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女神のサイコロ  作者: チョッキリ
第1章 オルロ
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第1話 無一文の不審者と面倒見の良いトントゥ【下記、Youtube動画のリンクあり】

― レイル共和国 大都市ネゴル 路地裏 ―



(なんで…!)


(なんでこうなった…!!)




細身で顔色の悪い男と明らかに親分格の筋肉質の男がナイフを構え、こちらににじり寄ってくる。


早くも先程、格好つけたことを後悔し始めていた。




「ちょ…待てよ、マジか。武器あんのか」


俺は冷や汗をかきながら声を上げる。


想定外だ。反則だろう…。


(喧嘩で武器使うなんてありかよ…ッ!!!)


武器を向けられるとこれ程怖いものなのか…。


農民の俺にはこの状況は大分手に余る。


足が震えて力が入らない。呼吸が浅くなり、視野が狭くなっていくのを感じる。



(怖い怖い怖い怖い…)



(俺は…)


(俺はここで…)


(こんなところで死ぬのか―――!?)






――― 数時間前 レイル共和国 大都市ネゴル 大通り 午前 ―――



なにもない真っ白な空間に一体どれくらい(ただよ)っていただろうか?


自分の意識が光と共に浮上するのを感じた。






「…」


わいわいがやがやと様々な音が聞こえる。


子どもの無邪気な笑い声、商品を宣伝する女性の威勢の良い声、男性同士が仕事の話を楽しそうに語る声、地面を踏みしめる沢山の足音…。


「…」


目をゆっくりと開くと、色とりどりの野菜や果物、本や武器、大小様々な人間が目に飛び込んでくる。


「いらっしゃーい!安いよ安いよ!このリンゴ、3個で1Gだよ!お買い得!」


右側を見れば、毛むくじゃらで耳の生えている恰幅の良い女性が、顔よりも大きな赤くて艶のある果実を、片手に大声で客寄せをしている。


「そこ、危ないよっ!」


声がかかり、正面を見れば、小さな子どものような背丈の人間が(むち)を持って御者台(ぎょしゃだい)に座り、トカゲのような大きな生き物を操って、荷車を引かせてこちらに向かってくる。ぶつからないように少し避けると、荷車は自分の脇を通り過ぎていった。


砂埃(すなぼこり)が立ち、それを頭からかぶった耳の尖った男性2人が顔をしかめて舌打ちする。


「お客さん、よく見てくださいよ。この盾にはドワーフの伝統的な装飾がしてあってですねぇ」


声に反応して左を見れば、髭を生やした小柄で筋肉質の男性が自分の作った防具を客に自慢していた。


「ええ…でもちょっと高いな…」


「損はさせませんって。それなら、本来250Gのところを230Gにします。それならどうです?」


「ふむむ…それならいいかなぁ…うーん…」



見慣れない風景、見たことのないものが一度に視界に入ってくる感覚。

 

バザー会場のように沢山の出店が立ち並び、その後ろには木造や、石造の建物が立ち並ぶ。空は高く、晴れやかな天気で、行き交う人々の顔の多くには笑顔が浮かんでいる。


これだけの人の往来(おうらい)があるのだから、恐らく今、自分は大きな都市の大通りに立っているのだろう。


そこまで思い至ったところで、どんっ、と右腹に衝撃が走り、身体が左に流れた。


しかし、当たってきた方は体勢を崩すだけでなく、大きく尻もちをつく。抱えていた大きな本がページを下にしてバサバサ、と音を立てて、地面に落ちる。


「…ッ!いたたっ」


「あ…あぁ、悪い、大丈夫か?」


自分の右腹に勢いよくぶつかってきたのは、小柄な少年。色白で、メガネをかけていて、細身で、頭が良さそうな印象を受ける。


その彼に謝罪すると、手を貸して起き上がらせた。同時に自分の腕が筋肉質で、声が男性のものだと気づく。


「街のど真ん中でぼーっと突っ立ってんなよ、危ないぞ」


少年は落としてしまった大きな本を大事そうに拾い、服とともについた埃を払いながら口を(とが)らせる。

挿絵(By みてみん)

(イラスト:画伯)


「すまん」


「なんだ?お前、ヒューマンか。やけにデカいな。獣人(じゅうじん)かと思ったよ」


「じゅう…じん?」


「はぁ?お前、どっか別の世界からでも来たのか?それともお上りさんか?〇〇〇から来たばかりの俺でも獣人くらいみたことあるぞ」


「ああいうのとかこういうのとかだ」と彼は人々を指さしてこっそり教えてくれる。


どうやら獣人とはあの大きな果物を売っている動物の顔をした大柄な女性などを指すらしい。

 

しかし、〇〇〇はなんと言ったのか、早口だったから聞き逃してしまった。


「多分、こういうところで種族の話をすると差別だなんだって話になって面倒だって聞いたからな。あんまし、こういう世間知らずなこと口に出すなよ」


まるで自分の経験からではなく、人からそう聞いてきたかのような口ぶりで彼は自分に忠告する。


「そうなのか」


「…」


少年は少しずれたメガネを戻し、片手に抱えていた大きな本を両手で持ち直す。世間知らずのめんどくさい大男と関わってしまったが、どうしよう、といった感じだ。


しかし、面倒見がいい性格なのか、はぁ~、とため息をついて再び口を開く。


「とりあえず、ここだと邪魔だから脇にずれよう」






― レイル共和国 大都市ネゴル 路地裏 午前 ―



大通りから少し離れた路地に入り、建物に背中を預けて少年はこちらをのぞき込む。


「お前、どこから来た?」


「…?いや、わからない」


俺は正直に答える。


「わからない?獣人を知らない時点で、レイル共和国出身じゃないのはわかるが、どっかの奴隷か?脱走してきたか?」


レイル共和国…聞き覚えのない単語だ。文脈からこの国の名前だろうか。


「どうなんだろうか?さっきお前は俺のことを「ヒューマン」って言ったが、ヒューマンっていうのも種族か?俺たちみたいなのはどの辺いるんだ?」


「おい、ちょっと待て…。待て待て待て…。あー…、んー…、わかった。まず、名前を聞こう。俺はユージン。お前は?」


名前を聞かれて、俺は必死で自分の記憶の引き出しを片っ端から開けていくが、どの引き出しも空っぽでなんの情報もない。その事実に愕然(がくぜん)とする。


「…………。すまない。どうやら俺は記憶がないみたいなんだ」


「だよな、そうだよな。やっぱりな」


ユージンという小柄な少年はため息をつく。面倒なことになったと思っているのだろうか。


「あー…衛兵のところに連れていくべきなのかな、こういう場合は。わかった。とりあえず、お前を衛兵のところへ連れてく。そこでなんとかしてもらえよ」


そう言い放った後で、ユージンは少し考え、


「精神的もしくは肉体的に強いショックを受けたか、魔法で記憶に干渉されているのか、なにが原因かわかんないけどさ、大体はしばらくすると思い出すもんだから、まずは情報を集めたほうがいいよ」


こちらを(なぐさ)めるようにそう付け加える。


「なるほど」


「…で、ヒューマンはどこにいるかだっけか?まず、言っとくと、俺のこともヒューマンだと思ってないか?」


ユージンは古ぼけた大きな本を抱えながら、ポリポリと頭を()く。


「違うのか?」


「やっぱりか」とユージンは苦笑する。


「…俺はトントゥな。ヒューマンだとガキに見えるかもだが、俺はもう23歳で成人している。お前はヒューマンの年齢だと30代くらいか?多分そのぐらいだと思う」


目の前の少年…いや、トントゥの男性が成人しているということに少し驚くが、彼の話し方がやけに大人びて感じた理由がわかり、納得する。


そして、自分が恐らく30代で彼よりも年上だという事実にも驚く。顔を触ってみると、自分にあごひげが生えていることに気付く。


「実はまだ自分の顔も見ていないんだ」


ユージンは眉を(ひそ)め、「念のためだが」と前置きして、質問する。


「…いつから記憶があるんだ?」


「お前とぶつかる少し前くらいかな」


「げっ」とユージンは声を上げた。


「マジか。…とりあえず、話を戻すと、ヒューマンがいるのはここ、レイル共和国と東のリード帝国。南東のミンドル王国にもいるかな。だからまあ、その辺を探すといいかもしれないけど、国の名前にピンとくる?」


俺は「レイル共和国…リード帝国…ミンドル王国…」と小さく(つぶや)いてみるが、記憶の引き出しが反応する気配はない。


「いや…こないな」


俺は首を横に振った。


「…ふむ」


ユージンは本を持ち直し、空いた手を口元にもっていく。しばらく考えてからゆっくりと口を開いた。


「状況を整理すると、俺たちがぶつかった少し前から記憶がある。自分の名前も姿もわからない。国の名前も知らず、種族も知らない。でも、なぜか共通語は喋れている。…ってことはやっぱりレイル共和国の人間なのか?でも、この都市なら他国から船で来ている可能性もある」


ユージンはぶつぶつと呟きながら、俺のことをくまなく観察する。


「…外見からすると筋肉質だし、身長もある。服は流行りの服ではないな。あごひげはあるけど整っているし、不潔感もない。首輪や鎖なんかもついてないから多分奴隷でもない。持ち物はなんにもなさそうだな」


言われて俺も、自分の体を確かめてみるが確かになにも持っていなかった。麻のズボンに麻のシャツ。以上が俺の全財産のようだ。


「多分、農民だろうな。しかもネゴルから離れたところからきているんだろう。ヒューマンだけの集落出身なのかな。まあ、種族で固まって生活することは多いから獣人とかトントゥを知らなくてもおかしくはないか」


「凄いな」


俺は素直に感想を述べる。俺から聞いたことや持ち物から俺が何者なのかを推理してしまった。


「別に、大したことじゃないよ。多分だけど、街の外には魔物もいるし、農民が1人でここにくることはできないだろうな。多分護衛を雇っているか、商人の荷台に乗せてきてもらったんだろうな。手ぶらってことからお金を持ったお前の連れが何人かいるんだと思うよ」


ユージンはちょっと照れているのか、早口で話し、そして「衛兵所へ連れてってやる」と歩き始めた。


俺は右も左もわからないので、とりあえずこのユージンというトントゥの男の助言に従ってみることにした。

リンクで飛べませんが、この回は「限りなく透明な喫茶店」様に動画を作成していただいております。ぜひご覧ください。

https://www.youtube.com/watch?v=VeN5ezHJeok

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[良い点] テンポ感が良くサクサク読めました。 [気になる点] セリフが多いと感じました。 半分にくらいセリフだったのでは?と感じたのでそれ以外の文章を増やしたら更に良いものになるかと思います。 [一…
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