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【完結】翡翠と翆玉~九死の姫は岩乗の王に嫁ぐことになりました~  作者: いづか あい
終章・「結」 翡翠の姫と岩乗王

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偽りの神

「お休みの所失礼いたします、姫君」


頭を働かせているうちにいつの間にかうとうとしてしまっていたらしい。何度目か肩をゆすられて目覚めると、いつの間にかソウマが目の前にいた。


「?!」


そして、その周りには・・複数の男性と女官らしき年配の、いかにも年季が入ってそうな(ベテラン)女官が三人。私がこの国に来て、一度にこんなに大勢の人間を見るのは初めてかもしれない。

官吏はというと、皆そろいもそろって黒い袍に髪を頭上で括っている。菱の官吏の服装というものはどの時代も変わり映えしないのだろうか。


「な、なんですか」

「すぐにご支度をなさってください。‥リオウ様とランセ様がお呼びです」

「え?!こ、こんな夜半に?」

「姫君、どうか緊張なさらず、貴方の力をお借りしたいのです」


そう言って申し訳なさそうに頭を下げるのは、いかにも真面目そうな顔をした官吏の一人だった。


「それはどういう・・」


私の反論も何かも無視して、三人の年配の女官たちがずずいと前に出、手に持っていた化粧箱をばばっと広げた。


「時間がございませんわ。さあ、殿方は全員退出ください」

「え?!ちょっと、事情位説明して・・・」


そのあとは、文字通りなすすべもなかった。

ただでさえランセの術が解けていないので体調が芳しくない上に、なんといっても身体が思うように動かないのだ。支度が整う頃には無の状態と化していた。


薄く上質な白絹の袍に銀色の刺繍が施された着物に着替えさせられた私は、抵抗することも反抗することもできずにいた。しかし女官たちはどうやら満足げな出来栄えだったらしくうんうん、頷き合っているのを見てなんとも言えない怒りが込み上げてきた。


(人の気も知らないで・・・)


相変わらず重たい体を励ましながら進むと、入り口の前にはソウマと先ほどの官吏が待機していた。

「!おお、これは!!」

「ふむ、さすがですな」

「・・・・」


三者三様の驚きを見せていたが、相変わらずソウマは無表情だった。一瞬目を見開いたような気もするが、気のせいかもしれない。


「ではいきますよ」

「!!ちょ、ちょっと自分で歩けます」

「皆様方がお待ちしておりますので」


表情のないソウマに担がれて狭い廊下を進んでいく。その途中で、あちらこちらから異様な視線を感じた。長い廊下に並ぶ牢獄のような部屋の窓から、みんなこちらを探るようにうかがっている。


(そうか、やっぱりここは月宮・・皇帝の側室たちが住む後宮だ!)

「私に何をさせるつもりですか?」

「さあ、それは存じません。私は命令に従うまで」

「貴方は・・・あなたの意思はどこにあるんですか・・?!それじゃ本当に人形じゃない!」


ソウマはそれ以上何も言わなかった。相変わらず表情はないので、本当に何を考えているのかさっぱりわからなかった。


「其方が翡翠の姫君か」


月宮を抜け、さらに長い廊下を抜けていった先・・絢爛豪華な大広間に通された私は、たくさんの好奇と値踏みするような視線の中心に立たされた。

その視線の先にいるのが、謀反を興して悠々と血塗られた玉座にふんぞり返る皇帝、リオウだった。


(・・・リオウ、こいつがランセと手を組んだからディアトル王子とアストレイ様があんなことになってしまった)


今でも目に浮かぶのは、血濡れた大聖堂の絨毯の上に倒れる二人の姿だった。ディアトル王子に関して思うところはなかったが、夢の中で出会った彼が本当の姿だとしたら。


「元凶は全部貴方たちじゃない‥‥!!!」

「おや、これは面白い。貴方はもしかしてエサルエス王の戴冠式にいらっしゃいませんでしたか?」

「そうよ、私は無理やりそこの呪術師に連れてこらえた。早く私を返し・・・」

「……外では暴動が起きているようですね。一刻を争う事態では?」


こうなったら全部ぶちまけてやる、そう思ったのだがそれはソウマによって遮られた。この野郎、と思って振り返ると、すぐさま私はリオウにひょい、とまるで荷物を担ぐかのように持ち上げられた。


「ちょ、ちょっと本当に何をさせるつもり?!離しなさい!!」

「うるさい娘だ。自分の立場を分かっていないようだ」


私を担いだままリオウは歩き出した。その様子を、燃え滾るような荒々しい目でランセが見ていたのだが、私は気が付かなかった。


**


地の底から響くような重い音をたてて門が開いた。

菱の本殿には全部で5個の門がある。そのうちの第二の門が開いたのは月が天頂に昇り切った夜半のことだった。


「!!大門が開いたぞ!!」


一人の民衆が大声を開けると、その場にいた全員が一斉に門の方を見た。門は菱宮の中心に行くほど扉の幅は狭く豪華になっていくのだが、第二の門が開いたということは、菱宮前の広場が解放されたことを意味する。その場所めがけて大勢の民衆がどっと駆け込んだ。


同時に黒い鎧に五爪の龍文が刻まれているリオウの親衛部隊が大量になだれ込み、一斉に広場を包囲した。白い鎧の軍が出動するということ‥それは即ち帝家にちなんだ者が姿を現すということを意味する。


(まさか皇帝陛下が?)

(我々の声を聴いてくださるのか?)


期待と不満と不振の声がざわめき、一時騒然となったが、親衛隊が剣を構えることによって全員口を閉ざした。

ざっと一糸乱れぬ動きで自身の顔の前に長剣をかざす。

そして現れたのは…見慣れない髪に一風変わった瞳を持つ姫君を抱えた新皇帝陛下だった。

悠然と構える皇帝に誰もが畏怖しその場にいる全員が叩頭した。


「陛下のお言葉である!!!」


その異常な光景に一番驚愕したのは何を隠そう連れてこられたシャンイ本人だった。


(信じられない…どうしてこんな!)


ふと、目の前に叩頭する一人ひとりの民衆の服装が目に入る。その姿は皆骨と皮のようにやせ細り、冬の次期であるにもかかわらずぼろきれのような布一枚の姿の者も少なくなかった。

身に着けるものも、雰囲気もエサルエスの華やかの世界とはまるで違って見えて、天国と地獄のような差だった。


(これほどまでに、この国は荒れているの・・・?!)


「我が民よ‥!あなた方全員に分け与えれるだけの食糧が用意できなくてすまない!!!今は耐えよ!!時期春が来る‥それまでの辛抱だ!!」


見れば、先ほどまでの高慢な様子とは打って変わり、リオウというこの皇帝は本当に申し訳なさそうな表情をしていた。・・ここまで徹底していると、役者レベルかもしれない。


(…なんて面の皮が厚い奴)


「だが、戦争が起こらぬ限り備蓄していた兵糧の一部をあなた方に供給することで許してもらいたい‥!そして、この国を守る神の使いは私の元に舞い降りた!!必ず豊かな春がくると、ここに宣言しよう!」


皇帝の朗々たる声に民は歓喜した。

中にはすすり泣くものさえ現れ、皆こぞってシャンイに手を合わせ、口々に感謝を述べ、拝むように熱いまなざしを向けていた。


「…みんな騙されているわ…!あなたの言葉には誠意を感じられないもの・・・」

せっかくだからと大声を出そうと構えると、私の身体は軽々リオウの肩の上まで持ち上げられてしまった。するとその姿に民衆の声はいっそう高まった。


「!!!」


「守り神ともあろう神女が、今の有様を見てなお絶望に民をたたきおとすおつもりか?」

私にしか聞こえない声で囁くリオウをにらみつけると、その視線をどこかからかうように民の方へ促した。

(そんな、こんな根拠もないような付け焼刃の演説で…どうしてこんなにみんな喜ぶなんて?!)

「・・・心無い言葉は、今は効き目があってもいずれはそのツケが回るでしょう。それが貴方の最後だわ」

「だからこそ、人外の力を民は求めるのだろう。そら、お前の言葉を待っているぞ」


それほどまでにこの国は困窮し疲れ果てているのだろう。何の権力も何もないこの小娘に、期待と希望に抱いている。


(ごめんなさい…私は彼らに、なんて。でも)


シャンイは月に向かって手を合わせた。


「…私の信じる神から、あなた方とあなた方の望む王へ祝福を・・必ず春がくるように」

「‥‥」


その言葉は、何の意味もなさない。

私には彼らを助ける術を持たないのだから。でも、それでも。

希望を持たせて、それを突き落とすことになるくらいなら、ここにいる言葉だけの上っ面の王様よりも、自分たちが望む王様を信じたらいいのに、と思った。



***


ざあっと波の音が響く甲板に冷たく乾いた風が吹く。菱国とエサルエスの航路のルート海峡は、冬場は風が特に冷たく感じる。

厚手のコートを羽織っていてもなお寒く感じるのは、実際の温度よりも体感温度が低いためだろう。


「シス様~風邪ひきますよ!」

「ああ、大丈夫だ。ジャネットこそ、大丈夫か?」

「俺は寒いのなんて慣れっこですからね。あと一週間ですか。いや~菱の船舶技術はすごいなあ。これが南部の地域の最新型なんですね」


通常なら二週間の航路の道のりを最短約十日でたどり着けるらしい。

菱の南部は船の往来も多く船の種類だけでも相当数ある。その恩恵を受け、南部地方は開放的だが、菱の首都がある北部は閉鎖的で同じ国にして全く異なる形を成している。


「お二人とも、ここでは王族もなんちゃらも関係なく平等に扱わせてもらいますよ!」


そう言って看板に顔を出したのはロレンスだった。


「ああ、ありがとう。ロレンス卿」

「しかし、本当に大丈夫ですか?ライ王子を信じて」

「・・・彼には何としても菱の新しい皇帝になってもらう。そのためには、必要なものは用意するし、誠意は示すつもりだ」


白い海を縫うように走る帆船は全部で20隻。エサルエスとしての本来の規模としてお世辞にもそう多くはなかったが、十分だった。


船上から遠く遥かな場所の空は白くくすんでおり、ところどころ稲光が見えるようだった。

「もう少しでこちらも降りそうだな」

目を細めた先にはいまだ菱の地は見えない。


(できるだけ血を流さずに済むならそうしたい。…本来なら、一つの国を背負う人間としてはあるまじき行動だろうな。…完全に私情に過ぎない)


だが。

たとえ誰に咎められようとも、この選択に後悔はしていなかった。



思った以上に長くなってしまいました。あと数話、お付き合いいただけたら幸いです。

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