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【完結】翡翠と翆玉~九死の姫は岩乗の王に嫁ぐことになりました~  作者: いづか あい
外伝 捻じれた歴史の裏側で

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想い煩い恋に煩い

シャンイは夢を見ていた。

起きた時にはきっと忘れてしまうような…どこかもどかしい夢。

ここではない場所、どこか遠い遠い場所で起こった数かずのできごと。景色は似ているけれど全く異なるその場所で、自分は精一杯歩き続けた。

未来でもあり、過去でもある…虚ろなる夢。


そして、目が覚めた場所は…シャンイの全く知らない場所だった。


「?!」

(ああいうのは‥明晰夢…というのかしら?ああ、でも全く思い出せない…)


心なしか頭がずきずきする。これは心象的なものなのか、物理的なものなのか判断に迷った。しかし。


首を回すだけでもゴキリ、という間抜けな音が聞こえるあたり、恐らく物理的なモノなんだということは分かった。


「頭を打ったわけね…どうりでおかしな夢を見ると思った」


改めて周りを見渡してみると、そこはどうやら王城の一室のようだった。

豪華な寝台にはフカフカの布団が敷き詰めてあり、起きるのが億劫になりそうなくらい寝心地がよかった。

遠くの方で、ざわめきと共にヴァイオリンの重厚な音楽が流れている。


「ああ、もう間に合わないわね。…やっぱり、縁がなかったってことなのかしら」

どこか残念なような複雑な気持ちを振り払って起き上がり、そっと入り口のドアノブに手をかけた。

ぎぎぃ…と、きしむ音が聞こえると、そっと外を確認してみた。


「うわ…広…これ、玄関にたどり着けるかしら…」


長い廊下は等間隔に部屋の扉が設置されており、右に行くべきか左に行くべきか迷ってしまう。

誰かに道を聞こうにも人の気配は皆無で、一緒に来ている筈であろうハヴェルの姿も見当たらない。ハヴェルを探すべきか一人で玄関を目指すべきか迷ったが‥とりあえず明るいほうへと歩き出してみることにした。


そろりそろりと歩き出してみると、自分の足音だけがやたらと響き、落ち着かない。

月の光のみが照らし出す廊下には、青白い光と黒い影とのコントラストが美しく、まるで違う世界に迷い込んだようだった。


歩みを進めていくのだが、同じ景色ばかりが続いており、嫌でも不安になってしまう。


「こ…これ、明らかにまずいほうに進んでいる気がする…!いいえ、いずれは世界を旅するのが夢だし、こんなことでくじけるようじゃだめよ!!!」


恐らく世の中には、道に迷うことを不安に感じる人間と、全く逆に好奇心のみで突き進んでいく人間と二種類いると思うのだが、残念ながらシャンイは前者だった。

そして、真性の『方向音痴』というのは、なぜか正しい道をぐんぐん外れていく事で成る、習性のようなものだろう。

案の定、シャンイはすっかりと迷子になってしまったのだ。


(ほ…方向音痴‥私って、方向音痴だったのかしら?!)

来た道を戻るべきかと考えたがもしかしたら誰かいるかもしれないという根拠のない願望が頭をよぎり、先へ先へと進んでいく。

すると、曲がり角の向こうに、見たことのある端麗な人物が立っているのを発見してしまう。

(う‥嘘?!何でここに‥‥っていうか…舞踏会は??)


遠く流れている音楽を聴く限り、 舞踏会自体は滞りなく進捗しているようだ。

こっそりと様子をうかがってみるのだが、彼はどこか憂いを含んだ表情で空を見上げていた。その横がおは、月光に照らし出されどこか消えてしまいそうに儚げだった。

(気になる…けど)


今更ながらどういう顔をしたらいいのかわからない。


(笑顔でこんばんは!も変だし…暗い顔で迷子になりました…も、説得力はあるけど間抜けだし、いっそ見なかったことにして回れ右をする?!…とか)

この短時間でシャンイは色々と考えた。しかし…次の瞬間、つかつかとこちらに向かってくる足音と共に、黒い影がぬっと目の前に現れた。


「?!」

「きゃぁあああああっっ!!!」


絹を裂く…という表現にぴったりと合うような叫び声が耳を貫く。

シャンイは驚きのあまり腰を抜かしてその場に座り込んでしまった。


「きみは、なぜここに」


アストレイが問うと、シャンイは気まずそうに眼をそらしてしまった。


(あっさりとバレてしまった…)


シャンイとアストレイ、二人は誰もいない廊下にうっすらと差し込まれた月光に照らされ、くっきりとした二つの影を作る。しかし、丸い形を描く空の月はやがて、いつの間にか流れてきた雲の陰に隠れてしまった。


「…ええと、迷ってしまって、気が付いたらここに」

「迷子?」


結局、シャンイはうまくごまかすこともできず、ただ淡々と真実のみを告げた。

頭上からアストレイが笑った気配を感じ、恥ずかしさのあまり顔を伏せてしまう。すると、目の前にすっと手が差し出された。

恐る恐る顔をあげると、アストレイは穏やかな表情でこちらを見つめていた。


「‥よく、似合う」

「これはその、姉に選んでもらっただけです。…貴方は、ここで何を‥?」

「なんというか、本当は広間へ行かなければならないのだけど、どうもそういう気分になれなくて」


先ほどまで穏やかだった彼の表情は曇りだしてしまい、なぜだかその表情は悲しげに見えた。


「…君こそどうしてこんな場所に?私もできるだけ人目を避けて来たつもりだったのだけど、先日の海辺といい、考えることは似ているようだ」

「私は…その」

(迷子と言えば迷子だし、‥帰ろうと思えば、来た道を戻れば還ることはできたはずなのに)

どう応えたらいいのか分からず、目を伏せてしまった。

「…?もしよければ、少し話をしないか?…ああ、先日みたいに無理強いするつもりはないよ。少し、誰かと話したい気分なんだ」

「‥私でよければ」


***


真っすぐな廊下をぬけ、アストレイに案内されたのはどうやら今は使われていない書斎のようだった。全ての壁面を書架で埋め尽くされており、ところどころほこりがかぶっているようだが、並ぶ調度品や大きな机は綺麗に整理されているようだった。

あまり広くはない空間には大きな出窓が複数設置されており、窓の向こうには星が瞬いているのが見えた。


「ここは、普段はあまり使われていない場所なんだ。…昔はよく弟たちと共にかくれんぼなどして遊んでいたものだ、‥もともとは母上の書斎だったし」

「お母様…、先代の王妃様ですか?」


シャンイの言葉に、アストレイは少し驚いた。


「…知っていたのか?」

「貴方がこの国の王子殿下であられると、ハヴェルが教えてくれました。」

「そうか、…もしかして、驚かせてしまったかな」


シャンイは少しだけ考え込んだが、やがて静かに首を左右に振った。


「…あなたほどのオーラを持つ方は常人じゃないのは明白です。‥‥だからこそ、私など…一度会っただけにも関わらず、興味を持つ理由が不思議でならなくて」

「‥‥‥」


静かに流れる沈黙の時間が少し怖く感じ、シャンイは落ち着かずに自分の手を握りしめていた。


「君は、ある人に似ているんだ。…その人がどんな顔の人で、どんな人だったのかまるで思い出せないんだけれど。…なんて言ったらおかしいかな」


少しだけ胸の奥がずきりと傷んだ。


(やっぱり、思った通り…この人が探しているのはきっと私なんかじゃないわ…)


何を期待していたのか、とシャンイは自分がとても情けなく思えたのだが、ふと我に返った。


「…どんな人だったか思い出せないって…どういうことですか?矛盾‥しています」

「はは、全く‥その通りなんです。大切な人だったのに。忘れてしまうなんて薄情だと思われるでしょう。でも、本当に思い出せなくて…時々無性に自分が腹ただしく感じることも少なくありません」

「殿下にとって本当に大切な方だったのですね」


あちらの世界は、アストレイにとっては二度と戻れない場所であると同時に、全てを残りに託した場所でもある。


「大切‥はそうです。思い出というのはかくも美しくあり続け、時間がたつと更に輝きを増していくものですから。それが、本当の現実とはかけ離れてしまったとしても、どうしても懐かしく見えてしまうと思いませんか?」


静かにほほ笑むアストレイの姿を見ているだけで、シャンイの心はざわついた。

これがどういう感情なのかわからなくて、ただただ苦しく感じてしまう。


「ならば、きっと殿下が思い描く方は相当美しい方、何でしょう。‥やはり私など人違いです」


くるりと踵を返し、その場を去ろうとするが、なれない靴にくわえて勢い余ってバランスを崩してしまった。


「?!」

「あ…」


ふらり、とぐらついた身体は力強いものに引っ張られたようで、転倒は避けられたようだった。しかし前のめりになったシャンイの身体は背後から伸びたアストレイの右腕にすっぽりと収まり、身動きが取れない。


「…っあの」


振返った瞬間、至近距離で二人の視線がぶつかってしまう。

いつの間にか向かい合わせになっている状態がいたたまれなくて、シャンイはその腕から逃れようと試みたが、びくともしなかった。

何かを言いたげな紫色の瞳に囚われ、ぎゅっと目を瞑った。


ふっ、とわずかなぬくもりが顔に触れる。が、やがてその気配は消えてしまった。

そっと触れあった身体が引き離されると、アストレイは軽く微笑んだ。


「…そろそろ戻るといい。途中まで送るよ」

「‥っ どうして ?」

「え…」

「私が近づこうとしたら、離れてしまうし…殿下は私にどうしろというのですか?!それともやはり、完全無欠の王子殿下は、人の心を乱して楽しんでいらっしゃるのですか…っ?!」


言い終えないうちにシャンイは自らの発言に赤面してしまった。


(何を言っているの私…それに、何を期待して…!)


恥かしいやら何やらで泣きそうになってしまったのをぐっとこらえて、そのまま走り出した。



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