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【完結】翡翠と翆玉~九死の姫は岩乗の王に嫁ぐことになりました~  作者: いづか あい
終章・「結」 翡翠の姫と岩乗王

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対峙


その時代も混沌とした時代だった。

ここ数年まれにみる大飢饉で、今日一日の食糧すらままならぬほど。不作に凶作が続き、バタバタと人が倒れていくのが至極当然の、生き地獄の日々だった。

菱という国は、広大な大地と山に囲まれている。しかし、南方には大砂漠が広がっており、北方は氷山で囲まれ、国土の半分近くは驚異的な大自然の威力の前になすすべなく荒れ果てていた。

そこに加えて伝染病も流行し、薬などは高価すぎて手に入ることができぬ民は、呪術や迷信、神がかり的なものにどんどんのめり込んでいった。


さびれた山奥の農村で育った少女『フェイ』は、その特徴ある翡翠の瞳と銀色の髪により十になる前にはすでに高額な金で売られ、都に来ていた。


そこで出会ったのが、時の皇帝陛下の長子である『藍世(ランセ)』だった。

彼は全てを持っていた。何もかも手に入れていたが、だがいつも何かを探していた。そして何よりもその姿は見るものすべてを魅了する容貌で、美しい藍色の瞳をしていた。


その輝かしい未来を期待される太子は、フェイを見た瞬間、自身の元へと呼び寄せた。そして…小さな箱庭の庭園と、人が誰も寄り付かない小さな家という鳥かごを与えたのだった。


**


(こうして面と向かって話すのは久しぶりだわ。…なのに、自分で嫌になるくらい震えてしまう)


私は自分の身体をしっかり抱きしめて、恐怖に打ち勝つべく抗った。


「どうした?震えているのかい?…相変わらずだね。」


満面の笑みを浮かべてこちらに向かって歩いてくる姿は、私にとってはまるで死神に等しい。改めて自分の姿を確認するが、特に変わったところはない。となると、やはり呪術とやらで連れてこられたのか?


「‥‥こっちに来ないで。どうやってここに私を連れてきたの?」

「簡単なことだ。この身体の持ち主の記憶と情報を頼りにすれば、エサルエスで誰がどこで何をしているかなんて大体の予想はつくし、人目が付かない場所でも何でもいくらでもわかるものだ」


ランセが使う呪術とやらは、どれくらいのことができるか、不思議に思った。無尽蔵な力なんてこの世にあるはずはない。でも、それほどの力をどこで蓄ているというのだろうか。


(だとすればこんな常識外れの力を持つ奴にどうやって勝てばいいのよ?!)


「そう怖がらないで、今はただ再会を喜び合おうじゃないか。そうだ、君が好きだった寒椿の花がそろそろ見ごろを迎えるんだ。後で持ってこさせるよ」

「‥寒椿ですって?私が好きなのは薔薇の花よ。寒椿なんかじゃない」


私の言葉がお気に召さなかったのか、ランセの表情はみるみる険しくなってきた。

やがて長いため息をつくと、懐から小さな指輪を取り出した。


「それっ!‥返して!!!」

「……君はわすれてしまったの?」


ぱっと自分の指を確認する。やはり薬指にシスからもらったリングが消えている。


(シスに…もらったばかりなのに…!)


慌てて起き上がり、寝台から飛び出そうと思った刹那、ぐらりと視界が歪んだ。


「‥‥?な‥に」

「‥僕が何もせずに君をそこに寝かしていただけだと思う?君には呪いをかけているよ。まあ死ぬほどではないよ。身体にずっと倦怠感が付きまとって、急激に動こうとするとめまいやしびれが襲ってくる。逃げるのは諦めた方がいい。……むしろ自由を与えてあげているんだ。感謝してほしいくらいだ」


ランセは私のすぐ目の前で見せびらかすように指輪を弄んだ。すぐ手を伸ばせば届く場所にいるのに、思うように身体が動かないのが悔しくて、涙が出てきそうだった。


「返してよ!!なんでよ、なんで私をいつも追いかけるのよ?…円環が何?呪いがなんだっていうの?!もううんざりよ!!もう私を自由にしてよッ!!」


この男はさっき、私に向かって『自由を与えている』そう言っていた。まるで自分が私の支配者であるように。私が睨みつると、彼は心底不思議そうな顔でとんでもないことを言い放った。


「なぜって…君は僕の所有物だからだよ。僕が自分のモノを躾けて管理することの何が悪い」


「どの時代でも、どの場所でも、私は貴方に必ずこう言っているはずよ!私はモノではない、ましてや貴方の所有物でも何でもないって!!私は私自身のものよ!!!感情も、言葉も、想いもすべて!!!誰かに支配されるものじゃ…」


私が言い終えるより先に、自分の頬を強い衝撃が走った。

勢い余って寝台にたたきつけられてしまう。そのままおろしていた長い髪を鷲掴みされると、目前に氷のように冷たい表情が迫ってきた。


「一度目は毒殺、二度目は処刑、三度目は惨殺、四度目五度目は斬りつけて私が殺した。6度目は病死、7度目から前回のフェイまで全て私の持つ剣で突き刺して殺してやった!!…どの場所でもこの銀色の髪は散らばって‥力なく横たわるその姿は何ものにも代えがたい程。…それはそ手は、とても美しかったよ」


「ぜ…全部、覚えているの?どの時代も、どの世界も…全ての記憶を保ったままそこにいるっていうの?」


ならばこの人は、いったいどれだけの死を経験し、滅びを経験しているのだろうか?

それを考えると、いっそ憐れにさえ思えた。


(もしかして…これが、【代価】?)


忘れないこと、忘れさせないこと。記憶を全て保ったまま繰り返す、それぞれの人生を。それには、終わりがなかったはずだ。だって、私は死ぬ度に次の円環に逃げていく。それを追う、いいえ追わなくてはいけない…永久に。


「……なぜ、そんな顔をする?」


先ほどまで余裕だった表情が陰り、瞳が戸惑いに揺れているように見えた。

私は今どんな顔をしているのだろう?


「貴方が、哀れだからよ。‥本当はもう何もないんでしょう?自分が何のために存在しているのか…だから、私を追うんでしょう?それが存在意義だから」

「…う る、さい」

「貴方だって終わらせたいはず。この牢獄みたいな円環という呪いを」

「うるさい!!!」


私はまた力なく寝台に寝転んだ。その様子を見下ろしながら、ランセは私に背を向けた。


「興が覚めた」


その去ってゆく後ろ姿を見送りながら、心底安堵した。

(近くにいるだけで息が詰まりそう…)どうしても対峙すると、抗えない恐怖を感じてしまう。

呪いのせいか、身体が重たくてしょうがない。だけど、頭は動く。

(何とか、ここから‥いいえ。とりあえずシスに居場所だけでも)

きっと助けに来てくれるはず。私はぎゅっと瞳を閉じた。


**


雪のような花びらが目の前を舞っている。無数の花びらの向こうに誰かがいるのだけど、手を伸ばしてもその先には届かなかった。


(早く、早く彼女をそこから連れ出さないと)


何度も空を切ったところで、ふわりと嗅ぎなれた香りが鼻を掠めた。一艘風が強くなると、花びらに埋もれて前はただ白く、白い世界に切り替わり…現実に覚醒した。


「‥シャンイ?!」

「おわ?!」


何とか手を伸ばして、掴んだ!と思ったその手は…ごつごつしていて、固かった。


「ちょ、ちょっと急に起きないでくださいよ…は~びっくりした」

「……ジャネット、お前の手か」


逞しい手をぞんざいに突き放すと、ジャネットは不満そうに顔をしかめた。


「まったく、良くお休みだったようで何よりです」

「どれくらい眠っていた?」


言われてみれば頭ははっきりしている。頭に霧がかかったようだったのも、睡眠不足のせいだったのだろう。窓を見れば、相変わらずの雪模様だったが、夜がすっかり更けていた。

だからこそ、急激な不安に駆られた。


「シャンイは?」

「え?ご一緒じゃなかったんですか?」

「‥俺を眠らせたのは彼女だが、あとは知らない」

「嘘でしょ?俺もずっと探しているんですけど」

「……まさか。アイルを呼んでくれないか?あとライにすぐに便りを」

「その必要はありませんよ、シスリー陛下」

「!!」


突如聞きなれない声が聞こえると、入り口にははライが立っていた。

「ライ?」

「僕は僕であなたに別の用事があったんものだから、こうして起きるまで待たせてもらっていたよ」


ジャネットがライを部屋の中に招くと、入れ違いにアイルを呼びに行った。


「なにかあったようだね。わざわざ僕を呼ぼうとするなんて」

「ライ、お前はあの赤い呪術師について知っているか?…あの漆黒の軍団を一気に移動させるとか、あれも呪術の類か?」

「?なんだよ、えーと棒から藪だっけ?まあいいや。どういう、かまではわからないけど、恐らく呪術の一種だと思う。菱にはいまだ呪い(まじない)とその類のものはしょっちゅう使われているよ」

「ならば、どこかから突然現れて人ひとり攫って行くなんて朝飯前ということか?」


俺の言葉に何かをライは何かを察したようだった。

みるみる眉間にしわが刻まれていくと、頭を抱えてしまった。


「まさかとは思うけど」

「‥おそらくシャンイが連れ去られたかもしれない」

「なにやってんだよ!!あーあ!くそ、こうなるならお前に任せなければよかった!!!」

「そんなこと、俺が一番思っているッ!!……護るって言ったのに」


力任せに壁を叩こうとして、ふと、翡翠の指輪が目に入った。


「奴の可能性の確信は?」

「確信があるわけじゃない。でも、誰も見ていないという。彼女が黙って出ていくわけはないし、ならばそう考えるのが自然だろう」


あのランセという男は、シャンイの話を総合とするなら、自身のものにするために何度も転生を繰り返して追いかけているという。そんな人外な輩が、人道なんてものを重んじるわけはない。

彼女を手に入れるため、なりふり構わないのであれば、本当に厄介な敵だ。


「だからこそ、冷静になって。ライの力を借りたいんだ」

「……俺の力って?」


ライはにやりと不敵な笑みを浮かべて聞いてきた。

本当にこいつは頭の回転が早い。どこまでがこいつの計算なのかわからないが、状況の一つ一つをうまく読み取って一歩先を呼んでいるのだろう。

(さすが、龍の眼を持つ王子)

認めざるを得ないだろう。


「とっとと菱国の皇帝になれ、ライ。どんな手を使ってでも。我が国はお前を皇帝に推すため全面的に支援する」、


俺がそういうと、ライは自身手の前に拳を突いて立礼をし、会釈した。


「仰せのままに。シスリー・エサルエス国王陛下」


この日、この時間から、菱国とエサルエスの信頼とも腐れ縁とも呼べる関係性が始まるのだった。


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