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【完結】翡翠と翆玉~九死の姫は岩乗の王に嫁ぐことになりました~  作者: いづか あい
外伝 捻じれた歴史の裏側で

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一目惚れの定義とは

そして…時を少し遡り―――時刻は夕刻、アルヴェールの邸にて


「だーかーらー絶っっっ対!!いーかーなーいーってばーーー!!!」

「ええい!!大人しくなさい!!シャンイ!!今日の為に新作のドレスも用意しているんだし、化粧だってなんだってもうすましているんだから、観念なさい!!!ほら、ハヴェルもまってい・る・ん・だ・から!!」


この時、玄関先、エントランスホールにてシャンイは姉のレシアと戦っていた。

入り口のドアに立ちふさがる兄と父の背後に護られながらシャンイはドアにへばりついており、その横を右往左往しながらハヴェルが見守る形である。


「レ、レシアさん…もう無理強いはよくないですって。こんなに嫌がっているんだからやめましょうよ!ね?!!」


ハヴェルがどこか食い気味に聞いてくるのに対し、レシアは氷点下のまなざしでハヴェルをにらみつけた。


「あなたは黙ってさい!」


縮こまるハヴェルには、兄ロレンスと父エリッドが暖かい援護射撃とエールが送られた。


「そうそうそう!!嫌がっている娘を無理強いするのはよくない!!ここはだな、今回の舞踏会は見合わせるのがいいと思うがな!!」

「おお、父上!今回は珍しく意見が合いましたなあ!!そうだぞ、レシア、お前の広告のためにシャンイが犠牲になる必要性は全くないと思わないか?!ほら、ハヴェル君も今日は体調不良みたいだし!」

「い、いや。僕はその、体調が悪いわけでは‥」

「「君は黙っていなさい!!」」


この場において、ハヴェルに発言権はない。観念して事の成り行きを静かに見守ることにした。


「はあ!!全く!!一応理由を述べなさい、シャンイ!」

「…い、行かなくてもいいのなら、行きたくないだけです」

「だからその理由を聞いているのよ。」


シャンイは返答に困った。

(べ、別に。一度会ったきりだし、そこまで気にすることもないのに)


どうしてもつい先日海辺で出会った青年のことが頭をよぎってしまうのだ。それをどう説明すればいいのかわからない。


あの場の流れとは言え、もし万が一再会したら、どんな顔をすればいいのだろうか?そんなことを考えると、とてもじゃないが落ち着かないような、心細いような妙な気分になってしまう。


(逢うのが怖い‥?ううん、違う。もし逢えたとして‥自分がどうなるのかが怖い…)

しばらく赤くなったり青くなったりするシャンイをいぶかしげに見ながら、レシアはにやりと笑った。


「‥もしかして、好きな人でもできたのかしら」

「「「?!!!!」」」

「…えっ…」


男性三人がそれぞれの感情をそれぞれの表情で表現している。


「‥シャンイ?…どういう‥」

思わず前のめりになる父を押しのけながら、レシアは微笑んだ。

「ちょっと、いらっしゃい」

レシアに連れられて歩きだすシャンイの後姿を、ハヴェルは複雑な想いで見送った。


「ハヴェルではないのね?」


唐突な質問にシャンイは答えられず戸惑ってしまう。


「‥ええと、そ、そういうんじゃなくて」

「そういう、というのはどういうことを指しているのかしら?…どんな人?」

「べ、べつに!一回会っただけだし…」


口に出してからシャンイ顔を手で覆った。

(しまった…)


「まあ!一目ぼれなんて素敵じゃない。」

「ち、違うわ!!あまりにもキラキラしていて、存在感が強すぎて‥い印象に残っているだけよ!!」

「でももう一度逢いたいんでしょう?」

「逢いたい…わけじゃなくて!!‥ただ目に焼き付いて離れないだけ!」

「それを世間では一目惚れっていうのではないかしら」

「…そうなの?」

「そうよ」

「……」


それきり黙り込んでしまったシャンイの顔は見る見るうちに赤くなっていき、耳まで真っ赤になってしまう。その様子があまりにも初々してくてレシアは笑ってしまった。


「ふふ、貴方も17歳だものね。…どうして逢いたくないの?」

「…わからない。でも、少し怖い」

「怖い?」

「だって、あの人はきっとどこかの貴族の人よ。‥私には縁のない世界の人だわ」


アルヴェール家は名のある商家とはいえ、貴族にはならない。

貴族と呼ぶのは王家から家紋を授かった者たちの総称である。しかし、権力や影響力で言うならおそらくどの貴族よりも大きいのかもしれないが、決して「貴族」というひとくくりに入ることはない。


「本当に縁がないのなら、そもそも出会うことなんてなかった筈でしょう?でも、あなたたちは出会ってしまった。‥私の持論だけど、縁なんてものは元来身分も性別も関係のない場所からもたらせるものよ。あなたとその彼のように、ね」


「…そういうものかしら」


姉の言葉は、まるで魔法のようにシャンイの心の奥に染みわたる。凪いでいた心が落ち着きを取り戻し、自分の心に素直になれる気がしてくる。


「さ、ほら。いつもの…瞳を閉じて」

「…うん‥」


子供の頃、母を亡くした後‥シャンイはよく泣いていた。

悪い夢を見たり、例えば夜中目が覚めてしまった時、窓に映る葉が何か恐ろしいものに見えたりするような無性に不安を感じたとき。


姉は決まって両手で顔を包みこんでくれた。

手から伝わるぬくもりが暖かくて、安心して落ち着くことができた。


「‥本当は逢いたいんでしょう?」

「‥‥うん。もう一度逢えたら、何か‥気が付けるかもしれないから」


本当は心の奥底でどこか懐かしいような、言葉では言い表せない不可思議な感情がくすぶっている。

不快なものではないし、むしろ無性に涙が零れてしまいそうな‥けれども正体がわからなくて、それが恐ろしく感じてしまうのだった。


「あの‥シャンイ?」


ドアの向こうからハヴェルの遠慮がちな声が聞こえてきた。


「入りなさいな、ハヴェル」すっと離れたレシアが声をかけると、ハヴェルは恐る恐る顔を出した。

「‥大丈夫?」

「う、うん」


ぺちん、と頬を叩いてシャンイは気を取り直した。


「ごめん、ハヴェル。…やっぱり、その‥」

「うん、わかっているさ。…でもシャンイ、基本的に王城主催のパーティーは同伴者が必要なんだ。だから、僕も付き合うよ」

「…うん、ありがとう」

「それに…あの方に逢いたいのなら、どちらにせよ王城に行かないとならないよ」

「…?」


妙に確信を持った様子のハヴェルを不思議に思ったが、それ以上ハヴェルは何も語ってはくれなかった。

そして、抵抗する兄と父をかわしつつ馬車へと乗り込んだのだった。


がたん、ごとんと、独特のリズムを刻みながら馬車が進んでいく。街の合間を抜け、煉瓦の道を超えた先に、エサルエスの城が見えてきた。


「…ねえ、ハヴェル?」

「…えッごめん。何?」


アルヴェール家の館を出てからというもの、ハヴェルはじーっと眉間に深い皺を刻みながら終始難しい顔をしていた。


「あの、ごめんなさい。本当は無理を言ってしまったんじゃ…」

「あ。いやそうじゃないんだ…あの、さ。本当は言おうか言わないか迷っていたんだけど」

「…?」


気まずそうなにうつむくハヴェルだったが、何か意を決したように顔をあげた。


「あの!‥君が出会ったあの金髪の人…僕は一度、ある場所で見かけたことがあるんだ」

「‥知り合いなの?」


シャンイが問うと、ハヴェルはぶんぶんと勢いよく首を左右に振った。


「まさか!でも、確か名前はアストレイ、さん‥だったよね」

「下の名前はわからないけれど、確かにそう言っていたわ」


ハヴェルは更に難しい顔をしていたが、やがてシャンイの顔を見返した。


「‥多分、アストレイという名前はこのエサルエスにおいて一人しかいないと思う」

「一人しかいない?…珍しい名前なのね」

「‥シャンイ、僕が彼の姿を見たのは王城の中だよ」

「王城…エサルエスの?」


貴族ならば当然なのでは、とシャンイは考えたものの、ハヴェルの様子はただ事のようには見えなかったので、それ以上は何も言えなかった。


「…このエサルエスには三人の王子がいて…アストレイ様は嫡子でいらっしゃる。確か、金色の髪で紫水晶の瞳の色の王子殿下」


その、第一王子とやらの特徴は、先日見た青年と外見と一致するように思える。


「ええと…、それはつまり‥?」

「わからない?君が出会ったのは、きっとこの国第一王子…次期王位を継ぐとされている、アストレイ殿下だったんじゃないかな?」

「‥‥え?」


シャンイはふと、彼の姿を思い出してみる。

常人では考えられない程の眩しい光のオーラをまとう、金髪で紫色の瞳の青年。日頃から鍛えているようで、砂浜を全力疾走しても息ひとつ乱さず貴族と思しき上等な服をまとったすらりと背の高い、まるで本の中から出てきたような整った容姿。


(いや、まさか。でも‥)


普通にどこかの上等な貴族という確信はあったものの、それ以上は深く考えていなかった。確かに絵にかいたような王子様とは思いもしたのだが。


「え?!え??ええええ?!!まっまさか…っ」

シャンイは驚きのあまりハヴェルが止める間もなく勢いよく立ち上がってしまった。

「あ!!待って、こんなところで立ち上がったら…!!」


ガコン!!

案の定…狭い馬車の中で動くということは、そういうことである。シャンイは派手な音を立てて頭を強打してしまうのだった。


「シャンイ―――?!」


ハヴェルの叫び声を遠くに聞きながら、シャンイの意識は遠くなっていった。


(嘘‥本当に?いや、でもまさか)


ぐるぐると思考が渦のように回りだす。が、やがて完全に気を失ってしまったのだった。


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