霜雪に散る花
夕方に降り始めた雪はしんしんと降り続き、街の景色も何もかも真っ白に染めてしまった。
雪でありとあらゆるものは覆い隠される頃、アストレイの遺体は棺に入れられ、ただ静かに眠っているようだった。
傍には父レオンハルトの姿と、シャンイ、兄の従者のフレッド、シャンイ、それにミュリエルが寄り添っていた。
「少しは休まないと、お体に障りますよ、父上。」
「‥シスリー。…儂は儂は間違っていたのだろうか?」
今回の一件で父の顔色は一気に老け込んだように見えた。その顔には疲労の色が濃く出ている。
「…誰が正しくて、何か間違っているか、なんて…誰にもわからないことだと思います」
シャンイもまた、顔色はよくない。それもそのはず、彼女自身も予想だにしていることではなかったはずだろう。
「シャンイ、貴女も少し休んでくれ。冬は冷える、それに…」
よく見れば、俺自身も含めいまだ血糊のついたままの服を身に着けていた。それに気が付いたのは従者のフレッドだった。
「あ、申し訳ございません、気遣いができなくて。アストレイ様は私が見ておりますから、お二人は着替えてきて、少し休まれてください。…レオンハルト様も」
「……お父様、少しお休みしましょう?お兄様たちも、この寒い時期です、お体を壊してしまいますわ」
「そうだな。シャンイも」
シャンイは力なく頷き、その場を任せて退出した。
「……王城にはいくらでも空き部屋があるから、とりあえず休まないか?」
「シス、貴方こそ休んでください。これからたくさんやることがあるんでしょう?」
「まあ、そうだけど」
こういう時、意外とシャンイは頑固だと思う。気を遣うもの同士、このままでは本末転倒だった。
「じゃあ一緒に寝よう」
「……いま、なんて?」
「だから、このままじゃ互いにゆっくり休めない。お互い監視し合いながら眠れば問題ないだろう。…いや、その目はなんだ、何もしない」
さすがに今の状況で何かしようという気には…ないわけでもないが、そういうわけにもいかない。
(嘘は言っていないぞ)
「監視って……はあ、一理あるかもしれないわ」
「ああ。俺だって眠るときはゆっくり休みたい」
王城仕えのメイドたちを呼んで、新しい服と風呂を用意させ、やっと人心地つくことができた。
窓の外の雪は月光を反射して淡く輝いている。暖炉に向かって座りながら、おもむろにシャンイは言葉を紡いだ。
「貴方は本当に王様になってしまうのね」
「こんな未来、考えていなかった。……ごめんな」
「何で謝るの?もしかして、貴方が王様になったら私がいなくなるとでも思ってるの?」
「覚えてるか?死ぬまでにしたい10のこと」
「うん、どれくらいかなった?」
「多分7個。……あと三つはどうしたってシャンイが必要だ」
「それ、自分でもいうのもなんだけど、全部叶っちゃうとそれはそれで心配になってしまうわ」
「そしたらまた、増やせばいい」
いつの日からか、昔から見ていた悪夢を見ることがなくなってきた。一つ問題がなくなると、何故か新しい問題が増えていくばかりだ。人生とは本当はそういうものなのかもしれない。
「貴方が離れないでずっとそばにいてくれるように。俺も、頑張る。…もう休もう」
その日の夜は本当に色々あったにも関わらず、彼女のぬくもりに安心して、ゆっくりと静かに眠りに落ちた。
次の日―――
アストレイ国王陛下の訃報と、第二王子ディアトルの突如勃発した内乱は瞬く間に国中に広がりを見せた。同時に第三王子の新国王即位と菱国からの侵攻ともとれる行いは民衆を一層不安にさせた。
「なんでも新しい国王様が即位されたと同時に暗殺されたって」
「ああ、恐ろしい。王家の方々は何をしているんだろう?今度の王様だってあの呪われたと噂される方だろう?」
「そんな奴が王様になるなんて、大丈夫か?」
「いや、知らないのか。第三王子様はあまり表に出られないだけで、立派な方だ。この国の医療が整備されるのおあの方の尽力のおかげだろう」
いい噂、悪い噂、根拠のない不安や煽り、様々なものが国全体を大きく揺るがしていた。
ディアトルと関りが深い者たち、今回の件で手を貸したであろう貴族や商人、手引きをしたとみられる一兵卒に至るまで、あらゆる身分の者たちの告発や狼藉が公になっていく。
粛々と刑罰が執行され、その波紋は主要とされる爵位を持つすべての貴族に広がっていった。
シスリーは迅速に、かつ確実に数々の成果を上げていった。
アストレイの死からほんの数日で、エサルエス国内の勢力図は一変した。連日続く処刑や裁判に誰もが疲弊し、新国王即位の手腕をあるものは畏れ、あるものは評価した。
そして、その頃になるとシスリー陛下を取り巻く噂や評価は影を潜め、平穏とは程遠いものの、一応の騒動の収束が見えた。
**
「性急すぎるという声が各所から聞こえてきます。」
執務室にて、アイルは山のような書類の前に座る新国王陛下に向かって告げた。
「時間をかけ過ぎれば騒動の元凶は影をひそめる。そうなる前に関わったもの全員を見つけ出さなければ」
「……もう何日寝てないんですか」
「まだ罪深い貴族共の抜けた穴を埋め切れていない。仕事が増えるのは仕方のないことだろう。…例の件は、調べてくれているか?」
「もう少しお待ちください」
ディアトルはあまりにも多くの協力者や関係者が多数いた。多くの協力者は爵位をはく奪されたり、資産差し押さえ、領地没収、官位はく奪など様々な刑罰に処された。
しかし、今となってはその本人が姿をくらましたことで、数ある協力者達のつながりは瓦解してしまった。中にはその秘密を知られぬよう自害するものさえ現れる始末…結果、全容を把握すら困難になってしまったというのが本音だった。
そしてもう一人……ディアトルの魔性に取りつかれた女がやってきた。
「シスリー様……その、オフェーリア様が」
「……入っていただいてくれ」
人払いの後、その姿を見せたのは、げっそりとやつれた妊婦用のドレスに身を包んだオフェーリアだった。
持っていた書類を置き、改めて彼女と見合った。
(相当堪えたようだ。精神的にも体力的にも)
およそ生気のない白い顔をした淑女は、精彩に欠けぬ美しい所作で礼をした。
「なにか御用でしょうか」
「…この度は新国王即位をお慶び申し上げます、陛下」
「喜ばしいことなど何一つございません。それよりもだいぶ体調も芳しないようだ、いっそご自身の生家に戻られてはどうか」
ぞんざいにそう告げると、オフェーリアはぶるぶると肩を震わせこちらをにらみつけた。
「……全てご存じではないのでしょうか?」
「なんのことでしょう」
「私のお腹の中の子供のこと」
ああその話か。と思うと同時に、凄まじい嫌悪感を感じた。
正直言葉を交わすのも億劫に感じてしまうが、事実、彼女の処遇については先送りにしていた。
「父親は私の知る範囲では兄上ではないのですか?」
(これで反論すると正直厄介だ。むしろ本人が懺悔のような気持ちで真実を告げるのなら、やりようはある)
「もしそうだとして、この子が将来大人になった時…どのように対応されるおつもりですか」
「随分とおかしなことをもうされる。たとえどのような身の上だろうと、アストレイの子供だというのなら正式に王家の者として受け入れるつもりです。……後ろめたいことがないのなら、当然の対処だと思いますが」
言葉の刃は容赦なくオフェーリアを貫くと、彼女は明らかに焦燥した様子だった。
その様子を冷ややかに見つめると、そのまま言葉をつなげた。
「それとも。もしかして何か後ろめたいことでもおありでしょうか?人に言えないような、後ろ暗い何か……まさか罪人の子供を身籠ったというわけでもあるまい?」
「ざい、にん……?」
「そうです。例えば兄弟を殺したもの、国を乱したもの、全てを裏切るような・・たとえば反逆者、とか?」
「…っ… あ そ、それは」
「――罪びとは己の罪から目を背けるために平気でうそをつくらしい。ああ、もしかして…貴女もそうでしょうか?」
嘗て完璧な貞女と謳われた女性はその場に崩れ落ちた。
その様子を見ながら屈みこんで、オフェーリアの顔を覗き込んだ。
「兄は生まれてくる子供に罪はないと仰っていた。その心に恥じぬよう、貴女はこれから何をすべきかわかっているはずだ」
もし、ディアトルに本当にオフェーリアを想う心があるのなら、自身がここを去るときに何かしら彼女を守る行動に出る筈と考えた。しかし、実際は彼女の元には何ももたらされることもなく、書類上とはいえ、自身の夫の窮状にも立ち会えず、孤独を目の当たりにしていた。
――憐れな人だ、と思う。
兄は彼女の自由を尊重したようだが、結果がこれだ。
「わ、私は…ふ、不義をおかして…ディアトル様と……!」
震えながら告白するものの、その言葉を遮った。
「それだけ聞けば十分だ。今後一切エサルエスの王家に関わりを持たぬよう。貴女の家紋と爵位ははく奪する。…金輪際俺の目の前に姿を見せるぬと約束しろ。アストレイの弔いにも、公式の場にも、一切姿を見せるな」
「…う、承りました……」
肩を落として退出していく後姿を見送ると、執務室には誰もいなくなった。
椅子の持たれかけ、深く息をはきながら虚空を見つめた。
「……ああ、ひどく疲れた」
(オフェーリアはこれでいい。……兄上、やはりあなたは優し過ぎるんだ)
きっと兄は彼女に最後まで温情をかけ、咎めることはしないのかもしれない。それを思うと、多くのものがやりきれなかった。
心優しい人間というのはどうしてすぐにいなくなってしまうのだろうか?
**
同時刻、菱にて――
皇帝が住まう居住宮は炎で包まれていた。
「だめだx…炎が消えない!!なぜだ…っぎゃあああああ!」
宮殿に舞い上がる炎はまるで生き物のようにすべてを灰に帰していき、赤い華のように火の粉が舞っていた。炎で包まれている宮殿には逃げ惑う人々の悲鳴と叫び声で満ちており、それは今上帝も同様だった。
威厳など欠片もなく、家臣と正妃に護られながら着の身着のまま、這う這うの体で逃げ出していた。
「やれやれ、昔の英雄の見る影もありませんな、父上」
「き、貴様…リ、リオウ!!!!」
第四王子リオウの叛乱である。




