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女神のサイコロ  作者: チョッキリ
第4章 「遡行者」ユージン
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第4話 「武装(アーム)」


――――― アマイア暦1329年紅梅の月(2月)4日 朝 ―――――

     <ウルグニ山北西 魔神教アジト ヨハンの部屋>



鼻腔をくすぐる甘い香りと頬に触れる温かい感覚でヨハンは目を覚ます。


「おはよう」


「うわっ!?」


顔の目の前にこちらを見つめて優しく微笑むシュネルの顔があり、ヨハンは驚きの声をあげる。頬に乗っていたのはシュネルの右手だ。


やたら魅力的な良い香りのする中性的な顔立ちの美青年は「あはは、よく寝た?」と爽やかに笑った。


―――同性とわかっていても思わずドキドキしてしまう。


「びっくりした。…そうか、ここは」


「うん。君の新しい家」


―――そうだ。昨日、シュネルと部屋で酒を飲んで…。


あっさり潰れたシュネルをベッドで寝かせて、そのまま自分も寝てしまったのだ。


「ん~…」とシュネルはベッドから起き上がって伸びをすると、少し大きめの白いシャツから形の良い鎖骨が見え隠れして、ヨハンは目のやり場に困った。


そんなヨハンの様子を見て、シュネルは「ふふふ」と微笑み、「…じゃあ僕は部屋に戻って着替えてくるよ」と部屋を出ていく。


「ふう…」


ヨハンが一息つこうとしたところに、閉まりかけたドアが再び開き、シュネルの顔がひょこっ、と飛び出す。


「うわっ!?」


「あ、そうだ。朝ご飯、僕の分も君の部屋に運んでもらうようにするから一緒に食べよう」


「え?あ、おい、ちょっと…」


ヨハンの話を聞かず、シュネルは今度こそスタスタと自分の部屋に戻ってしまう。


「なんなんだ、アイツ」


ヨハンはシュネルが出ていった扉を見つめて呟いた。




朝食は目の縁が水色の仮面を着けた信者がカートに乗せて運んできた。ノックをして入室するとヨハンの部屋のテーブルに食器を置く。


「朝食はなにになさいますか?」


仮面でくぐもった声だが、恐らく若い女性だ。


「僕はフルーツを」


「かしこまりました。今日のフルーツはリンゴですがよろしいですか?」


「うん。じゃあ1つちょうだい」


シュネルはフルーツと決めているようで、リンゴを1つ受け取る。


「ヨハンは?」


シュネルがヨハンに尋ねる。


「え?なにがあるの?」


「…本日はスープ、パン、ベーコン、スクランブルエッグ、フルーツ、ミルク、コーヒーを用意しています」


仮面を被った女性はヨハンの問いに応える。


「えっと…じゃあ俺はパンとベーコンとオニオンスープ。あと牛乳を」


「かしこまりました」


女性は静かに頭を下げ、すぐに食器に朝食を盛り付ける。


「以上でよろしいでしょうか?」


「ありがと」


シュネルが笑顔で信者に礼を言うと、「なにかご入用の際は遠慮なくお申し付けください」と信者は敬々(うやうや)しく頭を下げ、去っていく。


「凄いね」


ヨハンは呟く。生を受けて半年しか経っていないが、とんでもない好待遇であることはわかる。


できたての食事をなにも言わずとも信者が運んでくる。しかも食事の内容を選ぶことができるのだ。前の施設では食事は保存のきく携帯食だけだったのでこの変化に驚いている。


「…美味い」


オニオンスープはバターと塩胡椒で味付けされているが、玉ねぎ本来の甘みがしっかりと感じられる。しかも、しっかりと裏ごししており、透明度が高く美しい黄金色のスープだ。


ベーコンは絶妙な焼き加減で表面はカリカリに焼かれており、噛むと脂がジュワッ、と広がった。


パンもふわふわで甘く、どう考えても今朝、この朝食のために焼いたものだ。


「信じられないな。…毎日こんな美味いもの食べてるのか?」


ヨハンがシュネルに尋ねると、リンゴを(かじ)っていたシュネルはきょとん、とした顔で「美味しい?」と聞き返す。


「僕、ほとんど朝はフルーツだからなぁ。そうか、ヨハンが美味しいっていうなら僕も明日からは同じものを食べてみようかな」


しばらくするとまた仮面を着けた信者が食べ終わった食器を下げに来る。


去り際に信者は「ルシア様から伝言があります」と口を開く。声から先程朝食を持ってきてくれた女性の信者と同一人物であることがわかる。


「『この後、シュネル様は実験。ヨハン様はシュネル様について研究室へ来るように』とのことです」


「わかった。ありがとう」


シュネルが礼を言うと、信者は頭を下げてカートを押して退室していった。


「…さて、ヨハン、じゃあ研究室へ行こうか」


シュネルはニッと笑って椅子から立ち上がる。


なにやら研究を引き継ぐという話はこれまでもイレーネやルシアから聞かされていたが、シュネルの実験の話は初耳だった。


「実験?」


ヨハンが尋ねると「うん。実験」とシュネルは応え、「来ればわかるよ。さ、いこ」とヨハンの手を引いた。






――――― アマイア暦1329年紅梅の月(2月)4日 朝 ―――――

     <ウルグニ山北西 魔神教アジト 研究室>



研究室はヨハンやシュネル、ルシアの部屋のある東のエリアのエレベーターで下った先にあった。


研究室の入り口には分厚い金属の扉が設置されており、扉に設置されたスイッチを押すと「入って」とルシアの声が聞こえて扉が開いた。


「凄い…」


研究室の中を見て思わずヨハンは呟く。そこには白衣を着て仮面を被った大勢の信者たちが見たこともない機械と向き合って働いていた。


部屋の壁の一部はガラス張りになっていて、そこから滝のように水が流れているのが見える。恐らく生活用水か機械を冷却するための湧き水だろう。地下の閉鎖的な空間なのに、この滝のおかげで圧迫感が(やわ)らいで見える。


「おはよう。ヨハン、シュネル」


白衣を着たルシアが部屋の奥から2人を出迎えた。


「シュネルは着替えていつも通り奥の部屋ね」


「はーい。…じゃ、また後でね」


シュネルはルシアに返事をすると、ヨハンにウィンクをして研究室の奥へ進んでいく。


「…どう、凄いでしょ」


ルシアはヨハンに笑いかける。


「凄いですね。見たこともない機材が沢山並んでいて見当がつきませんが」


「実は私も責任者だけど研究者じゃないからあんまり詳しくないのよね。ただ、ここが貴方の仕事場よ。いずれはここの部屋を取り仕切ってもらう」


「…」


ヨハンは部屋を見回す。


「皆、一旦手を止めて」


ルシアが一声かけると、全員が動きを止め、ルシアに注目する。様々な声が行き交っていた部屋が一瞬で静まり返った。


「この子がヨハン。貴方たちの上役(うわやく)よ。この研究室のリーダーをしてもらうことになるわ」


全員がヨハンを見て、(ひざまず)く。


「…ダック、この子に色々教えてあげて」


「わかりました」


ダックと呼ばれた仮面の信者がルシアに頭を下げ、そしてヨハンの方を向き直る。


白髪まじりの髪がフードの間から見える。声から男性だとわかる。もし、ヒューマンなら40代後半から50代くらいだろうか。


「ダックと申します」


「ヨハンです。よろしくお願いします」


「ヨハン様、よろしくお願いいたします」


ダックはヨハンに頭を下げた。


ルシアはそれを見て満足そうに頷くとヨハンに「はい」と金属でできたカードを渡す。


「…これは?」


「この研究室のカードキー。まあ鍵よ、鍵。これでこの部屋はいつでも入れるから好きに使って。この部屋のことは、今はダックが全部取り仕切っているからなんでも聞いてね」


「わかりました」


「じゃあ、私はもうちょっと寝るわ。あとよろしく」とルシアはあくびをして、白衣を脱いで信者の1人に放り投げると部屋を出ていく。


「…」


―――なんのために白衣を着ていたのだろう?カッコつけだろうか?


ヨハンはルシアの背中を黙って見送った。彼女は研究者なのかと思ったがどうやら違うらしい。この施設の責任者だというが、普段は一体なにをしているのだろう、という疑問が浮かぶ。


「ヨハン様」


ダックがヨハンに声をかける。その時、フードの隙間からちらりと長い耳が見えた。ということはエルフである。エルフはヒューマンの年齢の約5倍生きる。見た目が40代後半から50代ということは225歳~250歳くらいだろうか。


「他の者は作業を再開させてもよろしいでしょうか?」


「あ、はい。お願いします」


ヨハンは全ての指揮権が自分に委ねられていることに戸惑いを覚えながら、ダックに頷く。


「作業再開だ」


ダックが一言発すると、全員無言で立ち上がり、中断していた作業を開始する。徐々に研究室は来たばかりの時の活気を取り戻していく。


「…お待たせいたしました。研究室を案内致します」


ダックは立ち上がり、ヨハンに背を向けて歩き出す。


ダックはエルフの中でも長身な方で、190cm近くある。身体もしっかり鍛えているのか、ローブを着ていてもわかるほどがっしりとしていた。トントゥのヨハンでなくとも彼に威圧感を受ける者は少なくないだろう。


「ルシア様からヨハン様はあのロザリー様と同等かそれ以上の天才だと聞いています」


「きっと俺の身体の前の持ち主は、ですね。俺はどうかわからないですが」


「一同ヨハン様に期待しています。ちなみに私たちには敬語は不要です」


「あ、うん…」


ダックはキレのある喋り方をするため、丁寧なのになんとなく気圧(けお)されてしまう。


「ご存知かと思いますが、ここでは変異体や合成生物(キメラ)の研究をしています。これからシュネル様の実験を行いますので御覧ください」


ダックが部屋の奥に目を向ける。ヨハンも釣られて部屋の奥を見るとガラスを一枚(へだ)てた向こう側にシュネルが立っていた。ここよりも下のフロアに部屋があるらしく、2人はシュネルを見下ろす形となる。その部屋はとても広く作られていた。


シュネルはヨハンに気付いて、こちらを見上げると、ひらひらと手を振る。


「…シュネルの実験って?」


シュネルから目を離さず、ヨハンはダックに尋ねる。


ダックはヨハンをチラリと見て少し黙り、そして口を開く。


「シュネル様は『組織』で初めての『人間』という種の変異体の成功例。…合成生物(キメラ)の完成形です」


「?」


「過去、人間に魔物の遺伝子を加えた合成生物(キメラ)は複数いますが、1から人工的に作り上げた成功例は今のところシュネル様だけです」


ガラスの壁の向こう側でシュネルが立っている場所の正面の壁が開き、そこから太い鎖で繋がれた魔物が現れる。


見た目はハイ・ソシアに近い。オレンジ色の肌に筋肉隆々(りゅうりゅう)の手足、厚みのある胸板に、出っ張った硬そうな腹…。凶悪なギザギザとした歯を持つその魔物の体躯(たいく)は5m近くある。


「トロールに武器を」


ダックが指示を与えると、信者の1人が機械を操作する。


すると床からオレンジ色の怪物の側にシュネルの身体よりも遥かに大きい金属の棍棒(こんぼう)がせり出してくる。


「あれは…?」


「トロールです。ヌイムの洞窟で捕獲したトロールの幼体のクローンですので、レベルでいうと4くらいでしょうか」


ダックがヨハンの質問に淡々と応える。そして「失礼します」とヨハンに一礼すると信者の1人に近づき、機械を受け取る。


そして機械に向かって「シュネル様、準備はよろしいですか?」と声を発する。


『オッケー!』


機械を通じてダックの問いかけが聞こえたのか、シュネルの声が別の機械を通じて研究室に響いた。


「始めろ」


ダックが号令をかけると「拘束解除」と信者の1人が声を上げ、同時に機械を操作する。


すると身体を拘束していた鎖を固定していた錠前がごとん、と重い音を立てて地面に落ちた。トロールの動きに合わせてジャラジャラと拘束していた鎖が床に落ち、オレンジ色の怪物が部屋に解き放たれる。


トロールは目の前にいるミントグリーンの美青年を見てニヤリ、と笑い、金属製の棍棒を(つか)んだ。


「な…!?シュネルが危ない」


「大丈夫です。このくらい、シュネル様には腹ごなしの運動程度でしかありません」


ヨハンが声を上げるがダックは静かにそう言い切った。


トロールは棍棒を方に担ぐとドシドシ、とこちらにまで響くような足音を立てて、シュネルに突進する。


「危ない!!」


あんな化け物にぶつかれば細身のシュネルなどひとたまりもない。思わずヨハンは声を上げた。


しかし、シュネルは地面を軽く蹴ってトロールの突進をひらりとかわした。


トロールは次に筋肉隆々の左腕を固く握って、げんこつをシュネルに叩きつける。


『あはは、もっと本気できなよ~』


シュネルは笑いながらげんこつをひらりと避け、壁を蹴ってトロールと距離を取った。


白い手の平をくいくい、と手前に曲げてトロールを挑発する。


『~~~~!!!』


トロールはシュネルに馬鹿にされたことが伝わったのか、肩に担いでいた棍棒を下ろし、そして一気にシュネルに叩きつける。


だが、シュネルは間合いを一瞬で見切り、後ろに跳躍してそれをかわした。


風圧がミントグリーンの髪をパラパラと跳ね上げ、シュネルは嬉しそうに『涼し~』と笑う。


「今のところは数値は正常です」


信者の1人が常に数字が変化するなにかの計測器を見てダックに報告する。


「シュネル様、次は『武装(アーム)』使用状態の数値を測定します。『武装(アーム)』を展開してください」


『はーい』


シュネルが(はず)んだ声で返事をする。


「『武装(アーム)』?」


ヨハンがダックを見上げて尋ねる。


「…しっかり見ていてください。見逃しますよ」


ダックがシュネルの様子を見逃すな、と短く忠告する。


「!?」


トロールが棍棒を振り上げると、棍棒が水色の輝きを放つ。


戦士系戦闘スキル『全力斬り(2)』だ。命中率を下げる代わりに通常の攻撃力を1.5倍に引き上げる効果がある。


ただでさえ、当たれば形も残らないような攻撃力がスキルによって大幅に強化されるのだ。


「シュネル…」


「あ、これはヤバいですね…」


「ヤバいの?!」


ダックも戦闘スキルの発動は予想外だったのか、ボソリと呟く。


しかし、シュネルはそれを受け止める気満々で足を止める。


『ガァァァァァアアアアアア!!!!!』


トロールの棍棒が凄まじい風圧を伴って振り下ろされた。




ガァァァァァァァンッ!!!!!!




金属と金属がぶつかるような音が研究室に響き渡る。


思わず研究室にいた信者たちも耳を塞いだ。


ヨハンは階下のシュネルの姿を見て息を飲む。


「これは…」


「…シュネル様専用の戦闘スキル、と言えばわかりやすいでしょうか。シュネル様の合成生物(キメラ)の力です」


シュネルの右腕が灰色の金属質の盾のように変形し、トロールの全力の一撃を受け止めていた。


身体の衝撃を受け止める両足は、膝から下が腕同様に灰色の金属質のものに変化していた。足首から下は、猛禽類(もうきんるい)の足のように各指が長く伸び、踵からも爪のようなものが飛び出して身体のバランスを保っている。


トロールも自分の攻撃を受け止めた小さい化け物を見て、明らかにうろたえている。


「ヤバいんじゃなかったの?」


「…すみません、ヨハン様。嘘をつきました。全然ヤバくありません」


ダックは声色を変えずに謝る。


「ダックさん、冗談が笑えない」


「…失礼しました」


ヨハンがダックを睨みつけるとダックは静かに再度謝罪する。仮面の下では舌でも出しているに違いない。


ヨハンはほっとした顔でシュネルの姿を見る。


―――レベル4のトロールをソロ(1人)で圧倒する。とんでもない強さだな、シュネル。


あのヘラヘラした見た目からは全く想像できない。


「…防御の数値も正常です。『武装(アーム)』展開後も安定しています」


なにかの数値を見続ける信者がダックに報告する。


ヨハンはシュネルの首に着けられた金属の輪の一部がチカチカと点灯していることに気付いた。この金属の輪がどうやらヨハンの身体のデータを研究室へフィードバックしているようだ。


しかし…。


「!?」


ヨハンはシュネルの首元の光りが黄緑色から黄色に変化したのに気付いた。ほぼ同時に研究室にアラームが鳴り響く。


「…『武装(アーム)』の数値、変動中。異常値に達します!!」


計測器の数値を確認していた信者が慌てたように叫ぶ。


「シュネル様、倒してください」


それを受けてダックが機械に向かって叫んだ。


『了解』


シュネルは短く応えると、左手を真っ直ぐに伸ばし、トロールの首に向けた。


ヒュパッ!


ガラスの壁の向こう側で空気を切り裂く音が響いた。


一瞬遅れて、地面にトロールの首がごとん、と転がる。


首の断面が血を流すのを忘れていたかのように、時間差で血の噴水が上がった。


シュネルの左手が金属質の長い剣に変形し、トロールの首のあった位置まで伸びている。


『終わり。…ごめん、ちょっとはしゃいじゃったみたい』


シュネルも自分の身体の異変に気付いていたのか、ヨハンの方を見上げて弱々しい笑顔を向けた後、血の水溜りの中に膝から崩れ、前に倒れる。


左右の腕と両足がぐにゃぐにゃと変形し、縮んでいくが、形状が安定しない。シュネルの手足だった金属は、水溜りのように地面に拡がり、生き物のようにうねうねと(うごめ)く。


今の状態は手足を失ったシュネルが灰色の金属の水溜りに突っ伏しているようにも見える。


「…シュネル様の回収急げ」


ダックの指示と同時にガラスの壁の向こうの扉が開き、複数人の信者達が現れる。


4列に分かれており、1列目は金属の盾を構え、2列目は注射器を、3列目は杖を持っている。そして4列目に担架を持った信者たちがいた。


信者たちは陣形を崩さず、慎重に距離を取り、シュネルを囲む。まるで魔物を討伐するための陣形のようだ。


ジリジリと近づき、シュネルが動かないことを確認すると、その場のリーダーらしき者が合図を送り、1列目と2列目が突入。


1列目の盾の内側に2列目が入り、一斉にシュネルの手足を抑える。身体の自由を奪うとすかさず注射器をシュネルに打った。


「なんだ…これ…」


ヨハンは目の前の光景に思わず声を上げる。それを察したダックが状況の説明を始めた。


「『武装(アーム)』はシュネル様が取り込んだ魔物や魔獣の特徴を模倣し、再現する能力があります。一部のソシアの変異体や合成生物(キメラ)に見られる特徴で、非常に強力な力ですが…」


ダックは部屋の奥へと運び込まれていくシュネルを見送りながら一度言葉を区切り、そして続ける。


「DNA塩基配列を意図的に変異させるため、しばしば自分の元の身体の形を忘れてしまうことがあるのです。時として暴走することもあり、今までもこの状態から多くの犠牲者が出ています」


それ故に、シュネルを回収するために陣形を組んでいるのだという。


「!? シュネルは…なんとかならないの?」


―――身体が自分の元の形を忘れてしまう…そんなことがあり得るのだろうか。…いや、まさにそれが目の前で起こっている。シュネルは無事なのだろうか…?まさか暴れたら殺されてしまうなんてことは…。


「今の所、元のDNA塩基配列に戻るような信号を出す薬を打ち込むことで、時間をかけて回復させることができることがわかっています」


「シュネルは大丈夫なの?」


「2~3日すれば回復する筈です。ですが、薬は身体にかかる負担が大きく、投与の回数が増えれば増える程、シュネル様の寿命を縮めることになるでしょう。…ルシア様はこの問題の解決をヨハン様、貴方に期待しています」


「なるほど」


ヨハンは頷く。「組織」にしてみれば、シュネル(完成型合成生物)は強力な戦力だが、この問題をクリアしなければ実戦では使えないということなのだろう。


少し経つとシュネルがエレベーターで研究室に運び込まれてくる。


身体にはトロールを拘束していたような太い鎖が巻かれ、苦しそうに息をしていた。


―――薬を使えば使う程シュネルの命が短くなっていく…。生まれてからまだ彼は1年半しか経っていないが、あとどれくらい生きることができるのだろうか…。


ヨハンにとっては生まれて初めての友人だ。絶対失うわけにはいかない。






「…わかった。できるかどうか、じゃない。シュネルを助けるためにやるよ」


ヨハンはダックに決意を込めて宣言した。


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