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女神のサイコロ  作者: チョッキリ
第4章 「遡行者」ユージン
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第26話 ぬいぐるみの襲撃者



「…!?」


至近(しきん)距離の爆発に視覚と聴覚両方を奪われ、思考が一瞬真っ白になる。


最初に戻ってきたのは右目の視界だった。


目の前にいた筈のサンチャの身体は膝から上が吹っ飛んでいる。


周りの信者たちも同様に爆発に巻き込まれ、身体がバラバラになっていた。


左目の超高性能義眼は爆発のショックでおかしくなってしまったのか、砂嵐のような映像をユージンの脳に送り続ける。


―――ねずみのぬいぐるみが爆発した!?


ようやくそこまで思考が追いつく。


そして爆風から盾になるようにユージンの身体を抱きしめているシュネルの存在に遅れて気づいた。


「シュネル?!」


ユージンを(かば)うことを優先したせいで、あの一瞬では「武装」(アーム)で盾を作るのが間に合わなかったらしい。


作りかけの右手の盾は黒く焼け焦げ、ユージンの応答にも返事はない。


自前の魔法障壁(マジックウォール)とシュネルが身を(てい)して(かば)ってくれたおかげで、どうやらユージンの身体は無傷のようだった。


ダメージを魔力(MP)で肩代わりする魔法障壁(マジックウォール)もごっそりと削り取られている。


「おい、目を開けろ!!」


身体に強くしがみついているシュネルを慎重に引き()がし、仰向(あおむ)けにして怪我の状態を素早く確認する。


全身に火傷があり、特に盾に変形していた右手は酷い。


彼が自分の身だけを守ることに徹すればこれほどの負傷にはならなかった筈だ。


―――俺には魔法障壁(マジックウォール)があることわかってるだろうが!!


ユージン程の魔力(MP)があれば、大概の攻撃は魔法障壁(マジックウォール)で受ければ、一撃で死ぬことはない。


それでもシュネルはユージンが傷つくことを嫌い、身を(てい)したのだ。


「馬鹿野郎…」


しかし、幸いなことに、合成生物(キメラ)である彼ならば、これくらいのダメージは時間をかければ修復可能だ。


シュネルをすぐにでも治療してやりたいところだが、このぬいぐるみによる爆発が誰の攻撃なのかがわからない。この場所は危険だ。


―――ルッカを連れて早く…




「驚いた。まだ生きてるのがいるんだ?」




「!?」


突然、くぐもった声が部屋に響いた。


声がしたのは部屋の入り口。どうやら爆発によって故障した扉をこじ開けて入ってきたようだ。


そこに立っていたのはユージンよりもやや背の低いくまのぬいぐるみだった。


「ん~…あんまりこの子は壊したくないんだけど」


くまのぬいぐるみは短い足をぎゅっぎゅっ、と屈伸(くっしん)し、ユージンをつぶらな瞳で捉える。


「まあ魔法使い1人くらいなら問題ないかぁ」


くまのぬいぐるみは地面を蹴り、全身を竜巻のように錐揉(きりも)み回転させながらユージンに(せま)りくる。


「む、『ムーブ』!!」


ユージンはシュネルを抱きかかえながら、足から小規模な魔法弾を発射し、それを間一髪のところでかわす。空中でユージンとくまが交差した直後…


どんっ!!!


と、くまのぬいぐるみに似合わない重く鈍い音を立てて、金属室の部屋の床がひしゃげた。


―――さっきのねずみのぬいぐるみを操っていたヤツか?


くまのぬいぐるみはゆらり、と大きく重そうな頭を持ち上げ、立ち上がる。


そしてこちらをぐるん、と振り返って再び睨んだ。


―――出し惜しみしている場合じゃない。


ユージンはスマートワンドをぬいぐるみに向け叫ぶ。


「ショートカット…『ストップ』!!」


スマートワンドのライトが黄緑色に点滅し、スマートワンドに事前に仕込んでいた魔法陣が展開される。


その瞬間、くまのぬいぐるみの身体が不自然な位置で固まった。


地面を蹴りかけた片足は歪んだままその角度で静止しており、宙を舞おうとした身体はまるで上から糸で吊るされているかのうようにそのまま空中で固定されている。


レベル5で取得した高位魔法「ストップ」。対象の時間を一時的に停止させるユージンの奥の手だ。


「ショートカット…『エネルギーショット(3)』」


スマートワンドから青紫の強力な魔法弾が放たれ、くまのぬいぐるみを破壊する。


「…」


部屋の外に出て、他に敵が接近する気配がないのを確かめるとユージンは部屋の中に戻る。


先程の爆発によって部屋を仕切っていた透明の壁が壊れていた。


透明の壁の残骸(ざんがい)を乗り越えてルッカの眠っている機械を見つめる。


―――ここから出して大丈夫だろうか?


彼女はどう見てもこの機械によって命を繋いでいる。だが、あのぬいぐるみの本体はどう考えてもルッカの命を狙っているようにしか見えない。


このまま機械の中に置いておくわけにもいかない。


ユージンは息を飲み、そしてつけていた魔神教の仮面を外す。


「…迎えにきたよ、ルッカ」


彼女を少しでも安心させてあげられるように、あるいは自分の不安を誤魔化すように、優しい声でルッカに(ささや)く。


装置の仕組みはどうやら変異体の培養カプセルとほぼ同じらしかった。様々なボタンやレバーがあるが、真ん中にある透明のカバーに(おお)われたボタンを押せば恐らく…。


カバーを外し、赤いボタンを押すと、装置の中に入っていた水色の培養液が下のポンプを通じてどこかへ排出されていき、水位が徐々に下がっていく。


そして試験管のような透明のカバーの前半分が上にゆっくりと持ち上がった。


傷と火傷だらけの白い肌が外気にさらされ、拘束具がむき出しになる。


「多分、これかな」


数あるボタンの中から解除ボタンの見当をつけて押すと、カチャリ、とルッカを縛り付けていた拘束具が外れた。


ルッカの左手の人差し指にはめられているミスティックトパーズの指輪が光を反射し、黒、黄緑、赤、紫、青と様々な色に怪しく輝く。


指輪以外はなにも身につけていない生まれたままの姿だった。


「…ッ」


ユージンは顔を赤らめて自分のローブを脱ぎ、意識のない彼女の裸をできるだけ見ないようにしながらローブで(くる)む。そして彼女を片手で抱きかかえた。


びっくりするくらい軽い。


意識はないだろうが、彼女の傷口にできるだけ触れないように気をつけながら透明の壁の残骸を踏み越えて、寝かせてあるシュネルのところに戻る。


そこで意識のないシュネルを見て、このまま2人を抱えてアジトから脱出することが難しいことに思い当たる。


この計画はシュネルもルッカも意識があることを前提にしたものだ。ルッカが行動不能な場合にも戦闘能力の高いシュネルがいればなんとかなるだろうと思っていたが、2人とも動けないパターンは流石に想定していない。


―――どこかに一旦身を隠すしか………。しかし…どうやって?


部屋を見回すと、サンチャの持っていたカードキーが地面に転がっていた。


どうやら運良く爆風を(まぬが)れたらしい。


これならFブロックのどこかの部屋に隠れることは可能だ。


当然、監視カメラが設置されている筈なので、長時間潜むことは難しいだろう。しかし、少しでも時間を稼いで、その間に2人を地上へ運び出す方法を見つけるしかない。


いつまでもここに留まっていれば、信者たちや先ほどのぬいぐるみの襲撃者が現れる可能性が高いので、この部屋を離れ、どこかに潜む以外の選択肢はなかった。




ユージンはシュネルとルッカを両肩に抱え、フラフラとFブロックの廊下を彷徨(さまよ)う。


そして、F5から3部屋離れたF8と書かれた部屋を見つけ、カードキーで扉を開ける。


恐らくここもルッカの部屋と同じ牢獄(ろうごく)だろうと思ったが、中はどうやら倉庫のようだった。


捕まえた者たちの装備が保管されているのか、服やひと目見て業物(わざもの)とわかる剣、弓などが置かれている。


「…ん?いや、ちょっと待て、これ…ヴァルナの剣か?」


ユージンはルッカとシュネルを部屋に下ろして扉を締めると、部屋に立てかけられていた剣を手に取る。


剣の柄に取り付けられた組紐(くみひも)に見覚えがあった。


確かドワーフ伝統の模様だった筈だ。


―――間違いない。アイツが2年前に振るっていた鋼の剣だ。


装飾は若干熱で溶けて変形しているが、後から取り付けられたと思われる魔法石によって刀身は無事だった。


この剣がここにあるということは少なくともルッカの他の装備もこの近くにあるかもしれない。


その時、部屋の隅で巨大ななにかがぬっ、と起き上がった。


「!!!!」


それはキリンだった。


正確には2m以上あるキリンのぬいぐるみ。


長い首をもたげて短い足を使って4つ足で立ち、ユージンを見下ろしていた。


咄嗟(とっさ)にスマートワンドを向けるが、スマートワンドのライトが魔力(MP)不足のライトを点灯させている。


ガス欠だ。


無理もない。爆発のダメージを魔法障壁(マジックウォール)によって魔力(MP)で肩代わりし、さらに「ストップ」と「エネルギーショット(3)」を放っているのだ。


―――くそ、せめて魔法薬だけでも飲んでおくんだった…


後悔するがもう遅い。


キリンは首をユージンの方にゆっくりと近づけてくる。固く目を(つぶ)り、その時がくるのを待つ。




「…ゆー…じん?」




突然、自分の名前を呼ぶ声がした。先程のくまのぬいぐるみと同じくくぐもった声。


目を開けると、キリンのぬいぐるみが首を傾げてユージンの名前を呼んでいた。


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