シャンイ・アルヴェール~私の知らないあの子~
登場人物
レシア→シャンイ嬢の頼りになるお姉様
お父様→娘を溺愛するたくましい(見た目だけ)海の男
私(シャンイ嬢)→只今猛省中。
「どうしよう?!!私の愛する娘がお嫁に行ってしまうよーーー?!」
エサルエス王国、北の富裕街にある地元でも有名な大きな屋敷の中で、絶叫が響き渡った。愛犬のゴルドがううたた寝から飛び上がって起き上がるくらいには。
「お父様、騒ぎすぎです。うるさいですわ。」
「お、おおぅ、我が愛しの娘、レシアよ。…どうしよう。シャンイが‥シャンイがまさか本当に」
父の狼狽はとても見苦しい。ごつい顔で図体の割には小心者で騒ぎ出すとしばらく止まらない。これで世界の海を回り切ったというんだから、周りの船員やらは大変だったんだろう。
一通り騒ぎ落ち着いたようで、金色に染め上げた髭を撫でている。
「まあ、よくやったな。とか、第三王子の趣味を疑うわ、とか。いろいろ言いたいことはあるけれど、あのシャンイがねぇ…」
本日夕飯もそこそこに、くつろいでいた最中に飛び込んだ王国からの使者の言葉に一同唖然とした。まさか本当に王子の婚約者の地位を奪取してくるとは。
我が妹、シャンイは父の溺愛とこのアルヴェール家の知名度、功績のせいか、なんともわがままで高慢ちきな小娘に育ってしまった。
シャンイが6歳の頃に母が他界してしまった。
それ以来彼女をいさめる者も少なく、私自身も仕事やらなにやらでかまけてる暇もなかったせいか、気づいた頃にはその特性のまま、手が付けられないほどにまで成長していたのである。
そのシャンイが、まさか有言実行するとは。
それは昨日の夜のことだった。
「お姉さま!!そしてお父様!!私は明日の舞踏会に参加するわ!!!!」
「…突然何を言うかと思えば。寝言は寝てから言いなさい。」
「おお、おお。シャンイや。お前のその美しさは月よりも輝き、太陽よりも燃え上がるだろうよ」
夕飯を食べ終わった頃、突然宣言しだしたのだ。父は娘が何を言おうが何をしようが肯定するので、こういうのをやめさせるのは、姉である私の役目でもある。
「あのね、シャンイ。あなたの教養と知識じゃ無理。王国のお妃さまなんて務まらないわ。」
「ふふん、お姉さま!私は月よりも輝きを放つこの銀色の髪!!そして母様譲りの翡翠の瞳は申し訳ないけど、王国一だと思ってるのよ!!」
あの父あってこの娘あり、というか。本当に我が妹の自信の源は何だろう。
実際、私だっていろいろな国の人間と接してはいるけど、この子のような銀髪に翡翠の瞳の容姿は見たこともない。母は翡翠の瞳でも、髪は私と同じ金髪だった。身内贔屓といえるけども容姿に関しては否定はしない。けれども、だ。
「容姿だけじゃ何もならないでしょ。それにしてもなんだって突然舞踏会となるの?」
「あら、お城の舞踏会はこの国の女性なら誰でも出れるんでしょ?幸いエスコートはハヴェルがやってくれるっていうし、もう16だもの。経験を積むのは悪いことじゃないわ!!」
ふふん、と得意げというか憎たらしい顔。誰かが吹き込んだのだろうか、とも思ったけど。…一度、挫折のようなものを味わってもいいのかもしれない。
「…まあいいけど、あなたが未来のお妃さまに選ばれるとは思わないし」
「違うわ!狙うのは第一王子様じゃなくて第三王子様!あの病気がちだって噂の方よ!」
…なんて言っていたのに。
ドレスもアクセサリも全てあの子に選択させたら、なんともごてごてのよくわからないド派手なスタイルで意気揚々と出ていった後姿を思い出す。私も父も全力で止めにかかったのは、言うまでもない。
「…あの奇抜な勘違いスタイルが第三王子の目に留まったのかしら…?」
あえて準備を任せてみたものの、目立ちたいのか悪目立ちをしたいのかわからないあの恰好を父と私は真剣に止めたのだが。
などと物思いにふけっていると、今度は玄関先から父の奇声が聞こえ、つい身構えてしまった。どうやら妹が帰ってきたらしい。
そして私も、目を疑った。
「只今戻りました。お姉さま、お父様。」
そこに立っていたのは、あの鼻持ちならない小生意気な表情の妹ではなく、銀髪で翡翠の瞳をした楚々とした女性である。まだ幼さが残る顔立ちのわりに、表情はどこか憂いを帯びている…って。
「シ、しゃんい…?」
「はい、お姉さま…って。どうされました?そんな所にすわりこんで…」
あのド派手な首飾りもない。重そうなイヤリングも、問題の頭飾りもない。
「ど、どう、どうしたの??何か悪いものでも食べた?!」
「う…食べてないつもりです…けど、それよりもどうしましょう。私。シスリー様の婚約者になってしまいました…」
昨日の一夜で我が妹に何があったのか?!
ドレスは地味なものに変わっているし(でも多分仕立てがすごく良さそう)、行くときに着けていた趣味の悪いアクセサリ類は一切合切なくなっている。けれども、顔は間違いなく見慣れた妹の顔だった。
「そ、そういえばあなた一人?ミレイアや、ハヴェルは?」
「…あの二人は…その、消えました。」
そう言ってシャンイは、気まずそうにうつむいてしまう。…あの二人の最近の様子から、想像はつきそうな気がする。色々なことが重なったからこそ、表情もさえなかったのだろうか?
「うーーん、シャンイ。色々あったみたいだが、よく私の家に帰ってきてくれた。さあ、侍女に朝食を用意させよう。それから。話をじっくり聞かせてもらうよ」
先ほどまで同じく腰を抜かしていた父だったが、こういう時は頼りになる。
「そうね。たまには私も一緒に食べようかしら。シャンイは自室に戻ってゆっくりなさい。用意ができたら声をかけるわ」
***
「はーーーーーっ。…き、緊張した」
自室に戻り、私は床に崩れ落ちた。今の私はシャンイ嬢であってシャンイ嬢ではないのだ。初めての「父親」と「姉」に対面するのだから、本当に心臓が口から飛び出そうだった。
「大丈夫かしら。怪しまれない?…聞かれたらどう説明すればいいのか…」
幸いなことに私の身体はシャンイ嬢の記憶を覚えている。誰かだれで、どんな思い出があるのかなど、なんとなく残ってはいるのだけれど。
『私』の記憶は曖昧で、どういう人間なのかも分からない今、頼れるのはシャンイ嬢の記憶だけ。本当に、もともとのシャンイはどこに行ったのだろう?考えているときりがない。
昨晩。あのあと、なぜか同じ部屋で寝ると宣言するシスリーを追い出し、豪華なあの部屋で一泊した。あとから色々考えた結果、ひとまず自分の言動を思い出してドン引いた後、逃げるように日の出とともにこちらに戻ってきたのだった。
私は改めて思う。
どうしてこうなった?私はここで何をどうすればいい?問題は山積みで、気が遠くなりそうだった。
「しかも王子の婚約者とか…何やってるのよ私はぁぁ‥‥」
ため息がこぼれた。普通に生きて、普通に過ごしていければいいんだけどね。