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【完結】翡翠と翆玉~九死の姫は岩乗の王に嫁ぐことになりました~  作者: いづか あい
外伝 捻じれた歴史の裏側で

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『正義』と『潔癖』と

一年ぶりの投稿です。


ざわざわと風が凪いでいる。

エステリオン公爵家はエサルエスの郊外に大きな敷地と大規模な造りの邸を構えている。風はやがて雨を呼び、豪華な装飾の施された窓に向かって容赦なく打ち付けていく。

ヴァロウ・エステリオンは降り注ぐ雨の音を聞きながら、務室の窓の外を見つめていた。その静寂を破るように、扉が開け放たれた。


「…?玄関の方が騒がしい」

「旦那様!!!」


私兵の一人が転がるように二階に上がってくると、真っ青な表情のまま執務室に入ってきた。すると更に、バタバタと仰々しい足音が複数、階段を上ってくる。


「なんだ、騒々しい」

「そ、それが」

「?」

「こ、困ります!!今は旦那様はお休みで‥」

「こちとら寝る間も惜しんで働いているんだ。たたき起こせ」

「ディアトル様!!!」

「?!」


階段を上ってやってきたのは、エサルエス王国の第二王子であるディアトル・エサルエスだった。

第二王子の印章である唐草模様の刺繍が施された青いマントを身に纏った堂々とした姿に、思わずエステリオン公爵は身構えた。


「これは…このような時間に一体どうなされたのです?事前に言っていただければ、使いのものに迎えに行かせましたのに」

「事前に言ったら意味がないだろう。隠し事を暴くには、抜き打ちが一番効果があるし、何より、二度手間を防ぐことが出来るからな」

「二度、手間…?!」

「…二度も機会を与えたら、大事な証拠を隠滅されてしまう」


ディアトルはそう言うと、にやりと笑った。


「今から第二王子である僕の権限を持ってこの邸にいる全員の待機命令を出させてもらう。…一応、勅命という奴だ。まさか異論はなかろう?」

「?!待機命令だと?そんな急に…寝ている使用人達も」

「知るかそんなもの。主の危機だとでも言って、起こさせろ」


すぐそばでおろおろと狼狽している私兵の一人をにらむ。


「ほら、お前、叩き起こしに行け。これだけ大きな邸なら、全員集まれるくらいの大広間があるだろ」

「わ、私がですか?!…は、はい」


まるで蛇ににらまれた子犬のように、逃げるように去っていった。

その様子を忌々し気に見詰めながら、エステリオン侯爵はため息をつく。


(‥この青二才め)

「殿下。これはあまりにも横暴、かつ傲慢な振る舞いでは?」

「うるさいな…前置きはもういい。僕が来た理由はわかるだろう?」

「…理由?」


美しい顔が不敵に笑うだけで、迫力がある。その表情を忌々し気に睨みながら、公爵は顔を顰めた。


「さあ。何のことやら」

「ほお」


傍で控えていた侍従に大量の書類を持ってこさせると、その書類をあたり一面に放り投げた。


「な?!こ、これは…」


ディアトルは執務室にある大きな長椅子にふんぞり返るように座る。


「帳簿だよ、帳簿」

「…わが家紋をお疑いか?誓って、提出した帳簿に金銭の流れに不正はありません!長年王家に仕えてきた我々をないがしろにするとは、何たる侮辱!!」

「‥‥ふむ」


わざと足を組み、公爵をじっと観察するも、表情に乱れはない。

焦燥するでなく、かといって怯えるでもなく。…むしろ堂々としている。


(顔色一つ変えず、しかも動揺もせずに、よくもまあ)


「は、自らを潔白だと堂々と言い切る人間ほど信用できないものはないな」

「何を…?!」

「人は皆、一人ひとり心に正義を抱えている。それを信じて譲らないのは美徳ではあるが…同時に他を許容することを拒否しているということだ」


同じように、自らの行いを間違っていないと堂々と言い切る人間は【嘘】をついているということになる。


「相手を非難することで自分を肯定する。さて、侮辱とはどちらのことだろうな?」

「言葉が過ぎますぞ、ディアトル殿下。我が家門は建国当時よりどれほどあなた方に忠義と礼節を尽くしてきた!それを」

「べらべらと良く喋る口だ」


ディアトルが冷たく言い放つと、公爵はギロリと睨んだ。


「いずれ我々は姻戚関係を結ぶことになるのです。娘の婚約の時点で我らをお疑いに‥」その言葉を遮るように、ディアトルは言葉をつづけた。

「残念だが、お前たちを疑っているのは、俺だけではなかったよ」

「…?!」

「告発したのは、紛れもなくあなたの娘だ」

「な‥カルメンタ?!」

「お父様」

「!!」


後からやってきたカルメンタの声が凛と響く。その声が聞こえた途端、侯爵の表情は固まった。


(驚愕と、焦り…それと。やっと表情が変わったな)


カルメンタがうなだれた母を伴い、侯爵の前に現われた。


「何をしている…!!」

「あなた…」

「…私が無理を言って、ディアトル様をこちらにお呼びしました」


娘の顔と、夫の顔を見比べた夫人は、やがてうつむいた。


「…夫人」

「は、い…」


ディアトルは、散らばっていた書類の一つを手に取り眺めた。


「さて、この金銭支出一覧の中に、大量のアクセサリとドレスの項目がある。どれも『贈答品』には、娘の誕生日プレゼント記載があるが、不思議なことにカルメンタはその装飾品の数々を受取っていないという。‥間違いないね」

「そんなもの、お前がわかるはず…」

「本当にそうお思いですか?」


夫人の前をカルメンタがかばうように立つ。


「…王家に提出された帳簿を拝見させていただきましたが、明らかにおかしいものがいくつか混じっているように思えます」

「何…?」

「私もお母さまも、帳簿の書き方、金銭の支出と収入…何が使えるお金で、どれが使ってはいけないものかの判断はできます。それを教えてくださったのは、他でもない、お父様ではないですか!!」

「…!!」


カルメンタにも同席してもらい、王家に提出された帳簿の購入物一覧と照らし合わせてみたところ、宝石類はほとんど領収書が偽装されていることが分かった。

主に高額な宝石類は、ある店にて購入されていたことになっていたが、裏付けを行うため調査したところ、そんな店などどこにも存在せず、支払われた金銭のその後の金銭の流れはどれも不透明で、確認すらできなかった。


「さて、この金は誰に支払われ、どこに行ったのか?」

「……」

「ところで、とある商会では低金利で金を貸し出す事業をやっているところがあるのだが、ここは、返済期間が短い代わりに、一時的な物的担保での返済が可能らしい。それを知ってか知らずか、最近やたら高額な美術品や骨とう品を大量に渡す貴族連中が増えているようだ。」

「…美しいものを収集する貴族は多い。かくいう私もその一人でございます。それを商人に預け、市場を循環させるのは悪いことではないでしょう」

「古いものを売り、新しい物を買う。確かに理想的ではあるが…そうも、それだけではないらしい」

「…何を」

「現金での返済があまりに少ないと、憂いていた。」

「ほお」

「ではその現金は何に使われたんだろうな。…俺なら増やそうと考える。ならば、知恵を売ればいいのではないのだろうか?」

「知恵…ですか」

「例えば、不正で帳簿をいじって利益を生み出す方法を伝授するとか」

「…なに?」

「グレイヴ伯爵が告発した。不正に帳簿を改ざんするマニュアルが出回っている、と」

「!!!そんなことを一体誰が!」

「どうやら…エステリオン侯爵領から出回っているそうな。ああ、正確に言うと、ここで会計をしている男性らしいが」

「そ、そのような者は」

「ディアトル様!」


王国の騎士が連れて来たのは…どこか怯えた様子の黒い髪、黒い瞳の男だった。


「そいつは…ふむ、陵からの浮民かな?名前は?」

「……」

「ふん、だんまりか…言葉が通じないのか?ならば『お前の名前は何という?』」

「!!」


聞きなれない言葉に、周囲がざわつく中、連れられた男性だけは反応した。


「わ、わたしは、作れと頼まれただけで」

「誰に?」

「…侯爵に」

「例のマニュアル…指南書か」


男性は頷く。


「な、馬鹿な!!」

「あなたは、それをすれば国に返してくれると、そう言った!なのになぜ返してくれない!」

「まあ、国に還るのは、無理かな」

「…え?!」

「どれほどの規模の不正が行われていたのか、調べ甲斐があるというものだ」


この頃、既にアストレイは手を打っていた。既に告発していたグレイヴ伯爵が述べた家門をリストアップしたのち、更にアルヴェール商会からの情報を基に倉庫にある一部担保で提出された美術品の持ち主の裏付け調査と照らし合わせをした。また、返済しきれなかった際に権利を習得し、担保品の売買先を調べていくと思わぬことが分かった。

最終的に…このエステリオン侯爵に関係する者達の元にたどり着いているのだ。


「金に困った貴族が、マニュアルの存在を知り、それをなけなしのお金で買う。その資金すら工面できない者には一部担保で借り入れができる商会を勝手に斡旋し、美術品を渡すように指示、利益が出るまで不正を促す。それでも利益が出なかった場合は、侯爵自らがその美術品を購入し、借金を肩代わりし、絵画を更に高額で売りつける…主な取引先には隣の『陵』の商人の名前があったな」

「……」

「さて、では‥先ほどの架空請求。これであなたは何を購入していたのか?…答えは、我が国三大家門と呼ばれるもう一つの伯爵家、ツェルヴェンが知っていそうだな」

「!」

「今、アストレイの臣下が向かってる」


机の上に様々な調査資料の数々を広げると、先ほどまで余裕だった表情に焦りが見えた。


「資産上、余った基金をこちらの手に戻して何が問題だっ?」


侯爵らしからぬ言葉に、ディアトルは柳眉をひそめる。


「侯爵家の人間の言葉とは思えんな…問題があるのは、あなたがたのやり方だ。手本となるべき侯爵家が不正を認めなければ、それは我々の怠慢となる」ディアトルがそういって立ち上がろうとすると、侯爵はそれを遮るように喚いた。


「我が一族がどれほどあなたがたに‥国にどれほど貢献したと思う?!!」

「その誇るべき功績を、あなたは今、自らの手で潰そうとしているんだ」

「ぐっ…!!!全てが誠実で潔癖な財政を継続していくためには、多少の穢れも必要…ならば、正しきことに使うことの何が…」

「貴族保守派…貴族こそ第一、平民は消費物、浮民は捨て駒。そして、王族は傀儡。それがお前たちの正しき事、か?」

「!!」

「そして、穢れが戦争?…本当の売国奴はどこのどいつだろうなあ?」

「な…に」

「それだけ稼いだんだ。金が必要な理由なんて一つだろう。この邸の外から中から、領地全土まで…隅々まで調べさせてもらう」


ディアトルはそれだけ告げると、くるりと踵を返した。と、同時に待機していた騎士たちが一斉に動きだし、その場を制圧させる。


「今回の件の裁可は兄上の領分だ。公正なる裁判を待つがい」


そう言い終えるより前に、ガタン!とその場にそぐわない破壊音が聞こえた。


「…見損ないましたわ…!お父様」

「か、カルメンタ…」


どうやら、カルメンタが執務室にかかっていたエステリオンの家門の盾を力づくで剥がし、床に転がせたらしい。


「私は…!ずっとこの家に生まれたことを誇りに思っていたいました。ですが!!今初めて…その血が流れているこの身を、心底呪いますわ…!!!」

「………」


ぽろぽろと涙を流すカルメンタを見て、侯爵と夫人は床に座り込んだ。


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