表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】翡翠と翆玉~九死の姫は岩乗の王に嫁ぐことになりました~  作者: いづか あい
終章・「結」 翡翠の姫と岩乗王

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

69/101

間章~追慕・ジャネット~

「お、降ってきたな」


窓の外を見ると、先ほどまで曇っていた空はすっかり雪模様に変わっていった。王城の長い鏡廊下を歩いていくと、数歩遅れて銀髪のカル少年がおずおずとついてくる。


「大丈夫か?カル」

「え?!・・あ、う、うん・・いえ、はい」

「別にいいよ、丁寧語なんて使わなくたって。どうせ俺もそっち方面はからきしだしなあ」

「じゃ、ジャネット、どこ行くの?‥あ、行くんですか?」


中々頑固に口調を変えないカルを見て、なんだか懐かしく思えた。

突然思いもよらない状況下になった時、無駄に敵は増やしたくないものだ。だからこそ、苦手な丁寧語でもなんでも、不興を買わないように、舐められぬように…そういう処世術だろう。


「まあ、いいか。これから会うやつは俺の大事な仲間だ。お前ともきっと仲良くなれ‥」

「あ!!ジャネット!!ここで会うなんて運命ね?!」

「‥‥」


廊下のずっと向こう、先の場所に満面の笑顔で手を振っている女性…あのずば抜けて背の高く、赤い髪の人物はただ一人しかいない。キリエ・ジルニードだ。

俺の姿を見るなり、ドレスの裾を持ちあげ全速力でこちらに向かって走ってくる。‥‥あの高いヒールでよくもまあ走れるものだ。


「いやいやー‥ただの偶然でしょう。それよりジルニード嬢、ここは王城ですよ、全速力で疾走なんて女性らしくない」

「女性らしさなんてそこまで重要じゃないでしょう。女は家、男は外、なんて時代錯誤もいいところですわ。…あ、さてはまた牽制のおつもり?ざーんねーんでしたっ!その手には乗らないわ!!」

「‥‥」


ああ言えばこう言う、このキリエ・ジルニードという女性は本当に弁が立つ。ふと、視線を感じて後ろを振り返ると‥明らかにカルは引いているようだ。


「あら?見ない顔ね!お名前は?」

「えと、カル、です…」

「そう!よろしくね、カル。それにしても、その髪、なんだかシャンイ様と似ているわねえ‥ …」


するとキリエは、先ほどまで満面の笑みだったはずなのにどんどん曇っていく。


「‥シャンイ様、無事かしら。怖い思いをしてないかしら」

「え?!ちょ、ちょっとなに泣いてるんです、それこそあなたらしくない!お嬢は大丈夫ですって。…うちの陛下が必ず救出するはずですから」

「そうよね、…本当は私が飛んでいきたいくらいだけど、それは私の仕事じゃないわよね…でもね!心配なのは負けてないから!絶対に無事に連れ帰ってね!」


そう言うと、手に持っていたリボンが付いた可愛らしい箱をぐい、と押し付けてきた。


「疲れた時には甘い物は効果絶大よ!‥アイルにもよろしく伝えてね。あ。ジャネットも食べるのよ?!」

「あ、ああどうも…」


そして、彼女は何かを叫びながら台風のように去っていった。

まじまじと箱を見てリボンをほどくと、中身はクッキ―だった。いかにも手作りらしく、ところどころ黒く焦げている部分もあった。

俺の気のせいでなければ令嬢はどうやら俺に好意を持っているらしい。だがそれに応えるには抵抗が強い。なんといっても、あちらは大貴族の伯爵令嬢、俺は‥まあかなり出世したとはいえ、どう考えても釣り合うはずもない。


(早く、俺以外のいいやつを見つけてくれるといい。どうせ、この好意も一時的なものだろう)


恋愛事なんて言うのは、本当に複雑で厄介で一分の利ももたらさない。その思いはずっと内側にくすぶり続けているのだ。クッキーを一つ手に取り口に運ぶと、ほろ苦く、少しだけ甘い味がした。


**


事の発端は、すれ違い…のようなものだった。

俺の働いているサーカスで、数週間に一度売上金の一部が減っているということが頻発していた。犯人はいまだ捕まっていなかったのだが、その頃の俺は実は最も怪しい人物を知っていた。


それは、サーカスの花形で人形のような容貌の少女‥‥ドロレスだった。夜の時間を縦横無尽に歩いているのを知っていたから。


彼女と初めて会ったのはアイルと出会うより前、スラム街の中でのこと。このサーカスで働くきっかけをくれたのも彼女だった。


彼女はとても器用で、たまたま手に入れた小さなナイフで小銭を稼ぎ、ある時はそのナイフで自らの命を守っていた。


ドロレスは俺よりも少し年上なだけなのに、まるで実の姉のように俺を可愛がってくれていた。ナイフ投げもほとんど彼女から教わったものだった。いつしか彼女とも会わなくなり、アイルと出会ってしばらく経ったころ。

港に美しいナイフ投げの少女がサーカスにいるという噂を聞いて、こっそり見に行った。


「あら、きみ、知っている顔ね」


思った通り、噂の彼女はドロレスだったわけだが、どうも自分が知っているドロレスとは様子が違っていた。年齢の割に派手な化粧にやたらと大人びた表情‥、以前のような野花のような面影はすっかり消え失せ、どこか毒のある少女になっていた。


「ねえ、団長。この子、ナイフ投げがとても上手なの!きっと使える筈よ!」

「‥うん?しょうがねえなあ。ドロレスがそう言うなら…」


きっと中身は変わらないはず、とそう思っていたのだが。その期待は音を立てて崩れ去った。

夜毎団長だったり、他の男性団員の部屋へと足蹴く通う姿を見て、色々なことに納得してしまった。それでも彼女の姿は媚薬のように俺にまとわりついて離れず、どうしても目が離せなかった。


「‥ドロレスは今の状況で満足しているのか?」

「ジャネットは変わらないね。…男の子だから、かな?」

「馬鹿にするなよ。‥男だろうが女だろうが、同じ人間だろ」

「…ううん、違うよ。私はね、こうしないと生きていけなくなっちゃった」


そう言うと、突然俺の首に腕を回して覆いかぶさってきた。柔らかいものが触れ、驚くと同時に、言葉では言い表せないほどの嫌悪感を感じ、突き飛ばしてしまった。


「…!やめろっ…らしくない」

「その目。私、汚い?…けがらわしい?らしくないって、何?…私らしさって、何だろ」

「そ、それは…」


それから少しして、他の男性団員に言いがかりをつけて裏で殴られることが増えた。…その奥にはいつもドロレスがいたのを俺は知っている。


それでも惹かれていく自分に嫌気がさし始めていた頃、事件が起きた。

その日は盛況で、売上金も倍になっていた日のこと。休憩をとるためにテントの外に出ると・・その場面に遭遇してしまったのだ。


「‥ドロレス?」

「!!!…ジャ、ジャネット」


彼女が手に持っていた物、それは大量の銀貨だった。


「最近‥売上金を盗む奴がいるって…お前だったのか?」

「ち・・違う!!わたしじゃない!!!だれかきて!!!ジャネットが、お金を盗んでる!!!」

「‥ドロレス‥!!」


そうして、粛清が始まった。

大通りに連れていかれ、サーカス団員全員の前で、俺に対する尋問が始まったのだ。それはだんだんエスカレートしていき、ついにはアイルまで巻き込んでしまった。


「お前は本当にばかだな!!!」

「ジャネットぉ…っ」


とっととこんな場所から離れればよかった、と思う。すっかり変わってしまったドロレスを救う術なんて俺は持っていないのだ。それを早く認めるべきだった。そうすれば、アイルも傷つくこともなかったはずなのに。


いま、ドロレスはどんな顔をして俺をみているのだろう?それを直視する勇気は持ち合わせておらず、ただ瞳を閉ざした。

そんな時、彼がやってきた。


「そこまでだ」


凛とした声が響き渡り、その声の主を誰もが振り返る。街灯に照らされて赤く揺らめく炎のような瞳に、その場にい合わせた全員が怯んだ。

唯一、何かを察した様子の団長だけはすぐさま態度が切り替わった。


「おやぁ、お金持ちそうなお坊ちゃま!!これは見苦しいところをお見せしました!!これは躾けですよ、し・つ・け!坊ちゃまの見てはいけないものですよぉ?」


先ほどとは打って変わった態度の団長にその場にいる全員が顔をしかめた。ばつが悪そうにへこへこするその姿に、不思議な瞳の少年は冷ややかに笑った。

その姿はひどく落ち着いていて、すでに場の支配者となっていた。


「シュナイゼル、今俺の持っている金をこの禿にくれてやれ」

「・・よろしいのですか?」

「別にいい、金を持つ者の特権というやつだろう」

「かしこまりました」


執事らしき男が団長の元に行き、一言三言話すと、団長が飛び上がって喜んでいた。

その様子を呆然と見つめていると、その少年は俺たちの元にやってきた。


「大丈夫か?ひどいケガだ」

「……」

「あ、だ、大丈夫です」


差し出された手を無言で払いのけたが、少年は構わず俺の肩に腕を回し、支えた。


「?!おい!その服、汚れるぞっ…げほっ」

「しゃべると余計汚れるから、黙っててくれ。君も手を貸して」

「は、はい」

「シスリー様がわざわざ動かずとも。…はあ、人が集まってきました、馬車を出します」

執事はため息交じりにそう言うと、馬車に乗りこみ、扉を開いた。


「あ、あの」

「君は昼間新聞を売っていた子だろう。子供に新聞を売ってくれるところは意外とないから、助かったよ。そのお礼だと思って気にしないで」

「…なんだよ、アイルの知り合いかよ」


少年とアイルの手を借りながら立ち上がると、ふと呆然と見守る団員たちの中にドロレスの姿を見つけた。‥本当は見るつもりはなかったが、自分を支えてくれる二つに腕に勇気をもらえて、その顔を真っすぐ見ることができた。


(あ、泣いてる…のか?)


その表情は【無】だった。けれども、その瞳からとめどなく流れる涙は、少しだけ昔の彼女を思わせたのだった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ