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【完結】翡翠と翆玉~九死の姫は岩乗の王に嫁ぐことになりました~  作者: いづか あい
終章・「結」 翡翠の姫と岩乗王

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翡翠の姫と岩乗王

柔らかく、暖かい風が吹いた。

ゆらゆらと揺れるレースのカーテンを物珍しそうに男の子が眺めている。キラキラと輝くエメラルドの瞳は時おり光の加減で赤く見え、まるで宝石のようだ。


「こら、アレク」

「あっ、だっ!ぱーぱ」

「あまりに見つめすぎると落っこちてしまう」


大きな手でひょい、と持ち上げられるとアレクの視界は広がり、遠く海の方まで見えた。目をキラキラしながら外を見ていると、柔らかな笑みが浮かぶ。

すると、遠くから大きくて元気な産声が上がる。


「生まれたか。迎えに行こう」

「わあぃ!」


**


「‥‥本気で言っているのですか」

「もちろん、もう決めた」


火が完全に鎮火した頃には、既に夜が明けていた。ソウマとライの二人が駆けまわって、菱宮に残されていた人たちは全員外に逃げ出すことができ、被害としては建物くらいで、あの大きな火事の割に人員の犠牲はゼロに等しかった。


「ほら、形あるものは全て無くなったし、残ったのは俺とソウマ二人だけだし」

「そんな簡単におっしゃいますな!!さ、三百年も続いた菱という名を、なくすなど…」


フロウの関所にて、怪我しているものは手当てを、風病のものは別棟の施設へと別れており多くの人間が対応で追われている頃、ある部屋の一室で一つの国の黄昏と暁が決められてようとしていた。

 大きな円卓のテーブルに並ぶのは、ライをはじめとして、ソウマ、ラジエル、ジュン。そしてヴァルカンクの双子に、エサルエスの新国王陛下とその王妃が同席していた。


「なら、菱の皇帝陛下にはあなたがなればいい、ジュン将軍。俺は一商人にもど」

「‥ることはさすがに儂が赦さんぞ、ライ」

「…わかってるよ」


まるで怒れる獅子のようにギラリとラジエルの眼が光る。ライはそろりと目線を外した。

その様子に苦笑しながら、ソウマは口を開いた。


「唯一、生き残った皇統の一族として俺もライの意見に賛成です。…リオウを弑し、宮に火をかけた私が言えることはありませんが、玉座を巡って起きた一連の出来事全て…道を外れた行いであることは明白です。もう二度と、このような継承争いは起こしてはいけない。もしこのまま新たな皇帝を立ててしまえば、全ての出来事を正当化してしまいます。‥俺は俺が自身で行ったことが正しいとはとても思えない」

「ソウマ…」

「‥儂は正直、それでもいいと思っている」

「!ラジエル総督…」

「信念を信条に掲げるジュン将軍には信じがたい話だろうが、時代の転換とは総じてそう言うものだと、儂は思う。‥聞けば、エサルエスの新しい王妃殿は市民の出だという。…ああ誤解しないで聞いてほしいが、それを推し進める覚悟の元で、シスリー陛下はお選びになったのだろう?」


突然話題に振られ、シャンイは返答に困った。しかし、シスリーはものともせず答えた。


「当たり前です。覚悟さえ決めれば、状況はそれについてくる…俺はそんな風に動くつもりだし、もしそれを非難するものがいたら、真正面から受け止めたうえで覆す。そう思っています」

「シス…」

シスリーの返答に満足そうに頷くと、ラジエルは改めてジュン将軍を見た。

「こんな風に、我々老骨が考えることなんて、若い者はいくらでも覆せると大口をたたきます。だがそれを認める勇気を‥我々は持つべきなのでしょうな」

「…ラジエル総督、あなたがそうおっしゃるのなら、私一人がどう足掻こうが無駄なことですな。‥だが、私のような小うるさいことを言う人間もいるということ‥忘れてはなりませんぞ、ライ様、ソウマ様」

二人の言葉に、ライはソウマと顔を見合わせ頷き合った。


「もちろん、全員が納得できるようになるまで、相当時間がかかるだろうけど、これが正しかったと…認めさせてやる」

「‥それが俺の贖罪だと、考えています」


ライもソウマも、二人に迷いはなかった。ジュン将軍は諦めたように短く息を吐き、ラジエルと微笑みあった。


「はーい!ここで、我々ヴァルカンクからも提案よろしいでしょうかー!!」

「‥ゲ、ゲイヴ‥」


空気をあえて読まないような元気な声が部屋に響く。


「私達ヴァルカンクは山岳部の国です。…平野部とは異なり、独自の生活様式やノウハウがあります。なので、もしよければこちらの山岳地帯の技術開発を我々と共同で行いませんか?」


菱の国は面積が広いが、いまだ未開の地は少なくなかった。もちろんどの場所でも独自の文化は存在するものの平野部との交流はどうしても希薄となってしまうのが、長年の課題でもあった。


「…ヴァルカンクもやっと落ち着いてきています。…やっと、他国との交流が民衆にも認められるようになったばかりですが、三つの国が手を取り合えば、もっと素晴らしい世界になれると私は信じています」


時期が来たら国を統べるのはミカエラだが、ミカエラもまたより良き方向へ導く方法を模索している最中だった。

(きっと、彼らとならできるはず‥足りない部分を補い合える、そんな関係に)


こうして、一つの大国はその血塗られた歴史に幕を下ろしたのだった。




シャンイは城壁のへりに腰かけ、抜けるような青い空を、ぼうっと見つめていた。ここはフロウの街と、菱の都の全貌と、遠くの方までよく見えた。天山の足元には、焼け焦げて朽ちた菱宮の異様な姿が目に留まる。…火事から約三日、ようやく都も人も落ち着きを取り戻し始めていた。


(ずっとあそこにいたんだ、私‥)


あの後、地下公道から脱出した時には、翡翠の剣は元の二振りの剣に戻り、宝鏡はその輝きを失った。ひび割れなど傷がついたわけではないが、ソウマから預かった時の精彩は失っていた。

礼もかねて宝鏡を返した時、ソウマはとても複雑な表情をしていた。


『これも失ってしまってよかったのに…』


そう一言だけ呟き、微かにほほ笑んでいた。彼と宝鏡が何か特別な理由でつながっていたのかはわからないが、彼なりに何かしらのけじめがついたのだろうか?


「シャンイ、怪我の具合はどうだ?」

「シス、大丈夫。歩けないわけでもないし。‥安静にしていろと言われたけれど」


右足は軽いねん挫で済んでいたが、しばらくの間手足が動けない日々が続いていたため、足の筋力はだいぶ落ちてしまっていた。その為完治するにはそれなりの日にちがかかるらしい。

そうか、とだけ短く呟くと、シスリーもシャンイの隣に腰かけた。


「大丈夫なの?こんなところで休憩しているなんて」

「誰にだって休憩は必要だし、午後からまた頑張るために貴方に会いに来た。…何を考えていた?」

そう言って抱き寄せると、シャンイも寄り添った。

「うーん‥色々。たくさんのことがあったから」

「…俺はシャンイが戻ってくれたことが何よりも嬉しい。それにしても、髪‥勿体ないな」

心底残念そうに言うシスリーがなんだかおかしくて笑ってしまった。

「長い方が好きだった?‥どうかな、ばらばらだったのをミカエラに直してもらったの」

「ミカエラ…」

「だって恐らく女性の服装とか髪型とか‥一番詳しいのは彼でしょう?」

すると、シスリーの表情はどんどん曇っていき、複雑なものに変わっていった。

「まあ、確かに。ミリーよりもゲイヴよりも適任ではあるが。…それより、帰りの日程が決まったよ」

「‥ディアトル様は?」

シスリーは少しだけ目を伏せると、長い睫毛の影が落ちる。

「冬とはいえ、さすがに連れていけない。…こちらで火葬して…骨を持って帰ることになると思う。どんな形でも連れて帰ってこいと父上の仰せだから」

「そう…」

「…シャンイは」

「ん?」

どこか気まずそうにシスリーは言い淀んでしまう。

「何でもない」

「??そう。」

「……」

「‥‥あのー…?」

「‥いや、やっぱり言う」

意を決したようにシスリーはシャンイの肩をつかみ、正面から真っすぐ見つめた。


「無事国に帰って、そしたら俺と結婚して欲しい」


ひゅう、と風が下から舞い上がり、二人の髪を揺らす。しばしの沈黙が流れるが、シャンイはというと、きょとんとした表情のまま固まっていた。

その沈黙に耐えかねてシスリーはつい食い気味に聞いてしまった。


「……あの、何か言ってくれないか?!」

「え?!あ、ごめんなさい‥あ、そういう意味じゃなくて!その」


見れば、シスリーの整った顔は耳まで真っ赤になり、その表情は焦りと狼狽とが混じった‥普段からは想像できないようなものだった。


「ええっと、い、今更…?だなあ、って」

「‥‥いや、わかってはいるけど!…ちゃんとした結婚宣言(プロポーズ)はしていないと思って」


ああ、そういえば。と、過去のシスリーとのやり取りの数々を思い出してみる。

(確かに、初見で妻になってくれといわれて…その後、確認されたり、守るとか言われたりはしたけど‥ちゃんとは言っていない、かも??)

妙なことにこだわるのだなあという思いと共に、それがシスリーなりの誠実さなんだろう。彼なりの覚悟のつもりなのかもしれない。


「…それだけ?」

「えっ」

「大切な言葉、私はまだ聞いてません」


思わぬ返答に、シスリーは青くなったり赤くなったり色々逡巡しているようだ。やがてそっと顔が近づくと、待ちかねていたその言葉を告げてくれた。


「愛してる…俺の大切な人」

「私も‥愛してる」



一晩で降り続いた雪がかなり積もり、次の日には昨日は見れなかった樹氷が朝日に輝いていた。今日はエサルエス、ヴァルカンクの両国へ向けて船が出航するとなり、ロウアンの港はあわただしかった。


「雪がだいぶ積もったから心配していたけど、この分なら問題なく船は出航できそうだ」

「‥シス、いい加減、大丈夫だから降ろして‥一人で歩けるわ」

「何故?」


まるで鞄を持つようにシャンイを横抱きにしながら、シスリーは心底不思議そうに尋ねた。


「は、恥ずかしいからです!」

「まだ怪我が治り切っていないんだ、仕方がないだろう」


実は、フロウから発ってからというもの、シスリーは一向にシャンイを離そうとはしなかった。悪い気はしないが、かといって羞恥心の方がはるかに勝る。とは言っても、周囲の人間はもうそんな二人にすっかり慣れてしまい、呆れる者はあっても咎める者はいなかった。


「は~朝からお熱いことで。全く…ん?」

見送りに来ていたライもまた、そんな二人に呆れてしまっている一人だった。その中に一人だけあらぬ方向を向いている人物がいた。


「ゲイヴリル王女?」

「何か用?ライ国王陛下様」


くるりと振り返ると、ゲイヴリルは心底面倒くさそうな表情をした。ライはゲイブリルに突きっきりでグライダーの操作をたたき込まれてからというもの、互いに軽口を言えるまで仲が良くなっていた。


「見送り、行かないのか?エサルエスの方が先に出るんだろう?ほら、ミカエラなんて」


見ると、ミカエラはどこから探してきたのかこの季節に大量の花を仕入れて花束を作り、ミュリエルに贈呈していた。


「わあ…!すごいミカエラ殿下、ありがとうございます。すごい‥こんなにたくさんの花!」

「色々な方の力を借りてしまいました。…貴女に似合いそうだと思って」


にっこりと笑うミュリエルを満足そうに見やると、ミカエラは突然彼女の前に膝づいた。


「もしよければ、私にこれからも貴方の傍にいられるチャンスをくださいませんか?」

「…えっ?」

「まだ、あなたとは出会って間もないけれど…その、逢いに行っても、よろしいでしょうか」

「び、びっくりした‥。そ、そう言うことなら、お待ち‥してますので、て、て手がみのやり取りから、始めませんかっ?!」


お互い真っ赤になりながらのやり取りを周りは気遣うべきか迷いながら、生暖かい目で見ていた。面白くなさそうな表情のシスリーを除いて、ではあるが。

勿論、双子の妹であるゲイヴリルにとっては気恥ずかしいことこの上ない。


「聞いてるこっちが恥かしい…っ」

「やるなあ、ミカエラ王子」


言いながら、感慨深い思いでミカエラを見た。


「成長したなあ、ミカってば」

「それはゲイヴリル王女、君もだろ?…みんな、これからどんどん変わっていくんだ、きっと」

「‥そうだね」


こうして、エサルエスは帰路に就き…アウロスの港に到着した頃には、雪はだいぶ融け、春の日差しが差し込む季節に移り変わっていた。

ディアトルの遺骨は、王家の墓に納められ、アストレイと共に弔いの為の聖堂が建てられることになる。遠く離れた地では、オフェーリアは一人の男児を出産するのだが、ほどなくして遠い異国の地へと旅立ち、のちの詳細を知るものは誰もいなかった。

春となり、季節が夏に向かう頃、エサルエスでは新国王即位の式典と同時にシャンイとの結婚式が執り行われ、国民の誰もが新しい国王夫妻を歓迎したという。

そして――


**


「おめでとうございます!!元気な男の子ですよ!」

女官長のターナは生まれたばかりの王子を産着にくるみ、シャンイにそっと手渡した。

「わあ、元気な声。‥男の子二人かあ…うーん、残念。女の子がよかったなあ…」

「シャンイ」

「まーま!」

アレクを抱えたままシスリーがやって来ると、アレクはじーっと生まれたばかりの弟の姿を凝視していた。

「よかったね、アレク、弟だったよ」

「‥ありがとうシャンイ。お疲れ様」

「うん、シス。…ねえ、それより見て、この子の眼の色」

どれどれと覗き込むと、シスリーは少しだけ微妙な表情になった。

「サファイアの瞳…?」

「綺麗でしょう。‥言っておきますけど、間違いなく、私とあなたの子供よ?」

「そんなことは心配してない。‥でも、似ているな」

「ええ。たくさん、たくさん色々な世界に触れて、素敵な人生を歩んでね。‥名前は?」

「‥そうだなあ、じゃあこれはどうだろう?」


アレクがそうっと触れると、男の子はキャッキャと笑顔を見せてくれた。その笑顔をいつまでもいつまでも見つめていた。





勢いと見切り列車で始めてから、約半年ほど…完結できて本当に良かったです。ある程度は道筋を考えていましたが、主人公が意外に何考えているのかさっぱりわからない子になってしまいました。もう少し仲よくしたいところですが、この子の物語はこれで終了です。

ただ、せっかく濃厚な設定の下地ができているので、どうせなら別の主人公に動いてもらおうと思います。また読んでいただけたら嬉しいです。たくさん勉強できました。ここまで読んでくださった皆様、本当にありがとうございました。


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