄介なことになる可能性がある。
「今のって?」
ピンク髪の男は首を傾ける。
「どれのこと?」
「魔法。あんな魔法初めてみたけど」
「ああ」とピンク髪は頷き、メガネを押し上げる。
「元はただの『エネルギーショット』だよ。出力と角度を調整して移動に使っているだけ」
「角度と出力をこの一瞬で計算して魔法陣に加えたってこと?」
エルフはピンク髪を訝しむが、嘘を言っているようには見えない。
魔法陣にはその魔法の威力や範囲、角度などを決める魔法文字が組み込まれている。
そのことはエルフも知っている。だからこそ「エネルギーボルト」を地面から放ったり、範囲を絞り、威力を高めた状態で水平に放つことができた。
だが、魔法陣を自分と離れた位置に変更したり、2つ同時に発動するとなると魔法文字の理解に長けているだけでなく、瞬時に複雑な計算を行う必要がある。
もし、それができるならば、彼がエルフの「エネルギーボルト」を2度無効化してみせたのも納得できる。
「そう…。なら、魔法はダメ、ってことね」
エルフは呪いの力を込めた宝剣をピンク髪目掛けて振る。
オオオオオオォォォォォォォン…
この剣で屠られた犠牲者たちの悲痛の叫びが重なったような音とともに見えない斬撃が飛ぶ。
しかし、剣を振り始めた時点でピンク髪はすでに身体を傾け、地面を蹴っていた。
まるでこちらの動きを先読みしているかのように…。
回避しながらピンク髪はぶつぶつと詠唱を行っていた。
そして彼がこちらに向かって杖を向ける。
(反撃が来る…ッ!!)
それを見たエルフは自分に向かって来るであろう魔法に備えて防御姿勢を取る。
「『エネルギーショット』!!」
ピンク髪が叫び、エルフに向かって閃光が走った。
「ぐっ…!!…………………?」
眩い閃光で目を潰されそうになり、思わずエルフは目を閉じる。
「…………………?」
しかし、肝心な魔法弾の衝撃がいつまで経ってもやってこない。
エルフが目を開けると、再び砂煙が巻き上がっており…
「…ッ!!!」
奇襲を警戒したエルフは宝剣の斬撃で周囲の砂埃を切り払った。
しかし…
砂埃が晴れた先にピンク髪の男の姿はなかった。
「逃げられた…?」
周囲に自分を狙う敵の気配がないことに気づいたエルフはポツリ、と呟いた。




