第7話 「あの人」
シエラは鋼の剣を構えて、姿勢を低くして機械人形へ向かって走る。
どうやら機械人形はオクサナを攻撃対象として設定しているようだ。
オクサナに機械人形の攻撃されると、ルッカの願いである以上、シエラは彼女を守るしかない。
しかし、鋼の盾を失った今、防御に回るのは難しい。
とすれば…
「先手必勝!!」
シエラは機械人形の長い胴を剣で薙ぐ。
ガンッ!!!!
と、金属音が響き、シエラの手に痺れが走る。
「かっっっっった…」
硬いものを力一杯叩いた衝撃で骨を伝って頭まで振動が伝わり、シエラは思わず顔をしかめる。
「キュィィィィィ」
モーターの駆動音と共に機械人形がシエラに青い炎の剣を振り下ろす。
「チッ…」
シエラは炎の剣を振るう右腕の隙間へと飛び込み、剣の攻撃を交差するようにかわす。
頭を燃やされたのではないかと錯覚するほどの剣の熱が頭の上を通過する。
実際には黒い髪の一部が炎をかすめ、焼き切られた程度だったが、髪を構成するタンパク質が焼け、硫黄の刺激臭がシエラの鼻を刺激する。
「あーっっっっ!!!髪!焦げた!!もう、最悪ッ!!!伸ばしてるのにッ!!!」
シエラは舌打ちしながら地面を転がり、起き上がると機械人形を睨みつける。
「ルッカ!ちょっと物理攻撃は効きがイマイチ。魔法を使って!あと髪焦げた。最悪!」
『…ん。最悪だね。後で髪ちょっと切ろうか。…魔法、使うけど、まずはオクサナさんを守ろう』
ルッカがシエラの気持ちに共感しつつ、指針を示す。
「…わかった」
シエラは頷き、身体の主導権をルッカへ明け渡す。
髪色は茶色がかった銀髪へ、瞳の色は緑色に変わる。
ルッカは詠唱しながら、木を走って登り、自分の鋼のナイフを引き抜くと同時にオクサナを抱えた。
「キャッ?!………きゃぁぁぁぁぁぁぁぁああああ!!!!」
オクサナは突然身体を抱きかかえられ、直後に木から落下する浮遊感に悲鳴を上げる。
一瞬、遅れて機械人形が熱線を放ち、先程までオクサナがいた木が燃え上がる。
ルッカはオクサナを抱えて、地面に着地すると同時に走り出す。走りながら腰にナイフを納刀する。
「なんなの?なんなの?なんなの?なんでアタシはこんなに歳取ってて、なんでこんな目に…」
「…『魔法拡張』…『バリア』」
ルッカは詠唱を終え、自分とオクサナを対象に防御魔法『バリア』を展開する。
2人の身体に薄い防護膜が張られる。
気休め程度だが、無いよりはマシだ。
「…シエラ、魔力があんまりない」
『いいよ。とりあえず『ホーリー』撃って』
シエラがルッカに返事をする。
「わかった」
ルッカは頷く。そして、抱えているオクサナを降ろして、声をかける。
「疑問はあると思いますが、あれは貴女を狙っています。とりあえず守るから逃げて」
「なんなのよぅ…」
オクサナは目の前にいる少女の髪色や性格が変わったり、謎の機械仕掛けの人形に襲われたり、自分が急に歳を取ったことなどの整理がつかないまま、森の奥へと走り出す。
オクサナを逃さん、と再度、熱線が飛んでくるが、ルッカはヴァルナの剣でそれを弾き飛ばす。
バリアのおかげで剣が溶けるのはなんとか防げた。
「うぅ…剣、重ッ」
ルッカは慣れない手付きで剣を構える。
ヴァルナから拝借した剣には、こんな時のために勝手に魔法石を埋め込み、杖代わりに魔法を行使できるように改造してある。
もちろん背中に背負っている愛用の杖の方が威力は発揮できるが、こうしたシエラと入れ替わりの激しい戦闘の場合には剣でも魔法が使えるようにしておいた方がいい。
「…『ホーリー』!!」
ルッカはウィィィィン…とモーターの駆動音を出しながら、気味の悪い程、綺麗なフォームでこちらに向かって駆けてくる機械人形に攻撃魔法を放つ。
光の槍が機械人形に向かって飛んでいく。
しかし、機械人形が左手をかざすと光の槍は機械人形の目の前で霧散する。
「…魔法障壁!!」
ルッカは呟く。
恐らく常時展開するのではなく、任意のタイミングで発動するように仕掛けられているのだろう。
『…全身が義足や義手と同じなら、恐らく動かすために魔力をかなり消費するでしょうね』
シエラが頭の中で意見を述べる。
オルロの義足やユージンの義眼は動力に魔力を込めている。高性能だからそこそこ魔力を必要とするという話を以前聞いたことがあった。
基本的に魔力を使う必要のない場面でチャージしているので、普段から魔力を込める必要はないらしいが、全身がもし機械ならば、相当な魔力を消費するはずだ。
原理としては、ルッカの『憑依』と同じように魔力のチャージをして遠隔操作する、あるいは自立して思考し、行動する人形なのではないかとシエラは推測する。
『もし私の推測が当たってるなら下手するとこの神器よりも凄いわね…。でも、それなら常に魔法障壁を展開できないのも納得。すぐに魔力が切れてしまうもの』
機械人形がどれだけの魔力を蓄積できるのかはわからないが、あの熱線や炎の剣はかなり魔力を食う筈だ。
だからこそ、最初のシエラの一撃は魔法障壁を使わずに受けたのだと考えられる。
『ホーリー』を魔法障壁で受けたのは、魔法の耐性が弱いのか、それとも別に理由があるのかはわからないが…。
「でもやることは決まったね」
『ええ』
敵が嫌がることを徹底的にやる、これが戦いの鉄則だ。
「防御力は硬そうだけど…魔法は嫌みたいだから」
『魔法攻撃で魔法障壁を使わせてエネルギー切れを狙う』
ルッカとシエラは笑う。そして、ルッカはシエラと人格を交代した。
「そうと分かればブチ込んでやるわ。最大威力を、ねッ」
シエラは獰猛な笑みを浮かべて、鋼の剣を持ち、地面を蹴る。
ヴァルナの剣がシエラの剣の魔力を吸い、刀身が黒く、禍々しい光を発する。
「髪の恨み、思い知れぇぇぇぇえええ!!!」
シエラは黒く輝く剣を振りかぶり、接近する機械人形に叩きつける。
機械人形もまた右腕から炎の剣を出し、シエラに向かって突き出した。
互いの攻撃が互いの防壁に激突する。
シエラの防護膜は炎の剣にあっさりと破られるが、防護膜が剣の軌道を変えたおかげでダメージからは間一髪逃れる。
バチバチバチッ!!
機械人形の左腕の魔法障壁が打ち消す威力の限界を超えたのか、音を立てて消滅する。
「キュゥゥゥゥゥウウウウン…………」
モーターの回転が徐々に失速していく音がし、機械人形の目についていたレンズの光が弱まっていく。
「!? やった?」
シエラが勝利を確信する。
その時…
ビーッ!!!ビーッ!!!
機械人形の身体から警告音が鳴り響き、
「…ヒジョウデンゲンニキリカワリマス…サイキドウカイシ」
機械的なアナウンスが流れる。
「!? な、なに?」
モーターが再度回転を開始し、機械人形のレンズに光が宿る。
そして、機械人形は弾かれたように両手を地面につくと、シエラを無視して地面を駆け出す。
「は!?…ちょ、ちょっと!!!」
機械人形は凄まじい速度で手足を地面に叩きつけるようにして駆ける。
虚をつかれたシエラは慌てて追うが、機械人形は残りのエネルギーを全て使い果たすつもりなのか、先程よりも明らかに早く走る。
先程オクサナが去った方角だ。
必死でシエラは走って追いつこうとするが、差はどんどん広がっていく。
「チッ!!」
ならばせめて、と弓を構え、矢を番えるが、その時には目の前から機械人形は姿を消していた。
「ごめん、ルッカ、逃した…」
シエラは弓を降ろし、小さく呟いた。
「はぁ…はぁ…」
オクサナは森の中を1人駆けていた。
怖い…怖い…
なにがなんだかさっぱりわからない。
どうしてこうなっているの?
なんで私は歳を取っているの?
あの人は?一緒にいた筈のあの人はどこ?
なに?あの気持ち悪いものは。魔物?魔獣?人間…じゃないわよね。
あのエルフの娘もなんなの?髪の毛とか目の色とか、雰囲気が全然違う。
「…」
オクサナは走るのをやめて後ろを振り返る。
来た道からはなにも音はせず、どうやら完全に撒けたようだ。
あの少女は身のこなしから冒険者のように思える。
なんだかわからないが、あの気持ち悪いものと戦っていた。
彼女が食い止めてくれたのだろうか。
しかし、彼女も信用できるかどうかはわからない。身体を木に縛り付けられたし、顔も掴まれて脅された。
「守る価値があるか、ないか、わからない」と言っていたし、ブツブツ独り言は呟くし…なにより「ねぇ、殺していい?」と言っていた。あれはオクサナのことではないだろうか。
彼女に再び会ったとしても自分の命が保障されるかどうかは全くわからない。
「もう、なんでよ!!」
オクサナは苛立ちながら叫ぶ。
レンスを出た時は、これでようやくガークやグレイスから解放され、あの人と楽しい生活が始まると思っていたのに…。
ルキニンでは生活がうまく行かず、ルムス大平原では記憶を失い、気づいたらこんなオバサンになってるなんて…。
その時、カチャカチャカチャ…、と遠くからなにかが蠢く音が聞こえた。
「…なに?」
カチャカチャカチャ…カチャカチャカチャ…カチャカチャカチャ…カチャカチャカチャ…
音は次第にこちらに近づいてくる。
やがて森の奥の暗闇から赤い光が2つ、人間の目のように浮かび上がる。
それは人間にしてはかなり低い位置で光っていた。
地面スレスレで、上下に激しく揺れながら徐々に赤い点が大きくなっていく。
そしてすぐにそれは先程の機械人形が四つん這いで手足を激しく動かしながらこちらに近づいてきているのだということがわかる。
機械人形の魔力が切れかけているのか、赤い点は短いスパンで点滅を繰り返しており、オクサナを見つけても熱線を発することはない。
魔神教の仮面の模様の入った顔の口の部分が開き、鋭利なナイフが出現する。
「い…いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
オクサナは悲鳴を上げるが、助けが現れる気配はない。
逃げ出したいが、腰が抜け、力が入らず、地面に座り込んでしまう。
「ひ、ひぃぃぃぃいいい!!なんで、なんでアタシだけこんな目にあうのよ!アタシがなにしたっていうのよ!」
機械人形はオクサナの近くに立つとレンズをウィィィィン、と動かし、オクサナに焦点を合わせる。
そしてナイフのついた口をオクサナに向けて突き出す。
その瞬間、
オクサナの背中に張り付いていたなにかがオクサナと機械人形の間に躍り出た。
ひよこのぬいぐるみだ。
ひよこのぬいぐるみは機械人形に向けて内蔵されていた魔力を全て放出し、攻撃魔法を放つ。
機械人形は左腕を前に突き出すが、魔力切れなのか、魔法障壁は展開されず、光の槍が左腕を突き破り、機械人形の胴体に突き刺さった。
ジジジッ…
機械人形の胴体の動力部に魔法が触れた瞬間、小さいスパークが起こり、機械人形のレンズの光が消灯する。
同時にモーターの駆動音が収まり、機械人形は機能を停止して、その場にベシャリ、と四肢を投げ出して倒れる。
「…は?」
オクサナは地面に座り込んだまま、小さく呟いた。
地面に落ちているひよこのぬいぐるみを見ると、それももう動く様子はなかった。
「ひよこさんのぬいぐるみ」から『憑依』を解いたルッカは、透明マントのフードを脱ぎ、「…ふう」と息を吐く。
一か八かの賭けだったが、なんとかなった…。
ルッカは先程オクサナを助けた際、彼女の服に「ひよこさんのぬいぐるみ」を仕込んでおいた。
万が一、機械人形を取り逃したり、彼女の行方がわからなくなった場合に対処するための保険だった。
シエラが機械人形を取り逃した後、ルッカはステルスローブをかぶり、木の陰に隠れて『透明化』を発動したまま、『憑依』を使用したのだ。
『憑依』は対象に事前に魔力をチャージしておけば、遠隔でも発動することができる。
ルッカが用いるぬいぐるみには、義足や義手のように魔力を蓄積する場所があるわけではないので、魔力を込めても1日経過すれば、抜けてしまう。
そのため、大量に『憑依』用の人形を事前に用意することは難しいが、使い捨てにはこのくらいがコストパフォーマンス的にも丁度いい。
「…」
ルッカは周囲の気配を探るが、今の所、魔神教徒が現れる気配はない。
先程の機械人形は気配がなかったため、探知ができなかったので、もしあれが他にもいればお手上げだが…。
あれはレベル5のルッカとシエラでも相手取るのは危険だ。エネルギーが枯渇しなければ間違いなくやられていただろう。
シエラの読みどおり魔法防御耐性が全く無かったので、なんとか勝てたが、次も勝てるかと聞かれると全く自信がない。
ルッカは先程の『憑依』で確認したオクサナの場所へ、急いで駆けつける。
オクサナは先程の場所に座り込んだまま、動いていなかった。
「オクサナさん!!」
ルッカが木々の間から声をかけると、彼女はビクリ、と肩を震わせる。
「無事ですね」
「無事じゃないわよ。危うく死にかけた」
彼女は顔をしかめる。ルッカは彼女に手を貸して立ち上がらせる。
「今度こそ、教えて。一体なにが起こっているの?」
オクサナはルッカの目を見て真剣な表情で尋ねる。
「恐らく、貴女は今まである集団に利用されていました。でも先程意識が戻ってしまったので、狙われる事になったんだと思います」
「…は?」
オクサナは首を傾げる。
「全く心当たりが無いんだけど」
「貴女の言っていた記憶を失う前に見た仮面、それを被る集団です。これもその集団が作ったものだと思います」
ルッカは地面に伏して動かなくなった機械人形に視線をやる。
「なぜ?私を?」
「…恐らく貴女の彼氏の名前を知られたくないんじゃないかと思っています」
「あの人の?」
ルッカは頷く。
「その集団って?」
ルッカはその疑問に答えるかどうか迷ったが、命を狙われている彼女に今更隠すことでもないか、と考え、素直に告げる。
「…『魔神教』です。魔神ウロスを復活させようとしている宗教集団」
「あの人、宗教とかの話は一切しなかったけど…その『魔神教』とあの人に何の関係が?」
オクサナは首を傾げる。
「…多分、貴女の彼氏は『魔神教』の重要人物なのではないかと考えています」
「つまり、私は『魔神教』の重要人物だった彼に騙されていて、意識を奪われて、今まで利用されていたけど、必要じゃなくなったから命を狙われている、そう言いたいわけ?」
オクサナは明らかに不愉快そうに顔をしかめる。
「…信じる信じないは貴女の勝手ですが…」
「あの人は…アルマはそんな人じゃない!!」
オクサナは叫ぶ。そして、「はっ…」と目を見開いて口を閉じた。
しかし、もう遅い。
オクサナが恐る恐るエルフの少女の顔を盗み見ると、彼女は瞳に暗い光を宿していた。
「…アルマ」とルッカはその名を繰り返し、記憶に深く刻みつける。
それがグラシアナの家族を引き裂いた発端となった人物。
恐らく、グラシアナの父親、ガークを魔神教に引き込んだのも彼の仕業だろう。
「ちょ、ちょっと、彼になにかしたらただじゃ置かない…ってあれ?」
オクサナはルッカに掴みかかろうとして、目の前から彼女の姿が消えたことに気づく。
「アルマ…!!!アルマを探せばいいのねッ!?」
『姿隠し』を使いながらシエラは笑顔で森の中を駆ける。その足取りは戦闘直後なのに羽のように軽かった。
次の手がかりを得た!
もうオクサナは用済みだ。
あとは死のうが生きようが彼女の自己責任。こちらの知ったことではない。
アルマ…
アルマ、アルマ、アルマ、アルマ、アルマァァァァァァ!!!!
ウフフッ!
恐らくグラシアナの家族を意図して崩壊させた人物!
グラシアナがそれを知っていれば魔神教に入信していなかっただろう。
…ということは、グラシアナはそれを知らない筈だ。
アルマはグラシアナとなんらかの関わりがあるかもしれない。
とりあえず、今、関わりがあってもなくてもぶっ殺そう。あの女が魔神教でしたことは全てソイツが発端。
…つまり、あの女と同罪だ。
「楽に死ねると思わないでね…」
クスクスとシエラは暗い笑みを浮かべた。
「キュィィィィィン…」
先程の機械人形とは別の1機の機械人形が望遠レンズの焦点を合わせる。
この機械人形は、ルッカたちと機械人形の1機が戦う一部始終を森の陰から密かに監視していた。
その映像は遠方にある魔神教のアジトへリアルタイムに送り届けていた。
――――――――― 同刻 ??? 魔神教アジト ―――――――――
「アルマ様…」
仮面をつけた従者が機械人形から届いた映像の結果を、まるで玉座のような豪奢な椅子に足を組んで腰掛ける青年に恭しく報告した。
「…へぇ、試作機とはいえ、あれを倒すか。アハハッ!いいね、彼女。予想以上に良く育っている」
その青年は、爽やかな声で笑う。
彼は、金色に輝く髪、ブルートパーズのように澄んだ水色の瞳を持った美青年だった。
ヒューマンではなく神の化身なのではないかと疑うレベルの整った顔立ちで、従者は同性にも関わらず、思わず見惚れた。
「…この者はいかがいたしましょうか?」
従者はICを操作し、オクサナが移ったモニターをアルマへ見せる。
青年は「うーん…」と口元に手を当てて、少し考えてから肩をすくめる。
「別に生きてても死んでてもどっちでもいいかなぁ。君はどう思う?」
青年は従者に尋ねる。
「はっ!恐れながら…アルマ様のお名前を知っている者ですので処分すべきかと。…この者の言葉に耳を傾ける者がどれほどいるかは疑問ですが…」
「うん。じゃあそれで」
青年はニッコリと微笑む。
その瞬間、映像の向こう側で機械人形が熱線を放ち、オクサナを貫いた。
「グラシアナとルッカ…いいね。大分仕上がってきてる」
その映像を見ながらアルマはクスクスと笑った。
「…でも、僕好みの悲劇には、もうちょっとスパイスが欲しいかなぁ…」




