女神のサイコロ
―――――― 2年後 大都市ネゴル カルメロ商会 アーニー劇場 ――――――
「・・・というわけで、結成から僅か2ヶ月でEランクからAランクまで駆け上り、数々の伝説を残した「名のないパーティ」はソシアの変異体を生み出す悪の親玉ロザリーを見事に退治し・・・そして、解散したのでした・・・」
役者たちが舞台から去った後、シン・・・と静まり返る舞台の上で、紳士服にシルクハット、顔の半分を仮面で覆った語り部が落ち着いたトーンで続ける。
「彼らがその後、どうしているのかはわかりません。・・・しかし、この冒険の記録を提出した『変異種殺し』・・・・・・・・・いや、今は『竜殺し』と呼ぶべきでしょうか?少なくとも彼女だけは今も冒険を続けているようです」
観客たちは語り部のその一言にざわめく。
「シィーーーーーーッ・・・・・!!!・・・お静かに。吟遊詩人はよくその詩の中で、冒険者たちを讃え、別の呼び名をつけます。ヴァルナであれば『変異種殺し』、ルッカであれば『眠姫』と言ったように・・・ね」
語り部は手を広げ、舞台の上から観客たちを見回す。
観客たちはごくり、と息を飲み、黙って語り部の次の言葉を待つ。
舞台が再び静寂に包まれた後、語り部は続きを話し始める。
「しかし、各々の通り名はあるものの、このパーティ自体には最後まで呼び名がありませんでした。それもその筈。彼らは結成して間もないパーティだったからです」
語り部は観客一人一人の目を覗き込むように舞台を歩き回る。
「かつて創世紀時代に魔神ウロスを打ち破った「英雄」オルロはこんな名言を遺しています。―――『女神の振るサイコロは気まぐれだが、女神は諦めない者に対して、決して悪い目を出さない』。・・・つまり、諦めない者を女神は決して見捨てないという意味です。・・・・・・・・・我々は吟遊詩人の作法に則って、この「名のないパーティ」をこう呼ぼうと思います―――「女神のサイコロ」、と!!!」
語り部がそう締めくくり、シルクハットを脱いで、一礼する。
その瞬間、観客席から「ワーーーーーーーーッ!!!!!」と、地鳴りのような歓声が上がった。
感動して涙を流す者や、口笛を拭いて演者たちを労う者、立ち上がって拍手喝采する者、周りと抱き合う者たちなど観客席の興奮が演者たちにも伝わってくる。
その光景を舞台裏で座長を務めるアーニーが微笑んだ。
「大成功ですね」
裏方の一人がアーニーに囁き、アーニーは満足そうに頷いた。
ここ最近、大都市ネゴルの大通りの一角にできたカラフルで派手な装飾の巨大な建築物が市民の話題を呼んでいた。
カルメロ商会の一人息子アーニーが父親であるカルメロの莫大な資金援助を受けて立ち上げたアーニー劇場だ。
ここでは世界初の役者が舞台でギルドから得た報告書を元に、冒険者の冒険を追体験する演劇を披露している。
今までは吟遊詩人が各々の楽器と共にエピソードを語る形でしか冒険者の冒険の中身を知ることができなかった。
しかし、この演劇というシステムによって、よりリアルに、そして情緒豊かに繰り広げられる冒険譚は、老若男女関係なく、民衆の心を鷲掴みにした。
今では、レイル共和国だけでなく、遠方から連日多くの観光客を集めている。
ギルドもこの宣伝効果に便乗し、アーニー劇場とタイアップして、優先的に冒険者の報告書を提供するようになり、今後ますますアーニー劇場は栄えていくことが予想される。
すでにレイル共和国では、大都市レンスと大都市テベロでも何度か出張公演をしており、近々、その両都市でアーニー劇場の第2劇場、第3劇場の建設が予定されているという噂もある。
そんなアーニー劇場で公演するのは、座長のアーニーが率いるアーニー劇団だ。
アーニー自身、冒険者であり、その記念すべき最初の・・・そして最後の冒険が今、世間を騒がせている一番人気の「女神のサイコロ」シリーズに出てくる実際のパーティとの冒険であるという。
座長のアーニー自身が本人役で演じる演目『金持ち息子アーニー』は、座長の実体験を元に作られているため、シリーズの中でもなかなか人気がある。
特に座長の失禁シーンは一見の価値があると噂される。
しかし、シリーズの中で肝となる魔神教のくだりについては、ギルドの判断で報告書の内容からは抹消されており、一連の騒動はソシアの実験を行っていたロザリーが仲間を集め、引き起こしたことにされていた。
つまり、真実を知るのは関係者のみとなる。
こうしてまた魔神教が存在したという事実は闇に葬られることになった。
大都市ネゴルも、このアーニー劇場の経済効果によって、この1年余で爆発的に発展している。
ユージンやオルロがごろつきに絡まれた裏通りは観光スポットとなり、すっかり治安が改善してしまった。今や「ごろつきがいない街No.1」として新聞などで紹介されるくらいだ。
またオルロが世話になったという道具屋も演劇の影響で、大繁盛しており、今や大都市ネゴル屈指の大型店舗となっている。
グラシアナとルッカが出会ったというバー『Honey Bee』についてはいつの間にか閉店してしまったとのことだ。トントゥのマスターがその後どこかで店をやっているかどうかは誰も知らない。
「「女神のサイコロ」かぁ・・・凄いところにいたんだね」
興奮する観客たちと共に黒いフードをかぶった2人が外へ出る。
そのうちの1人が隣の小柄な黒フードに声をかける。
「あぁ・・・、良いところだったよ」
声をかけられた男性は小声で頷く。
「さて、君の義眼のメンテナンスも終わったし、僕もずっと観たかったアーニー劇団の「女神のサイコロ」が見れたし」
「んんんー・・・」と声をかけた方の男性が伸びをする。
伸びをした瞬間に黒いフードがパサリ、と脱げ、ミントグリーンの髪が光に照らされ、透き通って輝く。
中性的な顔立ちの色白のヒューマン男性は灰色の瞳で小柄な黒フードを優しく見つめる。
「そろそろ「集会」に行く?」
黒フードの袖から、トカゲがチョロチョロッと顔を出し、黒フードの肩に這い上がってくる。トカゲは黒フードの方を向いて首を傾げる。
黒フードは「ああ・・・」と頷いた。
「遅いとルシアにどやされるからな」
「そうそう。『・・・いい?30分前には会場に着いてなさい!いい加減、司祭の自覚持ちなさいよ!』ってね。・・・あんまり人前に立ちたくないんだけどなぁ」
ミントグリーンの髪の男性は上司の声色を真似ておどけてみせ、そして「説教」のことを嫌そうに口にする。
「・・・お前は「説教」得意だろ、シュネル」
「そうでもないよ。でも・・・君はあがり症だからなんとかしないとね」
シュネルと呼ばれたミントグリーンの髪の男性は肩をすくめる。
「あの仮面があんまり好きじゃないんだ」
「あはは・・・不気味だよね。僕らが偉くなったらデザイン変えようよ」
シュネルは笑って黒フードの肩に手を置く。
「・・・そうだな」
黒フードは自分のフードを下ろし、劇場を振り返る。
栗色の髪に、右目は金褐色の瞳、左目は金色の瞳のトントゥは「女神のサイコロ・・・か」と先ほどの演劇の最後の語り部の言葉を思い出して呟く。
諦めない者を女神は決して見捨てない、か・・・
『女神のサイコロ』 第一部 完
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