深まる溝と動き始めた歪んだうねり
「…どういうおつもりですか、ツェルヴェン伯爵」
「どうもこうも、アストレイ様の様子が最近おかしかったので、その原因とも思える分子を排除しようとしたまででございます」
ここはアストレイの執務室。
不遜な態度をしながらも愛想笑いで誤魔化すツェルヴェン伯爵を睨みつけながら、アストレイはテーブルにぐにゃりと曲がったカードを見た。
「それで、私の従者を?」
「とんでもございません!‥失礼ながら、従者殿の教育が少しゆるくていらっしゃるのでは?これはしつけですよ、しつけ!あの少年は目上の者に対しての配慮が足りて…」
「貴様の御託はもういい。‥とっとと私の従者のフレッドを牢から出せ」
有無を言わさず告げたアストレイに少し怯みながらも、なおも愛想笑いを浮かべる、
先日のカルメンタとディアトルのプロポーズの後、事件が起こった。状況はつかめないが、どうやらフレッドが貴族に対する不敬罪で牢屋に入れられたという話を聞いたのだ。
ツェルヴェン伯爵に問い詰めた所、このボロボロになったメッセージカードと花束を見せられた。
「いいえいいえ、まだ彼は己の罪深さに気づいておりません!」
「‥何?」
フレッドは元もと、確固たる貴族としての身分を持っていない。
と、いうのも。彼はとある貴族の出自ではあるものの、私生児だった。ただ、たまたまアストレイの元に来て、今まで仕えてくれていたのだ。
貴族保守の筆頭であるツェルヴェン伯爵は何よりもその血統や家柄、家紋を重んじる。
自身が名のある上級貴族であることをよく言えば誇りに思っており、悪く言えばそれ以外を見下しているのだった。
「尊ぶべき王家の血筋である殿下の心を乱すようなものをわざわざ隠そうとしたのですよ?無知が成せる愚行を猛省させるべきでは?!」
「愚行はどちらだ‥っ」
言い掛けて、アストレイはその言葉の先を飲み込む。
今下手に貴族保守派の連中を刺激すれば、それこそフレッドの身に何が起きるかわからない。いわば人質だった。
無意識のうちに握りしめた拳に力が入る。
「殿下、よおーく!お考えください?庶民の娘の花束など、何の価値がございましょう。身分不相応も甚だしい‥!正しき従者であれば物言わずに愚民の贈り物など始末するのが…」
「黙れと言っている。…ツェルヴェン。もう一度言う。フレッドを牢から出せ。今すぐにだ!」
「‥っは、はい分かりました…」
アストレイの気迫に気圧された伯爵はすごすごと引き下がった。その姿を見送りながら、アストレイは大きなため息をつく。
「…随分と貴族保守派の力が強いようだな…?」
伯爵の言動は一歩間違えれば権力の私物化で、王族に反意あり、とみられかねないものだった。
この世界において、二つの勢力の溝は深い。
二つの権力構造は絶妙なバランスを取り続けており、拮抗している。ともすれば、内乱が起きかねない程昨今は緊張している筈が、そのバランスが狂い始めているのだろうか?
「兄上!」
「…ディアトル?」
「ちょっとこっちに」
ディアトルは、ちらりとツェルヴェン伯爵の姿を見えなくなるのを確認し、アストレイと共にその場から去っていった。
「従者が捕まったって?」
アストレイの執務室に入るなり、隅々まで厳重にカギをかけて尋ねた。
「‥ああ‥くそ!最近の連中の行動は目に余るな…!」
「その、貴族保守派についてなんだけど」
いらただしげに吐き捨てたアストレイを諫めながら、ディアトルは持っていた書類の山を広げた。
「…それは?」
見ると、細かい数字が羅列しており、その横にはエサルエス王国の各領地と領主の名前が書かれていた。
一つ一つ確認していくと、所どことブラスやマイナスの表示とチェックがされており、数字が桁違いの領地については全て丸印がされていた。
「これは…?」
「ここ三年くらいの月ごとの運営費やら備品代を収入と支出と種類別に記載して、リストアップしたものだ。その丸印、見てみなよ」
言われた通り丸印を確認すると、あそれぞれある共通点が浮かび上がる。
「ツェルヴェン、エステリオン、レイアトール、グレイブ、ニーデルファン‥全部、貴族保守派じゃないか」
「そう。‥兄上の執務を手伝っているときに、ちょっと気になって調べてみたんだ。決算の数字や物品の申請、それに戦争準備費から何から何まで、桁が違うところが何個か見受けられたから」
「…まさか」
「そしたら案の定…不正に額を水増ししたり減少させたりして、帳尻を合わせているみたいだけど‥明らかにおかしいだろ。戦争なんてここ数十年起こってもいないのにやたらと準備品の購入がかさんでいたり、建物補修費だのなんだの‥どんだけぼろい造りをしているんだって話」
ディアトルの言う通り、数字の矛盾点が少なからず見受けられる。
全ての箇所に、どういう金銭の流れがあったのか、詳細が書かれていた。
「…すごいな。ここまで完璧に記載するなんて‥私にはとてもじゃないができないかもしれない」
「数字なんて、数の羅列だろう。足して引いて、割って計算すれば正しい数字が出るものだ。」
ディアトルが言うとさも簡単そうに聞こえるが。実際は事細かに数字をたたき出して計算するのは得意な人間ばかりではない。…こういうのを、天才。というのだろうか?
「それよりも気になるのは、何にお金を使っているか、なんだ。申告通りなら、この四つの領地に武器が集中していること、土地や建物の造りが堅牢になっていくわけだけど」
「まさか…内乱、か?」
「証拠も何もない、机上の空論だけど。これは書面での不正の証拠に過ぎない。正直、建設的ではないよ。‥紙なんてのは、いくらでも偽装できる」
長い間取り立てて大きな問題もなく続いていったこの世界のエサルエスの王国には大きな病が蝕んでいるようだ。
「物的証拠…。ディアトル、資金の流用は分かったが、どこに一番お金が集まっているのか調べられるか?」
**
「あのカードの持ち主、シャンイ・アルヴェールについて調べろ。‥卑しい愚民が、高潔なる王家の血を継ぐ殿下をたぶらかしている可能性がある‥!見つけ次第私の元へ連れてくるんだ!」
自室に戻ると、ツェルヴェンは忌々し気に呟いた。部下たちはちらりと顔を見合わせた。
「しかし‥アルヴェールとなると、エサルエス一の商家で、外海ルートもさることながら商業の面で大きな影響力を持っています。しかも会長のエリッド・アルヴェールは自身の娘を溺愛しているとの噂です…、下手に手を出すのは早計では‥」
「‥あの成金に我がツェルヴェン一族が劣るというのか?!」
エサルエス王国の財源の多くは、各国から仕入れてくる数々の名品逸品、調味料など、商業的な面での影響が大きい。そのほとんどをアルヴェール商会が窓口となっており、市場操作を可能にしていると言っても過言ではない。
「万が一‥万が一、新しき国王陛下が、庶民の娘を王妃に迎えたとしたら‥考えるだけでもおぞましい…!ひいては、国を守るために、些細な懸念は積んでおくべきだと思わぬか?なあ、レイアトール公爵殿」
「‥まったくです。‥やはりアストレイ様は我が娘を突然邪見にされたのは、きっとこの娘のせいなのでしょう!早く殿下をお救いせねば。これだけ大きな商会、綻びの一つや二つ‥叩けばいくらでもほこりが出てくるでしょう、きっと」
**
「はあ…」
「本日28回目のため息です、お嬢様。‥恋してますねえ。サビエナが張り切ってましたぁ♪」
「‥うるさい、ミランダ」
(手紙を送って…一日たった。間違いなくハヴェルは届けてくれたって言ってたし…)
「ああ…煮るのか焼くんのかどっちかに‥‥ん?」
見ると、エサルエスの王国の紋章の馬車が邸の前に止まっていた。
一瞬、アストレイのことを考えたが、どうやら様子が違うように見える。
(どうしてこんなところに‥?)でも、もしかしたら。そんな一縷の期待のようなものを考えてしまう自分に少し呆れてしまった。
「あ!‥まさか。もうお返事がいらしたんですかね?!私、みてきますよぉ」
「ううん、‥私が行ってもいい?あ、べ。別に期待とか!してないからね!!」
「はいはい、もーおじょうさまってばあ!」
シャンイはわずかにざわつく胸を戒めて、裏口へと降りていくことにした。
「これは‥」
裏の入り口に回ってみると、先ほどまで止まっていた馬車の姿は消えていた。きょろきょろとあたりを見渡していると‥突然、後ろから襲われてしまった。
「?!」
「大人しくしろ。シャンイ・アルヴェールだな?」
こくん、と頷くと、急激に意識が遠のく。
次の瞬間にはもう、気を失っていた。




