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【完結】翡翠と翆玉~九死の姫は岩乗の王に嫁ぐことになりました~  作者: いづか あい
終章・「結」 翡翠の姫と岩乗王

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暁鐘

「次の皇帝に相応しいのは、序列も年齢も関係ない。力あるものがなれ」


18人もいる皇太子に皇帝陛下が伝えた条件は、無慈悲なものだった。

生まれてから今に至るまで、次の後継ぎがお前だともてはやされた長子の怒りは相当なものだっただろう。もともと冷遇されてきたほかの皇太子にとっては願ってもいない話で、事態はあっという間悪化し、血で血を洗う醜い争いが勃発した。


俺にとっては、18番目の皇太子などただの飾りに過ぎない。だけど、俺の周りは違った。

母親はラジエル総督の娘で、南部の出身だった。だがたった一夜、女好きの皇帝の目に留まり、たまたま生まれた子供が男児だった為、菱宮殿へと招かれた。だが、あの伏魔殿ではまともに生きて居られるはずもなく…母は潰され、ぼろきれのように死んでしまった。


それ以来、ラジエル総督は皇帝陛下を憎んでいた。

だからこそ俺を皇帝にするべく色々と手を回していたのだ。だが、その怒りの矛先の皇帝はあっけなく自分以外の人間に『簒奪』という形で終焉を迎えた。


「ラジエル総督、単刀直入に申し上げる。私と共に新しい時代を築き上げるのに、どうかご助力を貸していただけないだろうか」


その言葉にラジエル総督はゆっくりと顔をあげた。


「‥‥新しい時代とは、随分と簡単に言葉にしたものだ。ライ、その見返りに我々に何を与える?」

「これを見ろ」


総督の部屋に飾ってあった海図に視線を移すと、それをはがして床に広げた。

海図には、菱の周辺海域しか載っておらず、エサルエス、ヴァルカンクの名前すら記載されていなかった。


「この国は他国と比べるのを良しとしない。切磋琢磨、という言葉とはまるで正反対だ。…自らの発展を自身で妨げているのが明白だろう?」

「エサルエスの地図には、菱の北部も南部も詳細に乗っている広域地図なのに・・」


ミュリエル王女が首をかしげるのも無理はない。

規模は大きくとも、閉鎖的な世界に調律されていない荒地、人間がまともに住めない地区は手入れもせずに荒れ放題。この国の者たちは現実的な姿を誰も認めようとしないのだ。


「エサルエス、ヴァルカンク両国の支援と新しい技術の流入、北も南も平等な関係性。それが見返りだ。…何年かかるかわからないけど、少なくとも、二つの国からの支援の約束は取り付けてきたつもりだ」

「‥‥」

「なあ、総督。北部に歩み寄ることもせず、手を差し伸べることもせず…破滅を望んでいるにしても、扉を閉ざしてまるで北部に関わらろうとしないのは、なぜだ?」


「‥若い連中はすぐに新しいものを取り入れ、それに順応することができる。だが、我々はそう簡単には切り替えができぬ。代々続いた妄執はわが身に宿り、全てを忘れ去るなど無理だ。…北部など滅ぶなら滅べばいい。だが、我々が手を下すなどというぬるい思いはさせぬ!!!苦しんで苦しんで、苦しみぬいて滅べばいい…!!」


それはまるで、終わりのない呪いのようだと思う。

だが、それは刻まれた血の記憶のようで、それを消し去るすべを知らないのだろう。

どう伝えればいいか迷っていると、思いもよらない人物が口を開いた。


「一つよろしいでしょうか?」

「?・・ミカエラ王子」

「‥‥ヴァルカンクの王子殿下。貴殿が我々に何を語ろうというのか?」


ラジエル総督は明らかに不審そうに片方の眉をあげるが、そんなことは構わずミカエラ王子は告げた。


「我がヴァルカンクは、長い間二つの民族が共存しております。一方は古くからの原住民、一方は移動してきた民の集団。相容れぬ二つの民族同士、小さな小競り合いこそ耐えませんが、何とか一つの国としての形態を保っています。」

「…我々の北と南の関係に似ているようだ」

「ええ、ですが決定的に違うことがあります。それは、互いを疎ましく思うことはあっても両者とも、この国の北と南のように互いにいがみ合い、憎しみあうような心を持ち合わせていないということです」

「…なんだと?」

「そんな些細なことを気にする余裕がないくらい過酷な環境に身を置いていたのでしょう」


ミカエラ王子とラジエル総督の間に強烈な空気のうねりを感じた。触れたら切れそうなほどの張り詰めた空気に、その場にいる全員、ただ黙って事の成り行きを見守るしかなかった。


「何よりも、いがみ合う、憎しみあう…そういう感情は物事を停滞させてゆきます。それこそ、ライ皇子が言うように、この菱の国の発展を妨げている原因ではないですか?」

「他国の若造が知った風な口をきくな!!!」

「だったら、ラジエル総督、貴殿の代でそれを断ち切ればいいのではないですか!!!」


だがこの一触即発の状況を打ち砕く高らかに響いた声に、全員驚愕した。

その声の主は、真っ白い顔を真っ赤に紅潮させて叫んだ。


「上の者がどれだけ感情的に物事を進めるのはご勝手に、どうぞご自由に!でもそれに巻き込まれた民衆はどうされます!?総督がどれだけ北部の自滅を願っていようと、こちらの南部にまで飢餓や疫病の類の影響が出るのは時間の問題です!!!門を閉ざしたところで、何も対策を打ち出さぬことこそ愚の骨頂…!!!だから現実をみようとしないっていわれるんです!!!」


「ミュ、ミュリエル王女」


「手遅れになる前にしっかと目を見開いてみてください!!今この海域には我が兄、国王陛下が率いる親征軍が既に待機しています!!疫病に対しても、わが国の最先端の知識をつかえば抑えることもできる筈…それにヴァルカンクのお力添えもある。我々が望むのはこの国の破滅ではなく再生です!」


「ちょ、ちょっと言いすぎ!はっきり言いすぎだ王女!!!」


「何を仰いますか!真の復讐は破滅を望むのあらず…相手に返せないほどの大恩を与えたうえでねじ伏せることではないですか?!我々エサルエスとヴァルカンクが誠心誠意及ばずながらお力をお貸しします。その力を使う権利をラジエル総督様、貴方はお持ちになっているのです!!」


言い切った!というような表情のミュリエル王女とは裏腹に周囲の空気は文字通り凍った。

だが、しばしの沈黙ののち、ラジエル総督の肩はぶるぶると震えだした。そして…


(ま、まずい‥これじゃあ‥え?)


「わーはっはっはっは!!!!これはまた…あっはっははははは!!!しかし、なぜ彼の国はそうまでして、肩入れをしようとするので?」

「…国王王妃殿下をさらい、今は亡き兄を侮辱している不届きものに天罰を下す…それが我々の目的です。…この国を混乱に陥れた元凶は、ライ皇子と共通の障害と認識しております」

「ほほお、なるほど、清々しい程の私情ですなあ。…だが、そう言うのは嫌いではない」


ミュリエルからすれば、それ以上言えなかったのだろう。

想像していたよりも好意的な反応に、思わず総督の顔を見た。

すると、総督はにやりと笑うと、傍で控えて居た補佐のショーンに何事が指示を出した。


「南部で動かせるのは守備隊を抜かしておよそ5千。まあ、方々に散っている連中はほとんどが収集に応じてくれるだろう。だが知っての通り、続く飢餓のせいで兵士の全ての端はしにまで、食料や支援の物資が行き届かない。そこはそちらに期待してもよろしいのだろうか」


一瞬、何が起こったのかわからなかった。思わずミュリエル王女と顔を見合わせると、ミカエラ王子が代わりに対応した。


「その点は心配ないでしょう。シスリー様が打ち出したのはあくまで『人道支援』。戦力よりも後方支援(バックアップ)を目的としているようですから」

「ふむ、では一度私の方からも挨拶に伺わなければなりませんな。‥ん?」

「…総督、謀ったな」

「なあに、可愛い孫の力になりたいのは古今東西同じであろう。…だが、手放しで力を貸すわけにはいかない。それにエサルエスの真意も聞きたかったしなあ」

「…っくそ。俺、ほとんど出番がないじゃないか。‥ほぼ王女の手柄だろう…」

「お前はまだまだ覚悟が足りん。あのお嬢さんくらいの若さがあればいいのにな」


総督がそう言うと、ミュリエルは顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。


「す、すすみません。けっ経験不足で…その大変失礼なことを」

「ふふ、このおいぼれにはそのくらいの向こう見ずな若さがちょうどよい」



菱都の街の灯は暗く、一つ一つがまるで命の灯のようにぽつぽつと揺らめいている。


「陛下、また宮城から例の病を発症いたしました」

「…斑点病か。その者の勤めていた部署を閉め、近接したものは全て別棟へ隔離しろ」


リオウがそう言うと、侍従は気まずそうに眼をそらした。


「…それが、リオウ様。…もう、部屋がいっぱいです」

「なんだと?」

「新たに隔離するような部屋はもうありません…それに、今部署を閉鎖すると、行政が機能しません」

「‥‥薬の開発と原因究明は?」

「薬を作ろうにも材料がありません‥それに、前皇帝陛下が一番力を入れていたのは薬の開発でした。…それに係るほとんどの者はあの時の火事で…」


部屋に長い沈黙が流れた。沈黙の間中、侍従の表情は怯えきっており、リオウの方を決して見ようとはしなかった。


「斑点病」…ここ最近流行している感染の病。腹痛、高熱の後徐々に身体のあちらこちらに斑点が出現し、それが全身に回ると意識を失い死に至る。


続く飢饉と共に発症が確認されたこの病は、いまだ解決策どころか原因すら究明されていなかった。解消できるほどの人材は足りず、また薬を開発する資金もない。唯一の頼みの綱である南部に通じる門は閉ざされていており、打つ手もない。


(…どうしてこうなった?)


リオウが頭を抱えていると、ふと、侍従の首元に何か茶色のシミのようなものが目に入った。


「…それは?」


リオウの問いに侍従は顔を真っ青にして、ぶるぶると震えだした。


「…本来なら、別の者がご報告に上がるはずでしたが…その者は先日から斑点病を発症しており、休んでいます。…もう私だけしか残っておりません…」


震える侍従の腕の袖を思い切りめくると、あちらこちらに首と同じようなシミがたくさんあった。


「ま、まさか」

「申し訳ありません…一昨日くらいから多少の微熱があったのですが、今朝見たら斑点が広がっていて…もう、代わりの者もいなくて」


侍従はそれだけ言い切ると、その場に倒れてしまった。



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