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【完結】翡翠と翆玉~九死の姫は岩乗の王に嫁ぐことになりました~  作者: いづか あい
終章・「結」 翡翠の姫と岩乗王

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間章~約束~

馬車は街を抜けて郊外の森へとたどり着いた。


(貴族なのに…随分さびれた場所に行くんだ)


窓の外を見ようと首を巡らせるが激痛が走る。ジャネットほどではないとはいえ、僕自身も大なり小なりけがをしていた。


「痛むのか?」

「…うるせえ」


短くそれだけ言うジャネットの様子はどこか憔悴しているようだった。無理もない、あんなことが起きるなど、誰が想像しているものか。


「…君もけがをしているようだ。邸で手当てを受けるといい」


先ほどまで赤く見えていたその瞳は、今はすっかり優しい翆玉色に変わっていた。


「どうして、僕らを助けてくれたんですか」

「あんな場面で見過ごすなんて、できるわけがないだろう。それとも君はあの状況を見たとき、逃げ出すのか?」

「‥僕には、勇気がありません。結局、彼にけがをさせてしまった」


実際、僕がしたことといえばジャネットをかばったつもりが、事を大きくしただけ。結果的にジャネットを窮地に追い込んだだけなのだ。


「何故?君は彼を助けるため、前に出ただろう。十分、勇気ある行動だ」

「‥!…それは」

「アイル、お前がどう思おうが俺はお前に助けられたと思っているよ」

「ジャネット…ありがとう」


ジャネットは少し照れた様子でそっぽを向いてしまった。そんな僕らの様子を少年は笑いながら見ていた。


「仲がいいな、君たちは。兄弟なのか?」

「‥ただの、腐れ縁」

「そうか。いいな」


そう言った不思議な瞳の少年はどこか寂しそうに目を伏せてしまった。なんとなくその姿を見て居られなくて、僕は一生懸命何か話題をと頭を巡らせた。


「あ、あの!僕はアイル。で、こっちがジャネット。…きみ、じゃなくてえっと、あ あなたのお名前は?」

「俺の名前はシスリー。シスでいいよ」


やがて馬車はうっそうと茂った森を抜け、開けた場所に出た。

するとその先には煉瓦造りの壁で囲われた、古めかしくはあるが立派なたたずまいの城館が姿を現した。


「え?‥こ、ここ?」


見上げるほどの大きい規模の邸に僕もジャネットも顔を見合わせた。門の前には使用人たちがずらりと並んでおり、一斉に頭を下げるものだから僕たちは完全に気後れしてしまった。


「ターナ、彼らの傷の手当てをお願いできるだろうか?」

「はい、かしこまりました」

「え?!!い、いえ‥!!!け結構です!」


僕たちは再び顔を見合わせるのだが、シスは楽しそうに笑っていた。


**


「アイル、どうだ粛々と書類整理にいそしんでいるか?」


夕刻、日もすっかり落ちた頃、能天気そうな顔をしたジャネットがやってきた。


「……今その顔を見ると、殴りたい衝動に駆られるよ。全っ然終わらないんだ…」

「それを毎日あの方はやってるってんだから、人間業じゃないよなあ。…ほら、おすそ分け」


そう言って手渡してくれたのは、可愛らしくリボンが結ばれており、箱の中にはパンパンに詰まったクッキーが入っていた。


「これ、明らかにプレゼントに見えるけど、僕が貰っていいの?」

「いいよ、どうせ一人じゃ食べきれないし」

「ふーん…もしかしてジルニード嬢?」

「……‥あのご令嬢、もの好きだよな。俺なんかよりもっと将来性のありそうなご令息を追ってればいいのに」


まんざらでもなさそうだけど、と思いながらも、ありがたく頂戴した。


「でも、今だって一応未来の皇后陛下の護衛でしょ?将来性は十分だと思うけど?」

「そういうお前だって国王陛下付の補佐兼従者だろ。‥それ考えると出世したよなあ俺たち。‥っと。おい、隠れてないでこっち来いよ」

「?」


ジャネットが扉の外に声をかけると、一人の少年がそおっと顔をのぞかせた。


「何?隠し子?」

「そんな年齢じゃねえ。こいつはカル。シスリー様からの預かりものだ」

「は、はじめまして・・・カル、です」


その少年は怯えながらも、強く真っすぐな眼差しで僕を見た。


「……初めまして。僕はアイル、よろしくね」

「えっと、はい……お役に立てるように頑張ります」


ぺこりとお行儀よく頭を下げるカルが、なんだかなつかしく感じた。


(懐かしいな)



あの後、邸へと招かれた僕たちは、終始びくびくしながら事の成り行きを見守っていた。

今考えればそんなことを考える必要もないのだが、長きにわたり侮蔑と憐れみの眼差しを受け続けてきた僕たちにとって、【無性の施し】などは存在せず、何かしらの見返りや代償を要求されることを恐れていた。


だが時がたつにつれて、使用人の彼らはとても親切だということを知り、時には彼らの手伝いをして力になることでその心配は薄まっていくのを実感していった。


そして僕たちのけがが完治した頃、思わぬ話が舞い込んだ。


『‥僕らがこの邸の使用人に?』

『ああ。ここで働けば、賃金も発生するし、衣食住は保証されている。悪い話じゃないだろう』


はじめはシスリーの冗談だと思ったが、短い間で見ている限り、彼は冗談を言うような人間ではないことを知っていた。


『‥でも、僕らはずっとスラムで育ってきたし…』


本当は働きたいと思っていたのだが、自信がなくてついジャネットの方を見てしまった。

けれどもジャネットの表情は曇りもなく、真っすぐにシスリー様を見て問うた。


『あんたは、力もあるし、お金もあるんだろ。…どうやったら、俺たちみたいに飢えに苦しんだりせずに、一日を心配なく安全に暮らせる世の中になるんだ?』


ハラハラしながら見る僕をよそに、シスリー様はジャネットの眼差しを真正面から受けて、微笑んだ。


『それをこれから探していくのが、俺の仕事だ。でも、俺は絶対に誰もが平等な世界になれるって信じている…まだ朧気だけど』

『‥なんだよ、随分弱気な奴だ』

『君の言うように、俺には力もお金もある。だからこそ、君たちが描く未来を作れるかもしれない。だから、俺の力になってくれないか?』

『本当に、そんな世の中になれるのか?』

『ああ、必ず。‥‥約束する』


ジャネットと僕は、彼を信じるに値するかどうか二人で確かめようと思った。

だからこそ、彼に仕えることを決めたのだった。


「…ようやくスラム街の整理が始まりそうだよ」

「みたいだな。‥‥約束、守ってくれたんだな、シス様」


実は、あの後サーカス団がどうなったのかシスリー様にこっそり聞いた。

どうやらあの一件があった後、サーカス団は子供たちを無賃金で働かせていたことや、不正の元で行われていた人身売買などの罪状が明らかになり、三日後には一斉に摘発されたそうだ。


使われていた子供たちは皆どこかに消えて行ってしまい、その消息はつかめなかったらしい。そしてジャネットが気にしていた少女もまた、結局最後まで消息が分からなかったみたいだった。


「‥あのさ、ジャネット、君は恋愛事を嫌う理由って…、やっぱり」

「さあて、何のことやら、さてカル、そろそろ戻るとしようか」


**


古いさび付いた記憶の奥で、今でもたまにあの頃のことを思い出す。

シス様に仕えて、たくさん学んで、強くなって。…ある程度力を持ったと自分に確信が持てたとき、実はドロレスの消息を調べたことがあった。


会ってどうするつもりだったのか…。自分でもいまだにその答えは見つからない。ただ、彼女の生存を確認して、見届ければそれでよかったのかもしれない。


そして調べて、一つ分かったことがあった。


ある時遠い街で女性が主体の旅の一座に遭遇したことがある。その一座を興したのも女性で、ナイフ投げが得意だったらしい。けれどもその団長は数年前に病で若くして亡くなってしまったというのだ。


残念ながらその団長の名前は「ドロレス」ではなかったのだが、弟子たちを多く抱えていたらしく、郊外に小さな墓があるということを聞いた。


そして、ほんの気まぐれで‥少しの可能性に賭けてみたくなっただけだが、その墓に行ってみた。

その墓所はきちんと整理されており、枯れずに花がそえてあった。


これが本当にあの彼女なのか、そうではないのか…真実は分かりかねるが、ただそこは静かで、とても穏やかな場所だった。


(生きていようが、死んでいようが、彼女は彼女らしくいられたなら、それでいい)


なんだかそれだけで満足してしまって…その日を境に、彼女の消息について調べるのはやめてしまった。


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