魔術と呪術
フランシス・ジルニードは、頭を抱えてていた。
新国王即位後、彼はとても迅速に行動した。
古期からの伝統を重んじる保守派と、全てをぶち壊そうという改革派の二派にわかれたこの王国で、その中立を保っていたアストレイ亡き今、新たに即位したシスリーの影響力は大きかった。
何よりも、保守派の筆頭ともいえつエステリオン侯爵家は第二王子を推していたし、その妻であるカルメンタの生家であった。そのシンボルともいえる二人が起こした一連の出来事により、その権威は失墜した。
そうなると、フランシスは黙っていなかった。父を説き伏せて周りをたきつけて、宰相の地位を確保したのである。そして、こうしてさっそく無理難題を突き付けられている。
「えーと、正気ですか。」
「ああ、正気だ。というか、まずは周りを説得しないといけないのだから、こうしてフランシスに話している。貴方の役割だろう」
「いや、まあそうなんですけど。だからってこの時期に他国の継承争いに首を突っ込むのは」
「先に手を出したのも、首を突っ込んでは飽き足らず手も足も出したのはあちら…というかリオウ皇子一派だろう。ならばこちらも多少なりとも付き合ってやるのが筋というものだろう」
「はあ、そこまで義理立てする理由はありませんが…まあ、ライ王子を擁するのは賛成します。勝算はいかほど?」
「そうだな、あの妙な呪術師をどうにかできたら限りなく高確率で事はなせるはずだろう」
「そこまでおっしゃるのなら、その手立てはあるんでしょうね?」
「今検索中だ。‥すまない、これから少し大事な用事がある。細かい作業はアイルに任せているから、俺の査定が必要そうな案件は別途知らせてほしい」
そんなやり取りを終えた後、言うだけ言って国王陛下は去っていった。
(型破りとは思っていたが、ここまでとは)
長椅子にもたれながら長いため息をつくのだが、実は言うほど辟易しているわけでも、失望しているわけでもない。
「‥小難しくて難易度が高そうな物事ほど面白そうなことはないよなぁ」
にやにやと笑みが漏れてしまうのをこらえながら、フランシスは自身の頭脳をフル回転させていた。
実は昨日、キリエから内密に報告を受けていた。
彼の寵姫があの怪しげなディアトル王子の顔をした輩に連れ去られたかもしれないという話。
(厄介な菱国の問題に手を貸してライ王子にカタをつけさせる。それ自体は可能だろうし、目前に出す支出と物質的なものを考えると、後になればなるほど実りは大きい。しかし、それはあの呪術師をどうにかできればの話。だが本当にあの寵姫が連れ去られたのだとしたら、シスリー陛下は文字通りあらゆる手段と権威とを使ってあの呪術師を追い詰めることだろう)
紛れもなく、これは前例のない改革だ。
「ふふふふ、ご愁傷様。事情が詳しく知らないが‥あの鋭い牙をもつ獅子を怒らせてしまうとは、ありがたいやらなにや…っと不謹慎かな」
呪術師の件は陛下御自らが決着をつけることだろう。
面倒くさそうで、かつ一番の難題を全力で取り組んでくれるのであれば、自分はそのための後方支援に集中すればいい。フランシスはやはり笑みをこらえきれず、従者に不審な目で見られてしまったのだった。
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「初めまして、シスリー国王陛下。新即位おめでとうございます」
「ああ、急なお申し出を受けてくださり感謝いたします、グラシアス博士」
白髪に白い髭を持つその姿は、昔本で読んだ仙人のようだと思う。ゆっくりとした動作で杖を突きながら優雅にほほ笑むと、付き添いだろう少年が手を貸しながらやっと椅子に腰かけた。
(付き添いの少年…髪の色がシャンイと似ているな)
瞳の色と肌の色こそ違うものの、銀色の髪は彼女を彷彿とさせた。浅黒い肌は珍しく、どこの国の者だろうか?
「‥俺、ついていけるだろうか。寝たらよろしく」
隣に立つライの泣き言は無視して、自分も椅子に座った。
実はあのランセが現れた時点で、ある指示をアイルに出していた、 それは、この国で一番魔法に詳しいと思われる人物を探してほしい、というものだった。グラシアス博士はエサルエスで唯一、魔術の研究をしている博士だった。
「早速で申し訳ありませんが、貴公が研究されていた魔法の文化についてお伺いしたいのですが」
「ふむ、大聖堂の件についてはお伺いしておりますが、儂にはそれを解決する手立てを存じません。…大変申し訳ないのですが」
言いながら、グラシアス博士はうなだれてしまった。
「いいえ。私がききたいのは、対応する手立てではなく、その原理…というか、何を媒介にしてその力を発揮するのか、ということです。例えばそれは全て生まれ持った時からもたらせるものなのか…もし後からその力を得ることができたとして、それはどのような条件下で使えるものでしょうか?錬金術のようなものであれば対価を必要とするように、呪術も何かを代償とするものでしょうか」
「ふむ、そうですね。…魔術と呪術は似ているようで少し違います。魚にも種類があるように、同じ分類上のものでもその発動原理は若干異なり、魔術は自らの力を使い仮定上の神秘的な作用を介した奇跡を起こすものに対し、呪術は仮定上ではない物質的なものを介して因果関係や観念を合理的に起こすものです」
(つまりは魔術は自身の力と祈りとかでどうにかできるが、呪術はものに宿った怨念やらを使って発動するということか?)
意見を求めようとちらりと横を見るものの、ジャネットもライもどこか魂の抜けたような遠い目をしていた。…まあ寝てないだけましとしよう。
「‥わかりました。ではもうひとつ、瀕死の致命傷を一瞬で治す不死のような魔術や呪術は存在しますか?」
その言葉を聞いた博士は目を丸くして驚いた。
「もしそれを人間が使うなら、それは既にヒトの類ではありません。化け物、悪魔の領域でしょう。人の身である以上不死などはあり得ません。例えどんな高名な魔術師だろうと、何であろうと過去の偉人の誰もが成し得なかったものです。そのようなものがあるとしたら、恐らくそれに対応する武器なりなんなり存在するはずです。…神の領域には、決して誰も踏み込むことは許されません。それがこの世の必然であり真理です」
博士の瞳に強い怒りと侮蔑と、ほんのわずかの悔悟の念が浮き上がる。彼もまた、その領域に足を踏み出そうとした時があったのかもしれない。
「‥わかりました。それだけ聞けば十分で」
「陛下。‥もし何か目に見えない力に対抗するものをお探しなら、これを連れていくとよいでしょう」
博士はそういうと、介添えの少年を前に出した。少年は戸惑うように博士を見ると、こちらを探るように振返った。
「博士、でも」
「大丈夫じゃ。この方はきっと儂よりもお前をうまく使ってくれるだろう」
「‥その少年は?」
齢12歳くらいだろうか?身長は俺の腰ほど、立っているだけで威圧感を与えてしまいそうだったので、目線に合わせてしゃがみこんだ。すると少年は一瞬怯んだように後ずさりをしてしまう。
「…俺の名前はシスリー。君の名前を聞いても?」
「…カル、です」
「そうか、カル。‥確か砂漠を支配する神の名前だったか。いい名前だな」
「陛下。このものは目に見えぬものと通じる力を持っています。儂の助手も務めており、この年齢ではございますが、知識も豊富です。…きっと、お役に立てるでしょう」
なおも戸惑いを見せるカルが少しだけ不憫に思えた。
「…カルの方が戸惑っているようです。貴方の傍を離れるのが不安なのでは?」
「…いいえ、大丈夫です。貴方が俺を使えるっていうなら、‥使ってください」
カルはそういうと、しばし俯いていたが、意を決したように顔をあげた。
(なんとなく懐かしいな、この挑むような瞳)
自分の未来を進むと決めたとき、それを担うだけの力量が相手にあるかどうかを諮り、品定めをしようとする。
過去、ジャネットとアイルと出会った時のことを思い出した。
同じようなことを考えていたようで、ジャネットは気まずそうに眼をそらした。
**
「はあ、はあ、‥ッえい!」
ガタガタ!派手な物音を立てて寝台から転がり落ちた。
呪いとやらのせいか、頭は動くが手足に見えない鎖でも繋がれているかのような倦怠感に抗うこと小一時間。やっと寝台から動くことができた。
「信じらんない‥これだけ動くのにこんなに時間がかかるなんて」
手あたり次第の物を支えにしながら、開け放たれた窓に向かって這いずるように向かった。
高級そうな花瓶やら何やらを掴みにして立ち上がり、なんとか窓のへりにまで到達できた。
重たい体をがむしゃらに動かして窓から外の世界を見る。
私が持っているフェイの記憶をたどって、自分の位置くらいは分かるかもしれないと踏んだのだ。やっとの思いで窓から身を乗り出して顔をのぞかせると、焦げ臭い匂いをのせて吹き上がる風に思わず顔をしかめた。
(何よこれ‥何か大きな火事でもあったの?)
見れば、前方に無残にも焼け落ちた建物が目に入った。
いかんせん朧気で薄れていく記憶はあまり期待できないのだが、ここがもし菱宮殿なら、皇帝が住まう東の太陽殿、西に側室や正妃が住まう月宮殿と両極に展開しているはず。ということは、恐らく太陽宮だろうか?
「もしかして‥謀反とか、そういうこと?」
菱は今継承問題に揺れているのは知っている。こんな時期に太陽宮が炎上するなんて、尋常じゃない。どのような状況下だけでもわかれば何かしら行動できるものの、情報があまりにも少なすぎる。それは自分が生きながらえる知恵ともなるし、もしかしたらこれから来るはずのシスにも有益なものかもしれないのだ。
「…先日、第四皇子リオウ様が先の皇帝を夜陰に急襲し、その御首を奪われたのです」
「?!!!」
突然聞こえた男性の声に思わず口から心臓が飛び出るほど驚いた。驚きのあまり倒れそうになるところを、逞しい力でつかまれた。
「び、びびびっくりした…」
「…‥‥」
無言でその男性は私を抱きかかえると、再び寝台に戻されてしまった。
(くぅ…っ苦労してあそこまで移動したのにっ)
「あなたは何者ですか?」
渾身の恨みを込めてにらみつけるが、そんなことをお構いない様子で青年はこちらを見た。
切れ長の瞳は冷めていて、まるで人形のようだった。
「翡翠の姫君の傍仕えを命じられましたソウマと申します。…貴方が、この国の守り神となられるお方ですか?」
「は?守り神って…」
赤い長衲が揺れると同時にちりん、と鈴が鳴った。




