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女神のサイコロ  作者: チョッキリ
第4章 「遡行者」ユージン
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第23話 選別


――――― アマイア暦1330年| 沈丁花の月(3月)24日 午後 ―――――

           <大都市ネゴル 集会場>



「「「「「おおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!!!」」」」」


何人かの信者たちが合図と同時に「待っていました!」とばかりに叫び声を上げた。


恐らくエドヴァルトの直近の部下たちだろう。


叫び声を上げた者たちは各々が武器を取り出し、近くの者を次々に斬りつけ、叩きつけ、殴りつけ、ねじ伏せる。


「野郎…ッ!!!」


「殺られるくらいなら殺ってやる」


「こっちには来ないでください、司教様ぁ…ッ」


それを見て、周りの信者たちも覚悟を決める。


元々、イレーネ派は魔神教でも過激派の集団だ。よそ行きの顔を捨て、一度(ひとたび)、殺しのスイッチが入れば、友人でも親や子どもでさえも、必要とあらば躊躇(ためら)いなく殺せる者も大勢いる。


そしてエドヴァルトがこの選別で望む生還者とはそうした種類の人間だろう。


「ひゃっは!」


壇上(だんじょう)の方を向いていた信者に後ろから別の信者が斧で斬りかかる。


「『鉄壁』」


奇襲を避けるために防御スキルを発動させる戦士系の信者。


「『パラライズ』!!!」


複数を対象に麻痺魔法を展開する高位の魔法使い。


個人で動く者もいれば、チームで固まり、互いにサポートし合いながら戦う者たちもいる。




幸運なことに、壁を背にしていたユージンとシュネルは後ろから奇襲を受けることはなかった。


だが、シュネルの隣にいた仮面の獣人の剣士が無言で長刀を抜き、構える。


「ゆ…じゃなかった。ヨハン!…下がって。僕が…」


「バカ、無茶すんなよ。お前、弱体化してるんだからな」


シュネルには、彼のもつDNAのオリジナルのヒューマンが持っていた才能(ギフト)が引き継がれていた。才能(ギフト)といえば聞こえはいいが、それは異常な能力値(ステータス)を得る代わりに、短命となるというある種呪縛(じゅばく)のようなもの。


「武装」(アーム)の暴走とそれを抑え込むための薬剤がシュネルの寿命を(むしば)んだことも相まって、本来の寿命は残り1~2年程度しかなかった。


だが、ユージンは魔神ウロスと交渉し、才能(ギフト)を取り除いてもらうことで、シュネルの寿命を延ばすことに成功した。


ユージンはその願いを叶えてもらう代わりに「然るべきタイミングが来た時、魔神ウロスの望むままに対価を払う」という約束を魔神ウロスとしてしまったが、これはシュネルには話してはいない。


…ユージンの事情はさておき、シュネルのステータスとレベルアップによるステータスのボーナスは魔神ウロスの独断と偏見により、全て下方修正(ナーフ)されている。


―――コイツだけに無茶はさせられない。


ユージンはスマートワンドを構えて、シュネルに背中を預ける。


そのユージンの正面にも2本の棍棒を持った仮面のドワーフが立っていた。


「半分は俺がやる」


「きゅん…ッ!」


シュネルは胸を左手で掴んで仮面の下で頬を赤らめる。しかし、背中を向けているユージンにはキュンキュンと胸をときめかせているシュネルの様子は見えない。


全身からハートマークを放っているシュネルの様子を無視して、長刀を持つ仮面の剣士が戦士系の戦闘スキル「全力斬り(2)」で斬りかかってくる。


「…君は僕が守るからね」


シュネルは水色に染まった長刀を、「剣」(ソード)の形状に変化した右手で受け止める。


「!?」


剣士は突然変化したシュネルの右手に仮面越しに(わず)かに目を見開いた。


戦闘スキルで威力が増している両手持ちの剣撃を右手一本で受け止めている。


シュネルは左手を剣士にかざし、筒状(つつじょう)の灰色の金属へと瞬時に変形させた。


「武装」(アーム)の遠距離魔法攻撃形態「大砲」(キャノン)だ。


「!!」


剣士が危険を感じ取って回避動作を行うよりも早く、筒の中が青い光を放つ。


「バンッ!」



その瞬間、筒から放たれた光によって、剣士の上半身が魔法弾によって吹き飛んだ。


「ヨハン!!」


シュネルが後ろの相棒を案じて声を上げる。


「大丈夫だ」


ユージンは落ち着いた声で返事をする。


―――外で戦うのは初めてだけど、どうやらアイツに関しては心配いらないようだ。


2本の棍棒を身軽にかわしながら、どうやら1人目を倒したらしいシュネルにユージンは安心する。


スキルアレンジ「ムーブ」によって、足から小型のエネルギーショットを連続で放ち、魔法使いとは思えぬ程の身軽な動きで棍棒使いを翻弄(ほんろう)する。


普段からシュネルと戦闘訓練を積んでいた成果が現れていた。


「チビのくせにちょこまかと」


2本の棍棒を振り回すドワーフは苛立(いらだ)ちながら声を上げる。


「お前だってチビだろ!…コマンド『エネルギーショット(3)』」


風切り音を立てながら頭上を通過する棍棒を(かが)んでかわし、追撃で飛んでくるもう一本の棍棒を「ムーブ」で後ろに避けながらユージンは言い返す。


スマートワンドがユージンの詠唱の代わりに魔法陣を展開し始める。


シュネルをちらりと見ると、徒党を組んだ信者たちに襲われていた。


事前に書きためた魔法陣を作動させる従来の得意戦法を取りたいところだが、ルシアの目もあるし、記憶を取り戻す前の戦い方をするほうが無難だ。


「早く終われ…!!!」


ユージンはやきもきしながら棍棒をかわし続ける。


無抵抗のトントゥというのは(はた)から見れば格好の標的(ひょうてき)だ。


その間にドワーフだけでなく、仮面の信者たちが数名、集まってくる。


「あの仮面、司祭だぜ。あのチビを殺せば出世までできる」


「弱そうだが、油断するなよ?一応司祭様だからなぁ」


「へっへっへ、早い者勝ちだな」


信者たちは各々、剣や斧、槍などを構えてユージンへ突撃してくる。


「まずい!…ヨハンッ!!!…くそ、邪魔ッ!!」


数名の信者たちがユージンの方へ向かっていくを見て、シュネルが助けに行こうとするが、一瞬の(すき)を狙って毒矢が飛んでくる。


シュネルはそれを「盾」(シールド)(はじ)き、矢を放った相手を睨みつける。


「邪魔だって!!!…ヨハン!!」


「…大丈夫だって言ってるだろ。ちょっと待ってろ、今、まとめて吹っ飛ばすから」


ユージンがシュネルを落ち着かせるように応答する。


丁度、スマートワンドが一発分の「エネルギーショット(3)」のチャージ完了を知らせるライトを点滅させたところだ。


エネルギーショット(3)はこれまでの単体攻撃魔法ではなく、魔力(MP)を対象分消費すれば、複数をターゲットできる。


「9人か…魔力(MP)がギリだけど、まあハッタリには丁度いいか」


左目の高性能義眼が攻撃対象をロックオンする。高性能義眼とスマートワンドはリンクしており、ロックオンした人数分の魔力(MP)を追加でスマートワンドが吸い取っていく。


大量の魔力(MP)が展開された魔法陣に注ぎ込まれ、ユージンの杖を通じ、魔法に変換される。


「『エネルギーショット(3)』!!!」


青紫の閃光が発射され、次の瞬間、ユージンに接近してきた信者とシュネルを取り囲んでいた信者が一瞬で吹き飛んだ。


「…威力は加減したから死にはしないと思うけど、チビだからってなめるなよ」


ユージンが戦闘に加わろうとしていた信者たちをギロリと睨んでぼそりと呟く。


「…マジかよ。あの数を一撃で…」


「俺、流石にパス」


「ムリムリムリムリ、やっぱ司祭はヤバい」


「手柄とかどうでもいいわ。今は生き延びることだけ考えよ…」


ユージンのひと睨みが効果を発揮し、ユージンとシュネルの周りを避けるように皆、後ろに下がる。


「はわわわわっ…格好いい!!」


シュネルが左手で仮面の上から口を押さえ、目を輝かせる。


「…ね?守らなくても大丈夫でしょ?」


ユージンはシュネルに頷きかけ、腰の冒険者バッグから魔力(MP)を回復させる特効魔法薬を取り出して飲み干す。


「うん…本当だ」


シュネルは仮面の下で笑った。




「あー…ダメダメダメダメェ、全くお前らわかってないな」




突然、その時、男の声が聞こえた。


集会場では様々な人の声や武器がぶつかり合う音が鳴り響いているはずなのに、その声はその場にいた誰もがはっきりと耳にした。


それは人間の動物的な本能が、無視することを許さぬ脅威…。


エドヴァルトが今しがたユージンの吹き飛ばした信者の脇でしゃがみ込んでいた。


これ(・・)、ダメだろ。(とど)めちゃんと刺さなきゃ。目的わかってるか?半分に間引くことなんだぜ?…なぁ?」


エドヴァルトはユージンを仮面越しにしっかりと見て信者を指差す。


「…ッ!!」


「こうだよ!こうッ!!!こうやるんだよッ!!!わかるか?こうだッ!こうッ、こうッ、こうッ!!!!」


エドヴァルトはナイフを信者の顔面に突き立てると周りに見せつけるかのように何度も何度も刺す。


返り血を身体中に浴びながらエドヴァルトは(たの)しそうにナイフを振るう。


「いいか?身内でやり合う時はな、加護が発動しないように徹底的にやんなきゃダメだ。お気に入りは復活するからなぁ。こうやってな!わかるか?んん?」


周りもその光景に呆気(あっけ)に取られて戦う手を止める。


エドヴァルトは血と脳漿(のうしょう)で汚れたナイフを引き抜き、ふらりと立ち上がる。


そのままユージンの方にフラフラと歩いてくる。


「あのルシアがロザリー(あの女)の後任に認めるくらいだ。今の魔法も大したモンだった。…だがな、詰めが甘くていけねぇ」


エドヴァルトの周りにいた人間は後ろに下がり、彼から距離を取る。


彼は倒れている人間の顔や身体を踏みつけ、うめき声を上げる人間の首や心臓に容赦なくナイフを投げて殺していく。


彼に殺された人間は、「魔神の加護」を誰1人として発動しない。まるでエドヴァルトが魔神ウロスの意志を代弁する預言者のようにすら感じた。


「―――おい、そこのお前、ちょっと来い」


「わ、私ですか?!」


エドヴァルトが近くにいた信者の1人に声をかける。声から女性だとわかる。


「そう。お前だ」


エドヴァルトに手招きされ、女性の信者は恐る恐る彼の元へと歩み寄る。


「ん」


その彼女の脇腹に躊躇(ちゅうちょ)なくナイフを突き刺す。


「!?」


女性の信者が腹を押さえ、(うずくま)った瞬間に、エドヴァルトは2本目のナイフで背中を刺す。


「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁあああああ!!!!」


彼は悲鳴を上げる女性の信者の頭を踏みつけ、ユージンの方を向いて手招きした。


「…ッ」


ユージンは思わず一歩後ろに下がる。


蛇に睨まれた(かえる)のように全身が強張(こわば)って、身体の自由が効かない。


あれだけ深呼吸の練習をしてきたのに、呼吸の仕方を忘れてしまった。


しかし、エドヴァルトから視線だけは外すことができない。


足がガクガクと震えているのがわかった。


「おいおいおいおい、俺が直々に殺し方を教えてやるからさぁ…遠慮してないで来いよ」


「なら僕が…」


シュネルがユージンの間に入り、一歩前に出る。


「…………お前は呼んでねぇよ」


その態度が気に入らなかったのか、エドヴァルトは殺気を込めて呟き、紫色の刃のナイフを目にも止まらぬ(はや)さでシュネルに投げつける。


それはシュネルですら反応できない程の速度だった。


シュネルの身体に当たる瞬間…




「…そこまでよ」




凛とした声が響き、ナイフが空中で弾かれる。


白く美しく輝く斧槍(ハルバード)がシュネルの足元に突き刺さっていた。


巨人(ジャイアント)の骨で作られたミンドル王国の英雄がかつて使っていた槍斧―――「白天狗」(しろてんぐ)


そしてシュネルの前に炎のように真っ赤な髪の仮面の女性がふわり、と着地する。


「おいおい、邪魔すんなよ。これは幹部教育だろ~?」


エドヴァルトは自分の目の前に立ちはだかるルシアに、笑いを含んだ声で文句を言う。


「…このコたちの教育係は私。これ以上うちのコたちをいじめるなら私もアンタとやり合うしかないけど?」


ルシアは「白天狗」の柄を掴み、地面から引き抜く。


「それに、うちのシュネルに投げたナイフ。これ、アンタのお気に入りの魔剣(エグジオン)じゃない。何人仲間を減らす気?」


「白天狗」を使って紫色の刃のナイフを弾き上げると、ルシアはナイフの柄を掴んでエドヴァルトに投擲(とうてき)する。


「んだよ、軽いジョークだよ。ジョーク」


エドヴァルトは肩をすくめ、自分に向かって飛んでくるナイフを別のナイフで弾き、あっさりと軌道を変える。


軌道の変わったナイフは狙ったように、エドヴァルトの足元にいる女性の信者の身体に突き刺さった。


その瞬間、女性の信者の身体の傷口から白と黄緑色の(うみ)のような脂肪(しぼう)のようなグジュグジュとしたなにかが吹き出し始める。


「うぉ、汚ね」


エドヴァルトは笑いながら足を彼女の頭から退()ける。


「ああああああああああ!!!!!!!」


女性はビクビクと痙攣(けいれん)しながら、ブクブクと傷口から白と黄緑の(まだら)(うみ)を吹き出し続け、やがて息()えた。




「戦いを止めなさい!」




ルシアが集会場に響き渡る声量で叫ぶ。


「おいおい、まだいいだろ」


「もう5分経ったわ。それにこの場に残ってる数見てみなさいよ。これが半分に見えるかしら?」


「ん~?そんなに減ってないように見えるが?」


エドヴァルトは手を額に当てて敬礼のような動作でわざとらしく周囲を見る。


集会場には血まみれの死体が至るところに転がっていた。


「…明らかに半分以下よ。アンタ、これから戦争(・・)だっていうのに、仲間をこれ以上減らしたらイレーネ様に殺されるわよ?」


「俺らがその分殺せるからいいじゃねぇか」


エドヴァルトはルシアに不平を言うが、ルシアは首を振る。


司教2人のやり取りを聞いて、信者たちは殺し合いが終わったことを知り、武器を下ろす。


ほっと胸を()で下ろした者もいれば、物足りなさそうに自分の手に持つ武器を(いじ)る者もいる。




「せん…そう?」


少し遅れて誰かが呟いた。


その言葉に信者たちが小声でルシアが使った「戦争」という言葉の意味についてざわめき始める。


「そう、戦争よ」


ルシアは持っていた「白天狗」を地面に突き立てて、はっきりと繰り返す。






「イレーネ派はディミトリ派に戦争をしかけます。…これは『組織』内の頂上決戦よ」


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