三人寄れば、何とかの知恵
華やかな香りに、ゆらゆらと揺れるリナリアの花。
まるで雪みたいに真っ白い花束にそっと添えられていたのは、真っ白なカードに、芸術家のサインのような流れるような筆跡で『アストレイ・ブライト』とだけ記されていた―――。
「ってぇ!!名前だけかぁあーーいっ!!」
「お嬢様?!」
べしっ。
せっかくのカードをうっかり投げてしまった。
一瞬で我に返り、慌ててそのカードを拾い、掲げてみたり、透かしてみたり色々と試してみた。
しかし…
「ほんっとうに…名前だけ、なんて。名札じゃあるまいし…」
肩透かしというか、何よ!みたいな一言では言い表せないような落胆の気持を抱え、シャンイは俯いてしまった。
(あれだけ、期待しないだのなんだの言っていたくせに…やっぱり)
「お嬢様ってば、そのプレゼントの送り主さんのこと、本当に好きなんですねえ」
どきりと、心臓が飛び出しそうなくらい跳ねた気がする。
「すっ‥すすすすき?!なにを?!!」
「だって、その方は文章ではなくて花束でメッセージを伝えているんでしょう?なのにそれだけでは飽き足らず、そこまで落ち込むなんて…」
サビエナの生暖かいような笑みが憎たらしく思えるくらい顔が火照っている気がする。
「そそれはっ!」
それでも認めたくないような気持に整理がつかず、言葉を探していると‥、突然部屋の入り口が開け放たれた。
「さっさと認めるといいのに。…人を愛するって、とても素晴らしいことだよ…」
ため息交じりでそう言って現れたのは、幼馴染のハヴェルだった。
「ちょっと、ハヴェル様ノックして!」
サビエナが怒って扉を閉めようとするが、その隙間を縫ってハヴェルはするりと部屋に入り込んだ。
「シャンイ、それ、あの方からの花束だろう?」
「そ、そうだけどっ‥って、そんなことより、この間はよくも私を置き去りにしてくれたわね!おかげで迷子になりそうに…」
「でも、そのおかげであの方に逢えたでしょう」
「何で知ってるのよ?!」
あの日、あの場所にはほとんど人はいなかったはずだ。
「やっぱり。新聞見ただろう?王子殿下のすっぽかし。…会場にいなかったから、もしかして、と思っていたんだ。‥大丈夫、君のことを気づいている人は僕意外にいないと思うよ」
「…‥それなら、いいけど」
(もし、これでアストレイ様にとって不利益になるようなことが起きていたら‥)
先ほどまで暖かった気持ちが沈んでいくのが分かった。
「ああ、落ち込まないで、シャンイ。そんなことを言いに来たんじゃないんだ。‥実は、僕もこの間の舞踏会で、彼女と運命的な出会いを果たしたんだ‥」
そう言って、ハヴェルは頬を染めながら、はにかむように微笑む。
(…ん?なにこれ)
「運命的な出会い…て?」
「‥彼女はまるで可憐な花のように、壁を彩りながら佇んでいた…。僕と彼女の視線がぶつかったとき、まるで雷が走ったみたいに僕はしびれが止まらなった‥!」
恍惚な表情であらぬ方向を見て悶えている。
「‥なに、毒キノコでも食べたの?」
「わー~‥ハヴェル様って、詩人、なんですねえ」
明らかに引いている私とサビエナを無視して、彼の演説はとどまることを知らない。
「僕とミレイア、二人はまるで引き寄せられるように互いの手を取り合う‥!まるで会場に咲く花の蜜を吸う蜂鳥のようにふれあい、ゆらりゆらゆら夢の中へ‥!!そして、新しい未来への一歩を踏み出すんだ…!!」
とか何とか、延々と語り続けているが、要するにどこぞの令嬢と運命的な出会いを果たしだのだろう。
「…やっぱり、一目惚れっていうのはあるのね‥」
「運命って言葉があるくらいですからねえ~。時間がたてば互いに好きになるわけじゃないでしょう?結局重要なのは第一印象ってことですよね、きっと。それって結局恋に落ちる二人は、初めて見たときから互いの印象がばっちりはまったってことなんでしょうね~」
一通り語り終えたハヴェルは満足そうに息を吐くと、くるりとシャンイに向き直った。
「‥それで、シャンイは何を悩んであんなに騒いでいたの?」
(‥こいつ、ただ自慢したいだけだったのね)
「ええと、その。花束を送ってくださったのだけど、名前しか書いてないメッセージカードがあって‥」
ハヴェルはアストレイ様のことを知っているからいいだろうということで、例のカードを手渡した。すると、彼はふうん、とだけ短く言うと、にやりと笑った。
「貴族‥特に身分が高い人には、自分の名前を二種類持っているんだ」
「‥二種類?」
「あ、知ってますー。ファーストネーム‥つまりは親しい人間か家族にしか呼ぶことを許さない愛称、のことですよね!」
サビエナが好奇心に満ちた瞳でそう答えた。
「そう、大きなパーティーとか、国の通例儀式にしか使わないその名前は、本当に呼んでほしい親しい人だけにその名を告げる…つまりは、シャンイにその名前で呼んでほしいんだよ、きっと」
「‥本当に呼んで、欲しい人‥」
改めて、リナリアの花束とメッセージカードを交互に見比べる。
(‥嬉しい。本当にそうなら…すごくうれしい)
「‥ッあの、この花束って‥返事はどうすればいいの?」
「ふっふっふー…ならそこは、このサビエナ・フラワーショップにお申し付けを!!」
**
「…‥本当にあれでよかったのか?!」
「大丈夫じゃない?カルメンは貴族令嬢の間では事情通の方だし」
ディアトルの書斎では、今日も今日とて恋愛相談室が開かれていた。
アストレイは相も変わらず山のような採決の仕事をこなしているのだが、今やすっかりディアトルもそれを手伝わされる羽目になり、すこし不満げだった。
「ご安心なさいませ、殿下!今頃お相手の方は一言しかないメッセージにやきもきしている筈ですわ!きっと、その内真の意味に気が付いた時、恋の炎は燃え上がるはずです…!!」
「‥カルメンも、楽しそうなのはいいけど、僕のことを忘れないでくれよ」
ため息をつきながらディアトルもまた、自分ができる範囲の決裁に判を押していく。
そんな王子二人がこなした書類をまとめながら、カルメンタがそれを従者に手渡してゆく‥という一連の仕事の流れが出来上がっており、いつの間にかアストレイの仕事の効率は向上していた。
これには決裁まちの高官たちも願ったりかなったりで、アストレイの所業を誰も咎める者はいなかった。
(ま、まさかエステリオン令嬢がここまで愉快な方だったとは‥)
複雑な心境のアストレイだったが、二人とも自分の為にしてくれている(はず)のことなので、その心意気に感謝した。
そして、そんな三人の様子の噂を聞きつけ、その様子をそっと窓から覗いていた影が一つ。
ディアトル、アストレイ、二人を兄に持つ末の弟シスリーだった。
「…噂には聞いていたが…本当だったとは」
「シスリー殿下、こんなところでどうされたんですか?」
「!」
思わず後ずさりをすると、赤い瞳の少年がじっとこちらを見つめていた。
「…そんなところで隠れていないで、中にお入りになればいいのに」
「‥っいや、あの」
あたふたと壁にへばりつくシスリーだったが、カル少年の頭に頬杖をたて、ディアトルが面倒くさそうに窓から顔を出した。
「今から休憩する予定だが‥お前も入るか?…まあ年に一度くらいそういう機会があってもいいだろう?」
「…ディアトル」
「あ、じゃあ今日はとっておきをご用意しますね!」
にこにこと上機嫌でお茶をれるカルメンタの横では、なんともいえぬ三者三様の表情で三人の王子が丸いテーブルを囲んでいた。
「面白いな、もしかしてこのメンツでお茶の時間だなんて初めてじゃないか」
と、ディアトル。
「…いや、まあ前代未聞というか…その」
ごにょごにょと呟きながら、アストレイからあからさまに視線を外し、目が泳いでいる表情のシスリー。
「はは…、二人とも大人になったな…」
と、落ち着いた表情をしながらも内心動揺しているアストレイ。
(‥しまった。あれからシスリーとはまともに話していなかったな‥なんと説明しようものか)
などと思いあぐねていると、ディアトルがこの微妙な空気をぶち壊した。
「‥今日は天気もいいし、たまたまとはいえ、兄弟がそろうなんて以前からすればあり得ないことだし‥」
突然切り出した要領の得ない言葉に、アストレイもシスリーも首を傾げた。
いきなりガタン、席を立つと、つかつかとカルメンタの元に歩み寄る。そして…
「このような場で突然申し訳ないが、カルメンタ・エステリオン。‥どうか私と共に、これからの人生を一緒に歩んでいただけないだろうか」
「…え‥っ」
「「?!」」
「わあ…なんだか素敵です」
膝をついて手を差し出したディアトルの手をそっと取り、カルメンタは微笑んだ。
「‥一生言ってくださらないのかと思いましたわ」
「待たせて、…ごめん」
そう言って二人は寄り添う。
先ほどまで気まずい空気が流れていたアストレイとシスリーの間に、ふわりと優しい風が吹いた。
「…まさか、こういう場面に出くわすとは。…今日はいい日だな」
「全くです。…おめでとう、カルメンタ、ディアトル兄上」
ディアトルは微笑みあう二人の兄弟の姿を心なしか満足げに見やり、カルメンタに優しい口づけをした。
**
その頃、アストレイの執務室には色とりどりのチューリップに、メッセージカードが添えられた花束が届けられようとしていた。
「おい、ちょっと待ちたまえそこの君。それは、アストレイ殿下の贈り物か?」
「‥?あ、ツェルヴェン伯、何事ですか…」
アストレイの従者のフレッドが運んでいた花束をツェルヴェン伯がぱっと奪い取ろうとしたが、そこはフレッドが半歩下がって抵抗した。
「な、何をされるんですか!これはアストレイ様宛のものです。検分も済ませております!」
いいながら、さり気なくフレッドはメッセージカードを隠そうとするが、あえなくツェルヴェンに取られてしまった。
「な、何をされるんですか!」
「ふむ、これが私の気持です…シャンイ‥アルヴェールだと?何故あの薄汚い成り上がりの商人が?!」
ぐしゃりと握りつぶしたカードを床に捨て、花束をそこに叩きつける。
「身の程もわきまえぬ‥下賤な輩が!!高貴な血統に近づくとは、愚かな…!」
「やめてください!!…あっ」
更に踏みつけようとしたツェルヴェン伯の足から花束を守ろうと、フレッドは身を乗り出した。‥そして、勢い余って伯爵にぶつかってしまう。
「‥きっさま!!上級貴族である私に体当たりをするなど、言語道断!!この子供を不敬罪で取り押さえろ!!」
恋に障害はつきものだと思います。よんでいただき、ありがとうございます!




