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【完結】翡翠と翆玉~九死の姫は岩乗の王に嫁ぐことになりました~  作者: いづか あい
第三章・「転」 必然という名の運命

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ライ


「レシア社長、今日付けで退職いたします。ご挨拶にお伺いしました。」


レシアの執務室にて。

新しいデザイン画の最終点検をしている矢先の出来事だった。レシアは手を止めて、煙管に火をつけると、ふっと吐き、ライの姿を見た。


「貴方がうちに来てちょうど10ケ月というところかしら?それで、探し物は見つかった?」

「まあ、一応。ただ、うち一つは残念ながら他の候補者に奪われてしまいました。」


今からおよそ10か月前のこと。

エサルエスのアウロス港に停泊する船にはそれぞれ停泊期間が定められている。

最大2週間の停泊は出来るものの、それ以上になるとある程度の金額が請求され、船の種類や大きさ、人数によって左右されるのだ。

ライの場合は国の変事中、しかも後ろ盾もなく手ぶらで国に戻ったところで他の王子同士の小競り合いに巻き込まれるか、もしくは刺客に暗殺されるかの未来しか待ち構えていない。

自衛の意味を込めて滞在期間をできるだけ伸ばしたかった。

一番手っ取り早い方法はどこかの機関に属するのが一番効率がいい。ならば、とアルヴェール商会に新規の菱の航海ルートを手土産に直談判したのだ。


「こちらでは多くのことを学び、いい経験をさせていただきました。」

「ふふ、私は才能あるものが好きなだけ、貴方が投資のし甲斐がありそうだから手を貸したまでよ」


レシア・アルヴェールは実に合理的で現実的であり、または目利きであった。

ライの申し出を快諾したのも、彼が将来菱の皇帝になることを見込んでの決断である。商いを営む者は、乗るときは乗り、引くべき時は退くということが商売をうまく回すことを知っているのだ。


「あの子のことはいいの?私はこれでもライのことは買っているのよ?」


心にもないことを、と思いつつライは肩をすくめた。


「未来の国王陛下のご寵姫にはさすがに手が出せませんよ」

「あらあら、随分弱気じゃない、未来の皇帝陛下殿が。‥私は貴方の未来を拓く力と権力に投資したの。勝ってくれないと大損だわ。出世払いで頼むわね」

「…皇帝候補の足の引っ張り合いの泥試合も散々な結果のようですし。後は第4皇子リオウと第8皇子ソウマ、最も面倒な二人が残ってしまいましたがね」


ここにきて、菱の継承問題は大きく進展していた。当初18人いた候補者は、ものの見事に激減し、今は第4皇子リオウ、第8皇子ソウマ。そして第18皇子ライと、三人に絞られていた。

候補者達の末路は実に目を覆うものばかり。あるものは自ら退き、その後の行方を誰も知らない。また、あるものは流行り病にかかり、ある者は互いの足の引っ張り合いの末、文字通り自滅の一途をたどった。


「ここからが正念場ね。頑張ってね。無事目的を達成したら、わがアルヴェール商会をよろしく」

「…承知しておりますよ、レシア社長。最後に一つだけ。――戴冠式前後にリオウがなにかしら企んでいるみたいです。」

「あら、候補者筆頭のリオウが動くなら、貴方も何かしら動くつもりでしょう?シャンイを危険にさらすような真似はしないだろうし、うまく動いてうちの義弟に恩でも売ってらっしゃいな」


ひらひらと手を振ると、レシアは再び目の前のデザイン画に集中した。

こうなると、「もう用はない」という意思表示となる。相変わらずの普段通りぶりに苦笑いを浮かべると、レシアに一礼して退出した。


煙のように薄く長い雲が夜空を流れ、爪のような下弦の月が浮かんでいる。

ライはその雲をじっと眺めていた。


(全く、もう少し別れを惜しんでくれてもいいのになあ)

『殿下、こちらでしたか』


いつもどおり生真面目そうな顔の従者のトーリがやってきた。


『トーリ』

『リオウ太子がディアトル王子と接触したようです。こちらも何か手を打ちますか?』

『第二王子は放っておいていい。状況からして第一王子の次はシスリーだろう。あちらに恩を売る方がよほど後々に役立つ。‥それより、最後の至宝のありかは分かったか?』


シスリーには鼻で笑われたものの、ライがこのエサルエスに来たのは言うまでもなく、手に入れば王の証となるといわれている三種の至宝を探すのが目的でもある。


(三種の至宝、一つは全てを切り伏せる剣、一つは真実を移す鏡、そしてもう一つが、目には見えるが決して姿を見せない宝玉)


一種の謎解きのように、口伝で語られてきたその言い伝えだった。幼少の頃、母親が子守歌替わりに聞かせてきたその歌は、まるで呪いのようにライの中に刻まれていた。


(三つの至宝のうち、二つの所在はつかんだ。残るは)



自身の執務室にて、シスリーは大きく伸びをした。


(戴冠式に引継ぎ、実務やらなにやらかにやら…やることは尽きないよな。それに)


「くそ…シャンイと二人きりの時間を堪能する暇がない…!」


机に積み重なる書類の山々を忌々しく眺めて大きく長いため息をついた。

結局、結婚式やらその関連行事もおざなりのままである。実際それが一番不満でもあるのだった。


「…はぁ。久しぶりに顔を出すとしようか」


ちょうど同じ頃、王城の入り口の扉の前でライは立ち往生していた。


(うーん。乗り越えるのは簡単だけどなあ)


ちらちらとこちらに不審な視線を送ってくる兵士たちに愛想笑いを浮かべながら、その場から回れ右をした。

王城を守る壁は強固で固い。が、ライの身体能力をもってすれば難しくはない、が。越えた先に待ち受ける問題を考えると頭痛がした。

すると、目の前にタイミングよく会いたい人物が向こうから歩いてくるところだった。


「‥何をしているんだ、ライ王子」

「お!シスリー王子元気?」

「シャンイならここにはいないぞ」

「いや、今日は君に用があったんだけど、帰るの?」

「いいや、兵舎の訓練所に行こうと思って。ライもどうだ?」


思わぬ誘いにライは驚いた。驚きすぎて顎が外れるかと思った。


「…え?何?何を企んでるの?」

「イライラしたときの一番の解決法は身体を動かすことだろう?」

「…意外と能筋、なんだな」



「おやあ、珍しい組み合わせですな。うちの子飼いと王子殿下がご一緒なんて」


訓練所につくと、ロレンスを筆頭に見慣れた顔の同胞たちが温かく迎えてくれた。嘗て港にて共に活動した仲間たちは、現在は私兵団という扱いではあるが、シスリーの騎士としての身分が与えられている。

彼らは主に銃器の扱いと特殊任務の対応を軸に携わっており、それを指揮する団長として抜擢したのがロレンス卿である。


「ああ、ロレンス卿。こちらの調子はどうですか?」

「おかげさまで。なんとも気のいい連中ばかりでしごき甲斐がありますよ」


ロレンス卿には隊の教育と武器の使用や訓練の指導なども併せて頼んである。彼の過去に培った経験はいかんなく発揮され、その教育に余すことなく使われているのだった。


「今日はどういった御用で?殿下も訓練に?」

「ああ、最近なまっているから。と、いうわけで、ライ、一発勝負しないか?」

「俺?いいけど、こちらの国の剣術はよくわからない」

「ああ、そちらの武器は両刃の長剣だったな。なら俺も同じものを使うとしよう」


シスリーがそういうと、ロレンスは二振りの両刃の長剣を持ってきて、二人に渡した。ライはそれを手に取り、構えて二、三基本の動きを確認した。


「へえ。こちらに合わせてくれるなんて光栄だ。いいの?負けても知らないよ}

「望むところだ」


不敵に笑うライを受け流して、シスリーも構えた。

(こいつには、負けられない)

二人は同時に動き出した。



シャンイはキリエとミュリエルを見送った後、テラスでひとり佇んでいた。


(ディアトル王子…今の彼は、私の知っているあの人なんだろうか?)


「やっ!こんばんは。美しい姫君」


ぼんやりしていると、突然シャンイの目の前に黒い影が落ちる。おどろいて顔をあげると、どこから現れたのか、ライが手すりに立っていた。


「?!どこからはいってきたの?!」

「二階くらいなら俺でも上ってこれるよ!」


そうは言うものの、結構な高さである。ライの身体能力は実はものすごいのかもしれない。

得意げに笑うライを苦笑いしてみると、テラスの下ではシスリ―がむっとした顔で立っていた。


「…なにがあったの?」

「君と二人きりになれる時間をかけて勝負して、俺が勝ったの」

「シャンイに手を出したら許さんぞ、ライ皇子!」


下から聞こえてくる不機嫌な声に、シャンイはつい笑ってしまった。


「今日はどうして?」

「そろそろこの国を離れることになりそうだから、最後のあいさつに来たんだ。」

すっとシャンイの手を取り、甲にキスをする。

「…菱に戻るのね」

「ああ。おかげさまで継承候補は三人に絞られたからね」

「さ、三人…?!」


確か候補者は全部で18人いたのではなかったか。

こともなげに話すライではあるものの、やはり彼はただ物ではないらしい。


(強い運を持ち、秀でた武芸を持つ…本当にライは皇帝の器なのね)


「あなたならその手で栄光を勝ち取るわ、きっと」

「‥その隣にきみがいてくれればいいのに」


真っすぐ見つめるライの瞳は熱を帯び、その熱にシャンイはたじろいだ。ライは逃れようとするその手を握りしめ、もう一方の手を重ねた。


「…私はもう、決めました。」

「……」


翡翠の瞳がライを射貫く。

銀色の髪は月の光を受けてまるで美しい銀細工のように揺蕩い、彼女そのものがまるでまばゆい光を放つ宝石のようだった。


(……ああ。そういうことか)


ライはそっとシャンイの手を離すと、その姿をじっと見つめた。


「王の女…【玉】とはそういうことか」

「……?なんのこと?」

「ははっ…目には見えるが、決して姿を見せない。なるほどなあ」


一人でなにやら納得しては頷くライをシャンイは不思議そうに見ていると、ライは吹っ切れたように笑って見せた。


「ああ、惜しいなあ。けど、仕方ないか、こればっかりは」


ちょうど二人の元にシスリーが駆け上がってきたところだった。ライはその姿をにやりと笑って認めると、シスリーの目の前でシャンイの唇に短いキスをする。


「!!!」

「?!!」


シャンイとシスリー二人がそれぞれ赤くなったり青くなったりしているのを見て、ライは満足げに笑った。


「至高の宝石の恩恵にはあやからないとね。シスリー!シャンイのことぜっったいっに!手放すなよ!万に一つでも(うちの国)の連中に目を付けられないように!!!」

「当たり前だ!!」


今にもとびかかりそうなシスリーを無視して、ライはシャンイだけをただ見つめていた。


「君の未来に幸あらんことを」

「!ライ」


それだけ言うと、ライは風のようにその場所から飛び去った。満面の笑顔で手を振る姿をシャンイはいつまでも見送っていた。


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