鈴
「な、なぜ貴様がここに!!まさか、こ この騒動は」
「…残念です。貴方が英雄のまま、女に溺れることなくつつましく国政を行っていたのなら、私の手は身内殺しの汚名を着せられることはなく、貴方も晩年は安心して信頼できる息子たちに看取られながら死ぬことができたのに」
リオウはそういうと、こちらに向かってきた護衛の兵士を二つに切り裂き、続けざまもう一人の腹を貫いた。ごぼっという血の泡が噴き出し、地面は赤く染まった。
「も、もうやめて!!わ、私達は隠棲するから!!!全権をお前に…ぎゃああっ」
「…淫らな売女風情が!!私を軽々しく呼ぶな!!!」
容赦なく皇帝陛下の周りにいる人間たちをまるで紙きれのように切り裂いていく。目の前で断末魔の悲鳴をあげながら倒れていく肢体が増えるたび、赤い花が舞った。何度目か剣を振り下ろした頃には、リオウも今上帝も返り血がびっしりとこびりついていた。
「ふは、ふはは…っ!!血に…血に濡れすぎたな、リオウ!!!!そうだ、お前は全てを失い、惨めに死んで行くがいい!!!朕は…!朕は四凶地獄で貴様を呪い続けてやるかなぁああ!!… ‥‥」
ごとん。
リオウの足元に苦悶の表情の頭部が転がってきたと同時に、辺りに鮮やかな血飛沫が散った。
剣の糊を掃い、顔にかかった赤い液体をぬぐうと、リオウは嗤った。
「……この頭を箱に入れて太陽宮の大門の前にさらしておけ、ソウマ」
一連の様子をじっと見つめていた第八皇子ソウマは、顔色を変えることなく血の海を見つめていた。
「わかりました、皇帝陛下」
満足げにリオウが踵を返すと、ソウマは足元に転がる一人の女性が身に着けていた鈴のついた簪を拾い上げた。血で汚れた部分をそっとふき取ると、ちりん、と哀し気な音を立てた。
「……貴女が、悪いのです。母上」
微かに出たその言葉は風に連れ去られ、ソウマは無言で自身の父親の首を持ち上げた。そして、そのまま視線を前に向けると、そこには、赤い呪術師が立っていた。
赤い呪術師ランセは、眼前に広がる炎の海をみつめていた。
「‥呪術師殿、そろそろこちらも炎に包まれます、早くここから」
「炎というのは美しいものだと思わないか?青から赤、朱色まで輝きながら一夜の華を咲かせては全て煤となり風塵に消える。…なんとも風靡な」
その彫刻のような表情からは何の感情も見当たらない、
ただ、赤い衲に身を包み、菱ではめったにない白金の髪が異様さを際立てており、ソウマは顔をしかめた。
(何を考えているのやら)
「…私は炎が好きではありません。何も残らないので」
「破壊と壊滅、滅亡と興亡……それら全て、炎に呑まれる。人間とは飽きぬものだな」
「ご自身は人間ではないとでも言いたげですね」
ソウマはそう言いながら、手で持っていた首を箱に入れた。
その様子を面白そうにランセは見つめていた。
「其方は何のために戦っている?お前も皇帝になりたいのか」
「私は何もありません。…私の目的はもう果たされました」
ちりん
「…鈴の音」
「ただの鈴です。元は私のもの、返してもらっただけです」
ソウマはそれを取り出して見せた。
「あとは、然るべき人物が玉座に就くの見届けるまでのこと」
「例えば、あのエサルエスに逃げた王子……とか?」
ランセの言葉に反応を示さず、ソウマはただ笑った。
「それは貴殿が一番ご存じでは?では、失礼」
その日、ごうごうと燃える炎の渦の中にすべて消えていった。証拠も、死体も、何もかも残さず塵となり、惨殺された皇帝の頭部だけが大門に飾られたのだった。
冬の冷たい空の上を一頭の鷹が飛んでいく。
風を切り、真っすぐ蒼穹の天を抜けると、海上に停泊している帆船に飛来した。
「…想った以上に早かったな」
ライは降り立った鷹に餌をやりながら足に括り付けてある文書を受け取った。
筒に入った文書にはただ一言だけ
”今上帝・センバ暗殺”と書かれてあった。
「どうされますか?国に戻りますか?」
「いや、今戻ったところでいいことは何一つない。あの呪術師めが力を貸してからというもの、相当調子に乗っているみたいだな、リオウの奴」
「事実、あそこまで強力な力を持つ呪術師をどうやって味方にしているのでしょうか」
「弱みを握られているのか、はたまた逆に何かの目的に利用されているのか。…後者のような気もするが。あんな恐ろしいやつの力を借りるなんて、正気の沙汰ではない」
海の向こうにある菱に方角を見つめ、ライは振り返った。
「ロレンス殿に連絡を。…シスリー陛下に至急会いたいと伝えてくれ」
数日前から雪が降り続き、木々には雪の花が咲き誇っている。シャンイは窓の外をぼうっと見やりながらその花を見つめていた。
「シス様、あの人自分で加減手物を知らないから。…ぶっ倒れるまで働きますよ」
「……そうね」
あれから、ディアトル…もとい呪術師は姿をくらましてしまった。
あの後正式に客人としてライ王子を迎え入れることとなり、菱との国境海域にて国境警備隊と共に滞在していた。エサルエスからの亡命や脱出も少なくない。国内外に自身がエサルエスについている事の意思表明でもある。
(何もないのが、一番いいけど。…でも、この状況じゃ何もしてこないのが一番怖いわ)
シャンイがため息をつくと、突如邸内がざわつきだした。
メイド長のターナがあわてシャンイの元へやってきた
「ご主人様がお帰りです、シャンイ様」
「!!!」
ターナが言い終えるより先に、シャンイは駆け出して玄関に赴くと、マントについた雪を払いながら、青い顔をしたシスリーがそこにいた。
シャンイの姿を見てぎこちなく微笑むと、そのまま肩に頭を埋めた。
「シス!!」
「……疲れた」
実は、あの騒動のあと、こうして公の場以外で会ったのははじめてである。シスリーはそのままふらりと倒れるようにシャンイにもたれかかるが、支えきれず倒れそうになってしまった。
そこはジャネットやアイルが手を貸してくれたので、しっかりと支えることができた。
「…寝てる。もう、根つめすぎです…、ごめん、二人とも手伝ってもらえる?」
「全く、まじめすぎるんですよ、この方」ため息交じりアイルが呟くが、当の本人も疲労が色濃く表情に現れていた。
「後は任せて、アイルも休んでね。あなたまで倒れたらそれこそシスが困ってしまうわ」
「はあ…、申し訳ありません。そうさせてもらいます」
ふらふらと歩いていく後姿を見送りながら、隣にいたジャネットもまた、大きくため息をついた。
「なんていうか。アイルにしてもシス様にしても、まじめすぎなんですよこの人たち。真面目な奴同士がそろいもそろうと、止める奴がいない。全く仕方がない」
「ふふ、貴方がこの二人といつも一緒にいた理由がよくわかるわ」
ジャネットやシュナイゼルの力を借りてシスリーを寝室に運ぶと、シャンイもまたララファの淹れてくれたお茶を飲みながらくつろいでいた。
「私にも何か手伝えるようなことがあればいいんだけど」
「…ん…」
「あ、シス。まだ寝てて、全然休んでないでしょう」
「シャンイか。…いや、そろそろ起き上がらない」
ぼーっとした顔で起き上がろうとするシスリーを無理やり寝台に押し付けると、シスリーは少しびっくりしたように目を瞬いた。
「だめです。…無理しすぎは仕事の能率も下がりますし、身体のためにはなりません」
「……いや、でもやることが」
なおも抵抗するシスリーを見てシャンイはため息をつき、ララファに幾つか指示を出した。
ララファは少し首をかしげたが、やがて退出していった。
「…せめて少し休んでからにしませんか?今特製のお茶をお願いしたので」
「とくせいのお茶……」
にっこり微笑むシャンイを見ながら、シスリーは何かをあきらめたように同じくため息をついた。
「オフェーリア妃には、ご実家に戻るように伝えたよ」
「え?」
「知っていたんだろう、生まれてくる子供の話」
「…そう、ですか」
優しいアストレイを思い出したように目を伏せたシャンイを見て、シスリーは何かを言いたそうに一度口を開いたが、すぐにつぐんでしまった。
「…貴女と兄上が二人でいたのは、それが理由だったのか?」
「偶然見てしまっただけです。…本当にたまたま。でも、オフェーリア様はどちらにせよ耐えられなかったかもしれません。……大きな秘密は抱えているだけでも息ができなくなっていくだけですから」
ふと、シャンイはオフェーリアを思い出した。
いつも非の打ち所がない完璧な淑女の鏡。彼女を形容する言葉はそれしか思い出せない。だけど、内面には、計り知れないほどの情熱を秘めていたのかもしれない。
(アストレイ様もオフェーリア様も…お互い鏡を見ている気分だったのかしら)
そんなことを考えていると、突然シャンイはシスリーに抱き寄せられた。
「?」
そしてそのまま白く長い指でシャンイの手を取ると、リボンのかかった小さな箱を渡してきた。
「…ずっと渡せずにいたから」
「これ……」
リボンをほどくと、赤いなめし皮の入れ物が姿を現した。中には、二つの翆玉の指輪があった。




