第8話 ヘヴンズ・ゲート
――――― アマイア暦1330年沈丁花の月21日 午後 ―――――
<レイル共和国 都市ルキニン>
アルマという男を探すため、ルッカとシエラは再び都市ルキニンに訪れていた。
しかし、向こうは都市伝説的存在である「魔神教」の人間だ。
それも幹部クラスの人間であれば、当然簡単には見つからない。
名前がわかれば見つかるのであれば、とっくに向こうの親玉だという「アルノルト」を見つけている。
そもそも、アルマという名前自体が偽名である可能性が高い。
だが、この名前はルッカとグラシアナを結びつける大きな手がかりだ。
「どれだけ犠牲を出そうとも、どれだけ血に塗れようとも必ず見つけ出してやるわ」
シエラは暗い笑みを浮かべながら街を歩く。
この街にも必ず魔神教徒はいる筈だ。
1年以上、アジト潰しや魔神教徒狩りを繰り返していたので、シエラたちのことは彼らに知れ渡っている。
普段は奇襲攻撃をかけられる危険があるので移動の際は『姿隠し』を使用しているが、今回はわざと目立つように歩く。
ただでさえ、まだ幼いが整っている容姿をしているルッカの身体は人目を引くが、黒髪にピンクの瞳のエルフはさらに目立つ。
すれ違う男性たちが鼻の下を伸ばしてこちらを見てくる。
悪い気はしない。
目の前にいた仲良しそうなカップルの男性がこちらに目を向けてきたので、シエラはウィンクする。
「!? ちょっと!!!」
彼女の美貌に魅了されたトントゥの彼氏に、同じくトントゥの彼女が非難の声を上げる。
シエラはクスクスと笑い、肩にかかった髪を後ろ払いながら2人とすれ違う。
1年かけて髪を背中まで伸ばしたが、この間の鉄の人形のせいで大分切ることになってしまった。
とても腹立たしかったことを思い出し、シエラは頬を膨らませた。
丁度、その時、子どもの泣き声が聞こえた。
「?」
シエラが通りを見回すと、ヒューマンの女児が通りの端で泣いていた。
ヒューマン年齢で4~5歳と言ったところだろうか。
「…どうしたの?」
シエラは女児に声をかける。
女児はそれには答えず、泣き続ける。
恐らく、保護者とはぐれてしまったのだろう。
「ルッカ、1個もらうわよ」
『危ないヤツはダメだよ?』
ルッカは心の中で返事をする。
「わかってるわよ」
シエラは独り言を隠すつもりもなく返事をする。
「…コンニチワ!僕、ねずみのチューさん!君はだあれ?」
シエラは声音を変えて、女児の目の前で、ルッカの「ねずみさん」のぬいぐるみを操る。
母親の名前を聞き出して、さっさと衛兵に引き渡すつもりだった。
「…?」
女児はねずみのぬいぐるみを、目を丸くして見つめる。
「せら」
「セラ?リード帝国っぽい名前ね。…じゃなかった」
シエラは地声で呟いた後、慌てて声色を「ねずみのチューさん」に戻す。
「セラちゃん。どうしたんだい、こんなところで?」
「…おしっこ」
「へ?おしっ…、ちょ、ちょっと待ちなさい」
シエラは唐突の「おしっこ宣言」に戸惑い、地声で慌てて答える。
「ああああああ…ちょ、我慢できる?」
シエラはきょろきょろとトイレができそうな場所を探す。
セラと名乗った女児はふるふる、と首を振り、無情に宣言する。
「むりかも」
「無理かも…じゃなくて、気合いで持たせなさい!」
シエラはそう叫ぶとセラを担ぎ、レベル5のステータスで強化された視力でトイレの場所を探しながら街を駆ける。
「わー!速い!」
セラは楽しくなってきたのか、キャッキャッ、と声を上げながら大人しく担がれる。
あまり刺激すると彼女のダムが決壊する可能性があるので、できるだけ水平に、振動が少ないように配慮する。
「…仕方ない」
シエラは近くの民家を見つけるとそこに駆ける。
「…………………」
しかし、先程まで声を上げて喜んでいたセラは急に押し黙る。
「ねぇ、ちょっと黙らないで。不安になるわ」
まさかダムが…?
いや、これは腸の火薬庫の方かも知れない…。
シエラは焦りながら民家の扉を叩く。
「すいません!!」
家の中にいた人が少し遅れてゆっくりと扉を開く。
「…なんでしょう?」
泣きそうな顔をするシエラと修行僧のようななにかを耐えるセラを見比べて、事態をさっした家の人は頷いた。
「どうぞ。…急いで」
「かたじけない!!」
シエラは今まで使ったことのない言葉使いで感謝の意を示すと家の中に入る。
「…どこ?」
「そこの扉です!」
家の人が心得たように天国の門を指差す。
「…セラ、1人でできる?」
「……………」
「ああ!!もうっ!!!」
彼女はセラを連れてトイレに駆け込むのだった。
しばらくしてセラは無事に任務を達成して、明るい顔出でてくる。
少しパンツに漏らしていたが、まあ許容範囲だ。
対照的にシエラがげっそりとした顔をしていたのは言うまでもない。




