必然という名の運命
新国王の戴冠式はエサルエスの城にある大聖堂にて行われる。
アウロスにある複数の教会や聖堂では、大松明の火をいただきに絶えず人々が出入りしていた。
この善き日に、これから先の未来を祈りながら、民衆たちは次から次へと蝋燭を持ってやってきては、大松明からその火をもらい、帰っていく。
新しい国王が灯した大松明の火種からいただく炎は、永久の平穏と安寧を祈る意味が込められており、灯された火はそのまま家の燭台に灯すという習わしがあった、
12時の鐘の音と共に、王家の証である宝剣を携え、王族とそれに連なる者たちは盛装し、共に大聖殿へと入っていく。先代の王からエサルエスの宝剣と王冠が授けられ、そこで初めて新しい王の誕生となる。
新国王・アストレイ・ブライト・エサルエスの戴冠である。
「シスリー様と妃であるシャンイ様はこちらの席へ」
二人が神官に案内されたのは、国王からみて右側の席、つまりは次席の継承者の椅子だった。
シャンイはそっと隣のシスリーの顔を見るが、とても静かで落ち着いていた。
そして向かい合わせとなる逆隣りの席はディアトルの席。しかし、その妃の椅子と共に空席のままである。
開始時間になっても、彼はその姿を見せることはなかった。
同じころ、港では。
祝賀ムードでアウロス内の飲食場はどこを見ても大盛り上がりだった。
見知らぬものどおし肩をたたき合い、共に歌を歌い、新しい未来に夢を馳せていた。
浮かれたその雰囲気の中、明らかにその場にそぐわない者たちの姿があった。全身黒い鎧で身を固め、顔に同じく黒い覆面をしたその者たちは、人目を避けて、でも確実に、アウロスの中心部にある大聖殿に向かって歩みを進めていた。その動きはまるで大きな黒い一頭の獣のように均整がとれており、徐々に大きく広がりを見せている。
しかし、その影に気が付いたものはほとんどいなかった。
式典中、外部の人間は一切侵入はできない。
本来なら聖殿の防衛任務は、軍の総指揮であるシスリーの管轄ではある。その代行任務の一切と周辺の警備とはロレンス・アルヴェール卿が任されていた。ないだ風をまといながら、ロレンスは目をすっと細める。
「…妙に静かだ。この祝いの日に、夜啼きの鷹の声さえ聞こえないとは」
冬のエサルエスは夜が格段と冷える。白い息を吐きながらロレンスは冷たい空を見上げた。
上空には冴え冴えとした月が浮かんでいて、きらきらと瞬く星々と共に地上を冷たく見下ろしている。すると、白い綿のような雪が舞い降りてきた。
「うわー…雪ですか。積もりますかねえ」
のんびりとフラウスが呟くと、ふと、ひとの気配を感じた。すると、闇の向こうからやってきたのは…白い雪に融け込むような真っ白い盛装のディアトルの姿だった。
「…?ディアトル殿下、なぜここに…」
その問いには答えず、ディアトルは冷たく微笑むと、懐から銀色の銃を取り出した。
「?!皆、物陰に隠れろ!!!」
ロレンスが叫ぶと同時に高らかにパ――ンという銃声が響き渡った。
瞬時に反応した複数は壁の中に逃げ込むが、幾人かは後れを取ってしまった。それを逃さぬように、黒い闇の中から漆黒の鎧の兵士が複数現れ、音もなく切り伏せていった。
同時に、備え付けてあった松明はなぎ倒され、現場は騒然とした。襲い来る漆黒の兵士を切り伏せながら、ロレンスはこの騒ぎを起こしたディアトルの元へと走り出す。
「全員目の前の敵に集中しろ!!冷静に行動するんだ!!」
(この黒服の連中…エサルエスに所属するものではない!!)
辺りからうめき声や苦悶の声が聞こえ、いたるところで怒声や銃声が飛び交う。ロレンスはその中を突っ切り徐々にディアトルとの距離を縮めていく。
「くそ!どういうつもりですかディアトル殿下!!」
ロレンスの問いかけもむなしく、ディアトルは銃を更に構え、ロレンスに容赦なく銃弾が撃ち込んでいく。元々、自身も銃の扱いに慣れているのが幸いしてか、射線と銃の構える向きで、すべてではないにしても辛うじて弾丸を避けることはできる。
(1.2.3…弾は全部で9発。あと二発!)
自身の間合いまでディアトルと距離を取り身構えると、ディアトルもその手の武器を剣に持ち替え、同様に対峙する。
「他国の力を借るとは…!反逆者め!!!」
「…騎士風情が。口を慎め」
しかし真横から別の剣閃がロレンスに襲い掛かり、間一髪でその一撃を横に跳んで避けた時には、もうディアトルの姿はなかった。
「っ…聖殿に行かせるか!!」
追いかけようと、その場所から振り向くと…ロレンスの目に薄ら笑いを浮かべて銃を構える漆黒の兵士の姿が映った。
「っしま…」
「?」
「なんだ?」
外の方で銃声や怒声が響き渡り聖殿内は騒然となった。
扉が開くとと同時に帯刀した漆黒の兵士たちが多数なだれ込み、武装した警備兵を切り伏せていく。
「う?!うわああ!!」
「全員その場から動く――」
その声が響く前に、とっさにシスリーが動いた。
なだれ込んでくる漆黒の集団の先頭にいる数名をかわしながら武器を奪い、半歩進んで切り込み、振り向きざま数名を切り伏せた。
聖殿に鮮血がほとばしると、悲鳴のような叫び声が響いた。本来なら祭事の最中に流血沙汰は避けたかったが、状況がそれを許さない。
「シャンイ、後ろに下がって。陛下と兄上を頼む!」
「わ、わかりました!」
シャンイが後方に下がるのを見届けて、シスリーは剣を構えたままアストレイとレオンハルトを守るように前に出た。次々と襲い来る漆黒の兵士を迎え撃ち、武器を奪いながら退けていく。
斥候らしき数名を追い散らすと、そこから白い盛装のディアトルが姿を現した。
「お前は、ディアトル!!」
アストレイが苦々しくその名を呼ぶと、ディアトルはにやりと笑った。
「この度は戴冠おめでとうございます、兄上」
剣を構えたままシスリーが睨みつける。ディアトルの衣装にはところどころ返り血のような赤いしみが点々とついていた。
同時に大量の漆黒の兵士が押し寄せ、聖殿はあっという間に制圧されてしまった。
「……どういうつもりだ」
「兄上の戴冠を祝いに来たのだが、何か問題でも?」
「この状況でよくもぬけぬけと!」
シャンイから聞いた話が脳裏をよぎり、シスリーは目の前に立ちはだかるその異質な存在に改めてぞっとした。幾度となく生を繰り返し、死を繰り返し、それでもなお存在し続ける。
それは果たして人と呼べるのだろか?
「シスリー、お前は下がれ。彼が用があるのは私だろう?」
「…!兄上がそうおっしゃるのなら」
シスリーを下がらせ、アストレイは前に出る。それを後ろから見ていたレオンハルトは、その手を掴もうとしたが、届かなかった。
「アストレイ…ディアトル!」
「…陛下、あまりお動きにならぬ方が」
「父上…」
ディアトルとアストレイ、二人が向かい合わせで対峙する。
「お前の望みはなんだ?この王冠か?それとも、もっと別の何かか?」
「アストレイ……私はお前が嫌いだ。幼少のころから、私とお前は、絶対に相容れない光と影のようなものだった」
二番目に生まれたものの宿命…それは、長子に何かあった為の予備であり、あるいは国を守るため、または動かすための歯車の一つにすぎない。それは絶対に覆ることはない。
「‥ディアトル」
「どうあがいても覆らぬというのなら、いっそすべてを壊してしまえばいい。それに気が付いただけだ」
そう言いながら、ディアトルはその手に銀色の銃を構えた。
「何もすべてを壊さずとも、方法はある」
アストレイは銃に構わずにディアトルに歩み寄る。水を打ったような静けさの中、その場にいる全員が事の成り行きを固唾をのんで見守っていた。
ディアトルは軽く眉を顰めると引金に手をかける。
「‥何のつもりだ」
「こんな話を知っているか?エサルエスの前身であるエスター王国の最後は、三人のうち上の兄弟二人がいがみ合い、争うことから始まったそうだ。…結局、最後は戦いに疲れ果てた二人が病で死んでしまうことで、その戦いは終結し、名実ともにその王国は滅亡したという」
「!!……ま、まさか 兄上」
前に出ようとするシスリーを振り向かずに、アストレイは片手で制した。
「‥私はその話を聞いていつも思っていた。争ってまで得た地位や名誉になんの意味がある?罪なき者を苦しめ、流れた多くの血を代償に得た、光なき未来に意味があるというのか。私がその兄弟の片割れの一人だとしたら、火種である己が決着をつけるべきではないか?…いつも、そう思っていた」
「何が言いたい?」
「単純な話だ。要は私とお前、二人がいなくなれば済む話だろう?あとはシスリーと彼女が新しい国の形を作ってくれるはずだ」
その言葉を聞いたシスリーの顔がさっと青ざめる。
「何を…兄上?!」
「…すまない、シスリー…私は」
「アストレイ様!!!」
「……!」
シャンイが声をあげると、一度だけアストレイは振り返り、ほほ笑んだ。
「…シャンイ、君に出逢えてよかった。私には…それがあれば、もう十分だ」
「何を…!」
「後は…託した、君たちに」
再び前を向き、アストレイは腰に帯びていたエサルエスの翡翠の宝剣を抜いた。しゃん、と涼し気な音が鳴り、装飾の施された鞘から玲瓏たる剣が抜き放たれた。薄い翠色の煌めく光をまとった刀身があらわになると、一筋の光を放つ。その閃光にディアトルは顔をしかめた。
「っ?!!」
「ディアトル。そんなに影が嫌なら、お前の望み通り光であるというこの私と共に、いっそお前も消えてしまえ。…これ以上お前はここに居るべきではない。ともに消えよう…ディアトル」
アストレイは静かにそういうと、翡翠の剣がディアトルの腹部を貫く。と、同時にディアトルもまた、銃の引鉄を引いた。
「や、やめろぉおおおお!!!!」
シスリーの叫び声が響くのと同時に、一発の銃声が響き渡った。




