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女神のサイコロ  作者: チョッキリ
第4章 ユージン
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第4話 取り返しのつかないこと【イラスト入り】

― レイル共和国 大都市ネゴル 路地裏 ―


青いフードの男は包み紙を抱えたまま、右へ左へと入り組んだ道を迷わずにやや早足で進んでいく。


男の足音は静かで、建物の隙間(すきま)をスルスルと通っていく。


やや薄暗いので、ユージンも見失わないために大きく距離を開けて追跡することができなかった。


男をつけ始めてから10分程歩いただろうか。突然、石の壁で立ち止まった。


「!?」


ユージンは慌てて近くに置かれていた木箱の物陰に隠れる。


トントゥやヒューマンの子どもでなければ隠れられないサイズなので、完璧に隠れられたはずだ。


「…」


男はそこから数秒動きがなかった。


もしかして、見つかっただろうか、とユージンに緊張が走る。


これまで男は後ろを警戒する様子はなかった。しかし、足音などでユージンの存在に気づかれていた可能性がある。


男は無言で包み紙を開き、その中にあった気味の悪い模様の入った仮面を被る。

挿絵(By みてみん)

(イラスト:Bu-bu)


そして、短剣を引き抜いて、くぐもった声で「そこにいるんだろう?出てこい」と呟いた。


「!?」


ユージンの心臓が飛び跳ねる。声が漏れそうになるのを必死で両手で押さえ、目をつぶる。


(やばい…やばいやばいやばいやばい…バレた!?)


「おい、つけてるのはわかってるんだ。…大人しく出てくれば命だけは許してやる」


仮面をかぶった青いフードの男は、短剣を構えてゆっくりとこちらの方に近づいてくる。


先ほどのごろつきたちとは雰囲気が全く違う。見つかれば殺されるという確信がある。


(怖い…)


ユージンは外界に来て初めて恐怖した。


(怖い…)


よく下調べもせず、知りもしない土地で尾行などしなければ良かった…。


震えが止まらない。泣きそうだ。愚かな自分をいくら悔やんでも悔やみきれない。



「かくれんぼはお終いだ」


木箱からぬっと短剣が現れ、ユージンの顔にピタリと当てがわれる。


「…ッ!!」


ユージンは身体を震わせる。恐怖で息ができない。


「なるほど、トントゥか。お前、かくれんぼが下手くそだなぁ。…おいおい、泣いてるのか?後悔してるのか?…してるよなぁ。後悔」


男は笑いながら短剣でユージンの頬を何度も薄く撫でる。


鋭い切れ味の刃がユージンの顔の肉を薄く裂き、血が流れた。


奇妙な仮面の隙間から残酷に歪める目元が見える。


(死んだ…これは絶対に死んだ…)


自慢の頭が回らない。頭が真っ白だ。呼吸ができない。


(酸素を…酸素を取り込まないと)


ひっひっ、とユージンは息を吸い込もうとするが、苦しい状態が一向に治まらない。


息ができない。


ユージンは過呼吸を起こしていた。


「まあ知られちまった以上はただじゃ帰せねぇ」


青いフードの男はユージンの髪を掴み、乱暴に引き上げる。


木箱の上にユージンの頭を押し付け、メガネを奪い取り、短剣をユージンの左目に突き付けた。


「…さぁて、まず、質問だが………なんで俺をつけた?」


過呼吸を起こしているユージンにお構いなしに男は問いかける。


「はっはっ…はっは…くっ…つ、つけて…なんか」


ユージンの左目に短剣が触れる。チクッとした感覚が目に走り、恐怖が倍増する。


「ああああああああ…」


震えが止まらない。だが、その震えで刃が余計に深く食い込んでしまうかもしれない。


そのことだけで頭がいっぱいになる。


「俺は質問してるんだ。なぜ、俺をつけた?」


「頼む…許してくれ。そんなつもりじゃなかったんだ」


短剣に力が少しだけこもったのがわかった。


ズ…と短剣がユージンの左目に少しだけ沈む。眼球から血が流れ、激痛が走る。


「うわあああああああああああああ!!!!」


ユージンは絶叫するが、青いフードの男は恐ろしい力でユージンを押さえつけ、離さない。


(…今ならまだ目はなんとかなるだろうか?)


ユージンは心の中で失いつつある左目が回復する奇跡を夢見る。


「俺はバカは嫌いだ。俺の質問にだけ答えろ。…なぜ俺をつけたんだ?」


「て、ててて手に包み紙が急にあって…変だなと思ったからで、です」


ユージンは泣きじゃくりながら全て打ち明ける。



命乞いをしたい。


助かりたい。


死にたくない。


助けて助けて助けて助けて…。


誰でもいい。悪かった。俺が悪かった。


怖い怖い怖い怖い…。



「そうか、あれを見られていたのか」


仮面の男は舌打ちする。その時、何者かの声が頭の上から聞こえた。


「その辺にしておいてあげたら?殺しても死体の処理が面倒だし、まだ若いのに可哀そうよ」


ユージンは恐怖で錯乱した頭でそれが女性のものであること、どうやら自分を助けてくれる意図がありそうなことを理解する。



助けだ。俺を助けてくれる人…。


本当になんでもするから許して欲しい。


ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい。



「坊や、今度尾行するときは覚えておきなさい。尾行対象を尾行するのに気を取られて、後ろからさらにつけられている可能性を忘れないこと」


涙と視力の悪さから顔はぼやけているが、話からそれがどうやら青フードの男に包み紙を渡した子連れの女だということを理解する。


女も素顔を知られないためにか、あるいは宗教的な意味があるのか、仮面をつけている。


(宗教的な意味???)


…左目に激痛が走る中、唐突に目の前にいる男と女が何者なのか思い当たる。


ユージンが調査をしようとしていた対象…魔神ウロスを信仰する教団。


組織の正式な名前は不明だが、「魔神教」と呼ばれる者たち。


集団の正体に気づいた瞬間、血が凍るような恐怖が全身を駆け巡った。


「ねぇ~、早く行こうよ。こんなやつに構ってたら遅れちゃうよ」


子どもが甘えた声で男と女を急かす。


青いフードの男はユージンの左目に軽く突き刺した短剣はそのままに、仮面の顔を寄せてのぞき込む。


「いいか?今日あったことは忘れろ。長生きしたいならな。それが約束できるか?」


「はい、します。約束します。ごめんなさい。後をつけてしまってごめんなさい。本当に興味本位だったんです」


気づけばユージンは先程までの思考を全て放棄し、全力で命乞いをしていた。


「…いい子だ」


青いフードの男は短剣に込めた力を抜き、ゆっくりと左目から持ち上げていく。


ユージンはほっ、と自分の身体から力が抜けるのを感じた。


…助かったのだ。






「でも、約束のために左目はもらっとくなっ」


ブスッ!!!!!


「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


視神経がブチブチと切れる音がする。左目の視界が真っ赤に染まり、そして、短剣で乱暴に左目の眼球がえぐり取られ、地面に転がった。


「あっはっはっはっはっはっはっは!!!!!!」


青いフードの男が声を上げて笑うのが聞こえる。


痛い…痛い…痛い…痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。



「これに懲りたらもう尾行なんてしないことだな。次は反対の目ももらってやるよ」


頭のはるか上で男の声が聞こえた。そして、子どもと女と共にユージンの(そば)から離れていく。


音が遠い。意識が飛びそうだ。ドクンドクン…、と心臓が左目にあるのではないかと思うくらい左目が脈打っていた。


(もう左目は二度と光を宿すことがない…)


ユージンは自分の足元に転がる左の眼球を右目でとらえ、取り返しのつかないことになったことを実感する。





薄暗い路地裏の中で、ユージンは深い絶望に飲み込まれていった。


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