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女神のサイコロ  作者: チョッキリ
第5章 「血塗れ狼」グラシアナ
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第29話 エドヴァルト・ディ・ペルジャーノ



「…なぜ雑種風情が閣下を探している?」


シャーラに右腕を奪われた中年の軍人は肘から血を(したた)らせながら低い声で尋ねる。相当な激痛が彼を襲っている筈だが、まるで痛覚が存在しないのか、と錯覚するほど平然としていた。


「質問しているのはアタシ(・・・)。今のでわかったでしょう?無駄死にするのは賢いとは言えないわよ」


「魚にも獣にもなりきれん半端者(はんぱもの)が…ッ!!!」


さっさと降伏し、エドヴァルトの情報を寄越す方が懸命だ、と目を細めるグラシアナを中年の軍人が馬鹿にするな、とばかりに睨みつける。


実際、今のグラシアナとシャーラの動きについてこられないのであれば、彼らが全力で抵抗しても戦いにはならない。一方的な展開になるだろう。


「コランダ大尉、ここは自分が…」


「ウルルルルルル…!!!」


中年とグラシアナの間に入ろうと片足を上げた年若い軍人に対し、シャーラが牙を剥いて威嚇(いかく)し、牽制(けんせい)する。


その時…




「おいおいおいおいおいおいおいーい、んだぁ?楽しそうなことになってるじゃねぇか」




「「「「!?」」」」


唐突に発せられた声の主の方へ、全員の視線が一瞬で向かう。


建物の奥から音もなく姿を表したのは金というよりも真鍮(しんちゅう)に近い髪色をした30代くらいの男だった。


背は高く、適度に引き締まった筋肉質の体つきで、浅黒い肌をしている。


麻を青く染色したボトムスを穿()き、上は麻の白いシャツ。


一見、その辺にいる柄の悪いゴロツキだが、彼が一歩一歩近づくにつれ、その迫力と威厳に思わず(こうべ)を垂れたいという欲求に駆り立てられる。


彼が肩に羽織(はお)群青色(ぐんじょういろ)豪奢(ごうしゃ)なマントは明らかにその下の庶民的な衣服には不釣り合いな代物だが、何故か彼が羽織るとしっくりきてしまう。


元一流デザイナーであるグラシアナには、そのマントの素材やデザイン、()い目などから、これを着ることができる者は世界に片手で数えられる程しかない超々高級品だとわかる。


―――良い服は着る者を選ぶ。


彼のマントは彼を所有者だと認めている。


そんな超々高級品のマントをちょっと外に出るためのコートのような感覚で引っ掛けるこの男が只者である筈がない。


その男はまるで野次馬のようにグラシアナと中年の男を見比べ、ニヤニヤと笑った。その瞳はルビーのように赤く輝いている。


仮面をしておらずとも…彼がその名を名乗らずとも…


グラシアナはその男の正体がわかった。


彼の名は…


「エドヴァルト…ッ!!!」


グラシアナは彼を睨みつけながら、吠えるように叫ぶ。


黄金の鉢巻(はちまき)の呪いによってシャケの顔にされているとはいえ、大気が震える程の殺意を込めて叫んだので、相当な迫力がある。


その叫び声にシャーラも思わず全身の毛を逆立てた。年若い軍人もびくり、と身体を震わせる。


だが、威嚇(いかく)された当の本人は涼しい顔でそれを受け流す。


「ハッ!そういうテメェは『ハクロウ』か?―――いや、『グラシアナ(・・・・・)』って呼ぶべきかぁ?はははっ!!!そりゃ呪いかぁ?ちょっと見ない間に美人になったもんだ」


男はエドヴァルトだということをあっさりと認め、姿の変わったグラシアナをディミトリの懐刀「ハクロウ」だと見破る。


ロザリー(あの女)が世話になったなぁ」


エドヴァルトは獰猛(どうもう)な笑みを浮かべた。


ユージンはエドヴァルトとロザリー、ボニファが行動を共にしているところを目撃している。同じイレーネ派であり、ひょっとすると親しい間柄だったのだろうか。


「世話になった」というくらいだ。少なくとも2年前にオハイ湖の地下でグラシアナとその仲間たちがロザリーを倒したことはエドヴァルトも知っているらしい。


「てめぇ等のせいで、ババア(イレーネ)からめんどくせぇ研究の一部を押し付けられたがなぁ。ま、おかげで今の俺があるわけだが」


「ウルルルルル…」


シャーラがエドヴァルトに対し、牙を剥いて威嚇(いかく)する。しかし、表情とは裏腹に、身体は後ろへとじりじり下がっていく。


(いのしし)臆病(おくびょう)な動物だ。シャーラの遺伝子の中にもその特性は組み込まれている。


(無意識にアイツが格上だとわかっているのね)


かくいうグラシアナも先程から悪寒が止まらない。


2人の様子を見たエドヴァルトは「んんん~?」と眉を寄せる。


「んだよ、ビビってんのかぁ?あの『血塗れ狼』(ブラッディ・ウルフ)の、『ハクロウ』様が、この俺に?」


エドヴァルトはひゃっひゃっひゃ、と愉快そうに笑う。


「…アンタ、確か2年前は司祭だったわよね?たった2年でどうやってそんな力を…?」


司祭の平均レベルは2~3程度だ。「組織」の地位はレベルだけで決まるわけではないが、レベルが高いということはそれだけ神を寵愛(ちょうあい)を受けている証拠だ。


レベルが上がるということは、すなわち、人から神に近い存在への変化することを意味する。


「組織」という魔神ウロスを信仰する宗教団体では、「神の寵愛を受けている」という事実はそれだけで大きな求心力を持つわけだ。


通常、シャーラのように異世界でシャケに揉まれるような特殊な経験でもしない限り、人はそれほど強くなれない。


ヴァルナやオルロのようないわゆる「天才」ですら、それこそ竜でも殺すような余程の偉業を成さぬ限り、レベル4かレベル5で頭打ちになる筈だ。


実際、グラシアナもロザリーと一戦交える前までは、長らくレベル4で止まっていた。


だが、目の前にいるこの男のプレッシャーは司祭の上の司教どころか、下手をすればディミトリやイレーネと同じ、大司教クラスのものだ。


(もしそうだとすれば、レベル6…いや、レベル7以上ってこと?)


信じがたいことだが、この2年前でシャーラ以上の成長を見せたのだとすれば…


(出し惜しみしている場合じゃないわね)


グラシアナは即座に判断し、左肩と右の太腿に巻き付いていた神器「魂()らい」を展開する。


「あげるわ。全部(・・)


グラシアナが神器にそう宣言した瞬間、紫色の金属質の包帯はグラシアナの魔力(MP)に反応し、全身を鎧のように覆った。


神器がグラシアナの身体に巻き付いた瞬間、膨大な量の魔力(MP)を神器に強引に吸い出される。


「ああああああああ!!!!!!!」


と、同時に全身の神経を鋭い鉤爪(かぎづめ)か何かでガリガリと引っかかれるような激痛がグラシアナを駆け巡り、グラシアナは悲鳴を上げる。


頭が割れるように痛い。痛みを通り越して強烈な吐き気がこみ上げてくる。


視界がチカチカと白く点滅し、耳鳴りがグラシアナを世界から分断する。




神器「魂()らい」は魔力(MP)を糧とし、力を得る神器だ。


グラシアナは過去、ロザリーとの戦闘で受けた毒を神器に喰らわせることで解毒した。その結果、グラシアナの体内に神器を取り込んでしまった。


その代償として、今でも尚、彼女は日常的に魔力(MP)を神器に吸われ続けている。神器に侵食され、常時魔力(MP)を消費し続けるせいで、あと数年で死ぬと魔神ウロスに余命宣告されていた。


「魂()らい」の魔力(MP)を捕食する痛みは想像を絶する。その苦痛を毎日受け続けるくらいなら死んだ方が全然マシだと思えるくらいのレベルだ。


魔神ウロスですら、神器を体内に取り込んだグラシアナを「クレイジーな奴だ」と評する。


だが、今回、彼女が差し出したのは全身だ。


彼女がこの戦闘の後に払う対価はこれまでの比ではない。




“おいおいおいおい…ちょっと、それは景気が良すぎねぇか?”


「お気に入り」の死の匂いが濃くなるのを感じ取ったのか、普段は滅多に自分から話しかけてくることのない魔神ウロスがグラシアナの頭の中に声をかけてくる。


「うるさい、黙って。…頭に響く…ッ!!!」


ギギギギギギ…とガラスを鋭利な石で引っ掻いたような音が頭の中で響き、鋭敏になっている神経たちが一斉に悲鳴を上げる。


だが、エドヴァルトを仕留めるまではまだ倒れるわけにはいかない。


“はっ、こんなんで戦ったら後で絶対後悔すんぜぇ。やめとけやめとけ!逃げちまえよ。下駄履かせて戦ったって良いこたぁねえ。魔力(MP)の借金まみれで、本当に神器(そいつ)に魂まで喰われるぞ”


「だ、ま、れぇぇぇぇぇえええええ!!!!!!」


グラシアナが激痛に耐えながら吠える。


魔神に言われるまでもなく、そんなことはわかっている。


しかし、この場で他に打つ手はない。


「アタシは『彼』に任されたのよ!アタシがやらなきゃいけないの!アンタは黙ってアタシに力を貸しなさい」


“…。あー…はいはい。強情だねえ。―――ま、そういうの嫌いじゃねぇけど、さ。ま、いいか。少しくらいは力を貸してやる。じゃ、せいぜい頑張んな”


魔神はこれ以上言っても無駄だと悟ったのか、やれやれ、とため息をついて、グラシアナの頭の中から気配を消した。


その直後、枯渇(こかつ)寸前だったグラシアナの身体の内側から突然魔力(MP)(あふ)れ出す。


魔神がグラシアナに魔力(MP)を貸し与えたのだ。


(あふ)れ出した魔力(MP)は黒いオーラとなり、グラシアナの右腕に集中していく。


魔神の力の一部を顕現(けんげん)させる戦闘スキル「魔神の腕」。


魔神ウロスの「お気に入り」のみが使えるスキルだ。


「ひゃはっ!良いなぁ、良いね、良いぜぇ~~~~。そうだよな!やっぱそうこなくっちゃ!」


全身神器を(まと)い、まるで騎士の鎧のような姿となったグラシアナを見て、エドヴァルトは歓喜する。


そして、彼女に対抗するかのように、エドヴァルトの身体も変身を遂げる。


白目がみるみるうちに黒く染まっていき、闇夜に輝く月のように、ルビー色の瞳がくっきりと浮かび上がった。


浅黒い肌はソシアのように赤黒く染まり、元々筋肉質だった身体はさらに引き締まる。


黒い2本の角が額の皮膚を突き破って生えた。


爪は黒く染まり、鋭利に尖り、犬歯も伸びて牙を形作る。


グラシアナの前に立つその姿は「角つき」を彷彿とさせる…まさに童話や英雄譚(えいゆうたん)に出てくる「鬼」そのもの。


それを見たグラシアナは「その姿…」と呟く。


「やっぱり鬼病(きびょう)はアンタの仕業だったのね?」


「おうよ。すげぇだろ?人間が魔物の力を簡単に手に入れることができるんだぜ?」


「…どれだけの人を犠牲にしたのよ!」


グラシアナは昨日みた鬼化した女性を思い出して口を横に結ぶ。


「はっ!てめぇんとこの機械人形(オートマタ)も大差ねぇだろう………が!!!」


「何言ってんのか、わからない、わよ!!!」


黒いオーラを(まと)った魔神の力を宿した右腕と、鬼の拳が同時に衝突する。







無音






黒い衝撃波が辺りを一瞬で巻き込んだ。


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