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【完結】翡翠と翆玉~九死の姫は岩乗の王に嫁ぐことになりました~  作者: いづか あい
第三章・「転」 必然という名の運命

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光と影


「ディアトル…だと?それは、確かなのか?」


その言葉に、シャンイは頷いた。

夕闇の赤い光が差し込む部屋で、シスリーはその忌々しい名前を耳にし、ぞっとした。


「ディアトル様の夜会の夜に…私にまた逢えたね、と言っていました」

「あの時、確かに貴女の様子はおかしかった。…ディアトルもまた、初期の頃から随分とあなたの事を気にしている素振りを見せていたな…それが、まさか」


そう、あれは舞踏会の次の日のことだった。用事がなければ弟に声をかけないはずのディアトルが、わざわざシスリーに声をかけてきたのを思いだした。


(いつからだ?シャンイの話が本当なら、ディアトルもまた、既に俺や兄が知っているディアトル(兄弟)ではなくなっていたのだろうか?)


シャンイはうつむいたまま、シスリーの言葉を待っていた。


(こんな話…信じてくれるだろうか?)


「シャンイ。あなたの話は信じたい…だが、それが本当なら君はどうなる?」

「…え?」

「もしも本当にディアトルが君の命を狙うというのなら、何が何でも守って見せる。けれど、君はいつまで君でいられるんだ?」


ずきり、と胸が痛んだ。それはシャンイ自身が最も恐れていることだった。


「わ、かりません。私がシャンイという少女になったのも、突然のことでした。それが必然だというならば【私】は【私】のままでいられる保証はどこにあるんでしょうか?そんなの、私が一番知りたい…!」」


『フェイ』の時も、死ぬことが恐ろしかった。だが、同時に死によって勝ち得た自由もあったので、すんなりと【死】を受け入れることができた。

 だが今は違う。自由よりも最もかけがえのないものを見つけられて、ようやくそれを自分で認識できたのに。何度も聞いた【必然】という言葉が、【死】を意味するというのなら。


「今は、消失が…消えることが一番恐ろしいです。やっと、私は見つけたんです、人を想うこと、愛することを。わたしは…!」


震えるシャンイの身体を、シスリはかきむしるように抱きしめた。


「もういい。……わかった、ディアトルにも、運命とやらにも君を絶対に渡したりなんかしない。…絶対に、離さない」

「シス……」

「どんな運命だろうと、必ず俺が覆して見せる。だから、今は…ただ傍に」


淡い黄昏が完全に消え失せると、薄闇は夜に変わり密度の濃い夜が支配する。

二人の影は一つになり、融けた。


***


「一刻も早く、菱の印が押してあるものは処分なさい」


その頃、ディアトルの執務室と離れた階下の倉庫でカルメンタは複数の執務官に指示を出していた。


「あ、あの、先日お造りになられた首飾りの代金が今だ全額支払われておりません。書類の控えをなくす前にきっちりと片を着けてからのほうが」

「それは任せるわ。残りの代金は必ず支払うんだから、問題ないでしょう」

「は、はい」


書類を集めては代わる代わる自室の暖炉に放り込み、すべて灰となり残らず消えていった。


(―――どうしてこんなことに!)


ここ数週間、自分の周りを第三王子が調べている様子で、軍務代行の権力を行使してきたのだ。

どうやら、先日カルヴァンクに造らせた紅玉と黄金細工の首飾りから不審を疑われたらしい。その調査と称して、こちらの衣装や装飾品の帳簿や購入リストまで提示を促された。ただの貴族の申し出なら撤回させられるものの、王族の…しかも、直轄の命を、断れるカードをカルメンタは持っていない。

ただの首飾りからカルヴァンクとのつながりを疑われるとは、思いもよらなかった。

昨今出回っている安価の銃器はほとんどヴァルカンク産で、大多数は菱に流れており、その仲介を行っている業者と同じだというのである。


(銃だなんて…それに目をつけるなんて…!!


 シスリーは最近出回り始めている銃器の出所を探っているようだった。その過程でカルメンタの装飾品にたどり着いたらしい。最近の銃は徐々に値崩れし、誰にでも手に入りやすくなりつつある。だからこそ、これを期に銃器の規制を考えているつもりだろう。

ディアトルの庇護にあるためそこを切り込んでくるとは予想しなかった落ち度でもある。


カルメンタは自身の爪を噛んだ。


(あの時期に首飾り作らせたのは間違いだったのだろうか?でも、美しいと称される青い瞳の貴公子の妻として、他の妃たちに負けていられないじゃない!!)


しかし、あの夜会の日……蓋を開けてみれば当のディアトルはカルメンタと最初に一度踊ったきりで、こちらに目もくれなかった。にも拘らずオフェーリアと関係を持ち、一度のみならず複数回密かに逢っていたのを知っている。 

 そんな折、次期国王陛下に懐妊の報がもたらされた。アストレイ殿下と妻の二人は不仲だと聞いているだけに、事情を知っているものは二人の間にできた子供ではないことを了承しているだろう。


(王家の血統などと、笑わせる!過去歴代の王侯貴族に穢れのない全うな家などあると言うのか?)


これはもう公然の秘密となるだろう。

血統が重視のこの国からすれば、どこぞの馬の骨との男の間にできた子供なら問題だが、王家に連なるものとなれば子を成す未来のない仮面夫婦の子供を待ち望むよりも問題が少なくすむ。当の本人の心情など置き去りにして。


(何にしても、それを公表したところでどうなるのか。ディアトルが万が一失脚しようともその火の粉はこちらにも飛びかねない)


「あ、あの。カルメンタ様。ディアトル様がお呼びです。」

「…この時間に?」


もう時刻は夜半過ぎ。この時間の用事となると―――カルメンタは自身の胸が高鳴るのを感じた。


(あの方が私を?いいえ、下手に期待しない方がいい…でも)


「少しお待ちいただくように伝えて」


**


デイアトルは、自室で静かに瞳を閉じていた。


(一番最初は、『毒殺』だった)


思えば、それが全ての始まりといっても過言ではない。

多くの物を与えたにも関わらず、彼女は何一つ受け取らず、自分を拒み続けた。挙句の果てには他の寵姫どもに騙され、戦うことしか能のないサルのような男の下げ渡され、その命を毒で絶った。


その結末があまりにも無惨だった。だからこそとある術師の力を借り、彼女の魂を追いかけたのだ。


二回目は、なるべく彼女の願いをかなえるべく行動したのに、報われず結局自身でこの手にかけた。

三回目、四回目、五回目と彼女の死と生を繰り返し目の当たりにした。

どの場所でも、どの地域でも…彼女の翡翠色の瞳は変わらなかった。だがその瞳に自分が映ることは叶わず、7回目を迎えた辺りで狂おしい想いはいつの日か恨みに代わり、8回目には憎しみに変わった。


(…9回目の『フェイ』はその翡翠の瞳を幼少のみぎりに見つけた後、私以外の者を愛することのないよう、閉じ込めてその自由を奪った)


そして今世……重ね続けた恨みや憎しみがやがて狂気に代わり、執着となった。

過去に繰り返した記憶は全て鮮明に頭に残っている。幾度となく国や人間が崩壊していくのを、ディアトルはただただ傍観していた。


(彼女を奪っていた者たち、彼女に愛された者たち、彼女を陥れた者たち…その全てが壊れてしまえばいい)


パチン、と暖炉の薪がはじける音で、ディアトルは現実に引き戻された。すると、音もなく静かにドアが開くと、過去に彼女を陥れた愚かな魂がやってきた。


「来たか、カルメンタ」

「ディアトル様 わ、わたしもお話ししたいことが」


震えるカルメンタの身体をディアトルは抱き締めた

その温もりに全身を委ねながら、カルメンタはわずかでも幸福を感じていた。美しい絹のような白金の髪は月光に照らされめまいを感じるほど。だが同時に、この腕に自分以外の者が抱かれていたという事実に激しい嫉妬を覚えた。


「カルメン、兄の妻か懐妊したそうだ」

「ええ、聞き及んでおります」

「聞いていたか。だが、あれは兄の子ではない」


そっと顔を近づかせながら、ディアトルはカルメンタに耳元で低く囁いた。


「……私とリーアの間にできた子供だ」


カルメンは全身の血が沸騰しそうなほど、怒りに打ち震えた。ディアトルの冷たい体にしがみつきながら、内側に燃え盛る炎のような嫉妬と屈辱に耐えた。


「なぜ、私に」やっとの思いで唇から紡がれたのはその一言だけ…なおも低い声でディアトルは囁く。

「私は私の秘密を打ち明けた。ならば、君もだろう?」

「な、なんのことで」

「揺らぐ炎のように赤い紅玉。君にはよく似合う。だが、その見返りに何を提示した?自身の見栄の虚像を作るために何をした?」


身体全体をまさぐるその激しい愛撫に溺れていきながら、恐怖にも似た感情が支配する。


「あっ、わた、し」

「君は嫉妬に歪んだその顔が一番美しい。…だが、どうやら好きにさせ過ぎたようだ」


急激に氷のように冷たい声になると、バシッという音と共にカルメンタの頬に激痛が走る。何が起こったのかわからないまま、床に転がった。


「……か、顔を」

「後始末は自身で着けろ。それから、二度と私の前に姿を見せるな」


呆然とするカルメンは床にひれ伏した


「あ。も、申し訳ありません。で、でも、貴方も悪いのですよ?!なぜ私を放置してあのオフェーリアになど手をだしたんです?!もっと優しくしてくだされば、もっと愛してくだされば!!私だってこのような…!!」

「はっ……愛?私が誰を?」

「え?」


その表情は恐ろしく冷徹で、カルメンタは恐怖に怯えた。


「私の心は既に()()のものだ。…永遠に」


そんなカルメンタには目もくれず、ディアトルはまるで魔法の言葉を紡いだようにうっとりと瞳を閉じた。


(彼女…?)


「あの欲求不満の売女など私の目的のための手段にすぎない。」

「…え‥そ、そんな」

「そうだな。ついでにもうひとつ。私はお前を愛したことなど一度もない」


バタン、と無情に扉は閉められた

カルメンタはただ瞳からこぼれる涙をぬぐえずその場に座り込むことしかできなかった。




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