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【完結】翡翠と翆玉~九死の姫は岩乗の王に嫁ぐことになりました~  作者: いづか あい
外伝 捻じれた歴史の裏側で

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あちらがそうで、こちらがこうなる

「なんだよ、兄上。騒々しい」


きっちりとした丸眼鏡によれよれのブラウス。無造作に束ねた白金の髪はぼさぼさだった。

ふう、とため息をつきながら眼鏡を取ると、その端整な顔が不機嫌そうに歪んだ。サファイアの瞳がきらりと光ると、アストレイの呆然とした表情を捉えた。


「‥‥な、なるほど、ディアトルか」

落胆したような、安堵したような複雑極まりない表情の兄を物珍しそうに見ながら、ディアトルは頬杖を突いた。


「…要件は」

「いや、かくに‥‥ええとあいさつに来てみた」


われながら苦しい言い訳だ。他に言いようがなかったものかと思う。

突拍子もない兄の言葉に、ディアトルは首を傾げた。


「‥新手の嫌がらせか?」

「‥‥ま、魔術の研究をしているそうだな」

「ああ、…兄上は前からこういうのは興味さそうだけど、どういう風の吹き回し?」

訝し気にこちらの表情をうかがうディアトルを、アストレイはついじっと凝視してしまった。


(これがディアトル…まるで別人のようだ。‥というか、元来この方がらしいと言えばそうかもしれない)

幼少のころ、いつからか突然距離ができてしまった。

アストレイの記憶の中の彼は、動物や植物がすきで図鑑を片手に庭園に日が暮れるまでいたのを思い出す。とはいえ、これが一体いつでどこの記憶なのかは曖昧なものだが。


「…本当に何です、兄上」

「ああ、なんとなく…今のお前の姿を見れて本当に良かった」


ふと、生々しい感触が突然思い出された。

まるで本のページを一枚一枚めくるように、砂嵐のような光景に崩れ行くディアトルの姿が浮かんでくる。自分の手で貫かれるあの感触は二度と味わいたくない。

無意識のうちに手に力が入る。気が付いた時には心配そうな表情のディアトルの顔がすぐ近くにあった。


「兄上、どこかで頭でも打ったのですか?顔色があまりよくな」

「…例えば。夢でもなんでも、未来についてわかって…その未来から時間を逆行する、なんてことはありえるのだろうか?」


突然突拍子のないことを聞いてしまっただろうか、と一瞬思いもしたが、予想に反してディアトルの眼がきらりと光った。


「それ、面白いね。時間逆行という奴だろうか?!預言者とかもそうかもしれないが、世界には数多くの選択の先の未来があって、それを予言したり予知夢などというもので見たりしたという報告が数多く存在するんだ!それが可能かどうか研究するのもいいねえ!!よし、これは次の論文のテーマに‥うーん魔術とみるべきか呪術とみるべきか…」


「‥‥」


ディアトルはそう言うと、書斎から本を持ち出し、いそいそとページをめくっている。

時間逆行に近い状況が今自分に起こっているということを告げてみようかとも考えたが、その結論は保留にすることにした。

さてどうするか、と考えていると、目の前にお茶と少しの砂糖菓子が差し出された。


「どうぞ、お茶です」


そう言って齢10歳くらいの少年がお茶を持ってやってきた。

ぺこり、と頭を下げるその少年は珍しい白髪に褐色の肌、赤い瞳といった珍しい容貌の少年だった。どこか妙に大人びていて、独特の雰囲気に見える。


「‥君は?」

「はじめましてアストレイ様、僕の名前はカルと申します。ディアトル様の助手を務めております」

「カル?…お茶をありがとう。いただくよ」


ふと、花の形をした砂糖菓子が目に入る。ディアトルの趣味ではないように見えるが。


「それ、婚約者のカルメンタ様から差し入れなんですよ。…研究には頭を使う、と言ってよく砂糖菓子をお求めになるのですが、特にそれがお好みのようで」

「‥なるほど」

なんだかんだで二人はうまくいっているようだった。

「それを私が貰ってもいいのかい?」

「いいんです、なくなったらそれを口実にディアトル様は堂々と逢いに行けますから。」

「それはそれは。ぜひ、協力させていただかなくてはね」

「あ、ぜひお茶と一緒に召しあがってください。お茶はディアトル様が自ら選んだものですから」


少し悪戯っぽい笑顔は年相応のものに見えた。

一粒手に取り口の中に放り込んでみるが、想像以上に甘かった。だが、お茶と共にいただくとそれが緩和され、この甘さがちょうどよい。

それにしても、どうやらこちらのディアトルは恥ずかしがり屋というか、不器用なようでなんとなく微笑ましく思う。


「…捻じられた時間ではない、正しい時間の世界はどうですか?」

「‥‥え?」


『捻じられた時間』―――

そのフレーズはどこか聞き覚えのある言葉だった。


「‥‥君は」

「これは貴方が命を賭して導き出した正常なる時間。彼女が歪められた円環の中から抜け出すことができたのは、あなた自身が翡翠の剣で彼を貫いたから…それが致命傷になりました」


カルの言葉がどういうことなのかはわからない。わからないが、あの時ディアトルを支配していたモノは無事にあちらのシスリー(おとうと)が退治したということは分かった。


「…この世界は、()()からあなたへの贈り物なんです」


アストレイの中には、全てではないものの、ある程度の記憶のようなものがよみがえっているのだが、どうしてもある一人の存在を思い出すことができなかった。

それがきっと。


「…彼女は、幸せになれただろうか」

「ええもちろん。…だから、あなたも幸せになれる方法を探してください。この世界で」


(幸せになったのなら、それでいい)

割れた翡翠の石は、懐に大事にしまってある。それがかつての想いの証であるように。

ふと、カル少年は突然きょろきょろとあたりを見回し、首を傾げた。


「あ!!すみません、ぼーっとしてしまいました!!あ、砂糖菓子のおかわりはいかがですか?」

「…いいや。十分頂いた。…ありがとう」


ディアトルは既にアストレイの存在よりも書物に夢中になっているらしく、こちらを見向きしなかった。

(…あいつはあいつなりに、幸せそうでよかった)

こうなると、もう一人の弟や妹がどうなっているんだろう。むくむくと沸き上がる好奇心を胸に、ディアトルの邸を後にした。


「あ。アストレイ様…珍しいですね、ディアトル様に御用がございましたの?」

そう言って挨拶をしてきたのは、ディアトルの婚約者カルメンタ・エステリオンだった。

「‥エステリオン公女。お久しぶりです」

言いながら、目を疑った。


赤を好み、派手な印象が強かった彼女は、相変わらずの華やかな雰囲気はそのままだが、どこかしら落ち着いているように見える。


(彼女も、あちらではディアトルに運命を狂わされた一人…か)


「砂糖菓子、カル少年から少し分けていただきました。ごちそうさまでした」

「あ‥。お恥ずかしい、本当にちょっとしたもので‥殿下のお口にあいましたでしょうか?」

「ええ、ディアトルが用意してくれたお茶とよく合いました。…まるでおふたりのようだ」


少し言いすぎかとも思ったのだが、どうやら彼女にとっては効果は覿面のようだ。顔を真っ赤にして恥ずかしそうにうつむいてしまった。


「そ、そそんな!まっまだ、わたくしよりも研究にばかり熱中されてて…」

「カルメン!」


すると、どこからかディアトルがカルメンタの前に慌てて飛び出してきた。もしかしたら窓から様子をうかがっていたのかもしれない。


「…兄上、何をお話ししていたので?!」

「…お話も何も、挨拶をしていたくらいだ。ディアトル、お前こそどうしたんだ?」


(これは珍しい)何を誤解したのか、相当慌てている様子の弟は恐らく初めて見た気がする。


「あ、あいさつ。…カルメン、まだ菓子のストックはあるから…必要であれば僕が取りに行く」

「…ディアトル様を待っていたら、あ、逢いたいときに逢えないではありませんか!」


気恥ずかしいようなむず痒いやり取りの二人の様子を見ながら、アストレイは必死に笑いをこらえていた。

どうにもあちらの記憶と比較してしまう為、そのギャップが大きすぎる。


(ディアトルが僕‥それにこの二人‥!)


たとえ政治的な理由がからんでいようと‥親が決めた結婚であろうとも、二人が納得して幸せになるのだとしたら、それは素晴らしいことだと思う。


「エステリオン令嬢、彼は見ての通り不器用だから、あなたに逢いたくても口実がなければいけないそうですよ」

「?!な、何をっ!!いいから兄上はとっとといなくなってくれ!」

「ああ。せっかく綺麗な庭園があるんだ。たまには二人でゆっくり話をするのもいいじゃないか?」

「余計なお世話だ!」


背中に聞こえる弟の声を無視してアストレイは歩き出した。

王城内は広い。基本的にある場所を動くときには馬車を使うほうがよほど効率も上がるのだが、こうして歩くのもたまには悪くないと思う。

爽やかな風が吹き、風に乗って芳醇な薔薇の香りが頬を掠める。

すると、グラスハウス(温室)の薔薇園に一人佇む鎌を持った長身の男性の姿が見えた。


「‥シスリーか」


青年はこちらに気が付くと、爽やかな笑顔こちらに向かって手を振っていた。




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