第2話 職質されたから殴りました。全く反省してません。だって王に無礼を働く方が悪いのだから
ヴァルナはヒューマンの父親とドワーフの母親のハーフだ。
男のドワーフは髭面、筋肉質で、褐色の肌、性格は真面目で堅物。手先が器用でものづくりが得意。まさに世界的にイメージされる姿そのものだが、女のドワーフはあまり知られていないかもしれない。
むさくるしい男のドワーフとは正反対に、女のドワーフは褐色の肌で、凹凸のはっきりした、セクシーな体つきの者が多い。実はエルフと並んで女性の見た目の美しい種族である。
ヴァルナはヒューマンとドワーフのハーフだが、加護は火神の加護を受けており、分類上はドワーフにカテゴライズされる。
美女ぞろいのドワーフが多く住むミンドル王国でも目を引く美しさであった彼女は、昔から色々な人の目に留まった。
しかし、そうした人たちが彼女に手を出さなかったのは、ひとえに彼女が圧倒的な変わり者であったからである。
まず、彼女は生まれつき、怪力の持ち主だった。父親が、ヴァルナが赤ん坊の時に指で頬をつついたら、その指を掴んだ。実に微笑ましい光景だが、父親の指は赤ん坊のヴァルナに握りつぶされ、それ以来、父親は彼女との接触にはポーションを欠かせなくなってしまった。
他にも、怪力エピソードとして、子どもの時に父親に連れられて大道芸を見て、大いに興奮した彼女は「儂は大道芸人になるのじゃ」と家に帰って、早速、鉄のフライパンを力づくで曲げた。
それに仰天した両親をみて調子に乗った彼女は次に「儂は大道芸人だから机も曲げられる」と、家のテーブルを力づくでへし折り、「銅像だって曲げられる筈じゃ」とミンドル王国の国王像まで曲げに行こうと出かけたので、両親は彼女に「大道芸人の真似っこ禁止令」を出さなければなかった。
次に、彼女は動物並みに直観が鋭かった。地震の多いミンドル王国で、真っ先に大地震に気づくのは彼女か、ナマズかというレベルで、幼少期に「ナマズちゃん」というあだ名がつきかけた。
しかし、彼女のあだ名が「ナマズちゃん」にならなかったのは、彼女がとても喧嘩早く、あだ名をつけた男児たちがその日のうちに彼女を侮辱したことを身を持って後悔したからだ。
―――ちなみに、その男児たちはまるで海岸の砂浜で埋められるように、土の中に首だけ出してすっぽり埋められた形で発見された。
そうした数々の伝説を持つ彼女がミンドル王国を出た理由は、ガルフ船長の船に乗る1日前の運命の出会いだった。
「大道芸人」や「ナマズちゃん」のエピソードから20年近い時が経ち、すっかり妙齢の美女に成長した彼女がいつものように娯楽を求めて街を歩いていると、路上に店を開いていた怪しい占い師に声をかけられたのだ。
「お主には覇王の相が出ておる」
占い師はよりにもよって、彼女をそう占った。種明かしをすれば、道行く人たちに声をかける占い師のいくつかのパターンの1つで、その日、彼女は35人目の「覇王」だった。
「見える…見えるぞ…お主はそう遠くない未来に新しい国を築く。そして、その王に君臨するのじゃ」
占い師は水晶玉を見つめながらそう彼女に告げた。
「…やはりか」
それを聞いたヴァルナはしばらく目を閉じ押し黙り、そしてゆっくりとこう言った。
「儂は王の器じゃったか」
「左様。1000Gも払えば私がお主により詳しい未来を聞かせてくれよう」
「いらぬ」
常套句に乗ってきたカモからいつものように大金をせしめようとした占い師に、彼女はぴしゃり、と言い放った。
「儂の歩く道が全て覇道なのじゃ。進むべき道が見えただけで十分。わかりきった未来などなにも魅力を感じぬわ。ご老人、主は数年後には儂が王になったことを見抜いた占い師として名を馳せることになるじゃろう」
「え…お金…」
占い師と別れてからの彼女の行動は早かった。まず、建国するにはミンドル王国から出る必要があると考え、出国のための準備を行うことにした。
日頃から付き合いのある商人へ、彼の弱みをチラつかせて、上等な武器や防具をたかり(一応、彼女お手製の王になった時、何倍にもして返す「出世払いカード」を渡している)、他種族と交流しやすいレイル共和国と交易をしている商船の船長に引き合わせてもらった。
とっくに成人しているが、一応、国を離れることになるので、両親にその旨を伝えると、「まあ、なんていうか、お前はこの国には収まらない気がしていた」とあっさり許しが出て、あとはあれよあれよ、と話が進み、現在に至る。
船長のガルフと別れ、大都市ネゴルを歩き始めたヴァルナだったが、しばらくして、はた、と立ち止まる。
「…さて、儂が王になるためには一体なにが必要じゃろうか?」
土地か?金か?否…。ヴァルナは「うむうむ」と頷いた。
「人じゃ。人が集まれば国はできる。土地も金も後からついてくるじゃろう」
彼女の発想はあながち間違いではないのかもしれないが、取った方法は完全に間違えていたと言わざるを得ない。
彼女は思い立った次の瞬間、手近な人、片っ端から「儂はこれから国を建国する。臣下にならぬか?」と勧誘を始めたのだ。
当然、返答はどれも即答で「NO!」。唐突に「臣下にならぬか?」なんて声をかけられればその反応は無理もない。途中、ごろつきたちに「なるなる。なるから俺たちと良いことしようぜ」と言われてついて行ってみたものの、突然腕を掴んできたので、「無礼者!」とぶっ飛ばしたこともあった。
その後もビラ配りのアルバイトのように、行く人行く人に声をかけまくっていたら、気づけば衛兵がニコニコしながらこちらを見ていた。
「ん?なんじゃ?お主、儂の臣下になりたいか?」
「お嬢さん、すみません、通行人からしつこい勧誘を受けたという通報があってきたんですが、ちょっとそこの衛兵所でお話いいですかね?」
ヴァルナはその質問に答えず、衛兵をギロリと睨む。
「先に儂が質問しておる。お主は儂の臣下になるのか、否か」
「よくわからないけど、君の臣下にはならないかな」
「そうか。それならば儂もお主には用はない」
ヴァルナは一瞬で衛兵に興味をなくし、しっしっ、と手でジェスチャーする。
「いやいやいや、あなたになくてもこちらにはですね…」
「くどいぞ!!」
ヴァルナの拳が閃き、衛兵が作り笑いを引っ込める間もなく、後方へ吹っ飛んでいく。
「こ、公務執行妨害だぞ!!」
吹っ飛ばされた衛兵が叫び、巡回していた他の衛兵たちが救援に駆けつける。
「なんじゃ、お主ら、わらわらと湧きおって」
結局、この後最初に吹っ飛ばした衛兵含め、5人の衛兵が彼女の拳によってノックアウトされ、腕に覚えのある元冒険者の衛兵たちが数人がかりで抑え込んで、衛兵所へ連行するという事態となった。
「離せ!儂がなにをしたというのじゃ!」
ヴァルナは衛兵たちに連行されながら抗議の声を上げる。
「こら、暴れるな。「王になる」だの、「家来になれ」だの、往来で大声で叫んでいるから職務質問をしただけなのに5人も衛兵を殴りやがって。牢にぶち込んでやる!」
「儂は将来、王になる者ぞ。下郎が、儂に触れるな!」
新しい国にきて早々、剣を抜いてトラブルになることは流石に避けたかったが、そろそろヴァルナも堪忍袋の緒が切れそうだ。
街で仲間の勧誘をしてなにが悪い?しつこく話しかけてきた男をぶん殴っただけで、なぜ数人がかりで行きたくもない場所へ連れて行かれなければならない?
(もうめんどくさいから全員斬るか)
苛立った彼女が力技での状況打開を決めた時だった。視界の端でこっそりとこの場を去ろうとする赤い髪の男が目に入った。
「ん?お主…ヨーゼフ、ヨーゼフではないか!」
即興で出まかせの名前を口にし、親しげに声をかける。
「は?」
男は目を丸くし、こちらを見た。ヴァルナは「しめた」と思い、衛兵たちの拘束を振り払う。最初の反応が「いや、人違いです」でなければ、いや、仮にそうであったとしても、ここは強引に乗り切る。
男の方につかつか、と近づいていき、腕を掴む。
「お前、こいつの知り合いか?」
ヴァルナを拘束していた衛兵の1人が怪訝そうな顔をする。
「い、いえ…いや、そうなのか?」
男は戸惑った様子でヴァルナと衛兵たちを交互に見る。状況がよくわからないといった感じだ。こちらに即興でうまく合わせてくれているのだろう。
そこに、衛兵所の奥から衛兵が1人出てきて、「お、お前、連れ見つかったか。よかったな」と声を上げる。ヴァルナにとってはよくわからないが、渡りに船だ。
「お、俺?ヨーゼフって名前なの?」
男が自分自身を指さし、間の抜けた声を上げる。この男、即興にしてはなかなか真に迫った良い演技をする。
「そうじゃ。儂の家来、ヨーゼフじゃ。なんじゃ、お主こんなところにおったのか。はっはっは!良かった、良かった。探したぞ。すまぬな、皆の者。それでは儂らはこれで!」
ヴァルナは衛兵たちに誤魔化し笑いをすると、男を引きずって、足早に衛兵所を出て行った。
衛兵所から十分に離れたところで、ヴァルナは男の腕を離す。
「すまんかったな。お主のおかげで助かった。なんぞ変な難癖をつけられて困っておったのじゃ」
「へ?」
まだ役に入っているのか、面白い男だ、とヴァルナは笑い、ウィンクして見せる。
「お主がうまく話を合わせてくれて助かったぞ。儂はヴァルナ。将来、儂が建国した暁には訪ねてくるがよい。褒美を取らせるぞ「ヨーゼフ」。それではな!」
「え?待て、お前、俺のことを知ってるんじゃ?」
ヴァルナが立ち去ろうとすると、男は困ったような声を上げる。
どうやら、演技ではなく、本当に知り合いだと思ったらしい。レイル共和国の者たちはどいつもこいつも変わった者ばかりだ。
ヴァルナは呆れたように首を振る。
「知るわけなかろう。儂とお前は初対面のはずじゃが?」
「~~~~~~~!!!!」
そのがっかりした男の姿が面白く、思わず声を上げて笑う。そして、ヴァルナは別れを告げて立ち去った。
後ろは振り返らなかったが、気配で男ががっくりと肩を落として、こちらを見つめているのがわかる。
「また会うかもしれんな…」
直観だが、ヴァルナはそう思い、笑みを浮かべた。
さて、今晩の宿を探す前に、一杯バーで酒でも引っかけることにするか、と彼女は大通りへ足を向けた。




