覚悟と決意、そして
「…?」
ずきり、と頭痛がしている。
シャンイは重い身体を起こそうと試みるが、それはあえなく失敗に終わった。
(だめだ、頭痛い‥なに、これ)
何度か深呼吸をしたのち、何とか起き上がるのには成功した。
周りを見ると‥そこは。長年使われていなさそうな小屋の中だった。家具などはほとんど皆無で、自分が眠っているベッドに椅子。そして、鎖の鍵がかかった木造の扉だけだった。
うっすらと窓から差し込む光は、白色で、時刻はどうやら昼間のようだ。
「ここは‥一体」
すると、突如ガタガタっと何かが外される音が聞こえだした。‥どうやら扉の鍵が開くらしい。
起き上がろうにも、うまく動けずにいた。
「‥っ誰‥」
やがて鍵が開けられると‥扉から姿を現したのは。
「シャンイ‥!」
「え?‥まさか、アストレイ様」
アストレイは駆け寄ると、思い切りシャンイの身体を抱きしめた。
「…‥君に、会いたかった」
「…っあの‥」
戸惑いながらも彼の背中に腕を回すと、しっかりとその胸に体を埋めた。
埋めた胸から聞こえる心臓の音が早い。‥彼も緊張しているのだろうか?
「ごめん‥驚かせてしまったみたいで」
「いいえ…あの、これは一体」
そっとアストレイの胸がら逃れると、シャンイは真っすぐ見つめた。
「君をここに連れて来たのは私なんだ。‥やり方が手荒になってしまったけれど」
「え‥じゃあ、私の背後を襲ったのも」
「…すまない」
「…いったい、どうして」
安心したやら、なにやらで、シャンイはがくんと力が抜ける。
「君をこんな目に合わせたのはきちんと理由がある。‥どうしても、アルヴェール家の方がたに、君がいなくなったことを知ってもらう必要があったんだ」
次の瞬間、ドガァっと何かが壁にぶつかる音が響き渡った。
「‥迎えが来たようだ」
「‥迎えって…まさか」
「来たな‥」
じりじりと破壊音は近づいてくる。やがて‥壁に大きな穴がぽっかりと開く。
「俺の可愛い娘はどこだぁ!!!どこにいる!!!」
「不逞の輩は成っ敗っ!!!のみだーーーーー!!!」
ガラガラ…と扉の半分以上半壊し、その瓦礫の中から姿を現したのは‥明らかに目が血走っている大男が二人だった。
「ロレンス兄さまに、お父様?!」
「あ!!シャンイ!!見つけたわよ!!」
大きな斧を持ったレシアが二人の大男をぐいっと力づくでどかすと、真っすぐシャンイに駆け寄った。
「おいコラ!!そこの野郎何者だ!!俺の妹から離れやがれ!!」
食って掛かってきたロレンスをさらりとかわし、アストレイは二人に向き直った。
「エリッド・アルヴェール殿、ロレンス・アルヴェール殿。…どうか私に力をお貸しください!!」
アストレイが叫ぶと、二人の動きがピタリとやんだ。
「‥ほっほぉ‥卿はもしや、エサルエス第一王子アストレイ殿下とお見受けする」
エリッドは、持っていた槍をわざとらしくアストレイの真横の地面にブスリと突き刺した。微動だにせずこちらを見据える第一王子に、エリッドはため息をついた。
続けてロレンスも父に倣って剣を収めた。
「‥どうやら、なにやら事情がおありのようだな。‥お聞かせいただけるかな?」
「もちろんです。…とりあえず、あなたも、そのナイフを降ろしていただけますか?レシア殿」
アストレイの背中には、ピタリとレシアの仕込みナイフが張り付いていた。
「……武術の心得もお持ちのようで…安心しましたわ」
「おほめにお預かり、光栄です。」
「ね、姉さま!この方は」
「大丈夫よ、シャンイ。なんとなーく理由は察しているわ。シャンイ、あなたのこともだけど‥」
レシアはわざとらしく刃渡り10センチ程の小刀をくるくると手で弄ぶ。
「ツェルヴェン伯爵家、グレイブ子爵家、ニーデルファン男爵家‥この三つの家紋と、アルヴェール家に纏わる資金の流れを教えていただきたい」
「‥市場調査?それとも内部調査かしら?」
「クリーンな金の流れがあるのなら、それで十分です。けれどもどちらか一方がそうでないのなら…その金の行き先と出所を法的手段をとって調べるだけです」
(…これは賭けだ)
ディアトルの調べた資金の流れで、一番金が多く集まっていたのは、このアルヴェール家だった。しかし、アルヴェール家はもともと商売の他に「私設金融機関」の面も持ち、低金利で金の貸し借りも行っている。
それが現金ではなく、例えば高価な値打ちのある物的担保で債務の弁済を行っているとしたら‥その後の金の行き先がわかるかもしれないと踏んだのだ。
「まあ、たとえ調べられても、何も出てこないと思うわ。‥むしろ困るのはそちらでしょう」
手先で弄んでいた小刀をピタリとアストレイに充てる。
しかし、彼は狼狽えるでもなく、不敵にほほ笑んだ。
「…それが聞きたかった」
「?!…まさか」
「そう、私はこれを機に不正な金の流れを一掃しようと考えております。その為には、貴殿らのお力を必要なのです」
アストレイがそれだけ言うと、周りはしん、と静まり返った。
すると、シャンイが突然アストレイの前に躍り出た。
「!」
「お父様!お兄様!お姉さま!…私からもお願いします」
「シャンイ‥」
「何か、お考えがあってのことなんでしょう?私!協力します!」
シャンイがアストレイを見つめてしっかりと頷いた。
「‥君は」
「一つ、質問よろしいかしら?」
小刀をしまいながらレシアがアストレイに尋ねた。
「‥なんでしょうか」
「王子殿下。あなたはどれだけシャンイを想っていらっしゃるの?」
「な!!ちょ、こんなところで何を言い出すのよお姉さま!!」
「うちは貴族よりは力を持っているけれど、王家の方の隣に立つには明らかに分不相応よ」
「…お姉さま」
「私のたった一人の大切な妹だもの。…幸せになってほしいに決まっている。でも今のままじゃあ不幸になるのは目に見えているわ」
じろりと、アストレイをにらみつけるレシア。その視線を真っ向に受けながら、アストレイ頷いた。
「もちろん。もしご協力いただけた暁には、今エサルエスでくすぶっている古い考えの連中を一掃して見せます。‥誰もが身分を気にしない、平等な世界に。」
「アストレイ様‥」
シャンイが心配そうに見つめると、アストレイはシャンイに向き直った。
「そして、この一件を完璧に封じ、保守派の貴族を一掃できたとしたら…父に交渉します。王族としての身分を放棄し、ただ一人の人となるための許しを得るために。‥君と一緒に生きていく為に」
「…っアストレイ、さま」
この発言にアルヴェール家は全員固まった。
しばしの沈黙、そして…
「わははは!!こりゃあ参った!王子殿下は私の可愛い娘のためにその高貴なる身分をお捨てになるとおっしゃる!!!…本当に、本気なのかね?」
「‥‥私がいなくとも、世界は回るでしょう」
元の世界が、そうであるように。
人ひとりの力など、大きな時間や世界の流れの中に簡単に埋もれてしまうものだ。
「私にしかできない役割など、どの世界にもありはしない。ただ、その穴を埋めるように別の誰かがそこに入り込んで、自分もまた、別の誰かの役割を引き継いでいく。‥そうやって世界は回るものです」
ならば、自分の道は自分で選びたいと思う。
誰かが必要としてくれるなら、自分という存在を誰かが望んでくれるというのなら。それに応えたい。
「ふん‥なるほどね。…どうやら、本気のようだ」
ロレンスはそういうと、息を吐いた。
「なら、飲むとしようか」
「‥‥え」
ロレンスが片手を上げると、後方でにスタンバイしていた従者たちがあわただしく動き出し、次々と酒と料理を運んできた。
わずか数分のうちに何もなかった空き家はすっかり宴会場と化した。
「…あの、これは」
「シャンイ。…ミランダとサビエナは。あなたが思っているよりも口が軽いのよ」
レシアがそう言ってシャンイのコップに酒を注いでいく。
シャンイはみるみる表情が崩れてくる。
「っな‥え ど どういう‥」
「みいんな、知っていたということ。‥‥良かったわね。シャンイ」
そう言って自身のグラスにも酒を注ぐと、かちん、とシャンイのコップに当てた。
ぐるりとアストレイの方を向くと、アストレイは苦笑いをしていた。
「うーーん‥どうやら私は試されていたわけですか…」
「ま、あの三家紋はやりすぎなくらいうちに借金をしていたくせに、一向に返す気配がないものだから。ならばこのまま湯水のように金貸ししていったらどうなるものかと泳がせていた最中だったんだ。さすがに誰か不正に気付くだろう、というわけで。」
とくとくとワインを注ぎながら、ロレンスが言う。
「で、そんなときに侍女たちがシャンイのロマンスを騒ぎ立てたわけ。調べたら、アストレイ様だっていうじゃない。だから何かしらそちらから働きかけてきたら、乗っかるつもりだったのよ。貴族の醜聞は王族にとって致命傷だもの」
ぐびっと一気飲みをしてレシア。
「もし、半端な覚悟で不正の一掃に手を出そうものなら、逆にこちらからツェルヴェンに有利な証拠を突き付けて王族の評判を貶めてやろうかと思ったけど。‥まあ、いいところじゃありませんこと?」
(…恐ろしい一家だ)
文字通り煽るように酒を飲んでいたエリッドは、涙をボロボロ流しながら語りだす。
「…うちの可愛い娘を連れていくんだ。それ相応の覚悟がなければ、ぶんなぐってやるところだったわ!でも…あそこまで言われちゃあ‥ぐすん」
今更ながら、自分で発言した言葉にアストレイは赤面する。
(‥いや、覚悟は決めていたことだし)
すると、隣で飲んでいたシャンイの様子がみるみるおかしくなってきた。
「…さっきの言葉‥本気の本気ですか?」
「‥もちろん」
ぐぐっと赤い顔を近づかせながら、シャンイがからんできた。
「本気の本気の‥本気、ですよね」
「‥う、うん」
じりじりと迫ってくる彼女に、後ずさりしながらいると、ついに壁際にまで追い込まれた。…いわゆる逆壁ドン、の体制である。
「‥あの、飲み過ぎ、じゃ?」
「じゃあ、けっこん!せんげん…してくらさい」
「え?!……んっ」
生暖かい感触と共に、酒気を帯びた吐息で唇がふさがれてしまう。
融けるような意識の向こうで、誰かが叫んでいるのが聞こえた。しなやかな腕が背中に回り込むと、再び、しびれるような甘い感覚に溺れていった。




