赤い呪術師
アストレイは、ディアトルを貫いていた剣を渾身の力で抜くと、その場に倒れた。
「兄上!!しっかりしてください!!!」
聖殿は血に濡れていた。
祭壇には、レオンハルトとシャンイ、そして横たわったアストレイと、ディアトルがいた。そしてそれを取り囲むように漆黒の兵士達は刃を向けている。参列していた王侯貴族は壁側に追いやられ一列に並んでいたが、そこかしこから悲鳴のような叫び声が上がる。
ガタン、とレオンハルトが崩れおちた。
「…ディアトル、アストレイ…儂の……儂のせいで」
やりきれない気持ちで父の姿を見る。彼の気持は痛い程わかるが、それを擁護できるほどの余裕は今はない。
(…っく、失血がひどい!!早く治療しなければ)
ディアトルの銃弾は兄上の胴体を貫いていて、血が止まらない。しかし止血しようとするその手を遮ると、アストレイは血濡れた翡翠の剣をしっかりと持ち直し、俺の胸に押し当てた。
「……確かに、託したぞ。」
「!!」
翡翠の剣は、前時代のエスター王国より伝わる王の証。それを受取ると、想像以上に重たく感じた。背筋に冷たい汗をかき、先について考えるとぞっとした。
(これが、王の重み…か?)
受取ったのを確認すると、安心したようにアストレイは息を吐いた。そのまま床に体を預け、力なく横たわった。
「…これで、いい。やっと…役割を……全うした」
「兄上!!しゃべらないでくれ!今……」
「いいから。彼女も 呼んでくれるか」
虚ろな瞳が探るように手を伸ばした。その手をシャンイがすかさず握り占めた。彼女の手を確かめるように握り返すと、アストレイは微かに微笑んだ。
「‥アストレイ様!!」
「……ふたりに、伝えておこう、と」
「だからしゃべるな!!治ったらすぐに聞くから!」
静かに首を横に振ると、空いている逆の手で俺の手を掴んだ。
「シス…お前は、お前が思う以上に能力もあるし、強い。それを忘れるな。決断は迅速に、迷わずに必要だと思うことをやれ。‥それで、うまくいく」
「…アストレイ、‥わかった」
「シャンイ…‥シスを頼むよ。二人が幸せになるのを こころから 祈るから」
「‥はい!……っはぃ…」
それだけ言うと、アストレイは満足げに笑い、二人の顔をみた。
「新しい…国王陛下と王妃に、敬意を。……この国をよき方向 へ ‥ ‥」
輝くようなアメジストの瞳は徐々に曇り、静かに永遠に閉じられてしまった。
「兄上…兄上!!!アストレイ!!!」
次の瞬間、漆黒の兵士たちは一斉に頭を垂れ、入り口の扉の方に跪いた。
「なかなか面白い見世物だった。悲劇というのはやはり美しい」
朗々たる声が聖殿に響き渡ると、全員の視線が集中する。
「新国王即位、おめでたいことでございますな」
ザっと漆黒の兵士たちが二つに割れると、そこには菱の王章である五爪の龍の文様をあしらった黒衣の男が姿を現した。年齢はおそらく30代後半といったところだろうが、長袍の上からも引き締まった筋肉と鋭い眼光がわかるようだった。
「……誰だ貴様」
「私は菱国王太子、リオウと申します」
そう言って立礼をする、その人物に興味はない。
横たわるアストレイの身体に身に着けていた白いマントを被せ、その瞳をそっと閉じさせた。
もし、この男が全てを仕組んでいたのなら、すべてを企てていたのなら
「要件は手短に発言することだ。‥貴殿はわざわざ戦争をしにでもきたか?」
人間とは、同じ人間に対してこれほど深い憎悪を‥殺意を抱くことができるものなのか。
剣からしたたり落ちる露を払うと、ぎらりとした刀身があらわになる。
「もしそうだとしたら、俺がこの剣でお前を殺せば済む話だろう。お前を殺すことに俺は一片の迷いもない」
「やれやれ。これはほんの挨拶ですよ。今の状況ではあなたは不利だろう。ここは落ち着いて」
リオウが言うよりも早く、後方から鬨の声が上がったのが聞こえた。
「……?!」
「状況が変わったようだ。……果たして不利なのはどちらか?」
漆黒の兵士たちがあわただしく動き出すのと同時に、扉の方からどっと人の波が押し寄せた。
そしてその先頭に立っているのは―――
「やあ!また会ったな、シスリー、シャンイ!!」
「ライ!!それに…」
白い鎧姿のライと、隣には傷ついたロレンス卿の姿があった。
「シスリー王子、どう詫びればいいのか…不甲斐ない己を恨むばかりだ…」
「お兄様!!」
思わぬ増援に、心底驚いたのはリオウだった。先ほどまでの余裕はすっかり失せているものの、顔色を変えないのはさすがだろう。
その様子をにやりと笑って見つめるライは、わざとらしく咳ばらいをすると、口上を述べた。
「私は菱国王太子ライ。旧知の王子殿下の御身をお守りするため参上いたしました。」
それだけ言い終えると、シスリーの傍らに白布を被せられているものの姿を見届け、目を伏せた。
「新国王即位をお慶び…とは言えないか」
「‥‥ ‥ライ王子、兄に変わり御礼申し上げる」
「さあて、リオウ兄上。戦争を仕掛けるかのような立ち振る舞いは菱国の意思ではない。皇帝陛下の意向を無視しての独断行動、これは報告させていただく。俺はエサルエスと菱国皇帝側につきますので、どうやら我々は敵対関係にあるようだ。」
「……ふん、はみだし物め。口だけは達者のようだ」
漆黒の兵士とその統括であるリオウ、それに対峙するエサルエスの兵士とライの私兵と一同に介したその瞬間、突如不気味な笑い声が聞こえた。
「ふふっ くっくっく……アハハハハ!!」
「なに ?」
ゆらり、と。横たわっていたはずのディアトルが起き上がった。
とっさに剣を構えて、シャンイを自分の背中にかばうと、それを見た「ディアトル」であった者は血にまみれたその顔で妖美に微笑んだ。
間近で見ると、ことさら不気味で目をそむけたくなる様相で、シャンイが怯えたように後ずさった。
「…ひっ…」
「……どうして、生きてる?お前はこの剣で貫かれたはずだ」
「剣が身体を貫いたからといって、死ぬとは限らないだろう?ほら、この通り、血も止まったし、傷だって」
信じられない光景だった。貫かれたはずの腹部の箇所はところどころ服が破けているものの、はた目から見ても傷は塞がりかけている。
「そんな、まさか」
「はは、驚くよね。私もこの身体になってから初めてだよ。前の生で得た力だから、発動しないか心配だったんだけどな、ね?フェイ」
「……あ、貴方は、本当に」
「お前がシャンイを追っかけているストーカ―男か。いい加減諦めたらどうだ?彼女はお前のものにはならない。しつこい男は嫌われるぞ?」
そいつはこちらを見ながら不快そうに眉をひそめた。
「ふん、またお前か。…いつもいつも邪魔しやがって」
「俺はお前なんか知らん。それよりも‥‥ディアトルではない、兄を殺したのはお前だろう。どんな原理で治るのかは知らないが、治らなくなるまで攻撃すれば済む話だな」
「ああ恐ろしい。さあ、リオウ、約束は覚えているかな?」
そいつはくるりとリオウの方振り返る。やや呆けていたリオウだったが、すぐさま眉間にしわを寄せて苦々しく舌打ちをした。
「まさか、本当だったとは。ああ、一度退くとしよう。ライ、武器を収めろ、こちらに敵意はない」
「まさかとは思うけど、これだけのことをしでかして、何もせずに帰るつもりですか?」
「ああ、我々には恐らく手は出せまい。‥こちらには呪術師がいるのだから」
「…呪術師?まさか」
突然周囲に光が発せられる。その中心にいるのは、ディアトルの姿をしながらも、全く異質な存在の男だった。赤い衲をまとったその男の元に光は収束し銀色の錫杖が現れた
「私の名前はランセ。森羅万象を従え、人間を超えた存在。…やっとこの身体を屈服させることができたよ。…ディアトル、彼は満足して永遠の眠りについた。シスリー王子、君たち兄弟のおかげだ」
「なん だと?!ふざけるな……!!」
剣を持つ腕に自然と力がこもる。一瞬のうちに呼吸を整え、踏み込んで間合いに入り込み、強烈な一撃を放った。
しかし、その剣先は掠めることなく、空を切った。
ひらりとその切っ先を避けると、彼はにやりと笑った。
「お前たちと、悲劇の王様に免じて今日は退くとしよう。…‥いずれ、迎えに来るよ、翡翠の姫君。どうしたって、お前は私の元に来る運命なのだからな」
「冗談じゃない!私は絶対に行かない!」
「待てランセ!!!」
ランセが杖をふるうと、その場にいた漆黒の兵士は姿を消した。残されたリオウは全体をねめつけると、踵を返し、光の中に消えていった。光に消える瞬間、ライの方をちらりと目を向けた。
「お前がそちらにつくというのなら、我々はやっと思う存分殺し合いができるな」
「望むところだ、リオウ。…ソウマによろしく」
ライの言葉ににやりと笑うと、そのまま消えていった。
場に静寂が戻ると、シャンイはその場に座り込んでしまった。
「…大丈夫か」
「…シスこそ、アスト、レイ…様」
「ああ。……だが、泣いている暇はない。やるべきことは山のようにある。アストレイもきちんと葬らなければ」
静かにすすり泣く声や、アストレイの死を悔やむ声が上がり始めた。
ふと、あることに気が付いた。
(そういえば、この外套は)
それは、シャンイと初めて会った時、身に着けていたものだ。本来なら銀の刺繍のみしか施されていていなかったが、シャンイは自身の瞳と同じ翡翠色の糸で新たに模様が縫われていた。
――白は死を象徴する装束の色――
あれほど嫌っていたその色は確かに、大切な兄上の死を悼む色だった。
「…贐に…なれただろうか」
今この瞬間だけ、涙を流すのを許してほしい、兄上。
少し泣いたら、また前を向くから。




