大きな濁流を起こしたものは
しばらく間が空いてしまいました。
ざっと人物紹介
アストレイ→エサルエス王国第一王子。ただいまやり直しループ人生中
ディアトル→アストレイの弟、異母兄弟。数字に強い天才。兄と和解
シスリー→第三王子。外伝前の主人公だった。兄二人とぎくしゃくしがちだったが、和解
シャンイ→外伝前のヒロインだった。今代はアストレイの恋人、絶賛婚約中
ニーデルファン男爵→はめられて謎のフード男に暗殺された。
フード男→詳細不明
グレイヴ伯爵→一連の汚職に関わってそう
汚職に感づいたアストレイが、各貴族たちの会計帳簿の一斉調査に乗り出した。しかし、うまく事が進まない中、帳簿の改ざんを怪しんでいたニーデルファン男爵に眼をつけるも、彼は謎のフード男に暗殺されてしまう。そして、よりにもよってそのフード男は逃走の際森を放火した。
対応に追われる中、帳簿の件も、うやむやになりそうだった為、アストレイは強硬手段をとる。
西の森で広がった大火は、そのまま二日経った現在もなお勢いは衰えたものの、いまだくすぶっている状態だった。
多くの貴族はその対応に追われ、帳簿どころではなくなってしまったのだ。
「まさか、こうなるとは。…闇が深そうだな」
「すみません、兄上。…問題の奴は取り逃がしてしまいました」
「気にするな。…向こうが一枚上手だったんだろう。」
結局、昨夜のフードの男は足取りも人物もつかめないまま、風上である北の方へ逃走してしまったようだ。
現段階で提出された帳簿は約半数。
そのままアストレイの執務室に運ばれ、即席のチームを作って一つずつ目を通している。
「また無茶なことをさせる。‥まあ嫌いではないが」
呆れたようにディアトルが呟くと、アストレイは不敵に笑った。
「普段より、過去の血統がどうだの伝統がどうだと口にする愛国者であれば、大事な帳簿は取っておくものだろう?」
「…その帳簿自体が、偽物だった場合は‥」
シスリーが言い終えるより先に、提出された帳簿に眼を通していた人物が口を開いた。
「それを調べるのが、我々の仕事、というわけですか」
「ああ、フランシス・ジルニード。頼りにしている」
財務官になりたての若き公子は、つい先日王子殿下自らの御指名で「金銭調査委員会」などという、ひねりのない名前で緊急に作られた役職の初代委員長に任命されたのだ。
「はいはい。我々財務官の仕事の本領は発揮できるわけですが…この量は、控えめに言って、悪魔ですか」
目の前に積み重なった膨大な書類の山を見てため息をつく。
「はは、主に調べてほしい爵位のある家は目星がついている。、‥少なくとも、その家が管理している領地の帳簿を徹底して調べてほしい。…それ位なら朝飯前だろう?大体の数字のおかしな部分はディアトルがチェックしているから、それの裏付けをしてほしいんだ」
「…なるほど。全体調査というのはただの建前というわけですか」
「一度徹底的にやれば、見えなかったものも見えてくるだろう?‥後は、アルヴェール商会が手筈通りに進めてくれるはずだ」
先日に起きた一連の出来事を思い出す。
シャンイの火照った顔と柔らかい感触を思い出し、誤魔化すように咳払いをした。
「‥約束したからには、こちらも徹底してやらせてもらう」
**
「あら、いらっしゃい。婿殿」
「…レシア殿」
「まあ、お姉さん。と呼んでくださって差し支えありませんことよ?」
アルヴェール家の門扉を通る際、本来なら護衛をつけるべきなのだろうが、アストレイは単騎で駆けてきた。
あまり時間をかけると方々から色々言われてきそうなので、用件だけを伝えに来たのだ。
「そういえば、大変なことになっているようですわね。まあ、うちは消火機器もそろっておりますし、大儲けですけど」
「抜かりがありませんのはご存じです、‥今日は一つお願いがありまして」
「お願い?」
訝し気にレシアが尋ねると、アストレイは静かに頷いた。
「ニーデルファン男爵家と‥何かしら物品の取引はありましたか?」
「…本来ならお客様の情報をお出しするのは躊躇いますが‥残されたご家族のこともありますし、お伝えしても構わないでしょう。こちらへ」
応接室へと向かう二人の姿を、物陰でシャンイはジーっと見つめていた。
「何してるんです。会いに行けばいいでしょう」
と、メイドのミランダ。
「お、お忙しいみたいだもの。姿がみれただけでも満足よっ」
「まあ、今行くのはちょっとまずいかもしれませんけど‥隠れているだけってのもなんだか間抜けだと思います。シャンイ様」
「ミ、ミリーあなたよくもお父様たちに話してくれたわね?」
「家の事情をお伝えするのはメイドの本領ですわ。‥どちらにせよ、お互いの想いは通じ合って、ご結婚のお約束をされたんでしょう?」
にやにやと嫌な笑いを浮かべてミランダはズバリ言う。
「それはそうだけど‥」
事実、プロポーズまでこぎつけたものの、今起こっている一連の問題が解決しないとその先には進めないことをシャンイは知っている。
本当なら毎日でも会いに行きたいし、文通だって送りたい。
けれども、状況がそれを許さず、鬱々としてしまうのもまた事実だ。
(足は引っ張りたくないのよ‥ていうか、身分だったなんだって違うんだから、仕方ないわ)
「‥シャンイ?」
(そうよ!顔を見れただけで十分じゃない!!そうよ!)
「おーい」
誰よ。思考の邪魔をするものは、と顔をあげると、目の前に思い描いていた人物が現れ、夢かと思った。
「ひゃあっっ?!!あ、あああアストレイ様!!!!」
「こんな物陰でどうしたんだ?」
(うわあ、うわああ‥この煌めくアメジスト‥アストレイ様だ…!わああああ‥‥)
「あ、殿下、申し訳ありません。感極まって固まってしまったみたいです」
「感極まって…って、大丈夫かい?シャンイ」
心配そうにのぞき込むと、そっと優しく頬に触れる。
そうして、やっとシャンイは正気を取り戻した。
「だ、大丈夫です!!‥ひ、久しぶりにお会いしたのでっどういう顔をすればいいのかわからなくて?!」
しどろもどろで支離滅裂なことを口走り、落ち込みそうになる。
しかし、そんなことはなく、アストレイははにかむような笑顔をこちらに見せてくれた。
「‥私も君に久しぶりに会えて緊張しているよ。会えて嬉しい」
シャンイの胸がきゅぅっと切なく締め付けられると、危うくそのまま抱き着きそうになる。
「‥私もです」
「はいはーい、二人の世界はそ・こ・ま・で!」
二人の間にバッと羽扇が開かれた。
「レシア様ぁ。オトナ気ありませんわ」
「だまらっしゃいな、ミリー」
レシアに言われてミランダは苦笑する。
「あ、すまない。もう行かないと、レシア殿もありがとう。良い情報を戴いた」
「どういたしまして」
(!!い、行っちゃう!!)
すっとアストレイがたちがると、シャンイは思わずアストレイのマントの裾を握りしめた。
「あ、アストレイ様!!」
「ん?」
「その‥手紙を書いてもいいですか?!」
「‥手紙?」
「へ、返事はなくてもいいんです。ただ、えっと、その」
「…嬉しい。ありがとう。‥これでもう少し頑張れそうだ。」
「はい!!」
見送ってくれるシャンイを見ながら、アストレイは襟を立てなおした。
(さあ。勝負だ)
**
今日の天気は快晴。
グレイヴ伯爵家の邸では、家族だけのティー・タイムが行われていた。
「あなた、見てくださいな。今日はわたくしがお菓子を焼いてみましたのよ」
「おお、お前が作るなんて珍しい」
「もう!パパ、僕だって手伝ったよ!」
ガライ・グレイヴ伯爵は、今まさに人生の絶頂を迎えていた。
妻は二人目の子供を妊娠中で、長男は勉学も覚えもめでたく、将来は王城内で政務職に就かせるのも悪くない。
外は先日の大火で森の近くにある貴族は対応に追われているらしいが、幸いなことにグレイブ伯爵邸は、森とは真逆の位置にあり、火種がこちらまで回ることはまずない。
一応体裁を保つためにいくらか物資の支給や人員を派遣した。これでは何もしていない、などと喚く輩もいるまい。
むしろ森側にある目障りな貴族共が慌てふためくのを見るのは楽しいものだ。
…そんなことを考えながら、お茶をすすっていると。
突如、部屋の外が騒がしくなってきた。
「まあ、なんでしょう?なにやら騒がしいようですわ」
「む?なんだ‥せっかくの団らんを邪魔しおって」
執事を向かわせるのだが、やがて血相を変えて戻ってきた。
「は、伯爵様」
「なんだ、いった…」
言い掛けて、グレイブ伯爵はその場所に現れた予想外の人物に驚愕した。
「すまない、家族でお過ごし中の所、失礼する」
「で、でででぃあ ディアトル殿下?!」
黒い外套に身を包んではいるものの、その姿を見てこの王国内で知らない者はいないだろう。白金の長い髪がなびくと彼は眼鏡の淵をすっと挙げ、青い双眸が静かにこちらをとらえる。
すると同時にガタン、という音ともに、足元に自身の護衛兵がうめき声をあげながら転がってきた。そしてもう一人現れたのは、なんとその弟君ではないか。
「‥ここの護衛はあまりにも非力で驚くな。やるな、シス」
「いえ、一応訓練はされていたようですよ。‥まあ、俺の敵じゃないだけで」
「こ、これは、ど、どう、は?!!」
あまりにも意外でかつあり得ないふたりの登場に、その場にいる全員が呆然としている。
「おお。面白い位驚いているな。やはり、お前と僕と一緒にいるだけで、大抵の人間は判断力がある程度損なわれるということが立証されたか。よし、これだな」
「それ、立証してどうするんですか‥」
ディアトルは転がった護衛兵の上を長い脚でひょい、とまたぐと、伯爵の目の前に紙の束をどさりと置いた。
「予告なしでこの領地を隠密で視察させてもらったが‥。この帳簿にある橋の建設とやらはどうした」
「え?!な、何のことことで」
「ほら。ここの赤丸でチェックが付いている所、よく見ろ。相次ぐ川の氾濫により、修復工事と共に新たな頑丈の橋の建設の為‥と書いてあるだろう?不思議なことにその形跡がまるで見当たらないのだが。まあ、ほかにもあるが」
思わず書類に目を通して、ぱらぱらとめくっていく。
その全てのページに赤いチェックや、細かい書き込みがあり、全て隅々まで確認されているのがよく分かった。
「あ、あなた‥!」
「そ、そんな馬鹿な!こ これは我が家の会計が」
「その会計というのはこいつか」
恐る恐る姿を現したのは、まぎれもなくグレイヴ伯爵家のお抱えの会計士だった。
「そ そうです!こいつが勝手に」
「か、勝手に?!わたしは伯爵、あなたの指示に従ったまでだ!だから無理だと言ったんだ!!」
「なるほど、無理のある提案をされたわけか」
シスリーが壁にもたれながらそう言うと、会計士はサッと顔を青くした。
「おい、会計士。伯爵はどのような指示を行った?」
「…‥わ、私には妻と娘が」
「安心しろ。この伯爵より俺たちの方が力があるからな。誠意を見せればそれなりの誠意で返してやることを約束しよう」
この王国において、王家の人間にかなうものなどあるはずがない。
会計士はうなだれると、素直に全てを話すことを承諾した。
「そ そんな!わ、私は‥私だって!!帳簿の書き込みの仕方を教えてもらっただけだ!!発端は私では…」
グレイヴ伯爵がそう言った瞬間、シスリーとディアトルの目が光った。
「伯爵夫人」
「っひ、ひぃ…!わたくしは、わ、わたくしはなにも」
伯爵夫人は、長男を抱きしめながら壁の隅で震えていた。
「貴方の身につけている装飾品、それにこの手作りクッキーの材料から、その全てに至るまで‥果して
全うな手順を踏んで手に入れたものだろうか?‥元をたどれば、全て貴方の領民がもたらせてくれたものだ」
震えながらも、こくんと頷く。
シスリーは、夫人の大きな腹部を見て、さっと目を細める。
「あまり真っ当なやり方ではないが、グレイヴ伯爵、あなたが一体誰からこの汚職のやり方を教わったのか、きっちり教えてくれたら‥グレイブ伯爵家の未来とご家族の安全は保障しよう」
「わ、わかった。‥‥約束して下さますな」
伯爵の言葉に、ディアトルとシスリーは顔を見合わせた。
「「無論。この国の未来に誓って」」
近いうちにあと3話投稿後、完結の予定です。
読んでいただけたら幸いです。




