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【完結】翡翠と翆玉~九死の姫は岩乗の王に嫁ぐことになりました~  作者: いづか あい
外伝 捻じれた歴史の裏側で

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二人の距離

昨夜の舞踏会の翌日のこと。

街に出ている数多の新聞や情報誌の見出しは、王室事情関連の記事が一面を飾り、世間を大いにざわつかせていた。

その最たるものは‥『王子殿下の舞踏会すっぽかし』、そして、急激に存在感が増した『第三王子』の記事だった。それまで取り立てて浮いた話もなければ、エピソードのようなものを持たない謎の存在であったシスリー王子殿下は、あっという間に国民の間では有名人となったのである。


春の色とりどりに咲き乱れた花々も盛りを迎え、一斉に葉が夏の準備に向かって青々と茂り、初夏の気配が訪れたある日の午後のこと。

話題の渦中である二人の王子のうち、アストレイは一人、椅子に座って物思いにふけっていた。

散々「優等生」の仮面で周囲に認知されていたが、ここにきてそれは今までなかった「疑念」や「非難」じみた評価がささやかれるようになっており、いい意味でも悪い意味でも周りの雑音が止むことはなかった。


「…あのさ、兄上。ここを避難所にするのは勘弁してもらえないだろうか」


大きめの背もたれの椅子に座りながら、第二王子ディアトルはためいきをついた。

乱雑した資料が広がる机の上には、相も変わらず花びら型の砂糖菓子が入った瓶が大事そうにかざられていた。一見めちゃくちゃな机の上も、彼なりに配置と置き場所が決まっているらしく、どこか規律正しく並べられているようにも見える。


「いや、すまない…つい」

「‥ついって、まあいいけど。僕と兄上が一緒にいるなんて誰も夢にも思わないだろうなあ」


どうやらこの世界においても兄弟間の仲というものは決して良好とは言えなかったらしい。

しかし、互いを気遣いあえるような関係性のようで、あちらほど剣呑としたものではなく、あまり互いに関わりを持っていないだけという表現の方が正しいかもしれない。


「まあ、私もそう思う」


あの舞踏会の後からというもの、アストレイはディアトルの書斎に仕事を持ち込んでは、半日以上をそこで過ごすという日々を送っていた。


王城の敷地内にある小規模ながらもディアトルの書斎兼研究所は、人の出入りも少なく王家管理の敷地内ともなれば一般の貴族やらはおいそれと踏み出すことなど許されない領域。人目を避けたいアストレイにとっては願ってもいない場所である。


「うーん。まあ、一部の隙も見せない兄上を見て、正直疲れないものかと思っていたから…むしろ人間らしい反応で逆に安心はしたかな」


ぶっきらぼうにそう告げたディアトルだったが、どうやら彼なりに兄の心配をしてくれていたらしい。表に出さないその心遣いにアストレイは妙に嬉しく感じてしまう。


「…心遣い、ありがとうディアトル」

「ふ、ふん。…カルメンが来たら邪魔しないでくれればそれでいい」


ディアトルも取り立てて不満があるようではなく、まんざらでもない様子である、


「ディアトル様、カルメンタ様がお越しになりました」


従者のカルは、あの日以来不思議な発言をすることはなくなった。

アストレイの身に起こったことを考えると、不思議な出来事の一つやふたつ、大したことではないように思えてしまう。


「あら…噂で聞いておりましたが、本当にアストレイ様はこちらにいらっしゃるのですね」


いつもより大き目のバスケットを抱えたカルメンタが顔を出す。


「やあ、カルメン。…その籠の中身は?」

「ごきげんよう、ディアトル様」


簡易的な挨拶の後、籠にかぶさってあった布をそっと外すと、香ばしい匂いがふわりと空中を漂い出した。


「いつもは砂糖菓子ですから、たまには…と思いまして。クッキーとダコワースそれにビスキュイも用意いたしました。‥多めに作ってありますので、アストレイ様もいかがですか?」


にっこりと笑うカルメンタに何となく身構えるアストレイとは対照的に、ディアトルはどこか不満そうな…舌打ちが聞こえてきそうな微妙な表情を見せていた。


「…せっかくだから、庭園でお茶でもするとしようか」



ディアトルが言うと、庭園に設置されたテーブルに紅茶をはじめ、カルメンタが持ってきたお菓子が丁寧に並べられていく。

ひと段落したところで、おもむろにカルメンタの口から思いもよらぬ情報が飛び出した。


「どうやら、オフェーリア様とシスリー様の婚約話が浮上しているようですわ」


淹れられた紅茶をアストレイは危うく吹き出しそうになった。


「ま、また…極端な…。それで…?」

「どうやら本当にお話だけのようですが、出所が貴族保守の筆頭達なので‥やり方が見境ないというか、なんというか…。貴族令嬢の間でもシスリー様の人気はとどまることを知りませんが、よろしいのでしょうか?アストレイ様」


カルメンタが心配そうに尋ねるが、アストレイはそれに苦笑するしかなかった。


「…人気取りの為に生きているわけではなし、そういうのは煩わしく感じるだけだ。まあシスにとっては迷惑極まりない話だろうけど」

「‥別にいいんじゃない?あいつだって王族の一員だ。今までは兄上の影に隠れていればよかったかもしれないけれど、いつまでも無関心でいられない。…それだけのことだろう」

「まあ、ディアトルの言うことも一里あるかもしれなけれど、ね。」


ふっとアストレイは息を吐く。そういえば、あの夜以降シスリーには会ってはいない。

今更ながら、感情に先走ったような行動に出てしまい、弟には申し訳ないことをしたと思っていた。しかし、どうにもそれだけでは済まないような複雑な感情が絡み合い、思うように行動できない。

そんなアストレイをじっと見ながら、カルメンタは思い切って口を開いた。


「‥‥あの、差し出がましいようで恐縮でございますが…」

「?何か」

「もしかして、殿下はどなかたに恋をしてらっしゃるのではないでしょうか?」

「?!」


今度こそ、アストレイは飲もうと思っていた紅茶を吹き出し、むせてしまった。


一応大人としてあるまじき行為だったと反省してしまうのだが、やってしまったことはしょうがない。

げほ、げほと咳き込んだ後、肯定もできず、かといって平静を装うにも限りがあり…アストレイは無言で目をそらしてしまう。


「‥やっぱり…!!!」

目をキラキラと輝かせるカルメンタの横で、ディアトルは目を白黒させた。

「嘘だろう。それ、人間?!」

「‥私を何だと思っている」


憮然としてアストレイがそう言うのだが‥二人のさすような視線が痛い。

観念して、逆行のことは伏せつつこれまでのいきさつを話すことにしたのだった。


**


「まあ…!互いに一目惚れなんて素敵ですわ!」


話を一通り聞いたカルメンタはうっとりと頬に手を添えてため息をつく。ディアトルはというと、珍しいものを見るような目つきでこちらを見ていた。


「…うーん。オフェーリア令嬢にも目もくれなかった兄上がねえ」

「互いに‥かどうかはわからないが…、嫌われては…いないと思う」


我ながら情けないとは思いつつも、シャンイが自分をどう思っているのか、なんて確認しているわけでもないのであくまで憶測である。


(‥別に想いを告げたわけでもないし、逢いに行くといっても‥)


彼女が何者で、どういう出自なのかは調べはついているものの、それ以上にこれからどうすればいいのか検討もつかず、正直途方に暮れていた。

追われることはあっても、自分が追うことがなかったのだ。


「アストレイ様…!ここは花束を贈りましょう!!!」

「‥‥は、花束??」

「今巷で貴族平民問わず、男女間で人気のやり取り‥ご存じですか?!」



その頃…アルヴェール家では。




舞踏会から二晩が明けた。

シャンイの足の捻挫は意外にも重傷で、しばらくの外出禁止を言い渡されてしまった。

広げられた新聞の見出しをため息をつきながら眺めていたシャンイは、何をするでもなく、悶々と一昨日起きた出来事を反芻していた。


(逢いに来るって…いったのに、なんて)


思い出すだけでも赤面ものだが、触れらえた額が今でも熱く感じてしまう。


「あぁあぁああ!!!も―――おちつかない!!なんなのよ―――!!!」

「シャンイ様ー!」


もう何度目かの叫び声をあげた瞬間、勢いよく部屋の扉が開かれた。

思わず口を押えたシャンイだったが、突然、真っ白いリナリアの花束が瞳に飛び込んできた。


「?!これどうしたの?」

「シャンイ様宛ですわ。綺麗でしょう!」

「花束??なんで私に」


侍女のサビエナは、朗らかな笑顔を浮かべながら、そっと耳打ちする。


「‥安心なさいませ。旦那様とロレンス様には秘密にしております」

「な?!ど、どういうことよ‥」

「最近巷では恋人同士がお花に思いを込めたメッセージカードを添えて贈り合うのがトレンドなんですよー?おかげでうちはもうかってます☆」


サビエナはシャンイに幼い頃から付き従っている侍女で、庭師の父を持つ。そのせいか、植物の種類や名称のみならず、花言葉にも詳しい。


「…そんなことが流行っているなんて、知らなかったわ…」

「はい。何種類かの花を使って言葉を組み合わせて想い人に贈るんです。これはリナリアの花だから…」


言いながら、サビエナはにやにやした笑いを浮かべながらシャンイを見やる。


「…そ、それで?」

「リナリアの花言葉、やっぱり気になります?」


もう期待しない、と心に留めておいても、万が一、もしかしたらという思いがどうしても付きまとう。そんな自分に半分嫌気がさしながらも、シャンイは聞かずにはいられなかった。


「いいから。…どんな意味があるのか、わかる?」

「ふっふっふ‥『私の恋に気づいて』、『あなたに逢いたい』‥ですよ?ヤダもう!お嬢様ったら、隅に置けませんねえ~」

「か、からかわないでよ!もう!!か、かかカン違いかもしれないじゃない!私宛じゃないかもしれないし…」

「まさかあ、シャンイ様の宛名と一緒に手紙も同封されておりますもの」

「それを早く言ってよ!」


にこにこと差しだされた白い封筒をシャンイはじっと見つめた。


(でも‥本当に勘違いじゃなかったら‥それにしても、か、片想いだなんて)


否応なく頬に熱が集まる。恐る恐る封筒を開けると、中に入っていたのは…何も書かれていていない真っ白いメッセージカードに『アストレイ・ブライト』の名前のサインがあるのみだった。




本編(?)とこっちで、わざと同じセリフや言い回しを別の誰かに言わせてみたり‥しております。が、文章って難しいですね、精進します…読んでくださって本当にありがとうございます。

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